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【あるオーガの依頼】

  ── 一年前
 ゴブリン海賊団所有の“宝島”。その中にある蔵から通じる財窟の底より響く鉄擦り音。
 「一ヶ月…か」
 一ツ目がゆっくり開き、財窟の底へと降りる軸を凝視する。
 やがて昇降用の檻が頭を見せると、天井柱に絡めていた針尾をほどき降りる。
 甲殻肌ながら足音もさせず昇りきった檻の前に立つ。
 「扉は開けるか?」
 「大丈夫だ。 気を使わせて申し訳ない」
 “冷酷無情の番人”と恐れられるスラヴィアン闘士が気遣ったのも無理はない。
 鉄格子を押し開けたオーガは、背の丈こそ一ヶ月前とは変わらないが
 隆々とした筋肉は吸われでもしたかの様に無くなり骨と皮。
 全身に刻まれた傷からは血の一滴も出ておらず、血色は失せている。
 唯、双眸だけはその光変わることなく輝いていた。
 「対話は滞りなく済んだ。この頭骨はありがたく頂戴する。 ネモチーにも後ほど礼に参ると伝えて欲しい」
 「分かった」
 疲労困憊甚だしいにも拘わらず、すぐさま外へと歩み出したオーガ。
 その手には、骨だけになって尚、禍々しい気渦を放ちながらも“黒曜鬼頭(ブラックオニキズ)”と称され
 数多宝石よりも価値あると言われた黒鬼人の頭骨が収まっていた。


  ── 二週間前
 ミズハミシマのとある島の宿。 側にある農耕獣の小屋。
 「っと…足指の付け根に棘巳草(いばらみそう)の棘実が刺さって入り込んでいましたので除去しました。
 海牛は四肢の肉厚があるんですけど神経が表層まで巡っているので、意外とデリケートなんですよ」
 ぬめっとした体表に触覚あれど目が無い頭部。体躯こそ牛に近いが太い四肢の青紫の海牛は
 続いていた痛みがなくなったのを喜んでか甘い香の霧を全身から噴出す。
 「獣医のおらなんだ島なので、寄ってもらって本当に助かりましたわい。 地球の人とお見受けしますが中々の腕前ですのぅ」
 回復した海牛にべろべろとさんざんぱら舐め回されているのは亀のようであり亀ではない宿主のツキヤマ翁。
 「ぴっ!」
 入り口で茶を運んできた鱗人の女中が盛大にこけた。
 「あー!ゲッコウさんまたこけちゃって…大丈夫です? あーあー…着物に藁がひっついちゃってもう」
 「す、すみませんセージさん」
 後から駆け寄ってきた人間男性がいそいそと起こし着物をはらう。
 「あ、お構いなく。 多分もうじき ───
 《おーい。波止場で鮫の人が呼んでるよー》
 陽光の下でも見て分かる輝きと共に、小さな光精霊が声をあげて飛んできた。
 「では、出発の様なので私はこれで。 傷口はすぐに塞がると思いますので大事はないでしょう」
 白衣の女性は鞄を取ると身を翻して波止場へ向かった。


 「暴レ水酒と珊瑚珠、有頂天蛙の数ハ揃ってイるか?」
 恰幅の良い太ましい鮫人商人が積荷の最終確認の最中である。
 そう大きくはない中型帆船を、ゴブリンや鱗人の船員達が忙しなく駆け回っていた。
 「もうすぐ出発ですか?」
 「ソうさナ。コの島で荷受は最後ダ。 後はドニーマで直航すル」
 係留綱が一本、二本と解かれていく。
 「商人殿、言われたとおりに縛ったのだが“あの荷物”、もう少し縄を足した方が良いのではなかろうか?」
 和装、武士姿の狗人が額を拭いながら二人に寄って来る。
 親指で背後指した先には、ドニー杉の甲板の中央で鎖と縄で厳重に縛り固定されている大きな木箱がある。
 「オイラはちゃんと結んだゾー。 ワンコロは心配性ダゾー」
 ひたひたと歩いてきたのは、白い術衣を着る海月人。 衣より出る手足は触手が寄り集まって形成されている。
 「クルスベルグ産の重鉄ノ鎖と茶毛竜の荒縄ダ。重重量でアる鬼骨武器だロうが荷ズれの心配はいラんヨ」

