「何の価値があるのか」
そう切り出したのは
マセ・バズークからの留学生、地球観測展開型蟲人第3世代1期コード00001である。
社会に馴染むよう外見を中心に変更がかけられ続けたためか、かつての蟲人とは比べ物にならないほど「人間」だ。
が、主に論理性や精神面に置いて、特にコード00001は人とは隔たりがある。
他の第3世代蟲人らが、地球風ニックネームを名乗り部活動に励み放課後に寄り道をして買い食いするまでになったのに対し、
コード00001はそれらに価値を認めず、いまだ『観察者』であり続けようとしていた。
「何が?」
のほほんと答えたのは、典型的日本人女性の浮田あすなろである。
度を越したお人好しで世話焼きのおせっかいなあげく、空気の読めなさからグイグイと交友関係を広げ続ける彼女は、
さも当然のごとく孤高の観察者であったコード00001の領域へと足を踏み込んでいる。
異世界でのエネルギー補給状況を観察していたコード00001の隣へ、当たり前のようにB定食を持ってきたのだ。
「食事とは、エネルギー摂取と身体構築およびその保持の為の栄養素を確保するだけで十分だ。
何故チキュージンはそのように無駄かつ意味のない加工を施すのか」
第2世代から実装された音声言語にてコード00001は大いに語った。
マセ・バズークにおいてはフェロモンを用いてコミュニケーションを図るのが一般的だ。
が、それでは地球において不便であるという結論が出て以後、多くの群れは音声コミュニケーション併用とした。
「無駄じゃないよ。学食のトンカツ美味しいし。
トンカツって知ってる?これはもはや和食と言ってもいいよねぇ」
ちなみに十津那学園学食『すたーしーかー』において、B定トンカツの地位は絶対的なものを示す。
A定の日替わりランチ、C定の今日の焼魚とは一線を画すのである。
マンネリゆえにランチを変更しようという話題が持ち上がった時に、運動部を中心とした学食立てこもり事件が起こったのも
このB定トンカツを死守せんがためであったと伝えられている。
「味・・・それだけで栄養価を劣化されるというのか。まったく理解できない」
そう言いつつ、コード00001は宇宙食のようなキューブを口に入れた。
理性的な生き物ならばこれで十分とでも言いたげな様子だ。
「これそんなに体に悪いかな。
サラダもついてるし野菜も食べられて健康に良さそうなんだけどな。
ていうかマズいものなんて食べちゃダメだよ。
美味しいものを食べたら心が幸せになるんだからね。
あ!ショーセーだ!ショーセー!こっちー!
イーちゃんもいるじゃーん!こっちきなよー」
浮田は知り合いを見つけ、急に立ち上がって手をブンブンと振り回した。
やってきたのは
ミズハミシマ出身であろう蛙人とその連れらしき蛇頭人の娘と、
エルフの娘だった。
露骨に迷惑そうな顔をしながら、蛙人は言った。
「何度も申し上げるが、小生の名はショーセーではない」
「えへへへ。ゴメンね。どうも発音が難しくて名前を覚えらんないや」
「このやり取りも何度目であろう。小生はショーセーでもなければピョンキチでもない。
多少は名を覚える努力をしていただかなければ困る」
「みんなイーちゃんみたいに覚えやすい名前だったらよかったのに。
イーちゃんはイスズ。実にわかりやすい。うん」
エヘラ笑いを浮かべながら浮田が力強く頷く。
「ボクの名前も本当はもっと長いんだけどね」
ちょっと困った表情で、エルフの娘が呟く。
「えー!?そうなの!?ジュゲムジュゲムみたいな感じなのかぁ。
そうそう名前!君は名前なんていうの?ジュゲム的な?」
くるりと顔の向きを変えて、浮田はコード00001の方を見た。
「それも価値を感じない。固体名など識別できれば十分ではないのか。
私は『地球観測展開型蟲人第3世代1期コード00001』だ」
「やっぱジュゲムかー
イーちゃんとかショーセーとかユーダちゃんは頭いいから覚えられるんだろうなぁ」
そういう問題なのだろうか。苦笑しつつ3人は顔をあわせた。
その時、学食の中で流れていたBGMが変わった。
女性ボーカルだがどこか機械的なものを感じる不思議な声質だ。
「あ、これMICちゃんの歌だ」
蛇頭人の娘はこの歌の主を知っているようで、鼻歌をうたいながら聴き惚れていた。
「ミクちゃん?」
「先週の『ヤマラジ』で紹介されてたんです。私、ヘビーリスナーなんです。
なんでも蟲人のボ-カリストらしいですよ。それで名前がMICちゃんって言うんです。
私は歌うのが苦手だから、凄く羨ましいです」
蛇頭人の娘は、口をかぷかぷしながら力説した。
「地球観測展開型蟲人第3世代9期822号か。まったく理解できない。
このような情報発信をして何になるというのか」
コード00001は即座に音を分析して、それが他の群れで生まれた同属だと判定した。
と同時に、『彼女』が特定情報を内封した音声データを無作為に広めている意味の理解しがたさも表明した。
「う~ん。キミは固いねぇ。
音楽なんて聴いてみて良いなって思ったらそれでいいんだよ。
そうだ!みんなでカラオケ行こうよ!ちょっと待ってね。誰が~これ~るかな~」
そう言いつつ、浮田はスマフォの表面につらつらと指を滑らせる。
「決定なんですか?恥ずかしいなぁ・・・ボク、歌なんて人前で歌ったことないのに。
メノー忙しいかな。アルバイトは明日のはずだったけど。一緒に来てくれないかな」
嘆息するエルフの娘。
「小生は郷里にて歌いなれているから何とも思わないぞ。
何せ幼少期に輪唱頭をつとめた事もあるのだ」
蛙人が自慢げに言う。
「じゃあ私はAkbのヘビーローテーション歌う~」
ウキウキとしだす蛇頭人。
「まさかとは思うが、私も同行することになってはいまいな。
私はあくまでも観察者であり、事象に介入する気は・・・」
すると浮田は、その特性とも言うべき空気の読めなさ感を全開にした一言を放った。
「さっきから思ってたんだけど、キミ、ぜんぜん観察できてないじゃん。
理解できないってのは、観察が足りないからじゃないのん?
食べ物だって歌だって、世界には良いものがい~っぱいあるんだぞ。
さ、一緒にカラオケ行こうよ。異文化交流には歌が一番だって奥山さんも言ってたよ。
それにいまどきの観察者は、観察対象の中に入り込んでいくもんだって川津も言ってた」
この一言にはコード00001も少なからずショックを覚えた。
他の観察者に比較して、自分の群れへのレポートに不足を覚えていたからだ。
「あの、浮田さん。まさか今すぐ行くワケじゃないですよね。
ボクらまだ午後の講義ありますからね」
「イーちゃん大丈夫だよ~
それはさすがに忘れてないってば」
焦るエルフ娘を尻目にエヘヘ笑いを続ける浮田。
そんな浮田に対し、コード00001は他愛もない事を尋ねてみた。
それはこれまでのコード00001の生き方からは想像もつかない言葉だった。
「仮に、私にあだ名をつけるとしたら、あなたならどうしますか」
それに対して、浮田はこう答えた。
「そんな事より、ミイちゃんもカラオケ、行くよね?」
と。