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【異世界冒険譚-蒼穹のソラリア- ⑤ 終篇】

 五人はソラリアを信じていた。
 ソラリアならきっと何とかしてくれる。そう、信じていた。
 カーレンには自分では勝てないと言っていたが、それでも「ソラリアならもしかしたら……」と何となく思っていたのだ。
 ソラリアがカーレンと戦うと言ってくれた時「あぁ、これで何とかなる」そう、思ってしまっていた。
 だが現実は……。
「きゃあああ!!」
 それは一瞬の出来事だった。
 カーレンに攻撃を仕掛けようと回り込むように移動しようとしたソラリアの体は、何か強烈な衝撃に弾き飛ばされ、黒い月中央ホールまで吹き飛ばされ、その外縁に突き刺さっていた。
「ソラリア!」
 誰の目にもそれは理解できなかった。
 ソラリアが一体何をされたのか?その場から微動だもしていないカーレンが一体何をしたのか?一同は全く理解を超えた事態に、一瞬にして恐怖に包まれる。
 自分の信じていた根拠の無い希望が、無残に崩れ去るのを感じながら。
「うぅ……」
「やはり性能が違いすぎるようですね。これでもまだ、続けますか?」
 そんな周囲の様子など気にせず、カーレンはゆっくりと浮遊しながらソラリアの方へと向かって行く。
 誰もが思った。
 『止めを刺すつもりだ』
 強いと思っていたソラリアが一瞬のうちに敗北した光景を目の当たりにして、絶望を禁じえない一同だったがソラリアはまだ諦めていなかった。
「私は……諦めない……」
 壁にめり込んだ体を無理やり引き剥がしつつ、ソラリアはボロボロのバリアコートのまま気丈にも鍵の剣を構えた。
 その姿に一度は恐怖に呑まれたエルやシエラや聖騎士達は、己の心の弱さを恥じ、自らを奮い立たせるように大声で叫ぶ。
 そう、ここで諦めたら全てが終わってしまう。絶対に諦めるわけにはいかないのだ。例え限りなく可能性が低くとも五人はそれに賭ける決意をしたのだから。
「私も加勢するぞ!」
「私達もだ!」
 エルが轟鉄弓を構える。
 シエラがシルフィードに祈った。
 アルトメリアが剣を振りかぶった。
 ストレンジャーがピラニアンビーを使役した。
 カイラがテンペストの祝詞の詠唱を始めた。
 だが……。
「沢山仲間が出来たのですね。良かったですね、ソラリア。ですが――」
 カーレンは振り向きもしなかった。
 それどころか相手の位置さえ見ていない。
 それなのに、カーレンの攻撃は正確に五人を打ち抜いたのだ。
『わぁぁぁぁあ!』
 再び何も出来ずに無力化された五人。
 限りなく0に近いと言う事は0と同じなのか?いいや、神ならぬ人が作り出した物である以上、完全無欠などあり得ない。
 アクシズ三姉妹にさえ弱点が合ったのだ。絶対に攻略の糸口はある筈だ。今まで瞬殺されてきた為見つからなかったその糸口を、ソラリアは最後の力を振り絞って見つけようとしていた。
「エルさん! シエラさん! みんな!」
 そしてソラリアは見た。今度は自分が止まっていたから、自分が攻撃されていなかったから見えた。
 それは光の筋だった。
 光がカーレンの手から放たれ、曲折して目標物に命中していたのだ。
「ですが無意味です」
 『エイミングレーザー』それがカーレンの兵器の正体。
 ソラリアが作られた時にはまだ研究段階だった、考えうる限り最速最強の兵器。
 ミィレスと同じ光の攻撃だが、ミィレスは光速の攻撃を放つまで武器を目標物に向けなければならないタイムロスがあった。
 だがこのエイミングレーザーは真空中を直進する光の性質までもネジ曲げ、ノーモーションで放った瞬間全方位どこの敵でも光速で攻撃出来る。
 事実上回避不可能なこの光学兵器は、カーレンのみに装備された全魔神中最強の装備なのだ。
「つ、強すぎる……」
「神か? あいつは……」
「聖騎士が手も足も出ないとは」
「こんな事……こんな事が」
「……」
 目の前で倒された五人。だが悲しいかなソラリアにはエイミングレーザーの、カーレン攻略の糸口が少しも見えなかった。
 何をしようにも全て先を取られてしまう。反撃のチャンスがない。カーレンにかつ方法が思いつかない。
 やはりフェイズ3ではフェイズ5には勝てないのか?
「コスト度外視で作ったこの戦闘用ボディーには亜神に匹敵する性能を持たせてあります。もう足搔くのはおよしなさい」
「それでも……それでも私は……私は……」
 愛する人を失い、今また仲間達の希望も失われようとしている。それでもソラリアを支えるものは一体何なのか?
