「オラッ! ボサッとしてんじゃねェッ! チンタラやってると殺すゾッ!」
ニシューネン市の港に到着した船から積荷が降ろされ、荒くれの水夫が荷役に荒っぽい言葉で発破をかける。船の荷室から運び出されるのは無数の樽、中身は主にこの街で消費される日持ちのする果実などだ。
「んん? この樽やけに重くねーべか?」
「気のせいだろ、それとも何か? もう腕が重くなってきたか?」
二人一組で樽を運び出す荷役がそんな話をしながら船室から運び出した樽を一時保管場所である船着場近くの倉庫の中に運び入れる。
「おい! 昼飯だぞ! その樽置いたらこっちに来い!」
現場監督役の水夫が依然として仏頂面に刺々しい口調で昼時を告げる。それを聞いた荷役達は「やっと飯か」などと口々に言いながら樽を倉庫の中に運び入れると、手にした手ぬぐいなどで滴る汗を拭きながら、昼飯が配られる場所へと足を向ける。
「あれ? 誰か荷物の見張りをしなくてもいいんですか?」
荷役の中で一番年若いだろう小柄な獣人の青年が誰もこの場に残らない様子を不思議に思い、傍の古参の荷役に問いかける。
「そんな必要はねーさ、あの樽の焼き印を見て盗もうなんて命知らずな盗人はいねーだろうからな」
そう言って古参の荷役は運び込まれた樽に焼き印された酒杯のシンボルを指差す。それは
ドニー・ドニーの七大海賊のうちの一つ、黄金の杯の所有物だということを示すもの、ドニー・ドニーの海賊でもとりわけ多方面に影響力のある大海賊団に歯向かえばどういう末路を辿るか、さすがに若い彼でも耳にしたことがあるのか「なるほど……」とだけ口にしてそのまま他の荷役達の後を追いかける。
「……もう誰もいないかな?」
荷役達が離れて無人となった倉庫の中、運び込まれた樽の中から小さな声が発せられる。
「夜まで待たないといけないかなって思ったけど、なんとかなりそうかな……よっと!」
パカッという音と共に樽の上蓋が外れ、中から小さな人影がコロリと這い出てくる。
「ゴンリの実は嫌いじゃないけど、そればっかりってのはやっぱり辛かった……もうしばらくゴンリの実は見たくないかも……」
人影はそんなことを一人呟きながら、樽の中から自分の背丈と同じほどもありそうな大きな背負い袋を取り出し、それを背中に担ぐ。
人影は一人そう言うと、大きな背負い袋を背負いながらも歩き始める。
「誰もいませんか~? いませんよね~?」
開け放たれた倉庫の入り口、そこからソロリと首だけを出し、キョロキョロと大きな目で辺りを見回し、周囲に誰もいないことを確認するとタタタッとその場から離れる。
『グギュルルルルルルルル~~~~~~~~~~ッ!!』
本当に誰もいなくなった倉庫の中、一つだけ中身が空になった樽をその場に残し、空腹を訴える腹の虫の鳴き声だけがその犯人の居場所を教えるようにしばらく響いていたが、それもやがて聞こえなくなった。
その日、フタバ亭の女将であるナマラはニシューネン港を散歩していた。時刻は昼時と夕刻の中頃、フタバ亭の昼の営業と夜の営業の間にある休憩時間、彼女は自分自身とお腹の子供のために軽い散歩を日課とするようにしていた。人通りの多いニシューネンの街中に比べて港は歩く場所さえ選べば人通りは適度に少なく、様々な者達がおかしなことをしている者はいないかとそれとなく目を光らせている港は街中に比べてトラブルに巻き込まれる可能性は低い、そうしたことをこの街に暮らしてそれなりに経つ彼女はよく理解し、大抵のトラブルくらいなら自分一人でなんとでもなると自負する彼女だったが、今の自分の身体は自分一人だけのものではないということもわかっていた。だからこその昼間の港の散歩だったのだが……
「あら? 落し物かしら?」
倉庫が立ち並ぶニシューネン港の一角、倉庫と倉庫の間を通るレンガ敷きの路地で、彼女は道の真ん中に置かれた荷物に行き当たった。
「荷車から落ちたのかしら? それにしても汚いわね、触ったら手が汚れないかしら? でも、こんな道の往来に置いたままだと迷惑だろうし、ここは第一発見者の私が邪魔にならない場所に避けるとかしておくべきかしら? でも、何かの犯罪に関わる物だったらどうしましょ? 変な病気が付いてても困るし……」
独り言だというのに相変わらずよく喋りながら、とりあえずナマラは彼女が抱えてもまだ少し余るくらいの布袋を指先で摘むようにして持ち上げる。
「あら? あらあらあら……」
大体彼女の目線あたりまで荷物を持ち上げたところで、その荷物にぶら下がるモノを見て彼女はやや困惑した声を上げた。
「ふぅ……」
