「いやぁ今日も暑いな」
隣に座る先輩がそう声をかけてくる
7月も半ばを過ぎ連日真夏日が続いていて、このあたりはド田舎で毎年比較的涼しいにも関わらず今日も気温は30度を超えていた
そのうえ日は長くて夕方5時を過ぎたというのにまだ太陽は高い所にあった
「放課後とはいえまだ日差しが強いのに屋上に引っ張り出しておきながらいいますか」
僕はそう先輩に恨み事を言う
入り口の傍にいれば影の下にいられるとはいえ校舎の中よりは体感温度はだいぶ高い
当然僕らのほかに生徒の姿は見えない
「まぁそう言うな、いいじゃないか放課後の屋上。私は好きだぞ?」
「それはよく知っています」
長い髪をかきあげ、しゃがみ込んでいる僕に笑いかけながら言う先輩に僕は即答する
そう、よく知っている
この先輩の趣味について僕はよく知っている
何せこの先輩は、と思ったところで違和感を感じる
何かいつもと違うような・・・
「あれ?そう言えば先輩。タバコは今日は吸わないんですか?」
「ん?ああ、あれか」
先輩は煙草を吸う
昨今の未成年が買いづらい環境の中でどうやって調達しているのかは知らないけれど
別にタバコが好きというわけではないらしいが、ではなぜ吸っているのかというと
「私がカッコつけで煙草を吸っているのは君は知ってると思うが」
そう、格好良く見えそうというだけの理由で先輩は煙草を吸っている
以前聞いた時には、「蝉の音が響く学校の屋上、暑い日差しが照りつける中、影に立ってたばこを吸う美人、格好良くないか?」と言っていたが
「実は私はカッコつけのためだけにわざわざ家から離れたタバコ屋にしか置いてないブラックストーンを年齢を詐称して買いに行っていたわけだが」
そんなことしてたんだ・・・
いや、見たことないタバコ吸ってるなぁとは思っていたけど
はぁ・・・こじらせてるなぁ
ため息がでてくる
来年卒業なのに心は中学生な人だよなぁ
「だが先日私は見てしまったのだよ」
「見てしまったって何を?」
そして先輩は僕のほうを真顔で見つめて言った
「近所のハゲ親父が同じ煙草を吸ってるのをだよ!」
あぁー
としか言いようがない
「わざわざ苦労してまで近所のハゲ親父と同じ煙草を買いに行っていたと思うとすっかり吸う気がしなくなってしまってな」
そう言って先輩はロマンを崩されてしまったと僕の隣にしゃがみ込む
そうなんだ、先輩はどこまでもそういう人なんだ
先輩は「格好良く見えそうなことをする自分」が何より好きなのだ
煙草もそうだし制服だって実は以前この学校に通っていたという親戚から頂いた一部デザインの古いものだ
とはいえ、ほかの生徒と違う格好をしようとするひとは先輩に限らずいる
スカートを短くしたりとか制服を改造したりとか、たばこを吸う人だって中にはいるだろう
しかし先輩がそういった人たちと違うところは服装とかだけではないというところ
ただちょっと雑談をするだけなのにこうして僕を屋上まで連れてきたりとか
この話し方だってきっとカッコつけの一つなのだろう
このカッコつけは実に徹底していてまったくと言っていいほどボロを出さない
いつだって胡散臭い変なしゃべり方を崩さない
少なくとも僕は先輩の素というものをほとんど見たことがない
そして何よりも、
そういったカッコつけがどれも似合っていて、格好良く見えるのだ
容姿のほうも実際のところ美人だ
長い黒髪に高めの身長、ぱっちりとした目に、日の下が好きな割に白い肌
だけどそれゆえに孤立している
先輩はいわゆるボッチだ
たとえば、漫画の中であれば先輩のようなキャラクターが学校生徒憧れの的みたいなポジションにいるかもしれない
そうでなくてもヒロインの一人としてそれなりに目立った所にいることだろう
でもそうではない
現実では彼女のような人は避けられる
ではなぜ僕は避けないのか
その理由は簡単
僕も居場所がないからだ
もとから友達が少なく、いつも学校が終わった後はさっさと帰っていた僕だけど
今まで僕を一人で育ててくれていた父が再婚してからは家にも居づらくなった
そして行くところもなく放課後に何となく屋上に上がった僕は
青空の下で煙草を咥えた彼女と出会った
それからは毎日のように放課後は屋上で二人で過ごす日々が続いている