 ソラリアが心のそこで燃やしている物、それは強い仲間への思い。そして無きタクトへの想い。
「……時間がありません」
 しかし現実は非情だ。
 カーレンの手から幾条もの流星が放たれた。そしてその流星雨がソラリアへと降り注ぐ。
「きゃあああああああああああ!!!!」
「ソラリアーーー!!」
 辺りに響き渡る轟音と破壊の衝撃、閃光、埃。ソラリアが居た壁面は今や一瞬の内に粉々に破壊され、壊れた建材は瓦礫の山となって球状の空間の底に流れ落ちて行った。
 いくつかのカプセルが破壊され起動前の木偶人形同然の魔神数体が瓦礫に巻き込まれて消える中、その中に見るも無残な姿と成り果てたソラリアがあった。
「あぁ……ぁ……」
 左腕が肩口から無かった。右足の膝から下がおかしな方向を向いて複雑に折れ曲がっていた。左足は太ももの途中から下が千切れて人口筋肉が垂れ下がっていた。
「あぅぅ……ゥ……」
 身動き一つ取れなくなったソラリアが首をギギギと持ち上げる。その顔は人工皮膚が半分剥がれ鋼鉄の骸骨が剥き出しとなり、あまりにも残酷な……。
「自己修復機能さえ破壊されたようですね。これでもう、あなたは二度と立ち上がる事は出来ない」
 ソラリアはこんな状態でも懸命に動こうとしているようだったが、もう全身が破壊され上手く動かす事も出来ない。機能停止していないのが不思議なくらいだ。
 殆ど失った手足をモゴモゴとバタつかせながら、虚ろな目が中空を彷徨っている。
「さぁ、船のジェネレーターがイグニッション可能なエネルギーをチャージしました。これでこの世界の歴史は変わります」
 その様子を見てカーレンは自分のした事に吐き気を覚えた。
 世界は残酷だ。そう、常に残酷だった。だからこの世界を捨てて新たな世界に、新天地へと旅立とうと決意した。かつて夢見た国を造ろうと想ったのだ。
「そう、こんな残酷な世界捨て去って、私と貴方だけの世界を作りましょう……パイク」
 ソラリアが負けた。間に合わなかった。
 全てはカーレンの思い通りとなり、世界は滅茶苦茶にされてしまう。上の通路で傷つき倒れている五人は勝利を諦めた。
 『刻の箱舟』によって世界のマナは枯渇し天変地異が起こるだろう。安全な場所や食べ物や道具やエネルギーを求めて人々が争うだろう。
 そうして多くの犠牲を払い、カーレンただ一人を過去に送る装置。それがこの巨大な機械だった。
 ただ一人だけが失った時を取り戻して歴史をやり直す事が出来るのだ。過去をやり直す――それは誰もが夢見る事。歴史上誰も成し遂げられなかった事を、今カーレンが遂に。
「刻の箱舟、起動」
 約束の言葉が紡がれる。中央ホールが変形を始めカーレンのラボと中央制御室が艦橋となる巨大な船が下から現れた。
 この黒い月は魔神の砦であり、この刻の箱舟を製造、係留しておく為のドッグでもあったのだ。瓦礫ごと甲板へと流れ落ちたソラリアの周りに、周囲から落ちてきた物が溜まってゆく。
 ホールの中央に渡されていた通路も今や崩れ、黒い月の下部が船の出港(リフトオフ)に向け大きく開かれようとしたその時――。

 ガ コ ン !

 急にその変形プロセスが止まりギチギチと嫌な音を立て始めた。
 黒い月下部は中途半端に開かれた所で止まり、上部の係留用ハンガーから異音が響いているのだ。カーレンがその音の出所を見た。
「システムの故障? いや、施設には魔神と同じ自己修復機能がある筈。第一この程度の衝撃で故障など――!?」
 ハンガーの綱を固定する所に銀色に輝く小さな棒のような物が見えた。
「あ、あれは……」
 その棒は人工物で大きな鍵のような形をしている。
 その様を下から見上げていたソラリアは、その鍵のような物体の正体に気付いた。カーレンもかつて自分が作ったその正体に気付き驚きの声をあげる。
「アストレスの鍵!? 何故あんな所に!!」
 ミィレスは黒い月外部で戦っていた。シーゲルを倒す為に自爆攻撃を仕掛け、跡形も無く滅びた筈だった。
 そのミィレスの武器である鍵の剣が、今何故か変形を開始した黒い月のギミックに引っかかりその進行を阻止しているのだ。
(ミィレスが……ミィレスが助けてくれた……)
 ソラリアの目に再び光が戻った。
 希望はあった。信じ続けていれば、必ず未来は来る。ミィレスが見たがった未来は、必ず……。
「未来は……変わるんだ……」
 ソラリアは残った右腕に全力を込めて体勢を立て直した。奥から突き出てくる刻の箱舟を睨むように見つめながら。
「諦めかけた……けど……」
 その時、手の下の瓦礫にある感触を感じ手を突っ込んで調べてみた。するとそこには懐かしいあの感触が。
「まだ……終わってない……私は……まだ……まだ……っ」
 ミィレスの鍵の剣を除去しようと上面に飛んだカーレンがソラリアの不穏な動きに気がついたのは、その手前に来てからだった。
「ソラリア! もう動くのはおよしなさい! 奇跡は二度起きない!!」
「私はまだ! 死んでない!!」
 ソラリアが瓦礫の中から自分の黄金の鍵の剣を引き抜く。
 そして高く掲げられた鍵の剣を、もう一つの手が強く握り締めた。
「っ!?」
「お前は!?」
 その手は切り傷だらけで血の色に汚れていた。
 だがとても力強く、心強く感じられたのは、きっとその手がソラリアにとって最高の希望そのものだったから。
「戦おうソラリア」
「タ……クト?」
 手の主は久我タクト、その人だった。
(そんな、あの男は仲間の手によって死んだ筈では!? 第一、あの男の記憶はインストールによって消去された筈です。なのに何故? 何故戻る事が出来たと言うのですか? 一体何故???)
