【深海の酔っ払いと】

「やっぱり異世界で一番の海はミズハミシマだぞ俺」
異世界を自分なりにぐるっと回ってみたところ海と言えばミズハミシマという結論に至ったので
今度はちゃんとした旅行としてミズハミシマに海水浴旅行にやってきたのだ。
「安いツアーだと思ってたけど、ちゃんとミズハ沖まで連れて来てくれたんだぞ俺。早速ダイビングだぞ俺」
異世界広しと言えども海に入る人に親切な水精霊が多いのはやはりミズハミシマの海が一番多い。
海に飛び込むや否や周囲から少し範囲水が引いて優雅な海中遊泳散歩を満喫する。
そろそろお腹が空いたぞと客船に戻ろうと浮上を開始。 バタ足だけ水の中に突き出すと水精霊が海上へ押し上げてくれる。
「何だろう船上が騒がしいぞ俺」
何やらドタバタ騒々しい甲板だが海面からはよく見えない。
そうこうしていると両脇から鱗人にがっしり捕まれる。 船に上がるくらい自分でできるのだが?
「海にいる連中も全部ひっ捕まえたぞ!」
「よし!全員船に詰め込め!ずらかるぞ!」
「いきなり荒々しい扱いだぞ俺。 これもツアーのアトラクションか何かかな俺」


「お客様方すみません…当船当ツアーは海賊に拿捕されてしまいました。何卒穏便に落ち着いて行動して下さい。そうすれば ──
「手前らは大事な商品だ!大人しくしていればそのまま売っ払ってやるから、よぉーく覚えておけ!」
突如全員が連れ込まれた海藻岩貝がびっしり覆う帆のない大型船。それはどんどん海中へ潜航していく。
「なんてこった“魚狼灯篭”…まだ残っていたのか…!」
「異世界では海賊の犯罪行為は禁止されていると聞いていたぞ俺」
ぶるぶると震え怯えるツアー船の鎚頭鮫人船長に問うた。
「確かに海を統べる竜宮城によって害成す海賊は取り締まられなくなったと思われていましたが…」
「そぉーだ!俺達は海賊だ!何が全うな仕事だ商売だ! 今更何を言っていやがる骨抜きの鱗人め!」
「ドニーに行った時は気のいい海賊ばかりだったぞ俺。 皆普通に働いていたんだぞ俺」
その言葉に広い船室がいきなり静まり返る。
見渡せば人質(?)よりも海賊の方が少ない。 心なしか装飾もぼろぼろに見える。
「海賊の生き方も信条も…そう簡単に変えれる訳ねぇだろうがよっ…!!」
「仲間達は次々とやられちまったが、だから何だって言うんだ?関係ぇねぇ!」
憤る海賊達の次々とあがる罵声怒号。 だが突如それよりも大きな貝笛の音が鳴り響く。
「出やがりました!」「来たか!」「よし!よし!よし!計画通りだぜぇ!」
慌しく船内に駆け足、床鳴りが轟く。
「それでどっちだ?」「狙い通り“屍”の船でさぁ!」「待機している連中にも報せろ!一気に沈めてやる!」

 『あー、あー、んあ~そこの海賊船、今すぐ止まって攫った人らを解放するっちゃ~ヒック』

何故か甲板へと連れ出される人質。 勿論海中であるため水棲種族以外は溺れてしまうのだが、水精霊がすぐに補助を施してくれた。
「おぉぉ…まるでSFの宇宙戦闘みたいだぞ俺」
次々と岩影より現れる大小の海賊船から射出される魚介類。
船長が言うには武器として調教や調整を受けた水棲生物で、弓矢や投石が使い辛い海中での大規模戦闘での主力となっているんだとか。
ゆっくり海中を進む巨大な朽ちかけた帆船にありったけの攻撃が撃ち込まれるが、さしたる損害は出ていないのか変わらずゆっくりと接近してくる。
一定の距離を保つためか、後退を始めた海賊船に向けてボロ帆船から何かが泡尾を引いて射出された。
第一波と言わんばかりに飛び出し海賊船に激突しめりこんだのは…樽だった。
「酔っ払いの亡霊野郎!空になったからって酒樽なんぞ撃ってきやがってぇ!」
甲板にめり込んだ酒樽の側面には何やら文字や年代が焼印されていた。本当に酒樽のようだ。