 程なくして出航。
 「先生モ大事な荷だ。コれかラ一週間ほドの船旅デはアるが、丁重ニ扱わセてもらオう」

 ミズハミシマ南西の離れ島で稀少個体種の調査に来ていた折、島特有の“水”で醸造する酒を求めてやってきた商人に声をかけられた。
 「小さナ子とハ言え、臥媽螺ヲ手懐け治療スるとハ素晴らしイ。 ドニーで優秀ナ獣医ヲ求め高額ナ報酬を払うトいう者ガいるノだガ
 来てミる気はなイか?」
 北海の海洋生物には興味があったのは確か。いつかは行ってみたいと思っていたので渡りに船に承諾した。

  緋路理 鉄砂(ひじり てっさ)
 医学部と獣医学部を修了後に獣医院を転々とする中で異世界の動物が運び込まれるが助けられず、異世界の動物を知るべくミズハミシマへと渡る。
 その後、調査研究と獣医を掛け持ちし今に至る。

  ザクロ
 異世界の西大陸を渡り歩いて剣術修行に励んでいたミブローの名を持つ一族の刀士。
 ミズハミシマに自力渡航を試みるが難破。 その後、浜に打ち上げられているところを鉄砂に助けられ、以後治療手術の助手を務める。

  ツダ
 ミズハミシマ中央海域の漁場で“津蛇流(つだる)”と呼ばれる大魚を狙う海月人の集団にいたが、龍神の移動で起こった荒波にのまれ群れからはぐれる。
 一人で海を彷徨っていた時、空腹から小船を漕いでいた鉄砂を襲うが勢い余って船底に激突。
 その後、治療と介抱を受けてからは麻酔医として同行する。


  ── 一週間前
 「ワざわざ出迎エずトも荷は届ケたんダがナ」
 「すまない。一刻も早く手に取ってみたかったのだ、ヴさん」
 昼間でも肌を寒風が撫でるドニーの港。 荷降ろしの指示を出す鮫人商人ヴと並び立つオーガ。
 「獣医の都合モ付けテきたガ、普通ソういうノは勝利シてかラだろウ? 取らヌ何とカの皮算用ト思うノだがナ」
 「…今回以上の力と準備はもう出来ないと思っている。 結果がどちらにせよ“けじめ”は必要になる。
 ラウダフル船長にも話をつけてきた。 私はもう一人の“戦士”だ」
 熱気を帯びる筋骨隆々の巨体。 右腕は無骨で左腕よりも一回り大きな鋼鉄の義手。
 肩の肉を抉られた傷跡は塞がっているものの、肉質量の欠落が痛々しい。
 角と呼ぶよりは厳しいこぶが額に二つ。 双眸は力強く輝く。
 「あァ、先生。こノ男が依頼者ダ」
 「すみません、連れが二人下船に手間取りまして… ちょっとザク君!ツダ君!早く降りてきて!」


  ── 現在
凍波打ち付ける岸から船が離れる。
「ナンダ?オイラ達はどうやって帰ればいいんダー?」
「すまない。この島は獰猛な動物が多くてな。 船を係留しておくと物珍しさついでに壊されてしまうのだ」
「鉄砂殿、拙者の後ろにおられよ… この島、只ならぬ“闘気”に満ちているでござる」
少しの浜辺すぐに巨大な直樹が密集する森。 その奥の奥に見える一本の天を突く大杉と断崖絶壁。

  ガゴォォオアァーーーー

それは曇天を切り裂く雷鳴の様でもあり、地を割り砕く地鳴りの様でもあった。
「ようこそ“噛み森島”へ。 獣医先生には“奴”との決着の後に“奴”の治療をお願いしたい」


ここはドニードニーより北東、未踏破海域を臨む危険地帯の位置する“噛み森島”
オーガの戦士が求めるものとは? 獣医先生とお供の二人は無事帰ることができるのか?
次回に続く

  • シェア登場がたくさん面白い。ドニーで有頂天蛙は売れるのか?! -- (名無しさん) 2014-04-28 20:43:39
  • 地球にあって異世界にない施設や職業ってあるのかな?人間でも専門職なら異世界でも重用されそう。会話してるけど異種族ばかりを思い浮かべたら楽しいな -- (名無しさん) 2014-07-16 00:07:25
  • ほんわか旅館からガラっと空気が変わって命がけっぽい展開に。続きを期待 -- (名無しさん) 2015-10-06 22:01:06
  • 色んなキャラが出てきて面白い。異世界は曰くつきのアイテムとか地球以上に多そうな -- (名無しさん) 2017-03-18 17:58:41
  • シェア賑やかしにそれぞれの職業持ち味が出てて楽しい。他人から見ると呪物でも目的達成のためになるなら当人には希望なのか -- (名無しさん) 2018-11-12 22:33:41
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最終更新:2014年04月27日 20:36