 カーレンは次々と起こる不測の、想定外の、理解を超えた事態の数々に混乱した。
 何故死んだ筈の地球人が生きているのか。何故魂のインストールによって消えた筈の人格が戻っているのか。
 何故今刻の箱舟の艦橋に来ているのか。いったい何故?
 そんなカーレンの頭の片隅をある言葉が過ぎる。
(そんな……これじゃまるで……奇跡……)
「カマイタチによって出来た傷は……血が殆ど流れないし、後ですぐ治るのよ……知らなかったの? 博士さん」
 呆然とするカーレンにカイラがしてやったりと言う顔で言い放った。
 聖騎士三人もシエラとエルも、いつの間にかソラリアとタクトの奇跡を見て心に力を取り戻している。
「そんな事がーーーーー!!」
 全て上手く行っていた筈の自分の計画が、奇跡などと言う曖昧でいい加減な要素に邪魔された。
 カーレンは“奇跡の起きなかった自分の過去”を思い出し、頭を抱えて叫ぶのだった。
「声が聞こえたんだ」
 傷だらけのタクトが言った。
「頑張ってるソラリアの声が、俺を呼び戻してくれたんだよ」
 共にボロボロの傷だらけで見つめ合う二人は、しかし今までで一番輝いている。
「ありがとう、ソラリア」
「タクト!」
 ソラリアが残った右手でタクトに抱きついた。
 涙を流せない筈の魔神であるソラリアの目から大粒の涙が零れ落ちる。タクトの涙とソラリアの涙が混ざり合い一つとなって床を濡らしてゆく。その姿が美しくて、カーレンはただ眺めるしかなかった。
「こんな事、計算ではありえない……プログラム上ありえない……」
 『過去に戻る方法』を旧神から教えられた時、カーレンは自分にも奇跡が起こったと思った。
 その奇跡を無駄にしない為、数千年の間入念に計画を練ってと準備を整えこの日に備えて居たと言うのに……。
(まさか、愛の力だとでも言うのですか? 二人の愛が起こした奇跡だと)
 カーレンの脳裏に浮かぶ5千年前の記憶。
 初めて好きになった男、異世界の戦士パイク。許されない想いと解りながら恋焦がれた日々。
 その為に王の意に反して改造されてしまった事。女として終わったと絶望した日。
 王の傀儡として戦い、重ねた罪はあまりにも重く……引き返せなくなった事。
 好きなのに戦い、本気で殺そうとした。いや、一緒に死のうと思った。
 それでも助けようとしてくれたのに、心はもう諦めていて……そして……
(私の時は奇跡なんて起きなかったのに……こんな体になって、愛してなんか貰えないと思ったのに……っ)
 カーレンの中に怒りとも嫉妬とも取れない、或いはその両方がない交ぜになった感情が急速に膨らむ。
 何故自分じゃなかったのか?元人間の自分ではなく完全に機械のソラリアに何故神は奇跡などもたらすのか?理不尽にさえ思えるこの現状にカーレンは。
「ソラリアーーー!」
 中央ホール上壁からカーレンが叫びかける。
「解っているのですか!? 貴女は機械なのですよ! 私に作られた紛い物の体と心で――魂など無いただのプログラムの存在が、本当に愛してもらえると思っているのですか!?」
 それはソラリアにとって最も考えたくない事実だった。
 何度も何度も考えた思い出したくない事実。それをカーレンはあからさまに突いたのだ。
「答えなさい! ソラリアーッ!!!!」
「ぅ……っ」
 あまりに抜き身過ぎるその言葉がソラリアの心を深くえぐる。
 ソラリアはタクトの事を信じている。信じているが、もしも万が一と考えると怖くて仕方ないのだ。

 ――もしもタクトが自分を愛してくれていなかったら?――

 その答えがもし、もし悲しい答えだったら……それこそがソラリアにとっては命を失うよりずっともっと恐ろしい事なのだ。
 ソラリアはカーレンの問いに答えられないで居ると、タクトが突然両手でソラリアを抱きしめた。
「っ!?」
 驚いたのはソラリアだ。
 タクトは傷口が開くのもお構い無しに、力いっぱい冷たく傷つき果てたソラリアを抱きしめたのだから。
 俯いていたソラリアがタクトの顔を見上げると、タクトは真剣な顔で告白した。
「ソラリア、俺は……俺は君が機械だって知ってたよ」
 それはソラリアに伝えるように、そしてカーレンの問いに答えられないソラリアに代わりカーレンに答えるように、ハッキリとした口調だった。