変な人ではあるけど、美人な先輩と二人きりというのは少し落ち着かないけど悪い気分ではないし
先輩の話を聞いているのは決して退屈ではなかった
「ああ、そうだ少年よ!」
と、先輩は突然大きめの声でセリフを語るように話し始めた
先輩がこういった芝居がかった口調で話し始めるのはままあることではあるけど今回は少し唐突である
「どうしたんですか?突然」
「ふっふっふっ」
先輩は不敵な笑みを浮かべ、こちらを上目使いに覗く
僕よりも背の高い先輩をこういう角度で見るのは初めてですこしドキッとした
「実は今とある計画を準備中でね」
「はぁ」
先輩がこんなことを言い出すのはなかなか珍しい
いったい何を思いついたというのだろう
「グラウンドに魔法陣でも書くんですか?」
「そんなことはしないさ。オカルトはあまり詳しくないしね」
まぁそうだろう。先輩からオカルト関係の話は聞いたことがない
意外と幽霊とか怖がりそうな人だとは時々思うけれど
そして先輩は近いうちに驚かせてあげるからまぁ楽しみにしていなよ。と
そう言って実に楽しそうな笑みを浮かべたまま屋上から降りて行った
「驚かせるねぇ」
いったい何を考えているのやら
先輩の考えは僕のようなごく普通の人間には想像もつかない
一人きりになった屋上で僕は空を見上げ、なんとなく思ったことを口にする
「僕が告白したら先輩は驚くかなぁ・・・」
僕は先輩が好きだ
変な人で、変な美学を持っていて、なかなか素を見せてくれないけど
それでも、そういうのひっくるめて好きだってそう思う
僕が知ってるのは先輩の外面ばかりだけど、内面ばかりが人間でもないだろう
そんなのは大した問題ではない
「・・・よし」
告白しよう
好きだと
外面ばかりでなく内面も知っていきたいと
向こうが驚かすって言うならこっちだってやり返してやろう
先輩はどんな反応をするだろうか
驚いてくれるだろうか
それともいつものような反応でさらっと流してしまうのだろうか
ワクワクする。胸が高鳴る。
いつにしようか?先輩が計画とやらについて教えてくれた時?それとも明日にでも?
家に帰る道すがら考えるのはそればかり
その日は一日中落ち着かず、結局決められないまま次の日になってしまった
さて、どう切り出そうかと放課後の屋上で青空を見上げながら考える
唐突に好きですと伝えてみようか?しかし先輩は多少ドラマチックなほうが好みかもしれない
などと落ち着かないまま先輩を待っていたけど気がつけば青く晴れわたっていた空は赤くなっていた
じりじりと地面を熱していた太陽も雲に姿を隠されている
「来ないのかよ・・・」
夕日で少し暗くなった屋上もロマンチックで悪くはないけど今日は先輩は来そうになかった
何とも肩透かしである
計画とやらの準備でもしてるのかなぁと考えつつ横に置いていたカバンをとって
これはもしかしたら2~3日は会えないかもなぁと考える
たぶん先輩はサプライズで手を抜くことはしないだろうし、大がかりなことなら数日は準備をするだろう
うーん、まぁじっくり考える時間が得られたのは悪いことではないのだけど
さっきまでは少し時間がほしいと思っていたのに会えないとなると会いたくなってしまう
うん、でもこの気持ちを貯め込んで一気にぶつけてみようじゃないか
きっと先輩は驚くだろう
だって自分でも不思議なくらいなんだ。こんなに物事に積極的になるだなんて
自分の中にこんな情熱的な部分があるなんて知らなかったと思ってしまうくらい強い気持ち
結局この日も頭の中は先輩のことばかりだった
でも
1日たっても、2日たっても
1週間たっても先輩は屋上に現れることはなかった
そして、僕は先輩があの日を境に失踪していたことを知る
今日も僕は屋上で青空を見上げる
考えるのはやっぱり先輩のこと
「計画ってもしかしてこれのことだったんですか?」
ろくにまとまらない思考のなかでぽつりと言葉が漏れだした
「確かに驚きましたけど・・・」
というか反側だろう。失踪するなんて
できれば青空に向かって疾走とかで勘弁してもらいたい
あほなこと考えてるな僕
「う~あ~」
言葉にならない気持ちが溢れる
何なんだよもう
何かにぶつけないと治まりそうにない
ぶつける?何に
「せんぱいのっ」
とりあえず空にっ!
