【RED5】

前の話【RED4】


14.
まずいまずいまずい…
指に力を込めるが遅々として進まない。
台が蹴り落とされる。
一瞬の浮遊感そして…

ダンッ!ダンッ!ダンッ!
聞き慣れた音と共に僕は…地面に尻から落ちた。
「っ~~~」
したたかに打った尻を押さえながら顔を上げるとそこには…

「おいおいおい、何のつもりだジイ様…ボケるにはまだ早いと思うが?」
レッドがしかめっ面をしてそちらに声をかける。
「俺はな、ただ単にてめえの無精で今までほったらかしてた仕事をしに来ただけだよ…
ガキが悪戯してたらぶん殴るのは大人の仕事だろ?」
そこには奇妙な銃らしいものを構えたあの棺桶屋のオーガの老人が立っていた。
老人が手に持つ短銃に付いているレバーを押し下げて排莢する。
彼がその銃で僕の首にかかった縄を解いてくれたのだろう。

「言ってろ」
老人の言葉を聞いてレッドが鼻を鳴らしてそう言い捨てる。
軽く受け答えしているように見えるが手は油断なく腰のリボルバーに伸びている。

「おい、もういい。とっとと客人を始末しろ…手早く注意を払ってだ」
レッドのその言葉で固まっていた二人の部下は腰の剣鉈のような武器を引き抜いて台から飛び降りる。
「動くな!!」
「それはこっちのセリフだジジイ!付け焼き刃の腕で三人も相手にできると思うなよ」
レッドはそう言いつつ腰の銃の撃鉄を起こす。

「じゃあ二対一ならどうです?」
「!?」
するりと僕の腕の縄が解け、立ち上がりざまに無警戒に近くに寄っていたゴブリンの首筋に一閃、トロルが反応する前にゴブリンの手に握られていた剣鉈をもぎ取るとトロルの顔に勢い良く叩きこむ!
「~~!!」
声もなく倒れるトロルと、首から血を吹き出しつつ崩れるゴブリン。
ブーツに仕込んだ小型ナイフが二人の血でヌラリと輝く。

「…マヌケ共が」
レッドが苦々しい顔をしながらそう吐き捨て、一瞬で老人に向かって銃を抜き撃つ。
「がっ!」
老人が呻くがレッドはすぐにおかしな金属音がしたことに気づき建物を盾にできる位置に走りだす。
そのレッドに先ほど撃たれたはずの老人が持った銃を撃ちレバーを引き下げてまた撃つ。
しかし、放たれた銃弾は彼にかすりもせず、地面に小さな穴を開けるだけだ。

僕は剣鉈を持って老人を呼び、レッドと通りを挟んで反対側の建物の裏に一緒に走る。
「やあ、お久しぶりです。ごきげんいかが?」
「…いいように見えるか?最悪だよ。クソッタレ!お前のケガは?…なんだ。肩に弾がかすっただけか…畜生め」
そう言いながら彼はボロボロのシャツと上着をめくって自作らしい頑丈そうな鉄のボルトや板を寄せ集めて作った鎧を見せた。
「…正確に心臓狙ってますね」「あ~…クソ痛え!そうだよ。手加減も容赦もねえ。ここだけしっかり作っといて良かった」
彼が指差す鎧の心臓に近い部分は薄い妙な素材の板に薄い鉄板やらを複数重ねているようだったが鉄板部分は完全に抜かれて辛うじてその奇妙な素材の部分にめり込む形で全く同じ場所に弾が3発止まっていた。
「…その板は?」
「巨人の古爪さ…竜の鱗ほどじゃないが硬くて加工しやすい、それに俺が打った鉄板より絶対的に信頼できるからな」
「言ってて悲しくないですか?」「…この歳だ。自分の才能ぐらいはわかってるつもりだよ」
荒い息を吐いてそう言いつつ手に持った奇妙なレバーの付いた拳銃の管状弾倉の先から弾を補充している。