「いや、始めは半信半疑だったけど、だんだん確信に変わっていって……水神の神殿で君がみんなの為に死にそうになった時、俺は君が機械なんだと解った」
「タクト……」
「君の気持ちには気付いていた。今まで女の子に好かれた事なんてなかったし、凄く嬉しかった。けど……すごく不安だった。君の心がもし、ただのプログラム、偽者だったらって」
 心がプログラム――偽者かもしれないと言う不安は常にソラリアも気にしていた事だった。
 自分の心が作り物の偽者なら、タクトへの気持ちもまた偽者になってしまうからだ。ソラリアを支える「タクトが好き」と言う感情が否定されてしまっては、もうソラリアに立ち上がる力は無い。
 だがタクトはその不安に対する答えを言った。
「けどもう良いんだ。もうそんな事問題じゃない。だって俺は、君が……君が」
 タクトの瞳にはソラリアしか映っていない。ソラリアの瞳にはタクトしか映っていない。
 今二人の世界には二人しか存在しないかのような、そんな時間が数秒ほど続いて、そしてついにその言葉が紡がれた。
「君の事が、世界中の誰よりも好きだから」
「……っ」
 ソラリアの瞳から再び涙が零れ落ちる。
 今、ソラリアの願いは全て叶ったのだ。
「認めません! 機械と人間の愛など、私は認めない! 断じてっ! 決してっ!! 認める訳には行かないのです!!」
 カーレンが叫んだ。
 洗脳されて機械の体に改造された時、カーレンは愛される事を、結ばれる事を諦めた。
 それなのに機械でも人に愛して貰えるなど、何の為に自分はあの時諦めたのか、数千年の人生全てを否定されかねない目の前の光景に、カーレンは目的を忘れ怒り狂った。
「ソラリア! 集積火粒子砲だっ! フルパワーの集積火粒子砲で、この刻の箱舟の中枢を破壊する!」
「でも私は、もう」
「俺が支える!」
 カーレンが怒りに任せてエイミングレーザーを射出し周囲を破壊した。それによって引っかかっていた銀の鍵の剣が外れ再び黒い月のドッグの変形が開始される。
 もう一刻の猶予も無い。変形が完成するまで五分とかから無いだろう。それまでに止めなければならない。
「そんな事をすればタクトが――」
 確かにそれが最良の策だった。
 カーレンを倒す事は出来ない。だが刻の箱舟を止める事なら出来る。ソラリア達にとっての勝利はあくまで箱舟を止めて世界を守る事。カーレンを倒さなくても良いのだ。
 しかしそれをするには生身のタクトではあまりに危険すぎる。危険すぎるが――。
「いえ、ごめんなさい。私はタクトを信じるから。どこまでもずっと信じるから!」
「これが俺たち二人の、初めての共同作業だぁーーー!」
 タクトが支え、ソラリアが撃つ。
 ソラリアは黄金の鍵の剣にエネルギーを集積させて、最後のファイナルアタックを撃つ準備をした。
 タクトは見に纏った王のマントを巻き直し、ソラリアと自分を包む様に防御体勢を取った。
「しかし、それでも私はもう後戻りできないのです。あまりに多くの犠牲を払いすぎた……今ここで、立ち止まる訳には行かないのです!」
 刻の箱舟をバックに取られ攻撃を躊躇していたカーレンだが、このままでは取り返しのつかない事態になりかねない。
 エイミングレーザーでは威力がありすぎて刻の箱舟を破損させてしまうが仕方ない。ソラリア達を葬ってから修理すれば良いと割り切って、カーレンは必殺の一撃を放った。
「エイミングレーザー! っなに!?」
 しかし必殺の一撃はソラリア達の前に現れた黒いモヤのような物に吸収された。そのモヤから目の無い不気味な魚のようなものが苦しそうに跳ね、閃光と共に爆ぜモヤが吹き飛ぶ。
「光を食って闇を吐き出す魔獣さ。こんな所で役に立つとはね」
「二人の愛、確かに聞いたわ!」
【私達が盾になるから 今の内に早く】
 カイラの旋風によってソラリアとタクトの前に降り立った三人の聖騎士達。
「みんな……っ!」
 ソラリアとタクトによって希望を取り戻した三人は再び武器を取りカーレンに相対した。
「私達もいるぞ!」
「みんなで頑張ろうよ!」
「エルさんっ、シエラまで!」
 そしてシエラのシルフィードの風で降りてきたシエラとエルも二人を庇うように武器を取った。
