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【戦力(SENRIKI)】

「一撃!一撃です!これが洗礼と言わんばかりの重く強烈な黒殻の拳!これはもう立ち上がるのは不可能か!?」
ダウン関係なし容赦なしのルールの中で倒れる相手を放置するのは勝利の確信があってのことか、それともまた別の ──

「変幻自在の濡拳が若き挑戦者の頭にクリーンヒットォ!動かない!起き上がってこれないぃぃいー!」
手痛い初戦敗北の後に万全で挑んだが、その上手をいく玄人の技は反撃を封じ込め防御を削り意識を刈り取った。

それでも運営側は次のカードを組んでいた。共に入った新人の快進撃への色添えなのだろうとうっすら感じていた。
そして次の試合の三日前、練習でサンドバッグを叩くことすら出来なくなったことが切っ掛けだろう、隠れる様に【修行届け】を事務所に出した後

 俺はゲートに飛び込んだ


  【逃げてニシューネン】

七日分の採尿と口内細胞採取キットを受け取り、異世界滞在中の使用と帰還後の提出の確約書類にサインをすると驚く程にゲート通行料が下がる。
カナダ国境付近のデヴィルズ湖を囲むようにゲート管理局があり、渡界審査をパスした後に鋼鉄の桟橋を進むと虹色に光るもやか霧の塊りに到着した。
霧の中を進むとどんどん空気の質が変わっていくのを実感する。 課外授業で通過した淡路ゲートの中と同じ様。
あっさりともやを抜ける。高い窓から差し込む光が埃をチラ付かせる石造りの大広間。周囲は既に異種族のるつぼ。
所構わずから聞こえる喧騒のあらゆるが理解できる頭の中に入るのは、恐らくもやの中で一瞬首筋に走った刺感が何かしたのだろう。翻訳加護だ。
大広間を抜けると小さな鳥人達が両脇に立つカウンターの中で忙しなく応対している。 ぴーちくぱーちく。
「旅行です」とだけ応えるとパスポートに印が押され大扉の方へと促された。
幅広の廊下はどこぞのメインストリートの様に人波に溢れ、それを挟むように武器持つ様々な兵が詰め所から見やっている。
開きっぱなしの重厚な扉を抜けると乾いた風と更に大きな喧騒が押寄せてくる。
様々な店が道を彩り活気と歓声と怒号と何やら多くが混ぜ響く。
種族は異世界を一つの鍋で煮た様なごったであるが、翻訳加護のおかげでその全ての言葉が理解できた。
旅行であればこれが異世界かと高揚するんだろうが…酷く冷静な心があった。
両替商の前、大きな皮袋を担ぐオーガとそれを護衛するオーガ…極太の腕に岩の様な肌
土産物屋ですばやく同時に無数の客をさばく烏賊と蛸人…意志を持つかの如く風を切り撓る数多の触手
案内所の奥でどんと構えて新聞を読んでいる梟人…空を捨てたのであろうか飛ぶよりも殴るに特化した筋肉の翼腕
脳内で巡るシュミレーション、戦い攻める守る…どうやっても勝つビジョンが見えない。
人間の限界?鍛錬が足らない?決め手となる攻撃は?
それは学生の頃延々と頭を巡っていた自問だったが多少なりの答えは浮かんだ。進む道も見えた。
しかし一度世界に飛び出して見れば、どれだけ自分が狭い井戸の中にいたのかと思い知らされる。
戦うことに本気の、勝つことが全ての、己の中に信念を持つ者達の舞台。

「この場所で戦うには、君はまだ足らないものが多い。 急くことは無い。時間もある。出直し給え」
戦いの場に参加するために【武器保有禁止】をパスせんと自らの角を折った兜蟲人の言葉が骨身に沁みる。
どうやっても勝つことの出来ない自分。それを認められずに逃げ出した自分。
【逃げた】という現実を払うために今もまだ戦う道を模索する。
思考がぐちゃぐちゃになりかけたその時、【フタバ亭の腕相撲勝負!】とありとあらゆる国と種族の言葉でそう書かれた看板が目に入った。
【飲み物と料理を頼むとマスターへの挑戦権が得られます!】、成る程成る程… 入ってみるか。


