「ふんふんふ~ん♪ふんふんふ~ん♪ふんふんふんふふ~ん♪」
その日、アデーレ・パルファンドゥールの恋人である緋沢ユイは朝から上機嫌だった。
パルファンドゥール家の客人を迎える部屋には屋敷で働く多数のメイドが手に手にカラフルな飾りを手にし、ユイの指示に従って部屋をクリスマスの装いに飾り付けている。
今日はユイの発案によるクリスマスパーティーが行われるため、今はその準備の大詰めなのだ。
「ユイ様、これはどこに飾り付ければよろしいでしょうか?」
「あ、それはね!あのあたりにお願いします!」
「かしこまりました」
メイド達がユイに指示を仰げば、彼女も慣れたものでテキパキとメイド達に指示を出している。
はじめの年こそ勝手が分からず、また準備も不十分だった為に満足のいくものとはお世辞にも言えなかった。
今年は飾り付けも早くから腕の良い職人に頼んだり、メイドが暇を見つけては縫ったりなどをして準備を整えた。
その甲斐あって去年とは比べるべくもないほどに見栄の良い飾り付けが施され、これには発案者のユイもご満悦らしく準備の間中鼻歌が耐えることがない。
「赤と白と緑がこれほど見事に栄えるなんて知らなかったわ」
ユイがアレコレとデザインした絵に基づいてすっかり地球ではお馴染みのクリスマスカラーに彩られている。
その飾り付けの見事さに、この屋敷の主でありユイの恋人であるアデーレ・パルファンドールは、恋人の飾り付けを手伝いつつ感嘆の声を漏らす。
「でしょ~?地球ではクリスマスは一年で一番キラキラしたイベントなんだよ?」
本来はイエス・キリストの生誕を祝う祝祭日であるが、根っからの現代っ子であるユイにとってはクリスマスとは街がきらびやかにデコレーションされ恋人同士がロマンチックに愛を語り合う、そんな日という認識のほうが強い。
「夢だったんだよねこういうの!大きなお屋敷の大きなお部屋にクリスマスの飾り付けをしてパーティーするのってすっごく楽しそうだな~って!」
ユイは楽しげにアデーレに語りながら、愛する恋人から飾りを受け取り飾り付けの作業を続ける。
「こんなことができるのも、アデーレと出会えたからなんだよね!」
「ユイ……」
アデーレは恋人の屈託のない笑顔と、何気ないその言葉に思わず目頭が熱くなる。
彼女にとって恋人であるユイを手放したくないという身勝手な気持ちから、彼女を屍者にしてしまったことは永遠に消えることのない罪として刻まされている。
しかし、そんな彼女の想いをユイは受け入れ屍者となり、そして今はこうしてそうなった運命を肯定的に受け止めてくれている。
そのことは、
スラヴィアの屍者である彼女の心を強く揺さぶり、その情動は死せる肉体であるにも関わらず彼女の眼に大粒の涙を生み出すに余りあるものだった。
「え!?どうしたのアデーレ!?なんで泣いてるの!?」
恋人が突然ポロポロと大粒の涙をこぼし始めたことにユイは慌て、それを遠目に見ていたメイド達は主人とその恋人の仲睦まじさに頬を綻ばせた。
飾り付けも終わりクリスマスパーティーの準備が整ったところで、アデーレの屋敷にはパーティーへの招待状を出した招待客が到着した。
「あら、こういう色の取り合わせも綺麗ね」
『これがクリスマスパーティーの飾り付けですか、なるほど綺麗ですね』
ユイとアデーレに縁の深い招待客二人は、そろって通された広間の飾り付けに感心した声を漏らし、または板に書き付ける。
「ようこそいらっしゃいましたレシエ様、ヤフヌール様、どうぞ今日はユイの故郷の宴を楽しんでください」
館の主としてアデーレが二人を出迎える。
「地球の祝祭の宴というのもなかなか興味深いわ。それに、こういう風に部屋を飾り付けるというのもなかなか無い趣向ね、おもしろいわ」
そう言ったのは招待客の一人、白銀と赤銅色の二体のリビングメイルを従者として伴った小柄な
ドワーフの少女の姿をした屍者。
アデーレの師でありスラヴィアにおいて最高位の貴族の一人であるレシエ・バーバルディアはスラヴィアではあまり馴染みのない色彩の飾り付けを肯定的に評価した。