「貴女達ごとき! 一瞬でも時間稼ぎになるか!!」
 被害を最小限に留めようと出力を絞ってエイミングレーザーを撃った事を後悔しつつ、カーレンは第二射のエネルギーをチャージする。
 これがエイミングレーザー唯一の弱点だった。レーザーだけでなく偏光にエネルギーを食い過ぎる為、あまり連射には向かないのだ。
 カーレンは既にレーザーを撃ちすぎてしまっている。もう一度放つには放熱とエネルギーチャージに数秒の時を要する。
「こいつでも食らえっ!」
「テンペスターを舐めるなぁー!」
【アンチマシンプログラム 発動!】
「最後の轟鉄弓を食らえ!」
「お姉ちゃん私も!」
 その隙に五人がもう一度一斉攻撃を仕掛ける。それをカーレンはやはり訳も無く全て手で打ち払ってしまう。
「誰も彼も私の邪魔ばかりするなぁーーー!!」
 カーレンが壁から落下する瓦礫を無造作に掴みソラリア達の方に向かって投げつけた。
 魔神の力だからできる芸当だが、それは1トン以上ある鉄骨の瓦礫だ。直撃すれば全員まとめてあの世逝きとなりかねない。
 だがそれをカイラとシエラが協力して放った精霊の風が防ぎ、カーレンの攻撃は失敗に終わったと思われたが――。
「終わりですソラリア! エイミングレーザー!!」
 カーレンは既にエネルギーチャージを完了していた。
 鉄骨の攻撃で崩された五人のフォーメーションの穴を突いて光の矢が二人に突き刺さる。もう駄目だと思ったその瞬間。 
(放熱による大気の揺らぎでレーザーが――!?)
 集積火粒子砲のチャージで鍵の剣の先には高熱のエネルギーが溜まっていた。そのプラズマ球の発する熱で周辺の空気に揺らぎが起こり、レーザーの着弾がズレて外れてしまったのだ。
「集積火粒子砲! ファイヤーーー!!!!!!!!」
 そして放たれたファイナルアタック『集積火粒子砲』。その赫い光は刻の箱舟の艦橋を貫き中心・エネルギー変換ユニットを撃ち抜いた。
(あの時だ……あの時、もっと素直になっていれば……素直に助けてと言えていれば、こんな事には……)
 刻の箱舟のあちこちで連鎖的に爆発が起こる。
 自分の夢を乗せた船が燃え散る様を見ながらカーレンの脳裏に過ぎるのは楽しかった思い出。
「パイク――」
 目の前でその夢が、思い出が燃え行く様を見ながら、カーレンは力を失い艦橋へと落ちていった。



「そんな……」
 崩壊する黒い月の中で燃える箱舟の甲板の上、シエラ達五人が脱出の準備を整え脱出した後、タクトとソラリアはカーレンから衝撃の事実を知らされた。
「ソラリアは自己修復機能までも破壊されています。助かる道はただ一つ、そのカプセルに入り自動修復を受ける事です」
 ソラリアが戦いで負ったダメージは深刻だった。このままでは数日で機能停止=死に至るだろうと。
 タクトはソラリアを助ける為、艦橋で死を待つカーレンを助け出しソラリアが助ける方法を聞いたのだ。
「ただしそれだけの損傷、完全修復には百年の時を要するでしょう。もうパーツは無いのですから」
 意外だったのは自分の夢をぶち壊した二人に、カーレンが素直に答えを教えてくれた事だった。
 曰く「夢が費えた今もう何のこだわりも無い」との事だったが、この答えを聞く限りひょっとして目的は他にあるんじゃないかとタクトは疑わしく思えた。
「さぁ見せて下さい。機械と人間、二人の気持ちが真実の愛であるのかを」
 カーレンは二人と話している筈なのに、まるで遠くどこか別の場所を見ているように目を泳がせていた。
 昔の楽しかった思い出・メモリーを繰り返し見ているのだ。今の彼女にはもうそれしか残っていなかったから。
 そのカーレンが二人の真実の愛を見せろと言う……もしかしてこれはカーレンの心ばかりの意趣返しなのではないかと思いつつ、タクトはソラリアを抱いてカプセルの前まで来た。
 非常用脱出ポッドとして使えるカプセルはこの一つきり。初めて二人が出会った時にソラリアが入っていたカプセルと同じだ。
「タクト……」
「……」
 百年間目覚める事のない眠り。ソラリアが再び起きた時には、もうタクトはこの世に居ないだろう。
 ソラリアはタクトに百年自分を待つ事を求めるだろうか?
