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【図書館事情 ドニー・ドニー】

 名前を忘れ去られた島の入り江に、一隻の船が座礁している。
三本マストを具え、外洋の航海にも耐える中型船の船首には、奇妙なことに鎖が何重にも巻き付けられている。
鎖は陸地に向かって伸び、その端をつかんでしゃがみこむのは巨大なトロルの骨だ。
風雨にさらされてなお朽ち果てない骨格はいかにも力強く、その髑髏は今もなお船に視線を送っている。
ロープを掛けて船に上ると、目に入るのは無数の樽だ。
タールによる防水加工が施された容器には、いずれもぎっしりと本が詰まっている。
宝石細工による装丁が施された豪華本、いわくありげな文字のつづられた羊皮紙、精緻なイストモス星図に、素焼きの粘土板、ラ・ムール商人の帳簿。
海藻を干して作られた紙はミズハミシマで用いられる安物で、中身も卑俗な艶笑譚の類。手あたり次第と言った趣だ。
これらは、かつて″書痴″と呼ばれた海賊、エリクの息子グレイソーが集めた書物のコレクションである。

 トロルのグレイソーはアンカー諸島のクラフ島で漁民として育った。
ある時グレイソーは雷に打たれ、生死の境をさまよった。奇跡的に命をとりとめたグレイソーは、それまでとは別人になっていた。
なんと字が読めるようになったのである。
のみならず、文字中毒とでも呼ぶべき体質になっていた。
読まずにはいられないのである。

 グレイソーは無筆しかいない島を飛び出し、ある港町でついにゴブリン貿易商に押し入った。
護衛をものともせず執務室に入り込み、開いた帳簿に目を奪われて動かない。
毒気を抜かれた主人はその剛腕に目をつけ、船員として使うことを思いつく。

 グレイソーは腕力を生かし海賊として栄達を遂げ、自分の船″雷の一撃″号を持つまでになった。
各地で奪った書物のコレクションを船に満載して一時も目を離さない。
やがて船員たちは不満を募らせ、船を降りるよう要求した。
グレイソーは要求を飲み、島の入り江に船をつけた。
船首に鎖を巻き付け、渾身の力を込めて引く。
初めのうちこそ奇妙な振る舞いをあざけっていた船員たちは、船が少しづつ動き始めるや仰天した。
グレイソーは恐るべき力で何十人乗りもの船をついに陸に引き揚げると、そのまま息絶えた。
船員たちは散り散りになって逃げたという。

 現在、コレクションは島および周辺の海域ごと《黄金の杯》が所有している。
コレクションの中には過去に遺失した稀覯本の類があると噂されるが、何分量は膨大であり、保存状態も劣悪である。


 但し書き
 文中における誤り等は全て筆者に責任があります。
 千文字。

  • ドニーと図書館、全く予想していなかった組み合わせと呪いめいた冒頭に予想した展開をさらにかわされた感。 船の現状も経緯もドニーだった。グレイソーが字を識ったのは幸福か呪いか -- (名無しさん) 2014-08-24 15:31:04
  • 命を失うほど力を振り絞るくらいに読書に没頭したというのが伝わってきた。不器用な海賊だった -- (名無しさん) 2014-08-24 16:56:23
  • 図書館…図書かん…図書艦!グレイソーが書に没頭しすぎなければまだ海賊として生きていたかもね -- (名無しさん) 2014-08-25 22:33:02
  • 発見の喜びか刺激かどっちがグレイソーを動かしたんだろね -- (名無しさん) 2014-08-29 22:24:17
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最終更新:2014年08月24日 13:19