「おいジジイ!テメエ、ヘンリーの銃を勝手に使ったな!!」
向こう側の建物の方に隠れたレッドがこちらへそう叫んで弾丸を撃ちこんでくる。
「うるせえ!叫ぶな!あんなぶっ壊れたもん使えるかよ!これはあいつが置いてった銃を参考にして俺が作ったんだ!文句あっか?馬鹿野郎!!」
オーガの老人がそう叫び返して彼の方へ数発撃ち返した。
僕は老人の言葉を聞いて驚く。

「え、これ自分で作ったんですか?」
「…ああ、ヘンリー…ウチに転がり込んできた地球人らしい奴が宿代に置いてった長い銃を参考にな…
大したもんだろ?
俺の腕じゃ弾の手元補充の機構も作れねえから前から装填だし、ヤッキョウも作れねえから弾の底部分をくりぬいてそこに火精詰めてルーン彫った板で塞いでるだけのヘタレ弾だけどな…」
僕はウォルター・ハントが聞いたら微妙な顔をしただろうなと思った。

「…まあ銃の性能は置いといて、それもう一丁無いですか?」
「ねえな。弾もあと数発ってとこだ」
即答。
「えー…」
「まともな炉も無くてこれだけ作るのにどれだけかかったと思ってるんだ?」
「そこは『こんなこともあろうかと!』とか言いましょうよ…
僕、ナタ持って銃弾と火の玉が飛んでくる中を特攻しなきゃいけなくなるじゃないですか」
レッドに対する特攻はどう考えても犬死にするだけなので何としてでも避けたい。
しかし老人は
「大丈夫だ。俺にいい考えがあるから特攻してこい。俺の銃の弾はもうすぐ尽きるがお前の銃はあいつが持ってるはずだろうし、行って取り返してこい」
と、レッドの方へ向かって何発か撃ちながらそう気軽に言った。

15.
幾度か散発的に発砲して、撃ち返してくるのはジジイ一人である事、銃の威力や射程が弱い事、射撃の精度も低い事を確かめてからポケットから燐寸箱を取り出した。
壁で燐寸を擦る…
軽い発火音がして燐寸の先に火が灯る。
その熱と燐の燃える臭いに火精共が集まってくる。

俺はソレを手で捕まえて空気と一緒に力一杯握りしめる。

軽い悲鳴と凄まじい熱が手を伝わるが無視する。
そして握りつつ手を動かし、イメージした形を幾つか作り十分に固めてからソレを銃に装填していく…

「…さて、そろそろ全部終わりにしよう」
俺は遮蔽物にしている手すりと樽ごと奴らが隠れている所へ向かって一発撃つ。
軽い発砲音と圧縮された超高温の光り輝く熱弾がこちらの遮蔽物と奴らの隠れている向かいの家屋を軽く突き抜ける。

「3つ数える。その間に出てきて楽に殺されるか…そこで震えながらいたぶられて蜂の巣にされるか…さあ、選べ」
1…
2…
さ……
3を数えようとした時、奴らが手を上げながら盾にしていた建物の影から出てきた。
ジジイは先ほどの弾がかすったのかしかめたツラで焼けた右肩を左手で押さえている。銃はどちらも持っていない様子だった。さっきの撃ち合いで弾が尽きたのか先ほどの攻撃で銃が壊れたのか…
「いい子だ。二人共武器を捨てて跪け…早く!」
俺は壁ごしにそう命令し二人は素直に上げた手から、武器を下へ落とす。
素直すぎる…と俺の直感が違和感を告げ、俺は即座に遮蔽物から身を乗り出し前に出ていた地球人の頭と心臓へ正確に狙いをつけて二発撃つ。同時に地球人は突然耳を塞いで身をかがめたが心臓の高さにかがめた頭が来ているので意味は無い。

放たれた二発の熱弾が高速で目標へと飛び、そして
『――――――――――――――――――――――――――――――――――――!!!!!』
ジジイの口から放たれた恐ろしい程の咆哮によってかき消された。