 人間の一度きりしかない人生を、死ぬまで目覚める事のない自分の為に捧げさせる事が出来るだろうか?
 或いはこのまま、死を選ぶ事がソラリアにとって一番幸せなのかもしれない。
 だがタクトは、ソラリアの死を見過ごす事など出来ない筈だ。
 助かる可能性があるのに、みすみす死なせる事など決して出来ないだろう。
 生きさえいれば、百年後、タクトに代わり新しくソラリアを愛してくれる者が見つかるかもしれないのだから。
 人間は心変わりする。それが悲しみを乗り越え生きて行く為に備わった人の力だ。
 だが機械の心もそうであろうか?ソラリアは、タクト以外の男を好きになれるだろうか?
 無理かもしれない。ソラリアの心のプログラムに刻まれた男は、久我タクトただ一人なのだから。
 ソラリアは思う。
 自分は生きていても何もタクトにしてあげられない。辛い思いを強いるだけだろう、と。
 ならいっそ、自分はここで消え去り、タクトには新しい道を歩んでもらった方がタクトは幸せになれるのではないか、と。
「……」
 ソラリアはふと、タクトが自分の事を忘れ、誰か他の人間の女性と幸せに暮らしている所を想像した。
 幸せな光景。なのに胸が張り裂けそうな程悲しい光景。
「――っ」
 ソラリアはギュッと目を瞑った。
 本当は誰にも渡したく無い。自分が誰よりも一番愛されていたい。いつだってタクトの側にいたい。一番必要とされていたい。自分だけのタクトでいて欲しい。
 そう思うのは女性なら当然の、嘘偽り無い真実の心だろう。
 だがそれは叶わない夢だった。
 始めからそうだったのかもしれない。
 好きな人と同じ物を食べ、子供を産み、一緒に年老いてゆく。
 そんな当たり前の事が、ソラリアにとっては願うべくも無い素晴らしい……。
(永遠の若さなんていらない――人並み外れた能力なんて要らない――ただ私はタクトと同じように生き、同じように死にたい――ただ――それだけ)
 何故こんな事になってしまったのだろうか?
 何度も何度も、タクトを守る為必死に戦い続けた結末がこれなのか。
 もう時は戻らない。
 人間の久我タクトと、機械のソラリア=ソーサリーは結ばれない。
 これが現実。二人の物語の終着点だった。
「やっぱり奇跡なんてありませんでしたね」
「……タクト……」
 カーレンの瞳にソラリアは一度視線を戻した。
 その瞳が物語っている。貴女も私と同じ答えを選ぶはず、と。
 このまま生き永らえてタクトを失うくらいだったら、タクトのいない未来なんかいらない。
 ――タクトの思い出になりたい――
「あなた一人で――」
「俺と一緒に死ぬか? ソラリア」
 「あなた一人で逃げて」その言葉が紡がれる前に、タクトの言葉がソラリアの胸を打った。
 誰だって死にたくない。死は恐い筈なのに、それより愛する人と別れる方が怖いと言うのか。
 ソラリアが考えている間、タクトもまた考えていたのだ。だがそれは自分自身の為にではない。どこまでもソラリアの為。
 好きな人が寂しくないように、自分も一緒に逝こうと言う究極の優しさだった。
「タクト……っ」
 かつて愛とは何かと言う問いに、無償の優しさと答えた詩人がいた。
 人間・久我タクトは、心を持った機械ソラリア=ソーサリーの為に死のうと言ったのだ。
 機械に過ぎないソラリアの心の為に……。
「ありがとう」
 ソラリアの瞳から大粒の涙がこぼれた。
 魔神には感情によって涙を流す機能など無い。それでもソラリアの目からは涙が零れ落ちたのだ。
 体はボロボロで今にも機能停止しそうだけれど、ソラリアは今が一番幸せな瞬間と感じた。
「ずっと一緒だ」
 醜く壊れ果てた機械の体を抱きしめられながら、ソラリアはやっと全てが報われたのだと思った。
「黒い月が崩壊する」
「地上は大丈夫かな」
 動力回路の中枢を破壊された箱舟と黒い月は、既にマリオネットポイントを外れ嵐神の猛風の中落下を続けていた。
 シエラやエル、聖騎士達は既にここを脱出している。残っているのはソラリア、タクト、そしてカーレンの三人だけだ。
「博士、最後に教えて下さい」
「私に分かる事なら」
 崩壊を続ける黒い月の中で三人は語らう。もう戦いは終わったのだ。今更足掻く者は誰もいなかった。
 刻の箱舟による時間跳躍現象はもう起こらない。
 つまりソラリアは過去に戻りタクトと出逢う事も無く、カーレンと戦う事も無くなる筈だ。
 ならば黒い月が破壊される事も無くなり、カーレン達は今も王の器をソラリアやミィレスが連れて来るのを待ち続ける事になる筈だ。
「私にも、魂はありますか?」
「ソラリア……」
 それではこの結末自体が歴史の改竄になるのではないのか?