 『んあ~、早く大人しくせんと次は本気でいくっちゃ~よ』

「やはり止まらんかよ! よし、人質どもを放り投げろ!」
「んん?急に持ち上げられてどうなるんだぞ俺」
海賊が次々と甲板から人質を帆船へ向かって放り投げる。 投げると言っても水中なので縛った人質を機雷のようにばら撒くだけだが。
海賊船と帆船の間に人の壁ができると、帆船は動きを止めてそこから幾つもの人影が泳ぎ出てくる。
「救助します」
「ありがとうなんだぞ俺」
放り投げられ身動きの取れない体を帆船まで押し泳いだのは骨だけの水夫や半分しか身肉のない魚人など、どう見てもスラヴィアンである。
人質達が帆船の甲板へ連れて来られるとすぐに縄を解かれ船内へと案内される。 不思議とその間は海賊船からの攻撃は散漫なものになっていた。
「見た目は大きな帆船だったのに、中は意外と狭いんだぞ俺」
案内された部屋は指揮中枢も兼ねているのか前面が広く硝子のような透明素材になっており先には幾つもの海賊船が見える。 所々にひびが入り苔むしているのが何とも言えない雰囲気。
「提督、人質は全員回収しました。ツアー名簿分の人数、間違いありませんマァム」
「よかとね~。さてと、後は海賊船をどうするか…竜宮城との約定でとっ捕まえんといかんっちゃ~が」
提督と骨水夫から呼ばれたのはぼろぼろの海賊服と海賊帽を着用し、無数の酒樽に囲まれた顔の真っ赤な蛸足スキュラ。特徴的な瞳孔はゆらゆらと酔っ払っているのか宙を泳いでいる。
「向こうから何かが泳いでくるんだぞ俺」
「んあ~?海賊一人でどうこうできないのは分かっちょろ~に。何をする気っちゃ~」

「船足さえ止まってしまえばこっちのもんだ!これでも食らいやがれ!!」

帆船と数十メトルまで近づいたところから一気に加速し直上まで到達した鯱人が手に持った ──壷を叩き割る。 すると突然 ──
「うわっ!とっても眩しいんだぞ俺!まるで海面で太陽を見上げているようだぞ俺」
燦然と輝く黄金の光柱が帆船と周囲を包み込むと、瞬き一つで海水が蒸発霧散する。
勿論帆船は地響きをあげて露になった海底に墜落する。 円柱状に空間が、青天まで延びる。
甲板にいた水夫はあっという間に昇天し消滅する。 胴体を失った腕骨が、辛うじてナイフで縄を切ると漆黒の帆が船体に覆い被さった。
「うひょお!とんでもねぇぜ! ここまで凄い代物だったとはな!」
「お頭ぁ、一体あの壷は何だったんですかい?」
「ミズハ北果ての隠し港の酒場で商人から貰ったんだが、《とある精霊筋からの品》ってのと《対スラヴィアン器》くらいしか分からねぇが…
ここまでとは予想もしていなかった! やれる、やれるぞ!海の亡霊アドミラ・レイスを!!」
「野郎ども!あの闇帆させ破ってしまえば光が届く!どんなスラヴィアンでも干物だ!」「ありったけの矢でも銛でも何でも打ち込めぇ!」「海が誰のモンか思い知らせてやる!」
再集結した海賊船が海水の干上がった直前まで到達し、一斉に投擲攻撃を開始する。
漆黒の鉱糸と喪蜘蛛の巣糸、暮れ乙女の髪などを闇精霊織り仕上げた光を遮る帆ではあるが、その耐久性は丈夫な布という程度である。
無数の激突が徐々に帆を削り磨り減らしていく。
「どうするんだぞ俺。逃げるにも水がないと船は進まないんだぞ俺」
「んあ~、まさか陽神器まで使ってくるっちゃ思ってもみんかったばい。 取り合えず海の中に戻るっちゃ~ヒック」
「こんな時でも酒を飲むのはやめないんだな俺。でも戻るってどうするんだぞ俺」
黒いカーテンの下りた船室。水夫が徐に伝声管を伸ばしながらスキュラ提督、アドミラへと差し出した。

