【鳩村耳音の冒険 02.Identity】

夕焼け空を見つめながら、鳩村耳音は新聞部へと向かっていた。
先ほどは部室に顔も出さずに情報部へと足を運んでいたのだ。
妙に出席に煩い守屋てゐに知れたら後々面倒な事になる。
遅刻であっても出ておく必要があったのだ。
それにしても、と鳩村は考える。
何故自分らはこんなに出欠を煩く言われるのに、幽霊部員が存在するのか、と。
新聞部副部長兼幽霊部員の南堂亜紗子(ナンドーアサコ)の事である。
入部以来、写真でしか顔を見た事が無い。
守屋と同じ学年だから3年生のはず。その程度しか知らないのだ。
同じ部にあってもそんな学生がいるのだ。
まして、学園全体ならば名簿に名の無い者がいてもおかしくないのかも。
鳩村は薄ぼんやりとそんな事を考えていた。
言うまでも無く有り得ない事である。
が、有り得ない事などこの世にはいくらでもある。
学籍名簿に名が無く、学園の誰もが知らぬ存在が学園内に居る。
どんなに有り得なく思えても、それは居る。
窓の外、旧校舎を眺め見る。
旧校舎B棟2階、科学準備室B室。『221B』
出来れば今回はアレの力を借りずに済ませたい。
鳩村はポケットの中のスマホをゴソリと握りしめた。

「あっれ鳩村じゃん。今日は休みじゃなかったんスね」
ドアを開けると新聞部女子部員、安田桜花が居た。
新聞部の部室には、ほとんど部員は残ってなかった。
この出席率だ。守屋が出欠を煩く言うのもわからないでもない。
「守屋センパイ、鳩村が来てないから残念がってたッスわ。
 ほんとマジラブッスわね」
安田桜花がニヤニヤしながら鳩村に話しかける。
鳩村は淡々と棚からセイロンティーの入った箱を取り出す。
実際には香りの違いなどわかりはしないが、こういうのは演出が大切なのだ。
鳩村はそう自分に言い聞かせる。
お茶菓子も見つける。まだ食べられずに生き残っていたビスケットだ。
紅茶の香りが部室内に広がる。多少はリラックスできるというものだ。
「どうせまたくだらない事件でも見つけたんだろ。
 あの人、自分の事を本当に名探偵扱いするから困る」
ティーポットから自分の分だけそそぎ、椅子に座る。
「つーか鳩村っちは本当に名探偵だし仕方なくね?
 あ、紅茶、ウチももらうッスわー
 ビシタも飲むッスか?」
安田は許可を得る前に自分用のコップに紅茶を注いだ。
ビシタと呼ばれたのは、新聞部女子部員で鳥人のビシタシオンである。
オルニトという異世界の国から留学してきている。
教科書を読むだけでも悪戦苦闘するアホの子なのだが、何故か新聞部にいる。
雑用係として守屋に騙されて入部したのだと、もっぱらの噂だ。
「ピヨー・・・私はお水があるからいらないかなぁ」
ビシタはペットボトルの水を嬉しそうに掲げた。
「ところで、今日は2人しかいないの。他の皆はどこに?」
ビスケットをかじりながら鳩村が尋ねる。
「まず守屋センパイが鳩村がいないからって探しに出かけちゃってる。
 七井君とまつりっちは二人でどっかに出かけた。アイツらデキてんじゃね。
 フーとマリモが取材に行くって部室長屋に行ってる。
 タカマは今日は茶道部稽古の日だからそっち。
 エリーカはヒジ関節の調子が悪いとかで鍛冶部に行ってるッスわ」
「で、安田とビシタが部室にいるのか。
 まあ、静かと言えば静かでちょうどいいのかもね」
「安田ちゃんがその分うるさいピヨ」
「ビシタもしゃべる時はうるさいほどしゃべるッスけどね」
その時、廊下をバタバタと走る音が響いた。
「あ、来た」
鳩村がどこか悲壮感を漂わせながらそう呟いた。
部室のドアがガラリと開き、新聞部の部長である守屋てゐがスカートをヒラヒラさせながら乱入してきた。
いつもの事ながら、スカートを短く折りすぎている。
一瞬ながらもパンチラが鳩村の目に入る。ピンクだ。
「何で部室にいるのさはとむら!私凄い探したんだからね!