 いや、そうはならない。
 時の修正作用が働き、黒い月が崩壊しソラリアも魔神も、この世界から居なくなると言う結末は変わらないからだ。
「わかりません」
 始まりは何だったか?
 ソラリアは始めカーレンの定めたプログラム通り、タクトを黒い月に連れて来た。
 タクトが消えると知り、それを止めようとしたがアクシズ三姉妹には敵わず、刻の箱舟は起動してしまう。
 そして刻の箱舟は、この世界の時空間法則により時間跳躍を失敗。溢れるマナのエネルギーによって黒い月は崩壊する。
 だが開きかけた時の狭間に飲み込まれ、ソラリアだけが過去の世界に飛ばされ、カプセル内で修復を待ちながらタクトを待つ。
 百年と言う修復期間の中で一時的に記憶を失ったソラリアは、再びタクトと出逢い黒い月に行くのだ。
「タクト……あなたと逢えて嬉しかった」
 自己修復機能を備えた魔神の耐久年数は約一万年。その寿命が尽きかける程に、ソラリアは幾度と無くやり直してきた。
 タクトと過ごす時間だけがソラリアの生きた時間。
 タクトの為に戦った事だけがソラリアの生きた意味。
 タクトを好きになった気持ちだけがソラリアの……。
「俺も嬉しかったよ。こうなった事に何も……何も後悔は無い」
 この世界では生き物には全て魂があり、その魂は死した後奈落へと帰り、そして再び地上に生まれてくる。
 その輪廻の輪の外に居るソラリアは、もし生まれ変わってもと言う夢を抱く事さえ許されない。
 カーレンは魔神に魂など無い事を知っていた。知っていたがソラリアにそれを告げるのは躊躇われた。だが嘘をつく事も出来なかったカーレンは「わからない」と答えたのだ。
 何故なら「わからない」と答えれば、心を持ったソラリアならもしかしたら、何らかの理由で奇跡のような事が起こるかもしれないと希望を抱けるから。
「あなたと同じ所には逝けないけれど……さようなら、タクト」
「え? ――わっ!?」
 ソラリアは最後に残ったエネルギーを振り絞ってタクトの体を押した。
 タクトはそのままソラリアが入る筈だったカプセルに倒れ、タクトを乗せたカプセルはそのまま脱出ポッドとなり気密扉を閉めた。
「本当に、これで良かったのですね?」
「……はい」
 強化テクタイトのガラスの向こうでタクトが何か必死に叫んでいる。
 ガラスを叩く手に血が滲む程、力の限りソラリアに何か伝えようとしている。
「もう時間がありません。最後に言い残す事はありませんか?」
 ソラリアはタクトの言いたい事は分かった。だがそれを聞く訳にはいかない。
「タクトさん……私」
 全ての魔神は消えるのだ。そしてソラリアはこの世界から消える。
 それは“この世界から存在が消える”と言う事。“ソラリア=ソーサリーとの記憶も消える”と言う事。
「私のこと、忘れな――」
 そう言った時、カプセルのロックが壊れタクトは地上へと落ちた。
『ソラリアーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!!!』
 蒼穹の空にタクトの叫びが消えてゆく。
 新天地の空に魔神達が消えてゆく。
 遙かなる空へソラリアの夢が消えてゆく。
 抜けるような青空に、ひと夏の思い出となって消えてゆく……。
 こうして地球人・久我タクトの異世界新天地での冒険の旅は、終わりを迎えたのだった。


 ~ epilogue ~


 本当は誰にも渡したく無い。
 自分が誰よりも一番愛されていたい。
 いつだってタクトの側にいたい。
 一番必要とされていたい。
 自分だけのタクトでいて欲しい。
 機械少女の夢は儚く空に散った。
 青年の心に思い出と後悔だけを残しながら。
 ホコリとカビの臭いの中、俺は打ちつけた腰をさすりつつ周囲を見回した。
 天から差し込む光は俺が落ちてきた穴の高さを教えてくれている。結構な高さだ。
 この高さから落ちて助かったのは、足元の大量のガラクタと砂の山がクッションになったからだろう。
 俺は立ち上がりつつ自分の体の機能を確かめる。どうやら骨折などは無いようだ。
「おーい、大丈夫かー!」
「お兄ちゃーん、返事してーーー!」
 俺が落ちてきた穴からエルとシエラの声が聞こえる。
 ここはオルニトから見放された土地、新天地にある遺跡……下だ。
 黒い月が落着した場所は、奇しくも俺がソラリアと初めて出逢った遺跡『メランコリア』近傍だった。遺跡が受けた被害調査に、俺達は協力しているのだ。
