ゴリゴリゴリゴリゴリゴリゴリ・・・・
すりこぎで摺ったガンガのすり身に朝鳴き鳥の卵を一つ混ぜ、さらにそこに蒸かして食感が残る程度に荒く潰したゲジ芋を加えてさらにいくつかの臭み消しと調味料を加えて少し混ぜ合わせる。
ゲジ芋と魚のすり身が混ざってしっかりした粘りが出ればあとはこれを匙で掬って熱した油の中に放り込む。
ジュワワワワワワワワッ!
揚げ油の中で音を立てて表面がキツネ色になるまでしっかり揚がったら油から引き揚げ、キャベツに良く似たセンバ菜を千切りにしたものを添えた皿の上に盛り付ければ出来上がりだ。
「はい!ガンガとゲジ芋の揚げ団子おまち!」
「まってました!」
俺がカウンター越しに差し出した出来たてで湯気を立ち上らせる揚げ団子の皿を受け取る常連客。
「これこれ!この揚げたてがウメーんだ!」
「熱いから気をつけなよ?口の中ベロンってなるから」
揚げたての揚げものは美味い、美味いが口の中が大惨事になることもよくある。
「シゲさん!びぃるの冷たい奴もう一杯!」
「あいよ」
俺は冷蔵蔵からビールを一本取り出し、プシュリとあけて中身をグラスに注ぐ。
「はい、ビールおまち!」
「揚げたてのコイツに冷えたびぃる、コイツがたまんないのさ」
そう言って客はまずは冷えたビールを口に含み、揚げ団子をガブリ。
「ハフハフハフハフハフ・・・・ッ」
やはり熱かったらしく、大きな眼をギョロリと見開いてしばらく慌ただしく口を動かしていたが、ビールをさらに口の中に注ぎ入れてなんとか大惨事は免れたようだ。
「うまいッ!シゲさんの作る料理は最高だッ!あんたなら大延国の皇帝の料理番にだってなれるぜきっと!」
「いくら褒めてもツケを帳消しにはしないよザルザさん?そろそろ溜まってるツケを払ってくれないと俺も仕入れが滞りそうなんだけどね」
「わかってるって!もう少ししたら魚の売上が支払われるからその時にちゃんと支払うからさ」
揚げ団子とビールを交互に口の中に放り込み流し込んでご機嫌なのは常連客の一人、このあたりじゃけっこう羽振りの良い網元のザルザさん。今日は彼がとくに眼を掛けているという網子を二人連れて午後の営業が始まってすぐにやってきてずっとこの調子だ。
「網元、今日はこんな美味いもん食わせてもらってありがとうございやす」
「いやぁ、ホントに網元が贔屓にしてるだけあって本当にウマイっスね!」
ザルザさんに連れられてやってきた彼の網子らしい二人の魚人がそれぞれ自分の上司の顔を立てようとしている。
「そうだろそうだろ、ここの料理はそんじゃそこらのもんじゃねぇからな!なんてったってチキュウの料理!海都でだってなかなか食えるもんじゃないんだかお前ら俺に感謝しろよ?」
「「ヘイ!」」
どこの世界でも酒の席での上司と部下の関係を物語る光景はそう大した違いはない、ザルザのグラスの中のビールが少なくなれば隣に座った網子の二人がお酌をする。そういうありふれた光景だ。
「でも今年は本当に良かったっスねぇ、船も網もほとんど何事もなく稼ぎ時を終われるんスから」
「あぁ。去年は網は破かれるし船は一隻沈みかけるしで酷かったからなぁ、今年はお前らにも多少は色をつけてやれると思うから楽しみにしてろ」
「本当っスか!?」「さっすが網元!」
世の中悪いこともあれば良いこともある、良いことがあったらこうして飲んで食べて悪いことを忘れてしまうのも大事なことだ。
「邪魔するよ・・・」
ザルザさんと彼の連れてきた網子二人がそうやって食べつつ飲みつつ話していると、別の客がやってきた。
「おぉ!?カグチじゃねーか!珍しいな今日は非番か?」
「騒がしいのがいるなと思えばザルザか。あぁ、今日は非番だ」
新しく入ってきた客もまたよく見知った常連客のカグチさん、このあたりの代官に仕えている勘定奉行、つまりは税務役人だ。
