【ミズハで居酒屋やってます】

ケルケルケックーーーッ!

 なんとも独特でどこか間抜けな鳴き声で異世界の鶏のような習性をもった朝鳴き鳥が朝一番の鳴き声を響かせる。
 朝と言ってもまだ夜明け前、暗がりの中で俺は目を覚まして布団から起き上がる。
 枕元に置いた地球から持ってきたLEDライトを点灯させて、その明りを頼りにまだ暗い家の中を移動する。
 築400年という古民家である俺の家の廊下は歩くたびにギィギィと音が鳴るが別に床が抜けそうというわけではないので気にすることはない。
 台所に降りて洗い場で水桶から洗面器に柄杓でいくらか水を入れ、その水で顔を洗い歯を磨く。

『オーーイ!薪を入れておくれよぉ!薪を入れておくれよぉ!』

 シャカシャカと歯を磨いていると奥から声が聞こえてくる。別に幽霊とかではないので俺は怖がることもなくそっちへ向かう。

「なんだ、また夜の間に無駄に食いやがったな……」

 俺はそう言いつつ奥の竈の中を覗き込む、中に昨晩放り込んでおいた薪の燃え残りに小さくなった火がへばりつくようにして弱弱しく燃え残っている。

『そんなこと言ったって仕方ないじゃないかぁ!そんなことより薪をおくれよぉ!』

 竈の中に声が響く、誰あろうこの声の主はこの竈の中で弱弱しく燃える炎であり、この竈の住人の火の精霊だ。

「はぁ……」

 俺は小さく歯磨き粉臭い息を吐くと竈の横に置いた小さく裂いた木切れを竈の中の燃え残った火のそばに置く。

『えぇ!?こんな木切れじゃダメだよ!もっと大きい薪をおくれよぉ!』

 竈の中から不満そうな声が聞こえるがそんなに小さくなっているのにいきなり大きな薪など薪を燃やす前に燃え残りが燃え尽きてしまう、そんなこともわからないのだからこの火の精霊にも困ったものだ。

「いいんだよ、あとでちゃんと薪をやるからとりあえずこれに燃え移れ」

 俺はそう言って木切れでツンツンと竈の奥の燃え残りの炎をつつく、炎はまるでいやいやをするように炎を揺らめかせる。

『本当だよ?本当にあとで薪をおくれよ?』

 毎度のことなのに本当にコイツは疑り深い奴だ、以前に意地悪をして燃え尽きかけたことがよほどのトラウマにでもなっているらしい。

「わかったわかった、早く燃え移れよ俺も忙しいんだ」

 俺がそう言うと竈の中の火は渋々といった様子で燃え残りから木切れへと移る、俺はさらにその木切れの横にいくらかの木切れをおいて再び歯磨きに専念する。

 たっぷりと時間をかけて歯を磨き、再び竈の中を覗くとちょうどよい具合に炎は木切れを燃やしてそこそこの火勢を取り戻していたので俺は太い薪を一本放り込む。

「少しの間それを大事に燃やしてろ、調子に乗って燃やしすぎるんじゃないぞ?」
『わかったよぉ』

 竈の中で炎が愛おしそうに太い薪にその体を抱きつかせて燃やし始めたのを確認して俺は台所から再び寝室に戻る。
 寝室で寝間着から仕事着に着替え。仕事着と大層なことを言ったが濃紺の作務衣に柿渋色のバンダナが俺の仕事着だ。
 仕事着に着替えて俺は再び台所へ戻る。朝一の仕事だ。
 台所用の照明を灯し、洗い場に洗米用のザルを置き、その中に午前中分の米を計量しつつ移していく。
 この世界に電気があれば業務用炊飯器で一気に炊きあげて保温もできるのだがこちらではそうもできない。
 保温だけならなんとかならないこともないので午前と午後に分けて釜で米を炊く、その仕込みを朝最初にするのが俺の日課だ。