フタバ亭の休憩時間、この店の住み込み給仕であるシィは店の二階にある自分用の部屋で一息ついていた。給仕用のエプロンは取り去って椅子に引っ掛け、今はベッドの上に軽く腰掛けている。
昼間一番客足の伸びる時間を過ぎ、一部の勝手知ったる常連客数人が店の片隅の席に陣取って船札に興じたりしているのを尻目に、シメイが作った美味しく毎日異なる賄い飯をパクパクと平らげ、夜の営業に備えてテーブルと床の掃除を終えると夜の営業開始までの2時間ほどの休憩が用意される。この時間、シィは毎回どうするかで悩む、店の主人であるシメイは黙々と厨房で夜の営業のための仕込みをしているし、店の女将のナマラは最近この時間は晴れていれば散歩に出かけるのを日課としており不在、そんな中で自分はどうすべきかと悩み、とりあえず今日は許可をもらって自分の部屋に戻っていた。
「そういえば今日で一月経つのか、なんだかあっという間だったなぁ……」
彼女がフタバ亭に住み込みで働き始めて早くも一ヶ月が経過していた。何かと飲み込みの早い彼女はすぐに昼と夜の仕事を覚え、以前の星の家に暮らしていた時期に数回手伝いに来た時には出会うことのなかった者、フタバ亭の夜の営業だけ姿を見せ、昼間は店の地下にある酒蔵にいるもう一人の従業員(?)ともすっかり顔見知りとなり、常連客をはじめ客からは随分と可愛がられ、中にはシィに会うためにこの店に来てると公言する者まで現れはじめたほどだが、相変わらずこの休憩時間をどう使うかということと、一人部屋での生活には彼女は慣れていなかった。
「どうしようかなぁ……少しだけ横になろうか……でも、寝過ごすの怖いしなぁ……」
体力に自信のある彼女も昼間の忙しい時間を働き、昼食を食べて少し落ち着くと少々の眠気を感じる時がある、我慢できない時は少々の仮眠をとることもあるが、それでも夜の営業時間を寝過ごすのではないかとあまり頻繁にしようとは思わない。
「いやぁ、贅沢な悩みだよねホント……」
シィはそう誰に言うでもなく一人そう口にすると苦笑いを浮かべる。これが彼女の育った孤児院ならそんなことを悩む暇もなく他の年少の子達の世話やシスター達の手伝いにと忙しく、夜は他の子達と横に並べたベッドの上で雑魚寝という生活だった。それを考えれば今は恵まれすぎてさえいると彼女は考えていたが、これまで慣れ親しんだ生活との違いには未だに慣れずにいた。
「……あれ? 女将さん帰ってきたのかな?」
そんなことを一人考えていると、階下がにわかに騒がしくなる。
「女将さん、なんだいその小汚いのは?」
「俺らが言うのもなんだけどよぉ、食いもの屋にそんなの持って帰ってきちゃダメだろぉよ」
「拾ったところに戻してきたほうがいいんじゃねーか?」
それまで店の隅で船札に興じていた店の常連三人組が、船札を中断して好き勝手なことを言い始める。
「何よ何よ? こういう時だけ騒がしくなるのねアンタ達、その調子で酒の一杯でも追加注文でもどうかしら? なんだったらツマミも追加してもいいのよ? 毎日毎日開店から夕方まで安酒一杯で入り浸ってるロクデナシさん達?」
片手に何やら大きな荷物をぶら下げながら、店の入り口でもう片方の手を腰に当てて立つナマラがそう切り返すと、常連三人組は「それを言われちゃかなわん」とでも言いたげな表情をし、船札を再開しはじめる。
「女将さん、どうしたんですか?」
そんなところに騒ぎに気がついて二階から降りてきたシィがナマラに声をかける。 店の構造的に二階から降りてきたばかりの彼女からはナマラの手からぶら下がっている物体がまだ見えていない。
「あぁ、シィちゃん、ごめんなさいね休憩してたんでしょ? 別にどうってことじゃないのよ、ちょっと散歩してたらコレを拾っちゃって、仕方がないから持って帰ってきたってだけなんだから」
「へぇ、落し物ですか? それとも動物の子供か何か……!?」
ようやくナマラが片手に持ちあげている物体の正体がわかる位置にまで来たシィは、その正体を見て思わず絶句する。
「生き倒れ!?」
ナマラが何気なく片手でぶら下げている物体、それはダランと力なく手足を脱力させてグッタリしている、ひどく汚れた印象の強い少女だった。
「うぅ……お腹、空いた……」
『グギュルルルルルルルル~~~~~~~~~~ッ!!』
意識を取り戻したのか、途切れ途切れに発せられた少女の声に呼応するように、フタバ亭の店内には大きな腹の虫の鳴き声が木霊した。
「あ゛りがどぉござぃますッ! あ゛りがどぅごじゃいますッ!」
カツカツコツコツという木皿と匙のぶつかる音、ムシャムシャガツガツという咀嚼音、そして繰り返される涙声の感謝の言葉、昼下がりのフタバ亭では一人の珍客がそれらによって妙なリズムを奏でていた。
