1-2
「見つかったのかい?」
と、あの子は言った
「まだ、わからない」
そう私は返した
「何か変わりそうかい?」
あの子が問いかける
「どうだろう」
と、私は疑問を返した
目が覚めて最初に感じたのは匂いだった
自分以外の誰かの匂い
身を起こすと、布団の外の空気は冷たく、体が少し震えた
まわりを見やればそこは見知らぬ部屋で
そういえば泊めてもらったのだったと思いだした
ベッドの上に座ったまま目線を下ろせば、この部屋の主の姿が見えた
カンザキ ショウジと言った彼
私のような異世界の住人を、しかも明らかにわけありな感じなのにあっさりと泊めたお人好し
彼は私にベッドを譲り、私に貸した布団よりも随分薄い布団にくるまって寝ている
なんとなく、ベッドの上からその顔をのぞいて見る
その顔はまだ子供っぽくも見え、きっと人間という種から見ても若い方なのだろうと感じさせた
よく見れば布団だけでは寒かったようでコートか何かも着こんでいるように見えた
この人は、とため息が漏れる
そこまでしてベッドを譲るとはこれは筋金入りかもしれない
まぁ私としてはありがたいけど
何百年も旅をしていれば宿代替わりに身体を求めてくる男もいた
私の発育がよくないため本当に稀ではあったれど
彼がそういった人たちと同類でないのは私にとってはありがたい
エルフはそういった行為に対して寛容であり、人によってはむしろ積極的に身体を開く者もいるけれど
私はあまり好きじゃないから
痛いし
とはいえ、こんなに寒いのだからベッドくらい一緒でも構わないのに
痛いのは嫌だが
と、そんなことを考えていると寒さゆえか彼が動き出した
目が覚めるのかもしれない、と思った私は咄嗟に寝たふりをした
案の定目覚めた様子の彼は、料理を始めた
何かを焼く匂いが漂ってくる
食事の用意までさせているのは少し心苦しく、私が代わりに、とも思ったけれど
こちらの世界の食べ物はよくわからないし、やるにやれない事に気づく
まぁ、しかたないですよね
声をかけられ彼と一緒に朝食を食べる
焼いた卵とハム、あとはしょっぱいスープ
なんともシンプル
でも私は燃費がいいのでもっと少なくても平気だったりする
私に限らずエルフは日光を浴びていれば多少食べなくても平気だ
エルフという種族は
世界樹という樹から生まれるので、植物に近い性質も持っているのだろう
と、いうようなことを彼に話すと彼は随分と驚いた様子だった
そして彼は何故か私の頬をさわってくる
不可解だ
「ちょっと出かけてくるよ」
そういって部屋を出て行った彼だったが、しかし、そう時間もたたないうちに帰ってきた
女性を連れて
もしかしてお付き合いしてる人?となると私は出て行かざるを得ない?
いや、そんなことよりも彼女から感じるこれは――
「悪い女に子供押し付けられたのかと思ったら、
え?何?さらって来たの?」
と、その女の口から飛び出たのは予想外の言葉だった
こいつとは仲良くなれることはないだろうと、そう思った私は多分間違ってない
「と、いうわけなのです」
私は2人にこれまでの経緯を話した
もちろん、所々ぼかして
というか、嘘だらけなのだけど
「あちらの世界で失踪した友人を探していました」
これは嘘
失踪した友人などいない
そもそも、今現在生きている私の友人など、今も姿は見えなくとも側にいる、精霊であるあの子だけだ
知り合い程度ならば向こうの世界の各地にいたけれど
でも私は知り合い程度の為に明らかに怪しい人物についてこっちの世界になど来ない
「ある日、ある人間が私に声をかけてきました」
これは本当、なんかいかにもなうさんくさい奴だった
「君のその親しい友人ってどんな人?あーもしかしたらあの人かもなー小
ゲートに落ちてこっち来たっていってたしなー」
みたいな感じだったように思う
いや、もう少し真面目な話し方ではあったが、内容はこんな感じだった
私の外見が幼いからって舐めすぎというものだ
でもついてきたのだけれど
もちろん騙されてついてきたわけではない
こっちの世界に来てみたかったから、手続きを手伝ってもらってこちらへ来たのだ
異世界に渡る手続きは面倒なことも結構有る
そして手伝ってもらっておきながら逃げたわけだ
結構酷い奴だと自分でも思うけれど、多分あいつらもひどいことしてそうだしいいよね
そして、
逃げた理由で有るところの「実験施設」であるが
これに関しては私は中を見たわけではない
彼らには精霊に教えてもらったなんて言ったけれど
あの子はそんなことしてくれない
あの子がするのは雨を降らせることだけ
だが、私にはなんとなくよくない場所だというのはわかった
こういった感覚は昔からよく有ったけれど多分
エルフが世界樹から生まれてるからだよね
なんとなくそう思う
同じく世界樹から生まれてる樹人やウッドエルフは、植物の気持ちがわかる人もいるそうだ
多分、世界樹から生まれたものは少しは植物の感情が、もしくは感情とはいかなくともストレスが
感じ取れるようになっているのではないか、と
勝手にそう考えている
私が施設に対して感じた嫌な感じも
その施設の人たちのストレスを感じ取った周辺の植物達の感情を、なんとなく私が感じ取ったのだと思う
証拠はないとはいえ、この勘は結構当る
少なくとも私の生きてきた300年ではこういう悪い予感はハズレなかった
あれ?400年だったかな?