16.
「くぅ~…」
とっさにかがんで耳を塞いでも脳が軽く揺れている凄まじい咆哮だ。
僕は頭を抑えながら地面に落としたナタを拾いレッドの方へと突撃する。
あの咆哮を正面からまともにぶち当てられたレッドは叫び声を上げ、たまらず両手で耳を押さえている。

必死の思いで走る僕、咆哮のダメージを我慢しこちらへなんとか銃を向けようとするレッド…
僕は……それでも身を低くして疾走る!引くべき一線はとうに超えてしまっている。
彼の指が引き金にかけられて引かれる一瞬、顔をそむけながらナタを顔の前に突き出す。
瞬間、油が弾ける様な音がして盾にしたナタの切っ先が焼き貫かれ、破片が髪を幾本か千切る。

そしてそのまま、僕はグズグズになったナタで次弾を撃とうとしているレッドの左手を殴りつけた。

「ぐっ!!」
まだ熱の残る鉄の棒でぶん殴られて銃を取り落としてレッドが叫ぶ。
僕は間髪入れずに手すりを駆け上がりタックルをかけてレッドを転ばす。
が、レッドは転ばされながらも受け身を取り右手でベルトに挟んでいた僕の銃を引き抜き、僕の腹に当ててそのまま引き金を引いた。

ガチッ!

「不発!?」
撃鉄は弾丸の尻を叩いたが弾は発射されず、すかさず僕はシリンダーを掴んで彼から銃をもぎ取ろうと必死で引っ張る。
「あ!?」
レッドがタイミングよく銃から手を離し、引っ張っていた僕は銃を持ったまま後ろに転がる。

レッドは床に落とした自分の銃を拾い僕に向ける。
僕もその時には撃鉄を上げて彼に狙いを付けていた。

二人共ほぼ同時に引き金を引く。

『――――――――――――――――――――――――――――――――――――!!!!!』

撃鉄が雷管の尻を叩き、相手の頭部めがけて発射されるはずの弾丸はしかし、どちらも不発…
そして本日二度目の咆哮を受け、僕とレッドが耳を押さえて悶絶する。

「はぁ…はぁ…はぁ…どうだガキンチョ!俺の歌は…いい気持ちだろ?」
老人が嘲笑ってそう言いながら糸が切れたかのように膝をつく。
レッドは頭を押さえ、よろけながら立ち上がり老人の方へ向かう。
僕は同じく頭を押さえながら彼に向かって引き金を引く…
またしても不発。

「はっ!しばらくは無駄だよ」
レッドは僕を見て嘲笑ってそう言いながら倒れた老人の頭に蹴りを入れる。
「ごふ!」
「やってくれるじゃねえかジイ様!このクソッタレがドニーの古典咆哮術か?初めて聴いたぜこのオイボレが!」
もう一度強烈に蹴りつける。
「がっ……あっはっはっ…どうだ、みたか?テメエが恐怖で縛り付けた精霊なんぞ、俺の咆哮一発で散り散りだ…がおー!きゃーこわーいってな!はっはっ…」
「自分の仲間が使う精霊まで一緒にぶっ飛ばしといてよく言うぜ。カビの生えた欠陥術が!!」
そう言ってからまた蹴りを入れようとした所で僕は落ちていたナタの残骸をレッドに投げつけた。
彼は難なくそれを手で払って僕に向かって言う。
「茶々が入った。仕切り直すぞ……いつまでものたくってねえでここまで来い」

僕は立ち上がり、銃を構えふらつきながら通りに出てレッドと対峙する。
「あの程度でふらふらになってるくせに闘争心はいっちょまえだな」
そう言う彼も咆哮を受けてかまだ体が揺れている。
「そういう君もふらふらなんじゃないですか?」
「…抜かせ」
そう言いながら彼は片手をポケットに手を入れたので僕は即座に引き金を引いた。
しかしまた不発…
「焦りなさんな。今、ここに転がってるジジイのお陰でここいらの精霊共全部がビビって逃げちまったんだよ…戻ってくるのを待たねえとまともに火も付けられねえ」
そう言って燐寸箱を取り出すと束で燐寸を引き抜いてブーツの底で擦ると僕と彼との間、丁度真ん中辺りへ投げた。擦ったはずの燐寸はくすぶるだけでまともに火が付いていない。

