【インタビュー】

以下の記録は、1995年8月10日にドイツ連邦情報技術安全局からアメリカ国家安全保障局に提供された音声テープを文章化したものである。
テープのラベルには以下のとおり記載されている。

 日付:1991年2月7日
 場所:スイス ベルン ホテルヒルツェン3844号室
 インタビューイ:アレクセイ・カリーニン博士(ソビエト科学アカデミー核物理学研究所所長)
 インタビュアー:テオドール・ゾンマー   (Berliner Morgenpost編集長)

以下、本文。


テオドール・ゾンマー(以下、T・S)〕-------------------

(カセットテープの録音スイッチを押す音)

お会い出来て光栄です、アレクセイ・カリーニン博士。
Berliner Morgenpostのテオドール・ゾンマーです。本日は貴重なお時間をいただき感謝します。
早速ですが、去る1月16日に世界各地で発生した異常発光現象についてお話をお伺いさせていただきます。

全世界で突如発生した異常発光現象、通称"光の柱"については報道でご存知の事と思います。謎の多いこの現象ですが影響も甚大です。
イラク、バグダッド近郊に展開していた多国籍軍は軍事行動を一時中断していますが、部隊の一部が光の柱にのまれて消息不明との情報が入っています。
在日米軍が日本の淡路島近海に出現した光の柱に艦隊を派遣しましたが三隻とも大破、しかし何故か死傷者はゼロ。関係者は頭を抱えています。
北米では光の柱から出現した未確認飛行物体が凄まじいスピードで南下中です。その形状から"ドラゴン"と呼称されていますが生物かどうかすら不明です。
最大の謎はチベットに出現した光の柱です。軍事筋の情報では中国政府が極秘裡に核兵器を使用したとの事ですがそれらしき痕跡は一切観測されていません。
代わりに真偽不明ですが光の柱から金色に発光する巨大な獣が出現したとの噂が流れています。ここまで来るともう何がなんだか分かりませんな。
これらの異常現象に対し物理学者、気象学者、地質学者は見解を保留しています。そして各国政府は一切のコメントを拒否しています。

アレクセイ・カリーニン博士(以下、A・K)〕-------------------

随分と深いところまで調べているな。諜報機関顔負けの情報網だ。
続けたまえ。

T・S〕-------------------

非常に不可解な事件です。光の柱が何なのか。中国に出現した金色の獣とは。アメリカ上空を飛行する巨大な物体は生物なのか。
何もかもが不明、謎です。しかし気になるのはそれだけじゃない。各国の対応があまりに"足並みが揃っている"ということです。
光の柱が出現してから4日間、各国の対応は率直に言って「混乱」の一言に尽きる有様でした。対応は場当り的で他国とはおろか政府内の連携も取れていない。
ところが事件から5日目、1月20日から様子がガラリと変わる。各国の対応に妙な安定感と相互連携が見え始めます。そして一斉に強力な情報統制を敷いた。

A・K〕-------------------

政府も軍も君が思っているほど無能ではなかったということでは無いのかね。
それで私に何を聞きたいというのかな?

T・S〕-------------------

ここからは私の推測です。根拠はありません。しかし各国政府の対応に明確なパターンが浮かび上がっている。
非公式の情報ネットワークが存在していると思われます。しかも単なる首脳間のホットラインなんてものじゃない。
この"光の柱"現象の正体を知っている何者かが各国政府に情報提供して連携を促しているように思える。
すべての情報が、各国政府の行動をコントロールする仲介者兼情報提供者の存在を暗示しています。
ああ、私は誇大妄想狂でも陰謀論者でもありません。これが他人の耳にどう聞こえるかも十分予想がつく。
しかしそう考えざるを得ないのです。

A・K〕-------------------

大変興味深い推測だ。根拠薄弱なのが惜しいが実に興味深い。
それでこの話が私をどう繋がるのかね?

T・S〕-------------------

率直に申し上げます。カリーニン博士。
私はあなたがその仲介者兼情報提供者の一人なのではないかと推測しているのです。

A・K〕-------------------

(5秒間の沈黙)

根拠くらいは聞かせて貰えるのだろうね?