 事件だよ事件。しかも大事件!
 あ、紅茶いただきますはとむら。今日は何?セイロン?
 あとビスケットもいただきますはとむら」
言うが早いか守屋はティーカップに紅茶を注ぎ、ビスケットを口にする。
「さよなら。自分のビスケットたち」
鳩村は自分にだけ聞こえるくらいの声で呟いた。
ゆっくりお茶菓子を食べつつ紅茶を飲む時間が取れないのは何故なのか。
自分が名探偵ならば、その事件こそ解決すべきだろうと鳩村は思う。
犯人は守屋。解決。ああ、世界がそんなに単純であればどんなに気楽な事か。
「で、事件っていうのはね。何と学生消失事件!
 高等部2年の讃良(ささら)マリさんっていう地求人がいるんだけどね。
 なんとその娘の思い人であるケンタウロス男子が行方知れずになったの!
 しかも学籍名簿を調べてもその男の子の名前が載ってない!
 これは事件だわサスペンスだわワクテカしてくるじゃんはとむら!
 っておい!何でそんなノンビリと紅茶を飲んでるワケ!?」
鳩村はゆっくりと紅茶をすすった。
確かに拾ってくる事件はくだらないものしか無い。
が、守屋の情報網の広さには感心するしかない部分もある。
「で、その男子の行方を調べろと」
「そりゃそうだよ。名探偵だもん。
 讃良さんは茶道部に所属してるんだってさ。今日は部活の日だからいるんじゃないかな。
 ちなみに社長令嬢らしいよ。ササラ‐ランドスケープ社の。
 あとはとむら。ワクテカってどういう意味?ワクワクするなーって感じでいいの?
 なんか他人が使ってるの聞いて自分も使ったけど」
「守屋先輩。もう少し静かにできないものですかね」
紅茶を飲み終わって鳩村が静かに言った。
「何よそれー。
 言っておくけど、私は黙ったら死ぬからね!一生スピーカーしますからねっ!」
守屋はふんぞり返ってそう言い放った。
「偶然ですけど別ルートで依頼があったので、その出来事は出来る限り調べてみます。
 とりあえず茶道部に行けばいいとわかったのは僥倖でした。
 それでは行ってきますね」
それだけ言うと、鳩村はすっと立ち上がり部室から立ち去った。
「あ、行ってらっしゃい・・・」
守屋がヒラヒラと手を振る。
「んっふっふー・・・守屋センパイー。それでいいんスか?
 っつーか完全に作戦失敗したって感じッスよね?
 一緒に調査してデート気分を味わおう大作戦とかそういうヤツッスよね」
安田桜花がニヤニヤとしながら守屋に話しかける。
「・・・うん」
「あ、マジネタッスか。申し訳ないッス。
 っつーかセンパイ。気を落とさないでくださいよ。
 ウチが今、十津那激熱デートコースの記事を書いてますから。
 それの検証とか言ってハトのヤツと一緒に行けばいいじゃないッスか。ね?」
「・・・うん。行ってくる!」
そう言うと、守屋はスカートをはためかせて走って行った。
「いや、今行くんスか?」
「重症ピヨー」
ビシタシオンがひよこ豆をポリポリとかじった。

鳩村が部室長屋の外れにある茶道部に顔を出した時には、まだ指導の先生が来ていなかった。
やや冷え込んだ部室内で茶道部員全員が雑談をしていた。
半分ほどは地球人で、大半が女子部員だが、そうではない者もいる。
鱗人女子、狐人女子、鬼人女子、ケンタウロスの男子部員もいる。
「鳩村君じゃないですの。どうなさったんです?」
新聞部兼茶道部の女子エルフ、タカマ・ツノーミャが鳩村に気付いた。
エルフにしては落ち着きはらった性格で、異性にもガッつかない珍しい存在だ。
反面、お茶に生け花、料理に琴を嗜み、コンカツする気満々の一面もある。
今は着物を着ている。着物のエルフなんて初めて見た、鳩村は口には出さずとも新鮮な驚きを得ていた。
「茶道部って、結構いろんな人がいるんですね。男子もいるとは思ってませんでした」
「3人しかいない貴重な男子部員です。
 あちらがチキュー人の佐藤さん。そちらが鱗人のベッコーさん。
 そして奥の部屋でお話されているのが、ケンタウロスのタマモさんです」