「ルールは向い合って撃つ…そいつが一気に燃え上がったら始まりだ」
そう言って彼は弾をポケットから取り出すと銃のゲートを開けて排莢し、急ぐ様子もなく普通の弾らしい物を二発リロードした。

…僕はリボルバーのシリンダーをスイングさせる。
彼の言動が嘘でないなら不発だった弾をそのままにしていたら確実に遅発して大惨事になるからだ。
うわ…もったいない、弱装にした奴じゃなくてマグナムの方を装填してる…
僕は銃から引き金を引いた数だけ弾を抜いて地面に埋める。弾は取られてるので補充はできない…残りは同じく二発のみだ。
「お利口さんだな…それで少なくともテメエの銃が原因でおっ死ぬってことは無くなるわけだ」
茶化した風に彼はそういう。

レッドは老人を思いっきり蹴り飛ばして道の端へ寄せる。ガシャリという鎧の音と共に老人が低く呻いた。
「あー痛てぇ、やっぱ鉄かなんかの胴衣を着てやがったのか」
そう言って足先をぶらぶらさせる。
全く気負う様子はない。

対して僕はずっとふらつきながら両手で構えて彼に銃口を向けている。

今なら逃げられる…自分の中の声はそう叫んでいるが僕はその声を無視した。
確かに今なら逃げられるかもしれない。だが、それをすればここまでの『全て』を放り投げる事になる。だから…

今は逃げるべき時じゃない、戦うべき時だ。

「おいおい…今から緊張してんのか?チェリー見てぇに銃口が震えてるぞ」
確かに緊張している。こんなに緊張したのは初めてで最期かもしれない。
自分でもわかっているのだ。自分の銃の腕ではまともに彼と撃ち合って勝てることはないと…
二発目があろうとなかろうと関係ない、この一発目が失敗すれば自分は確実に死ぬ。
…怖い、汗が止めどもなく吹き出る。汗でねとつく手を代わりばんこに離してズボンで拭き、肩の所で額の汗を拭う。

一秒が何時間にも感じられる。少しづつ身を削られるような感じ…
中央の燐寸の束がくすぶり始めた。
「さて…時間だ。覚悟はいいか?」
言いながらこちらへ向けて銃を構えるレッド。
僕は深く息を吸う…はく…
大丈夫だ…大丈夫…

燐寸のくすぶりが大きくなる。
「…終わりだ。テメエの神にでも祈りな」
彼は撃鉄を上げる。
僕は首を振る。
「…神は関係ない。これは、僕と、君との勝負でしょう?」
その言葉で、少し彼が笑った気がした。

中央の燐寸はじりじりと烟りを強くし…
そして、始まりの炎が上がる。

17.
炎が上がる直前、精霊の影響が戻ったと同時に俺は引き金を引いていく。
それで上がった撃鉄は落ち弾丸の尻を叩いて、爆ぜた火薬でぶっ飛ばされた鉛弾が奴を殺す…それでこの祭りも終わりだ。
地球人である奴には精霊の力が戻ったかどうかなんて燐寸の火を見なければ分からないだろうが、俺にはそれより早くあのクソ共の気配を感じられる。それに奴はずっと両手で構えていたくせにトチってまだ撃鉄すら上げていない。