T・S〕-------------------

半分はまぐれです。光の柱が出現する何年も前から私はあなたを調査していた。
交友関係、手紙と通信記録、学会や講演での発言、資産と政治的影響力、血縁関係。あなたに関する何もかもをね。
各国政府に強力な影響力を持つインナーサークルの存在。その中心人物の一人としてあなたに目をつけていたんですよ。
それがまさかこの"光の柱"事件に繋がるとは思いませんでしたが。いかがですか、博士。

A・K〕-------------------

君の推論に答える前にひとつ問答をしよう。
コミュニケーションは常に難しい問題をはらんでいる。自らが知ることを表現し自分と同じように相手に理解させること。
これは同じ人間同士でも困難なものだが、さて異なる物理法則の下で生き、異なる生物的・文化的背景を持つ種族相手ではどうだろうか。

ひとつ例を挙げよう。アインシュタインは全世界で自分がコミュニケートできる人間は六人しか存在しないと言っていた。
数学は論理的な体系であり数式で完全に表現可能なものだ。それでも彼は自分の知識を伝達できるのは六人だけだと言った。
そのとおり。多く人々は彼の言葉を聞くことは出来ても彼の思考を真に理解することはできない。
そして「理解」と「無理解」の間には「誤解」という絶望的なまでに広大な領域が存在する。

(5秒間の沈黙)

理解したかね。異なる世界、別の歴史の下で生きてきた二つの種族がコミュニケートすることの困難さを。
そう、あの光の柱の向こうに異なる世界が存在するのだ。そしてそこに住む人類と異なる種族が。
人類は慎重にコミュニケートしなければならない。難度の高い山を攻略する登山家の様に。

T・S〕-------------------

異なる種族?異なる世界ですって?別の歴史とは何のことですか?
あなたは一体何の話をしているのです、カリーニン博士。

A・K〕-------------------

君が初めに質問した光の柱現象の"向こう側"にあるものだ。
あれはただの光ではない。大いなる意志の元に開かれた門(ゲート)なのだ。
我々の世界と彼らの世界を繋ぐ門なのだ。

T・S〕-------------------

(10秒間の沈黙)

あなたは光の柱の、その"ゲート"とやらの出現を予見していたのですか?
あなた方がこの一連の世界的な大事件のシナリオを書いていたのですか?

A・K〕-------------------

そうではない。ゲートの出現は我々にとっても想定外の出来事だった。
それゆえに初動を誤った。態勢を立て直しできる限りの手を打ったが全ては遅かった。
双方にとって不幸な出会いになってしまった。特にアメリカと中国においては。
未知の存在に対して人類がどういう行動を採るか我々は痛いほどよく知っている。
最も過激な反応を示したのは中国政府だったが、他国も似たり寄ったりだった。
本当に残念だ。我々の力を以てしても制御できなかった。

(2秒間の沈黙)

だがこれ以上の混乱は断じて許すわけにはいかない。君の推測の通り我々は情報を統制している。
ごく一部の人々、世界各国の政治、軍事関係者のみがあの光の門の向こう側にあるものを知っている。
だがそれも事態が落ち着くまでの僅かな間だけだ。今後段階的に情報を公開していく。そして世界は真実に接するだろう。
我々は可能な限り穏やかに向こう側の世界との正式なファーストコンタクトを実現しなければならない。

(深い溜息)

いや、初めてではないのだ。これまでも幾度となく二つの世界はコンタクトしてきた。
君も知っているだろう。全世界の神話、伝説に残された突如現れた人ならざる来訪者たちの痕跡を。
人類と異なる人々との接触は、世界中の民族の記憶に残響のように鳴り響いている。
ふむ、やはり不審そうな顔をしているね。もっともな事だ。それではもっとわかり易い証拠を見せよう。
今、君の目の前にいる老人がその証拠なのだよ。

(100秒間の空白)

素晴らしい。冷静さを保っているな。素晴らしい自制心だ。
だが全ての人間が君のような強靭な精神を持っている訳ではない。まさにそれこそが最大の問題なのだ。
向こう側の人々は自分と異なる種族との交流に慣れている。異なる外見、異なる神を奉じる人々との付き合い方を知っている。
だがこちら側はまだ準備が出来ていない。心の準備が必要なのは、人類の方なのだ。

T・S〕-------------------

(5秒間の沈黙)

率直なご回答をいただき感謝します。カリーニン博士。
しかし何故これほど重大で危険な情報を私に伝えるのですか?
現在、世界中の人々は不安と疑心暗鬼で心理的に極めて不安定な状態にあります。
このインタビューが公開されたら、私があなたの正体を世間に知らせたら世界中があなたを非難するでしょう。
それどころか生命の危険すらありえる。それなのに何故?

A・K〕-------------------

(短い笑い)

君が合格したからだ。君が私にインタビューをしている間、我々も君に"インタビュー"をしていたのだ。
この部屋に入ってからずっと、私の同僚たちが君の呼吸、心拍、体温の変化を細大漏らさずモニターしていた。
君が真実をどのように受け止めるか、どのような質問を投げかけてくるか。その全てに聞き耳を立てていたのだよ。
君は独力で我々の存在に到達し、衝撃的な真実に直面しながら冷静さと論理性を維持している。
この部屋の会話を傍聴していた私の同僚たちの全員が君に合格点を付けた。
君は合格したのだ。

T・S〕-------------------

合格?私はいったい何に合格したっていうんです?

