金衛五科とは、金羅の護衛を任とする組織である。異能と才覚を駆使して金羅に迫る危機を退け、あるいは金羅の暴走を監視する役割をも負っている。金衛五科を構成するのは矯正不能とされた罪人や、捕らえられた悪仙たちである。
金衛五科の生まれたきっかけは、金羅による
世界樹の果実窃盗事件である。多くの仙人を巻き込んだ果実強盗行為によって、大延国と
エリスタリアの関係は危機に瀕した。神々の所業だから仕方ないで済ませるにはあまりに大掛かりであり、かつかたや窃盗犯、かたや大事な物をあっさり奪われるといったぐあいに、お互いの威信を大きく傷つける事件であったためである。外交努力によって関係修復が図られる中、金羅は人の世の混乱にあまりに無頓着であり、盗んできた果実がなくなったと見るや今度は仙人たちをけしかけて取ってこさせようとする始末であった。
このとき金羅を諌めようとしたのが、当時の宰相であった狐人キュウハイであった。
キュウハイは金羅に面会し、盗みなど神々のすることではないと説いた。正論を笑い飛ばす金羅に、キュウハイはこう続けた。
「盗みなどと言った簡単極まる所業は、神々の暇つぶしとしてもみっともなさすぎます」
言うまでもなく金羅による世界樹の果実窃盗は困難を極めた難行であり、故に金羅は激高した。だがキュウハイは臆せず、自分ですら金羅から盗みを働くことはその気になれば朝飯前であると豪語した。この発言を受けて金羅は八個の金炎玉を生み出し、盗めるものなら盗んで見せろ、出来なければ侮辱した罪で死だと言い渡した。ひと月の期限を切り、玉を大都から外には出さないという条件をつけてキュウハイはこれを受けた。
金羅は知恵をめぐらせ、仙人たちの協力を得て玉をさまざまな場所に隠し、あるいは罠と猛獣が守る金庫に配した。守りは鉄壁であると確信した金羅であったが、開始から一週間ほどしたある日、政務の合間を縫って面会してきたキュウハイに予告状を直接渡された。予告状には二つの玉が添えられ、じきに三つ目を盗み出すと記されていた。
金羅は玉を警護する仙人を増やし、神力の限りを尽くして玉を隠し、一つなどは自ら常に身につけて守ろうとした。だが地下の迷路に隠した玉も、砂粒に姿を変えて隠したはずの玉も、猛獣と武仙が守護する鉄壁の金庫に入れた玉も、あれよあれよと言う間に発見されて盗み取られ、次々と金羅のもとに届けられていく。ある朝眼を覚ました金羅が胸元を探ると、そこにさげていたはずの最後の一つが消え失せていたという。
金羅はどうにもたまらなくなり、キュウハイを召した。するとキュウハイは自ら牢に入っていた。盗みを働いた罰を受けているというのである。召しだされた宰相は鎖を引きずりながら叩頭し、牢獄で書いた辞表を皇帝に提出すると、金羅に対しては最後の玉を差し出して曰く、
「この通り盗みは簡単でみっともないことでございますので、以後は思いとどまっていただきますようお願い申し上げます」
皇帝じきじきに八百年の刑を宣告されたキュウハイは、しかし牢に入ることはなかった。金羅がその場で負けを認め、罪を減じるよう命じたのである。しかしキュウハイは「償うことは盗むことの百倍も難しい」として受け入れず、思い余った金羅は自らキュウハイの身柄を引き受けると宣言した。「これ以上の罪を犯さぬよう責任もって更正させるため」というのがその理由である。こうしてキュウハイは大延国史に名を残す泥棒となって『神偸大夫』の名を授かり、同時に設立された金衛五科の長におさまって、人界の手に負えない多くの犯罪者達を捕らえ、あるいは矯正に尽力した。
名門狐人貴族の生まれであり、犯罪とは縁遠い生活を送ってきたはずの秀才キュウハイがいかにして玉を盗んだかは、今もって謎に包まれている。キュウハイが全ての秘密を持って墓に入ってしまったためである。一説には、仙人たちの多大な協力があったといわれている。金羅の気まぐれに業を煮やした金侍三仙以下多くの仙人たちが、キュウハイに請われてひそかに手を貸したというのである。仙術の強力さは言うまでもなく、また玉の多くは仙人たちが護衛し、あるいは金羅の手の内を探れる立場にあったわけであるから、この説を採れば、かくもやすやすと玉が盗み出されたわけもうなずけるというものではある。証人となる仙人たちは今も存命な者が大勢いるが、仮に協力していたにせよ、彼らの口はずいぶん堅いようである。
余談になるが、八個の炎玉はそれぞれ指輪や首飾りなどの装身具に形作られ、友好の印としてエリスタリアへと贈られた。
こうして生まれた金衛五科は、その成り立ち通り、罪人の矯正を目的とする組織である。人界の警察組織の手に余ると判断された犯罪者は、死罪となるか、金羅によって直々に更正の機会を与えられるかを選ばされる。また人に害をなす悪仙たちのうち、通常の教育による矯正が困難であるとされたものたちもここに投げ込まれる。罪人や悪仙は金羅から金炎の首輪を授かり、逃亡や反逆は即座に首輪に焼かれると教えられる。こうして脱出不能の鎖につながれた罪人達は、自らの技能を生かし、世に与えた損害を償うよう命ぜられる。始めのうちこそ反抗的な態度を示すこともある彼らも、働きしだいでは刑期を減じられるとあって、多くは仕事に馴染んでいく。最後まで逆らい続けたものは金炎に焼かれるが、そうした例は歴史にもわずか三例のみである。