奴は死ぬ。それなりに粘ったが人生の幕切れなんてこんなもんだ。
そう、終わるのだ。この一発で…

静寂に包まれた通りに今までの激しく争う音よりは明らかに軽すぎる音が響いた。
決着が着いたのだ。
膝から崩折れたのは当然の如く…

レッドだった。

「……何の、冗談だ?これは…」
「これは冗談でも夢でもありませんよ」
そう言って僕は撃鉄を上げて彼に近づいた。
それを見て、撃たれた腹を押さえながら彼は理解したようだ。
「なるほど、先に撃ったヤツの暴発を利用したのか…」
「…ええ、いつ気づかれるかとヒヤヒヤしました」
「ああ…クソッ!マヌケ共とつるんで勘が鈍ったか…ははは…ヘンリー、ままならねえな…」
彼はそう言うと大の字に倒れる。僕は銃を構えながら彼に少しづつ近づいていく。
「…早く殺せ、勝者は全取りそれが新天地のルールだ」
「君らは頑丈です。手当して生きているならそのまま連れて行きますよ…君は死ぬにしても公の場で罪を償わなければいけない」
彼はそれを聞いて弱く笑った後…
いきなり半身を起こして銃をこちらへ向けた。
「御免こうむるよ!」
「!?」
彼の撃鉄は上がっている。
僕は、反射的に引き金を引く。
そして彼は……

銃口を空へ向けて引き金を引いた。


18.
「これで終わりですね」
「ああ…」
オーガの老人と一緒に廃教会の裏手に首を切り取った後の彼の遺体を埋めた。
ヘンリーと言う地球人らしい男の左手が埋められているという墓の横だ。
「どんな人だったんですか?彼」
「悪党さ、俺は好きだったがね…どんな奴だったかは生前に奴に聞いてあの事件の後に俺がそこに彫っておいたからそこでも見ればいいさ」
ヘンリーの墓標を見る。
『Henry McCarty : Truth and History. 41 Men. The Little Bandit King. He Died As He Lived』
……
彼の遺品だと言う銃は、古いレバーアクションライフルにダブルアクションのリボルバー…まさか…ね。

「これからどうするんです?」
「片付けが終わったら街を出るさ…もうここに心残りもない」
ぼんやりとした表情で二人の墓を見つめながらそういう。
「そうですか…では、いつか何処かで」
「ああ…あ、アンタ名前なんて言うんだ?」
そういえば名乗っていなかった事を思い出す。
少し迷った後、僕は本名を名乗る。
「シャーリー・ベル」
「……えらい可愛らしい名前だな」
「そう言われるからあんまり名乗らないんですよ…」
僕がそう返すと老人は笑いながら謝った。
「そいつぁ済まなかったな、俺の名前はヨシフだ」
「ブッ!?」
「?どうした」
「いえ…なんでもないです。つかぬことをお伺いしますがご苗字は?」
「苗字は無いが必要な時は出身のジュガシヴィリ村の名前を使うな」
……まあ、こっちでも似た名前はあるんだろうな…ヘンリーと呼ばれた彼もきっとそうだったんだろう。

「それじゃあまた…」
「ああ、達者でな」
僕はヨシフ老人と別れて中央へ急ぐ、これが終わったら弾を買ってさっさとゴンザレスさん達と合流しないと置いてきぼりを食らってしまう…
足を早める。彼の首が入った背嚢が少し重い。
その重さを感じ、僕もいつかは彼のように…そう思いながら僕は歩き続けた。

18.
「これでこの話はおしまいです」
それでじっと聞いていたノームのウェイトレスは僕の顔を見上げて言う。
「ねえ……もしヘンリーが生きてたら、もし町の人達がもっとまともなら…レッドは悪い人にならなかったのかな?」
「…分からないですね。でも、そうだったら僕は弾を買うお金を手に入れそこなっちゃって僕が悪党になってしまってますよ」
少し茶化して答える。
「もう!真面目に聞いてるのに!」
彼女は頬をふくらませて他の客の相手に向かった。
「はは…マスターじゃあ、お勘定を」
僕は大柄なオーガの店主に銅貨を十数枚渡す。
しかし、彼はそれを半分返した。
「?」
「子守と話の代金だ。面白い話だった…お前は間違ってはいないよ」
「……Thanks Mr.」