「ばかやろおおおおおお!!!」
夏になれば思い出す
変だけど、まるで漫画から出てきたように綺麗でかっこいい先輩と
わけのわからないうちに終わってしまった僕の初恋
未練たらしく今日も僕は屋上へ行く
澄みきった青い空と
周りに見える一面のきれいな緑をした田んぼ
階段を上がってドアを開けばいつでもあの頃のように先輩が待っている気がする
そんなはずはないのだけど
と、ドアを開ける
「こんにちは」
居た
でもそれは先輩ではなかった
しかし、最近たまに屋上で見かける後輩の姿でもない
まず顔
鳥。鳥である
顔に鳥がとまっているとかそういうのではなく
顔自体が完全に鳥だった
そして身にまとうのはエキゾチックな民族衣装のような服
人型をしているけれどその背中からは明らかに作り物ではない大きな翼が広がっていた
「えっ?何?」
思わず口から出た言葉はずいぶんと間抜けだった
先輩がいたらきっと「減点だな」とか言われる
「あなたに手紙を預かっております」
割と渋い声でその鳥っぽい人だか人っぽい鳥だかは言った
おっかなびっくり差し出された手紙を受け取るとその人は背中の羽をさらに大きく広げ
「ではこれで」と言ってさっさと青空へと飛び立っていってしまった
ばっさばっさと派手に翼をはばたかせて飛んで行ったその人にあっけにとられた僕は手に持った手紙のことも忘れて茫然と立ち尽くしていたけど
ふと思い出しその手紙を広げた
そこに書いてあったのは紛れもない
あの日消え去った先輩の言葉であった
青春を共に過ごした少年へ
突然失踪してしまい心配をかけたことをお詫びする
もしかしたら失踪前に最後に会っていたということで事情を聴かれたりなど迷惑をかけたかもしれない
もしそうならば重ねてお詫びを
君には別れ際に意味深なことを言ったために何か誤解を与えているかもしれない
しかしこれは決して計画的なものではなかったのだ
実は私はあの日の帰り、突然に異世界へとつながる穴へと落ちてしまったのだ
まさか自分の身にこんなことが起きるとは思ってもみなかった
こちらの世界に来てすぐは本当に大変だったよ
なにせこちらの通貨なんか持っていないからね
サバイバル生活をしたり、娼館に売られそうになったり、怪しげな宗教団体と闘ったりした
特に
ハピカトル関係のごたごたに巻き込まれた時は、
と言い出すと紙がいくらあっても足りないな
私は今
新天地のフタバ亭という酒場で働いている
マスターは強面だけどいい人だよ
もうすぐ
ゲートをくぐるための資金が貯まるから、そうなったらとりあえずそちらへ戻るつもりだ
その前に君には連絡をしておきたいと思って手紙を出させてもらったよ
私は君の家の住所を知らないので妙な届け方になってしまったけれど許してほしい
君にまた会う日を楽しみにしてる
また手紙を出すよ
それじゃあ
また会う日まで
手紙を読み終わったあと、僕の胸に生まれた気持ちは一つだ
あぁやっぱり
僕はこの人が好きだ
こちらに来るとは書いてあるけれど、もうこっちから行ってやろう
もともと驚かすつもりだったんだ
それに異世界にまで追いかけてくる後輩というのもなかなかドラマチックでいいじゃないか
たった一つの手紙で、こんなにも鮮明にあの頃の気持ちがよみがえる
くすぶっていた思いに火が付く
夏休みになったら、いや、すぐにでも向かってやろう!
「これが、愛しの先輩がいなくなる前に書き記した日記?」
「うん」
目の前に座る私の友人、サヤカはその言葉に頷く
一体こんなものどうやって手に入れたのか、目の前には彼女の想い人の日記帳
怖いので入手経路については一切触れないようにする
「で、脈なしどころか眼中にもないことが判明したわけだけどどうするつもりなの?」
日記につづられていたのは彼女の想い人の熱い思いだ
こんなものを見せられたら私だったらこれはもう無理だと諦めるだろう
「もちろん追いかけるわ」
だがこの子は違うらしい
「マジで?」
「大マジよ!厨二病こじらせた女なんかには負けないわ!」
少なくとも先輩に対する思いは!と宣言するサヤカだけど
どう考えても無理だろう
あんたの片思いの相手はその厨二病こじらせた女にぞっこんだよ
しかしこいつは止まらない
「待っててくださいね!駒ヶ崎先輩!絶対に振り向かせて見せますから!」
さぁそうと決まったら早速準備よ!
とテンション高くサヤカは私の手を取り歩き出すって
あれ?これ私も行くことになってる?
いやっ待つのはあんただよ!ちょっと!
私行かないからね!?ちょっちょっとおおおお!!!
厨二病こじらせた先輩 夏休みに後輩と遠出する計画を立ててたら小ゲートに落っこちた人。女
駒ヶ崎先輩 厨二病こじらせた先輩を追いかけて異世界に行っちゃった人。男
サヤカ 厨二病こじらせた先輩を追いかけて異世界に行っちゃった駒ヶ崎先輩を追いかけて異世界に行っちゃった人。女
サヤカの友人 巻き込まれた人。女
- これも立派な異世界への切っ掛けか?色恋沙汰は若者には十分すぎる原動力。「先輩」のバイタリティ溢れるのが異世界でどんなことになっていたのか想像が捗る -- (名無しさん) 2014-08-04 23:23:05
最終更新:2014年08月04日 22:02