『イエス・キリストという向こうの世界の神の亜神の生誕を祝う祝祭の宴ですね。地球の本では何度かそれに触れた描写や写真を見ていたので、その宴に参加できて嬉しいです』
言葉ではなく文字として手にした黒板に感想を書きつけてその場の者に示したのは白い豊かな毛並みのトロルの屍者。
ユイがスラヴィアで最初に交流をもった屍者であり、
ゲートの守護者であるヤフヌール。
彼も同じ招待客であるレシエ同様に、このスラヴィアにおいて最高位の貴族の地位にある屍者である。
「お二人ともお忙しいところを招待に応じていただき感謝いたします」
「いいのよ別に。ちょうど息抜きがしたかったところだし」
『私も丁度執筆が煮詰まっていたところです。良い気分転換と執筆の刺激になりそうです』
アデーレの感謝の言葉に、スラヴィアにおいて君主であるサミュラに次ぐ地位と力を持つ二体の屍者は気さくな言葉で応える。
クリスマスパーティーは立食でのビュッフェ形式で行われることとなった。
パーティーには「賑やかなほうがいいよね!」というユイの意向もあってアデーレの屋敷のメイド達なども入れ替わり立ち替わりとはなったが宴に参加することとなった。
「この料理もなかなかのものね、色合いも綺麗だしうちの料理人に作り方を教えてほしいわ」
パーティー会場には様々な料理が並べられ、また一部は温かい出来立てをその場で配膳担当に立つメイドや料理人によって切り分けて供されるという形がとられた。
カラフルな色合いのクリスマス料理を思い思いに皿に載せ、思い思いの会話をしながら料理を味わう和やかな宴の時間。
「ユイは料理上手で、今日の料理の多くは屋敷の料理人にユイが手ほどきをして作らせたものなんですよ、レシエ様これも召し上がってみてください!」
「ちょっとアデーレ、さすがにそんなに沢山は食べられないわよ……」
師であるレシエに恋人の料理を褒められたことでアデーレは上機嫌となり、アレもコレもとレシエに料理を薦め彼女はやや困りながらもかわいい弟子に付き合っている。
『クリスマスには七面鳥という鳥のの丸焼きが振る舞われるそうですね、こちらではガララ鳥がそれに近いということでしょうか?』
トロルであるヤフヌールは彼用に用意された大皿に取り分けられた鳥の足肉の炙り焼きをムシャムシャと食べながら、ユイに質問の書かれた黒板を示して見せる。
「日本だと七面鳥の丸焼きなんてほとんど出ないですね、こういう感じの鳥肉を焼いた物とか、ケンタッチーのフライドチキンなんかが普通かな?」
『なるほどなるほど、実に興味深いです』
レシエとヤフヌールはそれぞれ料理の感想や疑問を述べ、それにアデーレとユイが答えるなどして会話は続く。
パーティーはクリスマスケーキの登場で山場を迎える。
大人数用ということでホールケーキではなく、長方形に焼き上げた巨大なスポンジに生クリームと果物をふんだんに盛りつけたケーキにメイド達の間から歓声が上がる。
どこの世界でも女性が甘いものに目がないのは変わらないが、さらそこにトロルが一体加わっている。
『なんと美しい!こんな美しい菓子は見たことがありません!』
「アンタ、そういえば本の次に甘いものが大好きだったわね……」
普段は落ち着いた雰囲気を漂わせるヤフヌールが落ち着きなく切り分けられるケーキを眺めて興奮している様子に隣に立つレシエは呆れた声を投げかける。
切り分けられたケーキは手早くそれぞれの皿に配られ、ヤフヌールの大皿にはその大きさに見合った量が載せられ、それをヤフヌールは目を輝かせて食べ進める。
「ケーキってこんなにフワフワしたものだったかしら……」
「私、こんな美味しいケーキはじめて食べます……」
同じようにケーキを口に運んだメイド達からも口々に驚きの声が漏れ聞こえてくる。
豊かな食文化が育まれる土壌にあるスラヴィアでもケーキは特別な祝いに出される特別な食べ物であり、さらにケーキと言えばしっかりとした生地のパウンドケーキを指す。
それだけにユイがこの日にために材料を揃えて作り方を指導し、何度かの失敗と試行錯誤の末に作り上げたショートケーキは衝撃的なものだった。
「本当にフワフワの生地ね、この白いのもしつこくない甘さで美味しいわ」