「よく食うな、あんなちっこい体のどこに入っていくんだ?」
「見たところ小人族のようだが、丸っこいから足毛小人か?」
「足毛小人なら靴なんて履いてないだろ、あいつら足の裏だけ獣人みたいに毛だらけだからな」
そんな奇妙なBGMが流れる店内、船札に興じつつも視線だけは店の音の出所であるカウンター席、そこに陣取って賄い飯を猛烈な勢いでかき込んでいる少女にチラチラと向けながら、常連三人組がそんなことを小声で言い合う。
「ちっちゃいのによく食べるわね、そんなに急がなくてもまだまだたっぷりあるから落ち着いて食べなさい」
次々に少女の口の中へと運ばれ空になっていく今日の賄い飯である海賊風海鮮ピラフの盛られていた皿、それにフタバ亭の主人であり自らの旦那であるシメイが手際よくおかわりをよそう風景を見ながらナマラは楽しそうに言う。
ナマラは連れて来た生き倒れの少女が意識を取り戻すなり、カウンター席に半ば無理やり座らせ、その目の前にシメイがまるでわかっていたとばかりに無言で差し出した海鮮具沢山のピラフのよそわれた皿を置いた。ぼんやりと意識を取り戻した少女は目の前に置かれたおいしそうな香りを漂わせるピラフの盛られた皿を見るなり、まるで飢えた獣のようにそれに飛び付き食べ始め、1皿目はそれこそ無我夢中、2皿目にして感極まって泣き始め、4皿目にしてようやく言葉らしいものを泣きながら食べながら喋り始め、6皿目で食べるペースが人並みに落ち着いた。
「助けていただいてありがとうございました! 私はラニと言います! 世界を見て回りたくて一人で旅をしてて、この土地に来るまではなんとかなったんですけど、そこでお金が尽きちゃってどうにもならなくなっちゃって、本当に助かりました! 食べさせていただいた分は皿洗いでも床磨きでもなんでもします! あと、もし良ければここでしばらく働かせてくださいッ!……ゲプ」
結果、7皿の大盛り海鮮ピラフを平らげ、空腹を満たし感情的にも落ち着いたらしい少女は、頭を深く深くナマラとシメイに向かって下げながら一息に感謝と改めてのお願いを一息に口にし、最後にゲップが漏れる。
「ふーん、どうしよっかね?」
それを聞いたナマラは、カウンター越しに立つシメイに視線を送りながら腕を組んでしばし考え込むような姿勢を取る。
「まぁ、細かいことは後にして、ラニちゃん、とりあえずお風呂入ろっか?」
「はい?」
「いや、ほらね? ウチは一応食事処だから、働いてもらうにしても今のまんまじゃマズイからさ、シィちゃん、ちょっとこっちに来てくれる?」
ナマラはそう言い、それまでその場にいながら蚊帳の外な感じだったシィのほうに視線を向け、手招きして呼び寄せる。
「あのね、この子が今ウチで住み込みで働いてもらってるシィちゃん。シィちゃん、ちょっとお願いなんだけど、ラニちゃんをお風呂屋に連れてってあげてくれない? お風呂代はコレで足りるはずだと思うからコレでね」
そう言ってナマラはシィに銅貨数枚をお風呂代として手渡す。
「余ったら果実水でもお風呂上がりに二人で飲むといいわ。それじゃお願いね」
「あ、はい……」
雇い主のナマラのお願いである。シィは少々困惑しつつも、これも仕事と即座に割り切り、この薄汚れて流れを見る限りではかなり図々しいなという印象を抱いた新参者とはどう付き合えばいいかと頭を働かせはじめる。
「シィです。よろしく」
「ラニって言います。よろしく」
探り探りと言った感じのやや遠慮がちな握手、ラニは握手の前に何かに気がついたのか一度服で手を拭う仕草をするが、その辺にうろついてる浮浪者のほうがまだマシと思えるほどに汚れた衣服では逆に拭った手が汚れるのではとの考えがシィの頭に浮かび、同時に「これは風呂屋のついでに洗濯させないとダメだな……」とシィは密かにため息をつきながら考えるのであった。
このシィとラニという二人の少女のの出会いはあまり良いとは言えないものであったが、その後に二人は同じ部屋で生活を共にするようになり、やがては反発しながらもお互いにない部分を補完しあうような間柄になっていく。
しかし、そうした話しはまだ先のことである。
- 町の様子や生活の様子など描写が丁寧でスクリーンを見ているように目に浮かぶ。思ったよりもアグレッシブで行動が素直なラニ。どこか似た者同士のシィとの生活に期待したい -- (名無しさん) 2014-11-30 21:20:27
- 銭湯いいね!ちょっと謎の部分がありつつも食い気が全部ふっ飛ばしてるラニちゃん -- (名無しさん) 2014-12-06 06:15:05
最終更新:2014年11月30日 21:10