トントン

 午前中用の米を洗米し、ふっくら炊き上げるために一時間弱水に浸すところまでやったところで台所の勝手口の戸を誰かが叩く。

「シゲさん起きてるかぁ?」

 聞き慣れた独特のくぐもった感じのある女性の声が戸の外から聞こえる。

「あぁ、起きてるよ、今開けるからちょっと待ってくれ」

 俺はそう言って勝手口の閂を抜いて戸口を開ける、外にいたのはよく見知った魚人の海女の子だった。

「今日はよく太ったグーグーが獲れただよ、ザザリ貝もあるから汁物の具にするとええよ」

そう言って彼女は俺の顔の前にヌメッとして鱗のないよく太った魚を差し出す。

「グーグーか、久々の大物だな」

 グーグーは見た目こそややグロテスクだが煮て良し焼いて良しの中々に器量良しな魚だ。こいつは照り焼きにしておくと、その匂いに釣られていつもより多くの客がやってくる。

「ザザリを獲ってたらたまたま岩陰にいるのが見えただよ、急いで尻尾を掴んだだが尻尾を切られてしまわんかったのは本当に運が良かっただ」

 グーグーは魚のくせに尻尾をまるでトカゲのように切って逃げ出すという変わった習性をもっている。尻尾の先だけになって悔し涙を流した素潜り漁の海女や漁師の話はよく聞く話だ。

「それでそっちはザザリか?けっこうな量だな」

 彼女の横に置かれた籠の中には平べったい殻のザザリ貝がかなりの量入っている。

「この前、誰も知らない穴場を見つけただよ、これからしばらくザザリを獲るには困らんだよ」

 よほどの穴場なのだろう、魚人の海女トトはそう言って白い一枚歯を見せて笑う。

「そりゃあいい、獲れたら全部俺が買ってやるから持ってきてくれ、ザザリは汁物もいいが俺は酒蒸しにするって決めてるんだ」

 俺はその両方をそのまま彼女の言い値で買うことにし、洗い場に運び入れながら話す。トトは年の若い海女だが腕が良く性格も明るいので俺がこの家で商売を始めるようになった最初のころからずっと魚や貝は彼女から買い付けている。

「酒蒸しはダメだぁ!うちのとーちゃんが全部食べちまう!」

 そうだろうそうだろう、トトの父親は俺の作る日本の居酒屋風ザザリの酒蒸しに目がないのは百も承知だ。酒蒸しを酒の肴に午後の開店から閉店までずっと入り浸る姿が目に浮かぶ。

「グーグーは高い魚だからな、今日の代金分トトの親父さんに食ってもらうかな」

 ザザリの酒蒸しは俺の店ではかなり評判の良い一品だ。まぁ、うちはその日に手に入る商材で作れる料理しか客に提供しないスタンスというだけでもあるのだが。

「ダメだシゲさん!うちのとーちゃんが来たらザザリの酒蒸しは二皿までにしてくんろ!」

 二皿までは許してやるのがこのトトという娘のかわいいところだろう。父親と娘の二人暮らしで俺が言うのもなんだが甲斐性無しの父親を大事にする娘だ。これでもう少しソフトな顔立ちだったなら俺が嫁にしてもいいとさえ思う。

「わかったわかった。金を取るのは二皿まで、そっからはトトの親父さんが鯨を獲った時に一番いい部位を譲ってもらうことにするさ」

 トトの父親は鯨とこちらでは呼ばれる海の巨大水棲生物専門の猟師だ、年に数回鯨を獲って生活をしているが、普段は海女をしているトトが父娘二人の生活を支えている。

「シゲさんはほんだに悪い奴だな!この家もそうやって手に入れただろ!」
「そうだぜ?前に話しただろ?」

 俺はそう言って意識して悪そうな顔をして見せる。今住んでいるこの家は以前にちょっとした縁で知り合った鱗人の老人からある条件と引き換えに二束三文のような代金で譲り受けたもので、俺はそれからこの家を一部改装して地元で手に入る食材を使って料理を作って日々の稼ぎにしている。



「それじゃ、そろそろ帰るだよ」
「あぁ、気をつけてな」

 毎日の日課のようにその日に漁のことなどを聞き、トトが持ってきた魚や貝の代金を支払うと彼女は自分の家へと帰っていった。

「さて、それじゃ仕込みといきますか」

 彼女を見送り、勝手口を閉めると俺はそう言って作務衣の裾をこれと言って意味もなく捲り、まずはザザリ貝の砂出しのために木桶を引っ張りだしてその中に水を入れ塩を加えて砂吐き用の塩水を作り、次に網籠にザザリ貝を移して網籠ごと木桶の中に入れる。

「今からじゃ午前中はダメだなこりゃ・・・午後か、夕方の品だなぁ」

 ザザリ貝は地球のムール貝のような形をした貝だが味は濃厚かつクリーミーで牡蠣のそれに近い、こちらじゃ鍋や汁物の具として親しまれているが俺は日本酒や白ワインを使って日本風の酒蒸しにしている。

