「なあ。今日はクリスマスなんだろ?」
ドランが不貞腐れた口調で言った。
「ああ。それがどうしたよ」
元原は、いいから手を動かせと暗に込めて言った。
「何でオレらはバイトなんかしてんだよ」
まったく似合ってないサンタの服装をしたドランが言う。
「稼ぎ時だからだろ」
同じくまったく似合わないサンタの服装をした元原が言う。
「そうじゃなくってよぉ。俺ぁ聞いたんだからな
クリスマスってのはこう、家族や恋人と楽しい一夜を過ごす日なんだろぉ
何だって俺らはこんな赤い恰好しなきゃならねぇんだ」
「カネが無ぇからだよ」
「女もいねぇからだよな」
「言うな」
それきり二人は黙ってしまった。
「クロトは何をしてんだろうな」
なかなか売れないケーキを尻目に元原が言った。
「坊ちゃんなら昨日から大延国に行ってるよ。
ヤボ用なんだとさ。詮索すんなよヤボ天野郎」
せかせかとサンタ衣装をさすっては、元に戻すドラン。
そろそろ一服したい所だが、タバコは控室なのだ。
わかっていても服をさすってしまう、喫煙者の悲しい性だ。
「誰がヤボ天野郎だこのトサカ頭が。ちょっと聞いただけじゃねぇか。
ウォーチはチャリティプロレスとか意味不明なのに行っちまうし。
な~んかパッとしねぇよなぁ」
「よーっし。バイトが終わったら埠頭まで爆走すっか」
ドランがそう意気込んだ瞬間、空から雪が降ってきた。
「・・・大人しくしてろって事みてぇだな」
元原は諦めきった声で言った。
「ねぇ、メノー。ケーキは買わなくてもいいのかな」
薄い緑色で暖かくコーディネートした旅
エルフ、イスズがそう言った。
つい先ほど、学園でも指折りの丸出しヤンキー2人組が
ケーキを売っているところを見かけたからだ。
というか、その凶相ゆえにまったくケーキが売れていない。
「会場で準備してあるみたいだな。
差し入れのドニーシードルもあるし、買わなくていいよ」
藍色の革ジャケットを着た笛野瑪瑙が答える。
ちなみにドニーシードルは密輸品だ。
「考えてみたらボク、クリスマスは初めてだよ。
星神祭は何度か一緒に行ったよね。あんな感じ?」
「世間一般じゃ、あれよりもっとキラキラしてんだろうけどな。
これから行くところはもっとこう、地味と言うか。
忘年会風というか・・・」
ボーネンカイって何だろう?イスズは疑問がまた増えていた。
「忘年会が何なのかは知らないけれど、それに出席する金額3人分と
ドニーシードルの購入費とこっちに持ち込むのに使ったソデノシタと
飛竜牧場の維持管理費と諸々諸経費を計算したら赤字なのだわ!