 ラ~ラ~ルルルル~ル~ラ~ ラッラッラ~ル~ラララ~

つい先ほどまで(と言っても今もだが)酔って顔を真っ赤にしてゆらゆらしていたのと同一人物とは思えない美声。船室を越えて外まで奏で響き渡る。

 ズゴゴゴゴゴゴゴ…

動くはずのない帆船が小刻みに揺れると同時に海底から土煙が舞い上がる。
「「「なっなっなっ!なんだってぇーー!?」」」
土煙から一斉に飛び出したのは鋭利な爪甲を持つ巨大な節足。それらがシャカシャカと同時に動けば海水の無い海底など大荒れである。
まるで帆船に無数の足が生えたような(実際生えている)、それはあっという間に無水空間から海中へと飛び込んだ。
海中に至ったのを感じ取ったのか、節足が動きを止めると続いて巨大な鋏が二つ飛び出す。
「いかんっ!」「や、やべぇぞ!」「後退後退ーっ!」
慌て距離を開けようとする海賊船団は、渦を巻き起こさん程の大鋏の唸る豪振りによって損壊半壊する。
「んあ~、後はミズハミシマの役人に任せるっちゃ~」
「凄いんだぞ俺。何が何やらさっぱりなんだぞ俺」
海賊船団を粉砕した後、節足と大鋏はあっという間に船底の穴に引っ込んでしまった。
「《船被り》…初めて見た」
船長曰く、宿借りのように船そのものを宿として被る巨大な海棲生物がいるという。
それらはとても恥ずかしがり屋で、日の大半を宿である船の中に引っ込んでいるという。
そのため時間感覚が薄まった彼らは捕食の際にだけ宿から鋏を出す程度などだと。
「んあ~、ヤドロクは起こしてやらないとずっと寝ているばい。スラヴィアンじゃなかと、仕方なかっちゃ~仕方ないっちゃ」
海底からもくもくと砂煙が舞い上がる。 恐らく寝起きのヤドロクが海底をすすって食事をしているのだろう。

ミズハミシマの港に到着した頃にはすでに陽は落ち、帆船は何事も無く浮上する。次々と降りるツアー客などは安堵の表情であった。
「提督は何故スラヴィアンなのにミズハミシマの海で役人みたいなことをしているんだぞ俺」
「んあ~、海の何処までが領地か分からないっちゃ~面倒だから全部管轄してるばい貴族の務めばい。 それと…」
「アドミラ様、此度の捕り物見事で御座いました。 これは竜宮城からの報酬で御座います」
鱗人の役人が海牛車に山盛り積んだ酒樽を持ってきた。
「お礼に酒が飲めるっちゃ~よ」

 思えばそんなに泳ぐことができなかったので、またミズハミシマに海水浴ツアーに行こうと思った。
 その時はちょっと奮発して美味しい酒を持ってこよう。


スラヴィア最古の貴族にして海の酔っ払い提督アドミラ・レイスの日常と安いツアーは警護が薄い?という一本でした

  • 異世海防衛隊みたいでカッコいい。気さくでのんびりしてそうでお酒を持っていけば話もできそう -- (名無しさん) 2014-12-21 11:28:25
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最終更新:2014年12月20日 20:46