まぁともかく
そんな感じで、私が変な施設に目をつけられているので匿ってほしいことを告げたのだけど
その後は何だかわからないうちに家を移ることになった
ショウジの姉だという女の言うところによれば
「私が何とかするからこの街から離れなさい」
とのこと
私が何とかする、ねぇ
彼女が何を考えているのかはわからないけれど、彼はとりあえず納得したらしい
そして私達は彼女の手配したジドウシャに乗り、彼の故郷へと向かったのだった
彼の故郷だという土地は自然豊かな場所だった
思わずしゃがみこんで土に触れる
「いい土ですね」
と、意図せず声に出た
「そうなの?」と後ろから声がかかる
彼の事が意識から外れていたため、不意の言葉に少し驚いたけれど
「良い土です」
そう返すことができた
すると彼は少し頬笑み、「ありがとう」と礼を言った
その言葉に私はまた意表を突かれた
あぁ、この人はこの場所が好きなのだ
地面を堅いもので覆い、鉄の塊でその上を走ろうと
故郷の土地を褒められればなんとなく嬉しくなり、礼も言ってしまう
異世界の住人と言えども根っこはそう変りはしないのかもしれないと
そう思った
「しばらく使ってなかったから」と、2人で家を掃除した後、
彼は食事の用意を始めた
私は一人出来上がりを待っている
どうにも彼は私を子供扱いしてる気がするのよね
確かに外見が幼く見えるのは自覚しているけれど
それでも向こうの世界ではあまり子供扱いはされなかった
エルフと言う種族は長命で、見た目で年齢がわからない
それゆえに、エルフは幼く見えるものであってもとりあえず大人として扱われていた
彼のような接し方をされるのは何百年ぶりだろう
でも、悪くはないかもしれない、と
そう思う私を見ながら、きっとあの子は笑っていた
「召し上がれ」
と、彼が差し出したのは朝食べた卵料理と同じに見えた
しかも大きい
マジか
「たまご好きなんですか?」
そう問いかける私の目はきっと睨んでるようになっていることだろう
「飽きたというわけではないんですよ?」
確かに飽きたわけではない
だが同じ料理はどうかと思う
レパートリー少ないのかしら、と頭に浮かんだ疑問は正直に言って死活問題
エルフは日光を浴びれれば食事は少なくてもいいけれど、でも食事は確かに楽しみの一つであり
同じものばかりはやはり嫌なのだ
でも中に何か仕込んであるかもしれない
と、少しだけ期待しつつスプーンを入れてみればちゃんと中身は入っていた
よかった卵だけじゃなくて
そして口に入れてみれば、これは
うん、なかなかやりますね
「おいしい」と小さくこぼしたのは素直な感想で
それを聞いて笑みを浮かべた彼は子供っぽくて、すこしかわいい
でも、と思う
彼の浮かべる笑みはただ単に褒めてもらった嬉しさだけによるものではない様に感じた
それは確かにうれしそうなのだけれど、でも、
寂しそうだ、となんとなく思った
食後、彼は自分の布団と私の布団を別の部屋に敷いた
まぁ昨日とは違いこの家は広いのだから当然と言えば当然だけど
布団を敷く彼の背中はやはり少し寂しそうに見えた
はぁ、とため息が漏れる
一体何がどうしてそうなっているのか、私には見当もつかないけれど
仕方ないですね、と思う
泊めてもらっている恩もあるし
「一緒に寝ませんか?」
とその言葉を言うのは
何百年生きていても、多大な勇気を必要とした
彼は案外あっさりと承諾した
「エルフは寒いと死ぬんです」なんて適当な理由、当然でたらめだとわかっているのだろうに
やっぱり子供扱いされてる気がする
自分の方が子供な癖に
と頭に浮かんだその言葉は口に出さないよう気をつける
その代わり彼に少し身体を寄せて
「大丈夫」と、口から出たその言葉は誰に言ったものなのか、自分でもわからなかったけれど
私には分かってると、そう言うように
あの子が静かに雨を降らせていた
- 一つの話を二人の視点で見せるのはありそうで中々ない。心がしっかりあることと感受性が豊かなのが意外だった -- (名無しさん) 2014-01-17 23:05:19
- 今後もいちゃいちゃが続くとのことですがこのしっとりした感じは久しい気分 -- (とっしー) 2014-01-20 22:38:06
- 柔らかい空気が好きだなぁ…やんわり人の中に溶け込んでいくエルフのこの先が楽しみ -- (名無しさん) 2014-01-21 22:30:46
最終更新:2014年01月21日 23:41