「ええと、讃良マリさんはいらっしゃいますか?取材です」
「マリさんならば、そちらの奥の部屋にいらっしゃいますわ。
 ちょうどタマモさんとお話されていますわ。少々お待ちを」
そう言うと、タカマはススス・・・と奥の部屋へと向かった。
もう日本人以上に日本人らしい身のこなしと言える。
コートをかけしばらく待つと、かなり大柄な、ストレートな表現をすれば太目の女子生徒がやってきた。
大きな赤い羽根柄の着物を着て、それじゃあ成人式だろうという立派な襟巻を首に巻いている。
酷くおずおずとした様子で挙動不審だ。まあ、恋愛がらみでもあるし仕方がないといったところか。
「あ、あの。讃良マリと申します」
讃良マリは鳩村ではなく、先ほどかけたコートの方を向いて話し始めた。
「・・・酷い近視ですね。茶道するの大変じゃないですか」
鳩村がそう言うと、彼女は真っ赤になって言った。
「ごめんなさい。ええ、でも茶道は作法が定まってますから。すみません。
 それで依頼の件だったんですが、お話しても?」
讃良マリは今回の件をかいつまんで話し始めた。
今年に入ってから、葦毛のケンタウロス男子と仲良くなった事。
ケンタウロス男子の名前はクロスだった事。
いつも学園敷地内にあるオープンカフェ『ドラゴンパレス』でおしゃべりを楽しんでいた事。
ある日突然、彼がもう会えないと言ったきり、姿を見る日はなかった事。
が、そこには新たな有益情報は含まれてはいなかった。
「えぇと」
鳩村がいくつか質問をしようとした時だった。
「ところで讃良さんは何故メガネをしないの?
 普通それだけ見えなかったらメガネかコンタクトをするよね」
どこからか守屋が現れてズカズカと質問を始めた。
「え、あ。あの」
「申し遅れました。私新聞部部長の守屋てゐと申します!
 我が新聞部の誇る名探偵!の鳩村耳音の記録係的な取材もしてます。よろしく」
守屋は凄い勢いでまくしたてて頭をペコリと下げた。
「うぜぇ」
鳩村は誰にも聞こえないくらいの音量でそう呟いた。
が、この瞬間に鳩村は部室の様子や部員をスマホのカメラに収めた。
そして即座にメールが届く。言うまでも無く、『シャーロック』からだ。
旧校舎B棟2階科学準備室B室。221Bのプレートが埋め込まれた部屋の主。
マセ・バズークから来た、ほぼ完璧にニンゲンに擬態したソレ。
ネットワークに接続しなくとも、無尽蔵の解析能力で事件を解決し続ける存在。
群れのリソースの大半を食いつぶすほどに特化した存在。
自称『地球観測・解析用強行偵察型蟲人36号』
だが、鳩村はその名では呼ばない。『探偵』シャーロックと呼んでいる。
そう。十津那学園の本当の名探偵は、ソレなのだ。
メールの中身はと言えば、『キミはいつもながらに馬鹿だな』から始まり、今撮影した画像についての言及がある。
何故、讃良マリはメガネをしないのか。そして消えた男子生徒はどこに行ったのか。
つまり、事件は解決した。
「ま、丁度自分も気にはなってたところです。
 推測するに普段はメガネ派でコンタクトは使ってなかった。
 ずっとメガネをしていると、髪型にクセがついちゃいますよね。
 そして最近、おそらくはくだんのケンタウロスの彼氏との別れのショックでメガネを壊してしまった。
 自分で壊してしまったか、彼を追いかける際の事故かまではわかりませんが。
 新しいメガネが出来上がるまでの辛抱で、今日もメガネをかけてない。そんな所ですかね。
 ・・・ドライアイ?っと、ドライアイだったんですね。コンタクトをしなかったのは」
鳩村は、つらつらと話して行く中で、シャーロックが学園個人情報にハッキングを仕掛けて医療情報を抜き出したことに気付いて、
慌てて誤魔化したが、周囲の人間はそれを気にはしなかった。
「壊したというか、どこかに行ってしまったんです。
 彼と会っている時はメガネを外してましたから。
 その方が可愛いって言ってくれたんです・・・」