A・K〕-------------------

我々はこれから人類を異世界との接触に"慣れさせる"という極めて困難な事業に取り組まなければならない。
その為には「伝達者」が必要だ。真相を知りながら秘密を守り、敵意や利己主義にとらわれず、二つの世界の架け橋となる人物が。
君はその伝達者として合格したのだ。君はこれからより深い真実を知ることになる。まだ一部の者しか知らない世界の真実に。
そして君がそれを全世界の大衆に伝えるのだ。ソフトに、慎重に、心地よいオブラートに包んで。
やがていつの日か、それは秘密でも何でもないただの常識になるだろう。
そしてふたつの世界が最初の衝撃を克服した時に、そうだな、あと十年はかかるだろうが……
人類の準備が整った時に、ふたつの世界の民間レベルの交流を全面解禁する。
その時に我々の組織はその役割を終えることになる。

T・S〕-------------------

役割を終えた後、あなたたちはどうするつもりですか。
あなた自身は?

A・K〕-------------------

我々は陰謀家でもカルトでもない。生存と平穏を望む市民の集まりに過ぎないのだよ。
いつの日か海外旅行と同じくらい気軽にもうひとつの異なる世界を訪れる時代が来るだろう。
我々の子供たちが、彼らの子供たちとともに新しい世界を歩き始める日が、きっと来る。
その時が来たら、組織がその役目を終えたら、我々は皆それぞれ自分自身の生活に戻るだろう。
私は……そうだな、学校を創ろうと思う。二つの世界の子供たちが共に学ぶ学び舎を。
そこの園丁でもして残りの人生を送るとしよう。

T・S〕-------------------

伝達者として選ばれた者は他にも存在するのですか。

A・K〕-------------------

もちろんだ。極少数だが他にも君のように選ばれた人物がいる。
アカデミズム、マスメディア、政府関係機関。皆非常に優秀で熱心だ。
そしてこれからも増え続ける。二つの異なる世界の接触をソフトランディングさせるのだ。
君たちの肩にその成否がかかっている。

T・S〕-------------------

最後にひとつ教えてください。
あなた方のリーダーはどのような人物なのですか?

A・K〕-------------------

リーダーという表現が正確か分からないが、中心となる人物は存在する。
我々は彼女の事を「魔女先生」と呼んでいる。もちろん魔女というのは冗談だ。
とても聡明で魅力的な女性でね、大変な高齢だがまったく年齢を感じさせない。
君もすぐに彼女の魅力の虜になるだろうから今の内に忠告しておこう。彼女は独身主義者だ。
それでは来たまえ。私の同僚と私たちの先生を紹介しよう。
ようこそ、我等が学び舎へ。

-------------------


音声はここで終了している。
この記録は大統領行政命令第12065号に基づきレベル2(極秘)のカテゴリで情報安全保障監督局の管理下に置かれる。
なお一般公開は西暦2051年の予定である。


補足1
Berliner Morgenpost紙は1995年以降クルスベルグをはじめとする異世界各地に特派員を派遣し、異世界の文物を紹介する特集を開始した。

補足2
アレクセイ・カリーニン博士は国連及び政府関係機関の全役職から引退し、現在は妻と共に日本に居住している。

補足3
「魔女」と呼ばれる人物の詳細は現在も不明である。


以上。


2001年11月13日 
アメリカ合衆国情報安全保障監督局 
主任情報分析官 ジョセフ・ナイマン




end


  • こういう構成の映画ってありそうだ。あちこちへの伏線みたいなものが散在してて想像が膨らむ -- (名無しさん) 2013-12-02 23:00:41
  • 匂わせるそれっぽさがなんとも上手い。ページ構成の妙を見た -- (としあき) 2013-12-05 22:57:25
  • 各分野をもっと知っていたら面白さが倍にもなりそう。途切れ途切れの談話なのも雰囲気ある -- (名無しさん) 2013-12-10 22:48:30
  • 大ゲートが開く前にそれを知らされているもしくは予見を聞かされていた人間がいるとしたら?とか考えてしまった -- (名無しさん) 2014-12-06 16:33:34
  • 人の思考が一人では限界があり知識や理解の拡がりは人との出会いで大きくなるような気がします。異世界とつながることで確率変動も増えてきているんでしょうか -- (名無しさん) 2018-08-05 17:14:02
名前:
コメント:

すべてのコメントを見る

タグ:

h
+ タグ編集
  • タグ:
  • h
最終更新:2013年12月07日 03:09