「鯖猫宅配便でーす。廉祓さんにお届け物でーす」
昼間陽も高々、ディセト・カリマにある娼館“砂漠の薔薇”の通用口。
「…カナヘビ、何だその格好は」
開口一番、スフリは怪訝そうな面持ちで一言。 少し哀れみが入っている。
「俺だって鯖模様の服なんぞ着たくはないが、アルバイトには断る権利などないのだ」
帽子を更に目深く被り鱗人の顔を隠し、ぐいっと天を仰ぎ見る。
「賭け事をしなければ、日銭は足りているだろうに」
「…男には避けられない勝負ってもんがあるんだよ。 あ、ハンコ下さい」
娼館の中央広間。昼休みの中、各々くつろいでいる。
「美織(みおり)、貴女に荷が届いている」
「私に?何だろう…地球からって、息子達からだわ!」
── お袋へ。 母の日くらいに届くと思います。 異世界でも頑張って下さい。
鋼矢・亜弓 より ──
包みを開けると入浴剤“有馬の湯”とDHC健康錠剤と洗顔クリーム。
「相変わらず言葉の少ない子だねぇ」
そういう美織はこれでもかというくらいににやけ顔。
「ふぇふぇ。もうすぐ仕事の話だというのに、そんなにふやけた顔で大丈夫かえ?」
午後から居住区新設の打ち合わせだと、町地図巻きを持ってやってきたのはアンダーバ。
「
ラ・ムールには“母の日”みたいなものはないんですか?」
「ふぅむ。それっぽいのはあったと思うんじゃがのぅ。
ゲートで繋がった後に広まった感があるのぅ」
異世界各国でも地球にある祭事やイベントが行われる事も珍しくなくない昨今。
「わふわふっ」「わおーん」
広間に駆け込んでくる子狼達。 全員でえげつない姿の甲蟲を引き摺ってきた。
「何事じゃ~!」
「これは砂漠の空の狩人、“刃王蛾(ジン
オーガ)”なんだナ! ロタルカに強くなったのを証明したんだナ!」
小さいが引き締まった肉体が諸手を広げると、子狼達は一斉にロタルカの胸に飛び込む。
刃羽蟲の頭がフロアに崩れ落ちると紫の体液が飛び散り辺りは騒然となる。
「やれやれ…。昼休みももうすぐ終わると言うのに、今から掃除か」
言うより早くモップを走らせるスフリ。
「こりゃロタルカ!そういうのは外でやらんか外でぇ!」
「まぁまぁアンダーバさん。これも母親への感謝のプレゼントなんでしょう。
アンダーバさんもお母さんへ感謝のプレゼントとかしたことあるんじゃないんですか?」
美織がどうどうと
ゴブリン婆のいきり立つ肩を撫でなだめると、
その言葉に反応したのか目の前ではないどこか遠くを見つめるアンダーバ。
「…母親か ───
王都マカダキ・ラ・ムールでも、そこそこ名の知れた歌劇の歌い手である鹿人が劇場の裏方のゴブリンと結婚した。
長女はしなやかな角と脚も魅力な透き通る声で歌う鹿人。
次女はしっとりとした毛並みと力強い瞳でどこまでも響く声で歌う鹿人。
三女は鼻と耳の長い黄緑色の肌をしたゴブリン。
種族は違えど王都の歌劇場を支える温かい家族。
そんな中で三女だけは歌も上手くならず、裏方としても力足らずであった。
ある日、三女は家族に黙って家を飛び出す。
私も何か家族のために
自分にできること 自分ならできそうなこと 自分がてにいれられるもの
やがて三女は金を求め、金を愛し、金を制した。
一端の先物取引商人として大きくなった三女は意気揚々と家に戻った。
彼女を出迎えたのは悲嘆に沈む家族の顔だった。
三女が家を出ている間、母が病に倒れ、もう余命幾許も無いということ。
歌劇場をもっと大きくすると持参した金貨袋が虚しく散華する。
もう目も見えぬ母に駆け寄り手を握る。
これから家族皆よりよい生活を大きくなった家と歌劇場で
懇願する様に搾り出す声に、母がか細い声で応える
家族一緒にいられるだけで幸せだった 最後にもう一度会えて嬉しい
最後、一言、手折れる。
三女は悔やんだ。 家族の想いも知ろうとせずに飛び出したことを。
静かに葬儀を終えた後、三女は財の全てを家に残し、家族と話合った上で再度家を出た。
私が最初からいなければ、こんな悲しいことにはならなかった。
「アンダ婆さん、これウチからの贈りもんやで! 暑い日にはこれつけてや」
鱗人娼婦のサクラコが、丹精込めて精製した水鱗のブローチ。 肌に当てるとひんやり。
「アンダーバさん、精霊たちが集めてくれた血行の良くなる土結晶です。 受け取って下さい」
最近勤務時間外に泉の畔で歌うことが多かったフルル。 歌を対価に精霊に頼みごとをしていたようだ。
「お婆さん、疲れに効く薬丸です。 効果が強いので一日一粒までにして下さいね」
ダークエルフの中でも特に強い血毒を持つマウラは、それと相反する体液とを混ぜ合わせて乾燥、練り丸めた仁丹を渡す。
「なんじゃ?皆どうしたというんじゃ」
「今日は母の日やからなー」
「故郷を離れ身寄りのない娼婦達にとって、お婆さんは母親みたいなものなんです」
「お金に五月蝿いですけども、皆の体を人一倍気遣ってくれていること、こっそり薬など手配してくれていること
皆知っていますよ」
「「「ありがとう」」」
「わふふーん」「はっへっふ」
皆の足元から羽蟲の内臓を咥え渡そうと子狼達が背伸びする。
「えぇい!蟲はええと言ったじゃろう! 皆も、このような贈り物をもらったからと言ってわしゃの財布の紐はゆるまんでのぅ!」
踵を返す途中で涙をこぼし、意気揚々と自室へと戻っていくアンダーバ。
「あらら。仕事の話はもう少し後からになりそうね」
相手を想うことですれ違うことも
相手を想うことで重なることも
そこに種族の垣根はなく
ただただ感謝の想い溢れる
今日は母の日
- 器用に世渡りしているカナヘビと思わずうるってしまったアンダーバの過去が印象に残った -- (名無しさん) 2014-05-05 21:12:10
- 一部書き忘れていたので追記しました。 シェアさせてもらったキャラには最大の感謝を -- (名無しさん) 2014-05-05 22:42:59
- それでも家を出た婆さんの心境が痛い。でもシェアは楽しいな -- (名無しさん) 2014-05-09 22:35:58
- 家族風景面白い。他の家族も気になった -- (名無しさん) 2014-05-23 10:53:45
最終更新:2014年05月05日 22:41