  【壁と荒野】

「お客さん、毎度ありだけど本当にやるの? マスターってあそこでグラスを磨いているオーガですよ?」
デカいだけじゃない。 今まで倒してきた鈍重怪力でバランスの悪いアメ車の様なオーガでないのはひと目で理解した。
「シィちゃん。とりあえず樽しよっ」
やる事は単純明快な腕相撲。 俺とマスターには明らかな体格差がある。
「お客さん、勝てば飲み食いタダで飲食券一か月分プレゼントだが…どうするね?」
カウンターから出てきただけでこの重圧。 相手によって力をセーブするよりも真剣勝負で応えるのが義というタイプか。
「勿論やらせてもらいますよ。 美味い料理と酒で力も入りますってもんよ」
向かい合っただけでも震えが止まらねぇわ… だがしかし、この聳え立つ【壁】を越えれば俺はまた ──
「はじめッ!」

「シィちゃん木片も残さず掃除してよ?踏むとお客さんが怪我しちゃう」
「マスターももうちょっと手加減してくれたら樽も凹むくらいで済んだのにさー」
酒場の一階中央で掃除に勤しむ二人の小さな給仕。
「人間であんな体でマスターと勝負するってのがそもそも間違いだって!」
「…あいつは本気で【勝つ】気だった。 現にフライングギリギリのタイミングで0から100まで筋力を引き上げてのインパクト。流石のマスターも筋が追いつけなかった。
その心意気と技に本気で応えなければと渾身の力を出したのさ パリポリ」
「「誰!?」」

少し頭がふらつく。血が昇り過ぎたせいか。 それよりも腕が痛みを忘れるくらい痛ぇ。
「ははっ。やっぱり世間は甘くねぇや」
 ドンっ
視線を足元に落としていたせいで接近するのを知らず前から来た者とぶつかり尻餅をついた。
「おっと、大丈夫かい?お兄さん」
「ボス、大丈夫ですか?」
「大丈夫だ。だからそのナイフを仕舞え」
見上げると海賊姿の頬こけたゴブリンに諭されたダークエルフの女がさがる髪の中に刃物を隠した。
「大丈夫か?立てるか?」
虎人の女が、太い鎖の巻かれた左ではない右腕を差し出してきた。
「どうも」
その手を握った瞬間に理解する、戦うために完成された肉体。
「世界は広いな…」

そこから先は周囲の声など耳に入らず街を彷徨い東に出る門へと辿りついた。
草木も茂み程度の荒野が広がる。
「ゲームとかあまりしたことないが、雑魚をどんどん倒せば強くなっていくってお気楽なもんだよな」
一歩踏み出す。空気がさらに乾くのが分かる。
「…スライムとか殴って倒せるのか?」
「──ッ! ──ッ!」
後ろで何か聞こえるが遠くて聞き取れない。 振り向くと街門で見張りをしていた鳥人の衛兵だ。
「グラスランナーの群れが来るぞ! 早くそこを離れろーッ!」
呆けていたせいか全く気が付かなかった。 太い無数の根で駆ける巨大な球根の群れがそこまで来ていたのを。
「旅人がグラスランナーの群れに飲み込まれたぞ!」
「駄目だ…ありゃもう助からないぞ!」
衛兵が見る先で球根が走り去ると、そこには何もなかった。



逃げるように新天地
男は一体何所へ? 次回に続く

  • 人間がガチで戦闘向きの種族に勝とうと思ったらどうすればいいんだろうな。素手格闘の方がまだ勝ちの目はある? -- (名無しさん) 2014-11-13 03:13:22
  • 異種族格闘技?どれだけ筋肉鍛えても大きな種族相手だとどうにもならないだろうし速さで勝れるかといわれると獣人に負けそう -- (名無しさん) 2014-11-14 01:48:14
  • 外国人力士の数がどんどん増えていく相撲とダブった。人間選手に勝ち目ってあるん -- (名無しさん) 2014-11-18 22:43:32
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最終更新:2014年11月12日 22:45