 ただ、ザザリは頑固な貝で地球の普通の貝なら2~3時間もすれば砂を吐きだして綺麗になるのだが、こいつに砂を綺麗に吐き出させるにはその倍は見ておく必要がある。

 ザザリがそういう習性の貝だと知らなかった最初の時は2~3時間で砂を吐き出し終わったと思ってとんでもないことになったことがある。ためしに自分で試食したから良かったものの客に出していたらと思うとゾッとしたもんだ。
 ザザリに綺麗に砂を吐かせるには5~6時間かかるが、それならちょうど俺の店のメインの客が来る時間になる、俺の店の客は多くはこのあたりの漁師で、彼らは大体仕事の終わる地球時間で言えば三時過ぎくらいから酒と酒の肴目当てに俺の店にやってくる。
 日暮れから夜の8時くらいまで酒と料理を食って呑んで帰っていくので今から砂を吐かせれば大体そのくらいの時間には砂を吐きだして食べごろになることだろう。

「ザザリのほうはこんなもんでいいか、それじゃグーグーのほうを捌く・・・の前に米を炊くか・・・」

 ザザリの塩抜きの流れでグーグーも捌いてしまおうと思ったが考え直して両手の匂いを嗅ぐ、多少磯臭いが、この程度なら手を洗えば問題ない、しかしグーグーを捌いてしまうと米に魚の生臭さが移ってしまってせっかくの日本からの美味い米が台無しになってしまう。
 トトと話したりザザリの砂吐きの準備などをしていたらちょうど良い頃合いだ、俺は水に浸した米の入ったザルを引き上げ水を切り、今度はそれを羽釜に移し米から人差し指の第一関節分の水深まで水を注ぐ。

「よぉし、仕事だぞ!」

『薪!薪をちょうだい!薪がないと仕事ができない!』

 竈の中を覗き込むとさっそく竈の中の炎が火の手を上げて薪を催促してくる、俺はそれに従い竈の中に太めの薪を3本放り込み竈に羽釜を据える。
 竈の中の火の調子が強くなってくると羽釜の中もグツグツと煮え立ち始める。
しばらく強火で炊き上げ羽釜の中の水分が無くなるまで炊き上げる。

「よし、上出来だ」

 俺の家の竈の火の精霊は無駄飯食らいが大好きだが、こうした調理に関してはなかなかに火の加減が起用だ。しっかり薪さえ与えてやれば俺の言葉によく従って火勢を加減してくれる。コツと扱い方さえわかれば今では地球のコンロよりよほど便利だとさえ思えるくらいだ。
 米が炊き上がったら竈の火の精霊にできるだけ大人しく燃えていろと命令し、釜自体を竈の上部から引き抜き適当な場所に置いて蒸らしながら適度な温度に冷ます。それができたら日本から持ってきた保温器に移せば午前中の米の支度は出来上がり、釜に残ったオコゲと飯は俺の朝飯になる。

「飯はこれで良し、今度こそグーグーを捌くぞっと」

 そう言って今度はまな板と包丁を洗い場の上に置き、まな板の上にドンとグーグーを乗せる、グーグーはわりと大きな魚なので尻尾のほうはまな板からはみ出してしまう。
グーグーは鱗のないナマズやアンコウみたいな魚で捨てるところのない魚だ。
肝は脂がのっていて醤油に溶かして肝醤油にすればたまらないものがあるし、コッテリとした白身は生で刺身にしても悪くないが俺は焼くか煮たほうが旨いと思う。
まずは頭の部分をダンと一気に包丁で落とす、頭の部分はそのまま兜煮だ、グロテスクだがこの頭の部分こそ最高に旨い部分だと俺は思う。
 頭を切り離すとワタをそのまま引き抜く、頭を切り離すより先に腹を裂いて取り出すことをしていたが先ほどのトトに頭を落として手でかき出すほうが簡単で肝が傷つかないと教わりその通りにして見ると思いの他簡単かつ綺麗にワタが取り出せたのでそれ以降はこうしている。
 取り出したワタは部位ごとに切り分けて水洗いをしてザルに上げておく、身と肝は今日は煮付けにするがその他は酢の物か和え物の具材にしよう。
 ワタを抜きとったら中を水で洗い流し今度は身を三枚に下ろす、これも慣れてしまえばそう難しいものではない。中骨のほうは吸い物の出汁にすると良い、前になんとなく骨煎餅にしてみたことがあったが、これもなかなか悪くない味だった。
 グーグーの体積のけっこうな割合はワタが占めているが、それでもそれなりの量の白身が取れる、俺の店の常連の中にはグーグーは肝醤油で刺身と言って譲らないのが一人いるのでソイツ用に一人前白身の部分を切り分ける。切り分けた白身は濡れ布巾に包んで冷蔵蔵に入れておけば半日くらいは痛むことはない。
抜き取った脂肝は一部は小鉢に切り分けそれを軽く潰して醤油を注いで肝醤油にする、これはさっきの刺身用でもあるが他の料理の調味料にもなる。
 残りの肝は包丁で軽く刻んで鍋に入れる、竈の上に置いた鍋は熱せられ、中に入れた脂肝はジュウジュウと焼けてなんとも言えない香りの脂になる。