金衛五科は、その名の通り五つの組織に分かれている。それぞれ武科、飛科、欺科、器科、配科である。以下にそれぞれの特徴を述べる。
武科は暴力的な犯罪者や狂乱した悪仙などが配される。身に宿す暴力衝動を抑えかねる猛獣たちを矯めるべく、力の押さえ方や用い方が教えられる。構成員には超人的な身体能力をもつものも多く、武科が教える独自の闘法を身につけて百人力となる。金羅を直接護衛する任に就くのは、多くの場合武科である。
飛科は隠密や泥棒たちといった、侵入と潜伏の専門家たちによって構成される。変身や幻覚の技を身につけた悪仙もここに所属する。飛科はありとあらゆる影や暗がりにひそみ、必要なものを何でも盗み取り、あるいは盗みを妨害する。飛科の名は最初の科長であった『雪山飛虎』のガイスに由来している。ガイスは新雪の上を走って足跡の一つも残さなかったとされるほどの軽功の使い手であり、宮城に侵入して玉座の房飾りに手をかけたところを捕まって飛科送りとなった。
欺科に配されるのは知能犯罪者である。詐欺師や横領犯といった彼らは知恵をめぐらして犯罪者たちの動きを探り、陥れるための策を日々練っている。人界の犯罪捜査に知恵を貸すことも少なくない。彼らは知恵比べと称して自ら考案した犯罪の方法を互いに持ち寄り、日々意見を戦わせている。
器科は偽造犯や器物の悪仙が所属する。五科の活動に必要な道具を何でも揃え、宝貝と呼ばれる仙具や美術品の所在を把握し、ひそかに管理している。五科の中で最も構成員の数が多いのは、刑期が済んだにもかかわらず残留したがる者が大勢いるためである。仲間内で暮らす方が人界よりもはるかに居心地よいと感じられるのがその理由だという。
配科は特殊な科であり、他の科を管理するのが役割である。各科の長は配科にも同時に所属し、配科の長は金衛五科全体の長を兼任する。ほとんどは仙人か、引退した官僚である。稀に、犯罪組織の長や高級官僚が捕まることがあった場合、彼らの人脈や管理能力が評価されてここに配置されることもある。卓越した犯罪者の管理と監視に日々頭を悩ませる難しい仕事である。金衛五科の長は特別に金炎ではなく金の首輪を授かるが、これには『易莫若非』の躍字が彫り込まれている。初代の長キュウハイから受け継がれたものであり、意味するところは「悪事ほど簡単なことはない」といったところである。単に金衛五科と言った場合、あるいは誰かが公の場で自らを金衛五科に所属していると述べた場合には、それは配科の事を指すとしてまず間違いない。
こうした五科は、仙人たちや警察組織と協力して犯罪の防止や解決に当たっている。法に通じる者が「五科送り」と口にする場合、それはおおよそ「迷宮入り」ほどの意味である。また金羅のそば近くにあって護衛し、金羅が悪事をたくらまぬよう三仙の指示を受けて行動することもある。帝国に散らばる金羅の分神の所在を把握し、たくらみごとを暴き、気づかれることのないよう陰に潜んで金羅を見守るのである。
金羅もまた、彼ら五科を愛し、自ら矯正しようとしてさまざまな難題を申し付けることもある。こうした難題の中で最も困難だとされるのは、新年に金羅が五科一同を集めて垂れる訓示である。長い、話がそれる、結局何が言いたいのか分からないと評判の説教だが、五科の者は表立って文句を口にすることはない。矯正の甲斐あって、多くのものは金羅に逆らうことなど思いもよらなくなっているためである。
大延国とて犯罪の絶えた国では決してない。しかし、自重を知らぬ悪人や犯罪者にはかなり分が悪いと言うには差し支えないだろう。悪事ほど簡単な事もないにせよ、整った法制度や豊富な人員、そして五科のように特別な組織の全てから逃げおおせることはまた別の話である。
終わり
但し書き
文中における誤り等は全て筆者に責任があります。
- 金羅は民に最も近い神なんだろうなと。民から神への声もそういう背景があるからこそなのかなと思った -- (としあき) 2013-11-14 22:43:06
- 最初の一行だけだと肝っ玉母さんの更生ハウス。 国家関係を重視していた大延の腐心と五科の歴史の完成度の高さは歴史番組を見ている様だで情景が目に浮かぶ。 応用解釈も面白いですね -- (名無しさん) 2013-11-14 23:49:44
- 金羅が起こしたはじまりから色んなエピソードが盛り沢山!だけどももっと書きたいけどぐっとまとめたという空気もちょっと感じた。『易莫若非』のさわりが特によかったです -- (とっしー) 2013-11-15 22:41:54
- 説得力のある分かりやすい逸話でした。話が通じるという点が奔放ながらも民が支えようと思える神なのかもしれませんね金羅様。上には上がいるという関係の元で能力を活かす奉仕職ですがそれでも焼かれた三例ありというのが意外で面白いですね -- (名無しさん) 2018-03-18 16:12:16
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最終更新:2013年11月13日 20:22