「店主、サシミはあるか?あるなら適当に見繕ってくれ、無ければニホン酒だけでいい」
「ありますよ。お酒は燗にします?それとも冷にします?」
「燗で頼む。どうもびぃるという酒は俺は好かないのでな」
横に座ったザルザさんが手にしたビールの注がれたグラスをチラリと見てカグチさんは言う。
「まったく、この酒の味がわからねぇとはなぁ。これだから金勘定ばかりしてる奴は・・・」
「好きあらば税を誤魔化そうとする奴にだけは言われたくないな・・・」
「なにを!?」
「はい!刺身の盛り合わせと海鮮フライの盛り合わせ出来たよ!」
なんとも険悪な空気がこの二人の間に漂いはじめたところで俺はすかさず出来上がった料理を二人の前にドンと置く。
「あと、うちでの喧嘩はご法度だから、もしそんなことになったら残念だけど出入り禁止にさせてもらうんでよろしく」
俺はさらに念を押してそう二人に言って、これから来るであろう客のための料理の下ごしらえに戻る。
「へッ!誰がこんな色白なのと喧嘩なんかするかよ!相手にもなりゃしねぇっての」
そうザルザさんは言うと目の前に置かれた魚介のフライにレモンによく似た柑橘系のキージの実の汁をかけ、さらにテーブルの上に置かれたソースをかけて口に放り込む。
「あぁウメェ!やっぱり揚げ物は最高だな!このあたりでこんなもん食えるのはここくらいなもんだ!」
どこか大げさな口調と声量でそう言うと、今度は隣に座った網子がグラスに注いだビールをグイと一気に飲み干す。
「プハァッ!そして何よりこのびぃるとの相性が最高だッ!なぁ!お前らもそう思うだろ?」
「「ヘイ!」」
俺は思わずこんな親分に従うしかない二人の網子が気の毒になって魚をさばきながら苦笑してしまう。
ザルザさんは悪い人では無いのだがカグチさんとは何かと相性が良くない。加えてザルザさんは何人もの網子という従業員を抱えた漁場経営者であり、対してカグチさんはそうした経営者から税を取り立てる側という関係であるから尚更にその関係が良くないのは当然だ。
「店主、この白身の魚はなんという名だ?」
「え?あぁ、それはたしかメンクライとか言う魚だったかな?見た目は本当に面食らうような魚なんですけどきれいな白身の魚ですよ、刺身にすると美味しいでしょ?」
「うむ、歯ごたえもあり甘みがあってこれはなかなかに美味い」
そう言ってカグチさんは器用に箸を使って刺身に薬味を付け醤油の皿にチョンチョンと付けて口に運んでいる。
ミズハミシマは日本とつながった国で風土も文化もなかなかになじみやすいが箸の文化は極一部だけにしかない。
大延国と交易の多い地域などでは箸の文化が定着していたりするが、大部分の地域では基本的には匙や又串なんて呼ばれるフォークもしくは手掴みというのが基本だ。
「丁寧に骨を取った生の魚の身がこうも美味いとは今まで知らなかった」
そう言ってカグチさんはパクパクと刺身の盛り合わせを食べ進める。この人よほど刺身が気に入ったのか、俺の店に来るといつも刺身と日本酒なんだよな。
ミズハミシマにも生の魚を食べるという文化はある。主に海辺の魚人などを中心の食文化だが、その多くは小魚を生でそのまま丸ごと食べるという物で、ワイルドというかなんというか。
「ショーユというこの墨のような黒い汁にも最初は驚かされたが、キジョウの実を添えて食べるとなんとも言えない美味さがある」
店を始めた当時、醤油にはかなりの驚きと反発があった。
俺はできるだけこっちの客の舌に合うようにと配慮して最初は大豆から作った醤油とは別に魚醤も持ち込んでそれぞれに反応を見たりもしたもんだ。
その努力もあって今では俺の店の常連は醤油も魚醤も舌に馴染んだようだ。
「店主、すまんがもう一皿おかわりをくれ」
「はい、ちょっとまってくださいね」
俺はザルザさんの注文の揚げ物を揚げながら言う。