生クリームとフワフワのスポンジケーキの食感にレシエも驚きに近い感想を述べる。
『見た目が美しいだけではなくこんなにも美味しいなんて!ユイさん!今度うちのメイドにもこのケーキの作り方を教えていただけませんか!?』
よほどショートケーキが気に入ったのだろう、ヤフヌールは粗方ケーキを食べつくすと、ユイの前にその大きな顔と文字を書きつけた黒板を突き出し、作り方を教えてほしいと要望するほどだった。
「は、はい……喜んで」
そのあまりの勢いに、やや気圧されながらもユイはそれを承諾したのは言うまでもないことだった。
「今日は楽しかったわ。うちで宴を開く時にはぜひ来てちょうだい」
『良い刺激になりました。ケーキも大変おいしかったです』
楽しい宴も終わりの時を迎える。多忙の合間を縫って来た二人の招待客は、それぞれに招待してくれたことへの感謝の言葉を述べてそれぞれの屋敷へと帰っていった。
「準備は何日もかかったのにパーティーはあっという間だったね……」
「そうね……」
レシエとヤフヌールを送り出した後、アデーレとユイは広間で後片付けに勤しむメイド達を眺めていた。
飾り付けに数日、飾り付けの制作期間などを含めれば半年近くを要した宴も終わってしまえば実にあっけなく思える。
広間ではいまだパーティーの後片付けなどにメイド達が追われているが、アデーレとユイも当初はいっしょに片づけようと思っていた。
しかし、『こうしたことこそ我々の領分でございます』とメイド達に断られてしまい、結果二人は邪魔にならぬ場所でそうした後片付けを眺めることとなった。
「でも、楽しかったね」
「えぇ、来年もしましょう」
「来年はもっとたくさん招待したいね!」
「フフ、そうね」
宴の後片付けが続く光景を見ながら、ピッタリと長身のアデーレの体に寄り添い、その小柄で華奢な体を預けるようアデーレの肩に頭を傾けて語りかけてくるユイに、アデーレはその柔らかな髪を撫でながら応える。
しばしの間二人はただ肩を寄せ合い、何か言葉を交わすでもなく宴の後片付けを見守った。
「それでは、飾り付けのほうは明日ということでよろしいのですね?」
「えぇ、今日はもう休んで頂戴」
「では、失礼いたします……」
後片付けを終えたメイド達には飾り付けの撤去は明日以降ということで今日は休むようにと伝え、ほどなくして広間からはメイド達が退出する。
数時間前まで賑やかなクリスマスパーティーが行われていたとは思えないほど静かになった広間にはアデーレとユイだけが残ることとなった。
「ねぇ……アデーレ?」
それまでアデーレの横にくっついたっきり何か言うでもなくその腕に抱きつくようにしていたユイが顔を俯かせたまま小さな声で問いかける。
「な、なにかしら……?」
ユイはしばし無言のままピッタリとアデーレにその体をくっつけてくる。足を絡ませ腕から腰に手を回し、まるで蛇が獲物に絡みつくようにアデーレの体にその小さな体全体を使って密着してくる。
「クリスマスってね……恋人が愛を確かめ合う日でもあるんだよ……?」
そこには少し前までの子供のように無邪気にパーティーを楽しんでいたユイとは違う、熱のこもった妖しい響きが滲んでいる。
「あの……?ユイ……さん……?」
アデーレはややぎこちない声で頭一つほど違う恋人の顔を見下ろす、ユイも見計らったかのように俯いていた顔を上げてアデーレの顔を見上げる。
「これからは二人だけのパーティはじめよっか?」
アデーレを上目つがいに見つめるユイの瞳は、これからの楽しい二人だけの時間の期待に、妖しく爛々と輝いていた。
- スラヴィアキャラもりもりで明るい楽しい。皆の行動を見るとクリスマスは上手いことスラヴィアに定着しそうな予感。優衣の人なつっこさはスラヴィアンになったことで全開になったような気がします -- (名無しさん) 2014-01-07 23:44:53
- トロールとケーキの組み合わせがいいな。パーティーの後は性夜で朝までコースか! -- (名無しさん) 2016-12-24 09:39:08
最終更新:2014年01月07日 23:38