【 ドイツにて
ゲート発生 】
1991年1月16日某時、イラクにて空爆如何により世界情勢が緊張の度合いを増す中で
東西ベルリンを隔てていた壁跡に近い市内中心の競技場にて清掃員はそれを目撃する。
「何が起こったのか今でも全く分らない。 右を向いて芝生を見てラインの具合を確認し、左を向いたら“それ”があったので」
競技場の中心に突如出現したのは巨大な壁で、それは実際に凹凸のある幾何学模様で埋め尽くされていた。
全長20余メートル 全幅10余メートル という巨大物体の厚みは 1メートル しかなかった。
揺れも倒れる気配も見せない壁に接近したのは、清掃員からの通信を受けてやってきた警備員である。
「見た目は耳の丸いパンの切り身にピーナッツバターと黒糖シロップを交錯させるように厚塗りしたようなもので…」
食いしん坊と同僚からの評判高い警備員は壁をそう表現している。
警察や役所への連絡が進む中で壁は照明に照らしだされ、益々もってその異様な実態を見せ付ける前で、不意に警備員が壁へ接近した。
「何だか美味しい匂いがしたので」
という理由で警備員が壁に近づくと、壁は激しい音を立て凹凸が組み替えられ眼前に扉を形成した。
何の躊躇もなく扉を開けた警備員は光に包まれその場から消えたと清掃員が証言している。
ドイツ軍が壁と競技場周辺の包囲を進める中で、警備員が消えた裏側の壁が突如動き出し、発光すると扉が形成され開かれた。
── 肩を組んで意気揚々と現れた赤ら顔は、これから先の“彼ら”との交流を示唆していた ── 軍緊急包囲隊長の言
この時に壁、扉から出てきたのは警備員と
ドワーフと
ホビットが数名。 酒瓶を持って現れたとされている。
異なる世界と異なる生命体との邂逅であったが、ことドイツでは争いも起こらず平和的に事態が進んでいる。
神の命によるところよりも、異世界との協調共和による進歩を求めると主張する彼らと
当時東西ドイツ併合からの不況などにより疲れきっていたドイツには戦う事を求める声があがらなかった事が重なっていたためともされている。
以後、競技場は国に接収されゲート管理場となる。
翻訳加護による意思疎通が可能な事から、世界間移動の規則、法整備もスムーズに進み厳重堅牢な防護措置なども建造される事はなかった。
そして国は管理場周辺10km市街を交流特区として異世界、
クルスベルグと繋がる。
当初、異種族の居住権は認められるまでは至らなかったが、危険物の不携帯(クルスベルグでは金属器物の携帯は常であったため)を証明すれば
自由に特区内の移動と施設の利用が可能とされていた。
国家負担も軽微かつ友好的に住民レベルで交流が発展している状況を参考にする国も多いドイツ、ベルリンで
広く異種族が共に生活する日は近いと見られており、本格的な
異世界国家領事館が作られたのもドイツが世界で最初である。
尚、世界間移動に際しては健康診断と病毒検査のクリアと身分証明があれば可能になっている。
通行料も各検査利用と管理場維持のための費用捻出のための軽微なものである。
スレネタのベルリン市内競技場にゲート誕生から
ドイツゲートを仮説しました
- 疲弊していたのが幸いして平和な交流ができたというのは面白いな -- (としあき) 2013-11-21 23:06:56
- 門の向こうの種族と波長が合ってた国はラッキーだな! -- (名無しさん) 2013-11-22 23:26:55
- 職人同士というのもあるんだろうけどドワーフやノームが理性的だったから友好関係もうまくいったのかも -- (名無しさん) 2013-11-25 14:13:36
- やっぱり対話が一番だねと。都市の中心でゲートが開いたけどスムーズに交流が進むのは理想的だと思う -- (とっしー) 2013-11-28 23:04:59
- この調子で他国のゲート誕生エピソードも見てみたい -- (名無しさん) 2013-11-29 21:13:23
- つくづくファーストコンタクトってめっちゃ大切だよなーと -- (名無しさん) 2015-04-23 23:05:48
- 大ゲートの場所が各国様々であるように異世界との初コンタクトにも各国の色が出ているようで。それでもやはりどのような者が出会うのかというのがその後に影響するような気がしますね -- (名無しさん) 2018-04-08 17:31:10
最終更新:2013年11月21日 01:30