「脂が取れたら一旦脂だけをこし取ってと」

 そのままでも問題は無いのだが、カスをこし取って肝脂だけにする。
肝脂をこし取ってる間に白身は適度な大きさに切り、それをパッドに中に敷き詰め濡れ布巾をかぶせ、これもまた先ほどの刺身用のものと同じく冷蔵蔵に入れておく。

「よし、これでグーグーの下ごしらえもいいだろう」

 ここまでで出来れば朝の仕込みは完了、外も明るくなってきている。

「今日はたしか朝一の日だったよな・・・野菜を買い出しに行くか」

 俺の店は顔見知りの百姓から定期的に野菜を買っている。買ってはいるのだが時々それじゃ足りなくなる時があり、今日もそういう足りない日だ。

「明日にはカガリが野菜を抱えて山から下りて来るだろうしそんなにたくさんはいらないよな、ゲジ芋のいいのがあればそれを買って、あとは新鮮な葉物くらいか」

 そう口で何を買うかを確認しながら買い出し用の背負い籠を手にする。ゲジ芋は地球で言う所のサトイモみたいな根菜だ。ネットリとして食感で味が濃く煮っ転がしにしても良いし吹かして潰して肴のすり身と混ぜて揚げ物にしても良い。

「良いのはもう売れてるかもなぁ、まぁ考えてもしゃあないか・・・」

 裏の戸口から外に出て鍵をかける。別にこのあたりは開け放ていても泥棒なんて来ないくらい治安は良いが厄介な奴がいるので、そいつが入り込んで盗み食いされても困るので鍵をかける。
 さて、それじゃ朝の散歩気分で買い出しだ。あまり買いすぎて帰りにヒィヒィ背負い籠の重さで泣くことにならないように気をつけよう。
 朝焼けに輝くミズハミシマの透き通った南国の海を思わせる水面を眺めながら俺は朝市へと足を向ける。


 俺の名前は斎藤茂、何の因果か今は異世界のミズハミシマでその日ある食材を使ってこっちの客に合うようにアレンジした日本風の料理を提供する小さな飯屋をやっている。
 良縁に恵まれ商売はわりと順調、ただし出会いはなく結婚の見通しは立たず。
 テレビもネットもない異世界だが、わりとこの生活は充実している。


  • 竈とか異世界の日常な雰囲気がよくでてる -- (名無しさん) 2013-10-14 12:22:57
  • これでもかってくらい十一門異世界で素晴らしい。地に足ついて生活している描写は実感わくなぁ -- (名無しさん) 2013-10-14 21:12:33
  • 異世界に順応しきってる空気がいいね。貝も魚も色々想像を働かせそうな素材で腹が鳴るじゃないか -- (名無しさん) 2013-10-15 16:34:18
  • 素材や手法がしっかりイレゲ風味で想像するのが楽しい。しかし腹が鳴る -- (とっしー) 2013-10-15 22:50:41
  • 郷に入れば郷に従え馴染んでる異世界自営業生活。ネット欠乏症じゃないのなら面白い第二の人生送れそう -- (名無しさん) 2014-05-24 17:06:27
  • 飲食店は言葉が通じなくてもおいしいで何とかなりそうでだれでもどこでもできる商売みたいな -- (名無しさん) 2014-12-06 16:40:03
  • 築400年の中での精霊とのやり取りは和みます。異世界料理作品を丸々入れてなお丁寧で読みやすい楽しい居酒屋でした -- (名無しさん) 2017-08-06 17:19:49
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最終更新:2013年10月27日 10:38