「門の向こうでそばがきを食ってきた」という友人の話を聞いて、私は
エリスタリアを訪れた。
そもそも蕎麦がきとはかつて江戸時代に主流だった蕎麦粉の食べ方だ。
蕎麦粉を湯で溶いて練って団子状にしたものである。
ミズハになら蕎麦もうどんも似たような、というかそのものが存在するが遠く離れたエリスタリアで、というのが非常に興味をそそられた。
さて友人の話のとおり春の国の片田舎の某集落にたどり着く。
海の近くの街道から少し離れた穀倉地に張り付く程度の、本当に辺鄙なところだ。
メインストリートといっても50メトルもない。
宿屋の
エルフの女将に身振り手振りで友人が食べたという蕎麦がきを説明したところ……
「それならすぐに出してあげるわよ」
いとも簡単に行き当たったではないか。
その女将が言うにはこの地で採れる穀物を手早く食べるために昔からある食べ物で「クートン」というらしい。
ちなみにこの穀物の名前もクートンであり、集落の名もクートンで、宿の名前もクートンだとか。
……実にややこしい。
しばらく待っていると運ばれてきたのは鍋にコンロのようなものと調味料とボウルの中に並々と盛られた……灰色の練り物。
挽いて粉にしたクートンを湯で溶いたと女将は言う。
団子状にして茹でて食え、ということだろう。
鍋の中には透明な……これはただの湯か?舐めてみるとわずかだが塩の味がする。実にわずかだったが。
ためしに木匙で一口大にしたクートンを泳がせ、浮いてきたところを口に運ぶ。
……。
ほとんど味がしない。
クートン本来の風味と塩以外はモチャモチャ?とした食感だけだ。
不思議がっていると女将が調味料を使うんだと教えてくれた。
調味料の小瓶は三つ。
そういえば友人はあまり味付けはしないほうがいいと言っていた。
だが私は興味に負けた。
白い粒子状のもの、赤くてどろっとしたもの、黒緑色のサラリとした液体。
それぞれが味の強い塩、やたら甘い、最後の一つは……表現に困る味だ。
おっかなびっくり掛けていたらまた女将チェックが入る。
「練りこむんだよ」
合点がいった。
クートンは味を楽しむものではない。
腹を膨らませるのが目的のようだ。
ボウルを空にしたころにはベルトを外さざるを得なかった。
「どうでした?」
食後に出された茶をかろうじて啜っていると女将が尋ねてきた。
「ああ、なかなかでした」
「茹でずにそのまま食べたり…あと
ホビットたちは細く切ってから鍋に落としたりするみたいよ」
はあ、と小さく相槌を打って私は心の中で友人を恨んだ。
あそらく彼はクートンの容姿と、女将のこの話だけで蕎麦がきと勝手に早合点したのだろう。
実にもったいない。
生かせば日本の蕎麦のようになり「エリスタリアの食事は期待するな」という格言を覆せるかもしれない。
が、どうにも私にはそんな気力は沸かず、しばらく集落に滞在した後、大人しく日本に帰ったのだった。
- 客が選べる&大雑把な味付け&原色というのがなんともアメリカンチック。この料理がどこからの発案なのか気になるクートン -- (名無しさん) 2014-10-08 20:35:33
- 読んでて想像したのはお好みで混ぜるもんじゃ焼き -- (名無しさん) 2014-10-08 22:50:21
- エルフが美味しい食事をしたいと思うとこから始めないといけない気がするわ。とうぶんの間はホビットが手本を見せて教え込むのがいいんじゃないかと -- (名無しさん) 2014-10-09 23:31:17
- 水を混ぜて固めただけの小麦粉とか片栗粉とかそんな…栄養と味と食感がちぐはぐなのがエルフ料理の特徴になってしまうのだろうか -- (名無しさん) 2014-10-18 03:58:57
- エリスの中のエルフの中で育ったエルフだから味頓着になるわけで、エリス以外の国で普通の家庭で育てばエルフにもまともな味覚センスが生まれる はず -- (名無しさん) 2014-10-24 03:02:29
- ややこしい!エルフって料理を料理として理解できるんだろうか -- (名無しさん) 2015-04-14 23:17:10
- せめて食べ物の味をデータとして把握できるようになれば美味しいと言われる料理のコピー製造はできるようになりそう -- (名無しさん) 2016-04-03 13:42:35
最終更新:2014年10月08日 01:23