大差ないと思う、その一言を鳩村が飲み込むと、傍らの守屋まで微妙な表情をしていた。お互い視線があってしまう。
「つまりあなたは、彼の姿を視覚的に鮮明に知っていたわけではなく、その体型からケンタウロスだと判断し、
 その毛色だけは鮮明に知っていた、と言う事ですね」
「そう、ですね。でも、恰好良かったんですよ。
 身のこなしとかそういうのはわかりますから・・・」
「だそうですけど、どうします?茶道部部員のタマモ君」
鳩村は、茶道部部室に居たケンタウロスの男子に向かってそう言った。
ケンタウロス男子は心底驚いた様子で鳩村の方を向いた。
「え?」
讃良マリはぽかんとした表情を浮かべた。
鳩村にタマモと呼ばれた男子部員はカポカポとヒヅメを鳴らして近づいてきた。
「急に何を言い出すんですか。俺の毛色は鹿毛です。
 葦毛なんて貴族か騎士の身分なんだから、俺みたいな農耕馬とは身分違いですよ。
 まして、讃良先輩と毎日食事を一緒に出来るだなんて・・・」
タマモがそう言うと、鳩村つらりとこう言った。
「ちなみに何を食べてたの?」
「先輩は日替わりサンドイッチで、僕がサラダセットです。
 メガネをしてないと手元が狂うでしょ」
タマモはしまったという表情を浮かべたがもう遅い。
鳩村がフゥと嘆息をひとつつくと、ゆっくりと話し始めた。
「讃良マリさんが恋煩いに陥る前に、恋に悩んだ男がいた。同じく茶道部員のタマモ君だ。
 彼は西イストモスの農耕村落出身だったがゆえに、社長令嬢である讃良マリさんとの身分違いの恋に悩んでいた。
 ちなみにタマモ君はその村落の族長の血筋だから、地元に帰ったらササラ‐ランドスケープ社よりも稼ぎがいいみたいだね。
 それで悩んだ彼が取った作戦とは、せめてお昼のひと時くらいは身分を偽って彼女とお話するという、ささやかな幸せ作戦だった。
 最初は偶然、彼女がメガネをしていない時を狙ったんだろう。声で気付けよとも思うけど。声色を必死に変えてたんだろうね。
 白馬の王子様だの葦毛だのがひっかかってはいたけど、今のタマモ君の装いで納得したよ。要は白い着物も持ってるって事だよね。
 彼を茶道部だと知っている人間は、昼休みに着物を着ていても『部活熱心だな』くらいにしか思わないだろうし。
 で、何で別れ話を?・・・聞くまでもないか。偽っているのに耐えられなくなったんだね」
鳩村が話し終えると、ケンタウロスのタマモはこくりと頷いた。
「あとはまあ当事者同士で話し合ってください。
 自分はこれで帰りますんで」
鳩村がそう言い終わると、茶道部全体が「おおおー!」という感嘆の声をあげた。
「やったじゃんはとむら!名探偵すぎるわ本当!」
守屋はそう言って鳩村をヒジで小突いたが、鳩村は心底疲れた表情を浮かべた。
その理由は単純である。
この推理には致命的な見落としと、それに関連しての事件のもう一つの真相が隠れている。
『普通はスペアのメガネくらい持っている』のだ。同じくメガネ使用者の守屋が何故気がつかないのか。
つまるところ、讃良マリは全部知っていたのだ。タマモとの仲を一歩進めたくなって、この茶番を仕掛けたのだろう。
そのために探偵役が必要になって、学園名探偵の自分が担ぎ出されたというワケだ。
「はぁあ・・・今回も酷い事件だった」
そう呟き、新聞部へと戻っていった。

「お帰りー。なんか依頼人が来てるよ」
部室に戻った鳩村を待ち構えていたのは、新たな事件解決の依頼であった。

03.Speckled Bandへ続く


  • 一日一日を楽しく送る学生の雰囲気がたまらない。 細かい学園ネタも拾いつつも古きよき犯人はヤスを追いかける様な丁寧分かり易い状況描写が読み易い。 どっとはらいな担がれた名探偵のオチも爽やか! -- (名無しさん) 2014-12-26 05:48:23
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最終更新:2014年12月26日 05:30