「ただいま、ラニちゃん、マスター」「ただいま戻りましたー」
「しいちゃんおかえり!ホンカウさんもおかえりなさい」
「今日、凄かったんだよ!ラニちゃん」「すごかったんですよー」
「どうしたの?」
「あのね、荒物屋のヨシフさんのとこにお使いに行った帰りに私達のお使いの品が引ったくりにあったんだけどね。凄い強い人が銃で取り返してくれたんだよ!」「ええ、見事な早撃ちでしたよー。そして盗人を撃った風の精で壁に縫い止めて、私達がお礼を言う前に何処かへ去っていかれました…」
「わあ!すごい!どんなヒトだったの?」
「赤い肌のゴブリンのヒトだったよ」
「…」
「ゴブリンではとても珍しい血のように赤い肌の方でしたね」
ラニはカウンターのマスターを見上げる。
彼は何事も無かったかの如くグラスを磨きながら
「……ここは新天地だ。そういう事もたまにはある」
そう、静かに答えた。

19?.
ここではないどこか、周りでざわめく者達に彼は問う。
「お前は誰だ?何の目的で俺を連れてきた」
彼の問いにそれが無数の口を開く。
「「「ようこそ敗残者、現世に執着するものよ。我々はお前に選択肢を与えに来たのだ…すなわち、ここで我々に食われるか、それともこのまま消えるか…その二択を」」」
それはその圧倒的な数の口で傲慢に彼に言い放った。

しかし、彼はそれを聞いて鼻を鳴らして言い返す。
「なるほどお前たちがレギオンか…しかし神のわりにはマヌケだな。重要な選択肢が抜けている」
「?」
「俺がお前等をぶち殺して現世に戻るだ」
辺りが静まり返る。

「俺達も長いこと生きてるが、首だけでそこまで強がった奴は初めてだよ。このまま喰うには惜しいな…」
先ほどとは打って変わった深く静かな低い声でそう言ってくくくと忍び笑うのが聞こえる。
「そりゃどうも…それで、『お前』は誰だ?」
「名前はさっきお前が言い当てただろ」
「違う、俺が聞いてるのはお前の名前だ。そこでふんぞり返ってそいつらを使ってるお前のな」

少しの沈黙…
「…昔は『進軍する者』と呼ばれていた。今は名前を捨てた敗残者の集団・レギオンの一部だ」
それが厳かに答える。
「だが、お前が『俺』を呼びたいのならば『アンタレス』そう呼べ」
言ってそれが彼の前に姿を現す。
それは古い軍装を着た厳つい体に片目を失い、深いシワと傷の刻まれたまるで荒ぶる狼のような壮年の男の顔が載っている。

男の口から数多の声が彼に問い直す。
「「「ようこそ兄弟、俺達はお前に選択肢を与えに来た。ここで俺達とドンパチするか、このままおっ死ぬか、それとも……俺達と一緒に現世で暴れるのか」」」

「選ぶまでも無いだろう?『戦神を討つ者(アンタレス)』」
彼…レッドは嘲笑ってその問いに答えた。

Fin.


蛇足:フタバ亭とレギオン絵のキャラを勝手に使わせて頂きました。作者の方々には熱く御礼申し上げます。
作中の咆哮術はぶっちゃけskyrimのシャウトが元ネタです。こちらも色々な効果がありますが、あれより魔術色が少なく制限が多いものだと思って下さい。
また、公式でない独自設定が多い作品となっていますので引用される場合はご注意下さい。

  • レギオンの別派閥の動きが激しくなってきた? -- (名無しさん) 2013-12-17 19:27:03
  • ついに完結でどっと感嘆が漏れました。善悪ではなく自分の思いのままに生きて終着駅を目指した男が再び進みだすというのは震えました。主観が変わりながら話が展開するのも状況が詳細に入ってきてよかったです。異世界製の銃や戦い方も織り交ぜての戦闘と最後の緊張感がたまりません -- (名無しさん) 2019-03-17 20:32:06
名前:
コメント:

すべてのコメントを見る

タグ:

h
+ タグ編集
  • タグ:
  • h
最終更新:2013年12月17日 01:23