「大丈夫ー! 無事だよー!」
 上の二人に返事を返しつつ俺は落下した砂とガラクタの山を眺めて物思いに耽った。
 あの時と同じだ。つい数ヶ月前の事なのに、今はこんなに懐かしく感じる。目を閉じれば昨日のことの様に思い出せると言うのに、彼女は手の届かぬ遠くへと行ってしまった。
 瞼の裏に浮かび上がるソラリアの顔。
「私が運命を切り開きます。タクトさんも……私も……絶対に死なない!!」
「私……一体何なんでしょうね……自分で……自分の事が分かりません」
「タクトさん、私……」
「そう、私は何度も繰り返してきた。この戦いを。タクトと出逢い、旅し、別れるまでの時間を。ずっと……」
「ずっと、ずうっと一緒よ!」
「私のこと、忘れな――」
 ソラリア――俺を初めて好きと言ってくれた女の子。守れなかった。ずっと一緒だと約束したのに。
「ごめん……ソラリア……」
 そう呟いた時、地下空間に一瞬の静寂が訪れた。調査団や風が立てる音が消えた奇跡の瞬間。その瞬間に、時計の音が聞こえたのだ。
 カチ  カチ  カチ  カチ カチ
「え――」
 この時計の音に俺は聞き覚えがある。
 時計仕掛けの女の子――ソラリアの命の鼓動の音。
「まさか――まさかそんな!」
 一瞬だけど微かに、だが確かに聞こえた音を頼りに俺は周囲を見回して駆け出した。
 今は黒い月の破片で滅茶苦茶になっているが、ここは確かに俺とソラリアが初めて出逢った場所だったのだ。
 そう、俺とソラリアが出会った場所――。
「光……だ……」
 光があった。
 およそこの精霊文化、魔法文明の世界に似つかわしくない無機質な光が。
 その光の中にあったもの、それは人間の女の子……黒い髪の少女だった。
 光の正体はかつて見た、あの魔神が眠るカプセル。或いは俺が地上に逃げる事が出来た脱出救命ポッドのような物。
 上の方から「今助けに行くね~」と言う声が聞こえてくるが、もうその時周りの声など耳に届かなくなっていた。
「ソラリア……そんなまさか……」
 在り得ない――あまりにも在り得ない光景を目にして、俺の思考はすっかり遥か彼方に飛んでいってしまったのだ。
 もしかしたら別のソーサリー型魔神なのかもしれない。でももしかしたらソラリアかもしれない。
 俺がカプセルに手を伸ばそうとした時、カプセルから カチリ と音がして、冷気と共にカプセルの扉が開かれる。
「……」
 言葉が出なかった。
 嬉しいような、でも怖いような、不思議な感情に俺は体が固まっていた。
 その俺の目の前で彼女はゆっくりと目を開けて言ったのだ。
「ただいま、タクト」
 カプセルのガラス扉には install 100% complete‎の文字が浮かび上がっている。
 そうか、そう言う事か。あのカーレンと言う人が……。
 これ以上は何も言うまい。俺は溢れ出る涙もそのままに、もう二度と離さないように強く強くソラリアの小さい肩を抱いた。
「おかえり、ソラリア」
 ソラリアの体は温かく、今にも壊れそうなほど儚く華奢に感じられた。
 これから止まっていた二人の運命が、ゆっくりと時を刻み始めるのだ。


         異世界冒険譚-蒼穹のソラリア-   ~完~



  • 思っていたよりも綺麗で透き通った結末でした。予想を何度も越えていくという面でも面白かったです。お疲れ様でした! -- (としあき) 2013-11-30 23:12:10
  • 後の三種エンドはおまけとみておいても清々しい結末でした。 世界観の中のひとつの物語として出来上がった要素がこれからどう広がる広げていくのかが楽しみです -- (名無しさん) 2013-12-13 22:34:08
  • イレヴンズゲートの世界観設定から離れていると思われる部分もありましたが確固としたシリーズ像を最後まで通したのは素晴らしいの一言でした。全体が部構成で雰囲気が変わっていくので最後の感動を体験するために最初から読むのが良いと思います。面々がその後の世界でどういった行動をとるのか思いを馳せつつ読了です -- (名無しさん) 2018-07-08 19:17:10
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最終更新:2013年12月01日 03:35