「カグチよぉ、お前さんこの店に来るといつもそればっか食ってるよな?ほかにもなんか頼んだらどうなんだ?」
「ザルザ、お前こそこの店で見かける時は必ず同じものばかり食べているな?」
「そらぁそうさ、揚げ物なんざこのあたりじゃこの店しか食える所が無いからな。それにコイツとはこの料理が一番だし、生の魚なんざ海の上で嫌ってほど食い飽きてる」
ザルザさんはそう言って白身魚のフライを口に放り込んでそれをビールで流し込む。
「ふん、漁民のくせにこの繊細な味を知ろうともしないとは愚かな男だ」
「ほざけいてろよ」
なんとも愉快なとは程遠い雰囲気でそれぞれに料理を食べ、酒を飲む二人。
ザルザさんの連れの二人の網子はなんとも居辛そうだがこの二人の常連をよく知っている俺はそれほど気にすることはない、少なくともこの二人がこの店で喧嘩を始めたりするようなことは今まで一度だって無いからだ。
「店主、勘定を頼む」
「はい、刺身の盛り合わせ3皿に日本酒の熱燗2本ですね」
それからしばらくカグチさんは黙々と刺身を食べ日本酒を呑み、それに満足すると席を立ち勘定をすませて去っていった。
「ケッ、相変わらず愛想のねぇ野郎だぜ」
いまだにビールの注がれたグラスを手に、連れの網子とあーでもないこーでもないと話しをしていたザルザさんはそう言ってビールをグイと飲み干す。
「んま、俺もそろそろ帰るとするか。毎度毎度店仕舞いまで居るとうちのカカァが煩いからよ」
「網元の奥さん怖いっスからね!」
「うるせぇよ!うちのカカァを悪く言っていいのは俺だけだ!帰るぞテメェら!」
「「ヘイ!」」
カグチさんが店を出て間もなく、今度はザルザさんが連れの二人と共に店を出ていった。支払いは当然のようにツケ、そろそろわりと無視できない金額になってきてるので払ってくれないと困るんだがな。
それからしばらく、俺は皿を片づけたりカウンターの上を片づけたりなりして時間を過ごす、このまま店仕舞いの時間まで客が来ないなんてこともたまにある。
「さぁて、少し小腹がすいたがどうするか・・・」
一仕事終えて客もいなくなったところで俺は腕組みをして考える。こういう時は決まってさぁ食うぞという時に客が来るのだ。
「ま、そうなったらそうなったでいいか」
俺はなるようになるさと余り気味の材料で簡単に作れる物をパッと思いつきで作り始める。
ガラガラガラ・・・
「シゲさん来たよー」
ほら、やっぱりだ。いい感じで干物から香ばしい匂いがしてきたところでこれまた常連の客がやってきた。
「あれ?シゲさんなんか食べようとしてた?」
「あぁ、まぁね。客も掃けたし少し小腹が好いたからゲゲジの干物を焼いてたところ」
「あ!私もそれほしい!それと熱燗一本頂戴!」
「はいはい」
こんな感じで俺の店の午後の営業は閉店時間まで続く。
- 料理名から異世界ゲテモノが思い浮かぶのに匂いまで伝わりそうな勢いあるシーン描写が最高だ -- (としあき) 2013-10-21 23:09:50
- 大延国らしくていいとてもいい。国の上で料理店営業してますよってのが頭の中で風景になる -- (名無しさん) 2013-10-22 22:08:10
- 美味そう!居酒屋というか美味いもんはどんな世界にも通じそう -- (名無しさん) 2014-01-21 23:34:22
- 地域に密着した商売…衣食住の輪の中に入ると強いな -- (名無しさん) 2015-09-08 01:20:37
- 異世界で食い物屋を営業するにあたって一番難儀しそうなのは仕込みと在庫管理なんかな -- (名無しさん) 2016-02-05 23:49:24
- 地球産調味料の調達が厳しい場合は似たようなものを探すかまたは作るかと料理人の腕が試されそう -- (名無しさん) 2016-10-28 07:20:42
最終更新:2013年10月24日 00:28