メノーはオーナーとしての自覚がなさすぎなのだわ」
笛野瑪瑙の足元から畳みかけるような声がする。
ゴブリン女子の”低っ鼻”アリョーシャ・ギョーシャだ。
ワナヴァンを繋留している飛竜牧場の経営は彼女が行なっているのだ。
飛竜の皮衣クエスト以後、メノーに頭が上がらないのだが、最近態度が大きい。
「落ち着いてよアリョーシャ。今夜は楽しもうよ。ね。
アリョーシャの好きな甘いお菓子もいっぱいあるってさ」
イスズがニコニコとしながらアリョーシャに話しかける。
「それがケーキなのだわ」
「ああ、お前さてはさっきのケーキを食べたかったんだな」
瑪瑙がニヤリとしながら言うと、アリョーシャは頬を膨らませた。
「ちちち・・・違うのだわー!」
ポートアイランド開発時から町の一角で営業を続けている食堂がある。
それが浮田あすなろの実家「あすなろ食堂」である。
「すいません味噌ラーメン2つ」「特製ミズハカレーください。あとサラダ」
「ニンニクラーメンネギ抜き野菜マシマシと半チャー」「ざるそば」
「天丼1つとカツ丼1つ。漬物つけてね」「チゲ鍋4人前。学割ききますよね?」
「はーい。ミソニミズハイチサラツキニンラーネギヌキヤサイマシマシハンチャーザル
テンイチカツイチチゲヨンかしこまりましたー!はいお客様クリスマスセットです」
次から次に溢れ出す注文の山を、何事もなく裁ききる浮田。
「いつ見てもスゲェなアイツ。超人か何かなのか」
店の奥の小上がりでクリスマスパーティの準備をしつつ、川津天は感心しきっていた。
『本当に素晴らしいのは接客時の笑顔かと思いますが』
動甲冑(リビングメイル)の片平エイグスも見惚れている。
「ちょっと男子!手が止まってますけれどもー?」
そんな二人の様子を見て、スキュラ女子の杉浦さんからツッコミが入る。
要はいつものメンバーが集まってきているのだ。
「で、そもそも何で疎遠になったんですか」
パーティ会場(という名の小上がり和室)の隅っこに座った鳩村が言う。
「自動車の免許取りに行ってたんだよ」
酷くつまらなそうな口調で川津が答えた。
「で、イブの夜に颯爽とマイカーでお出迎えしようと…それで喧嘩してりゃ世話ないですね」
夫婦喧嘩は犬も食わないと言うが、こんな話は狗人とて食わないだろう。
「え?え?なになに?なんか面白い話?」
新聞部部長、守屋てゐがスカートをヒラヒラさせながら会話に割り込んだ。
犬も食わぬ話でも食らいつく人間はいるのだ。川津と鳩村は顔を見合わせ嘆息した。
「どもー、お疲れ様です」
笛野瑪瑙、イスズ、アリョーシャの3名が会場に到着したのはその時だった。
「会費は一人3000円ね。2000円で鍋とオードブルと、飲み放題。
あとの1000円はプレゼント交換を予定してます」
仕事を切り上げ、浮田が今度はクリスマス会場を仕切っていた。
「メノー!話が違うじゃないか!ケーキが無いのだわ!」
一瞬アリョーシャが声を荒げたが、浮田の「あるよ」の一言で目を輝かせた。
「ああ、良かった。お鍋ならお野菜もいっぱいあるよね」
種族柄かイスズは野菜がある事に安堵していた。
「自分も自動車免許くらいは取りに行った方がいいのかな」
スマホの画面を見ながら鳩村が言う。価格でも調べているのだろうか。
「ねぇメノー。ジドーシャメンキョって何」
イスズがキョトンとした顔でそう尋ねる。
「あー・・・乗竜許可証みたいなモンだよ。
冒険者ギルドで発行してるヤツあるだろ。あれ」
ある程度大型の竜を扱うのに際して、許可証を必要とする地域もあるのだ。
厳密に言えば、運転免許ではなく車検証の方が近いと言えよう。
「あ!やっぱり飛竜に乗るのも許可とか要るんだ!詳しく教えて!」
守屋が今度はそちらの話題に食らいつく。
「センパイうるさいですよ。もうすぐヤマラジ始まるんだから静かにしてください」
鳩村が心底ウザったそうに言う。
「何その言い方。ジャーナリストとしての気概が感じられませんぞー」
守屋が妙に自慢げに返すが鳩村は意に介していない。
そして小上がりのスミに置いてある無線式のスピーカーにラジオの音が入る。
浮田の発案で、ヤマラジは毎回かかさず店で流すようにしてあるのだ。
『はーい!やってまいりましたヤマカさんと楽しくラジオ略してヤマラジの時間です。
お相手は言うまでもなく皆様のお馴染みDJヤマカちゃんでーす!
はい!というワケでして今夜も生放送でお送りしておりますヤマラジですが、
今夜はクリスマスイブなんですよー。1年早いですよね。ビックリです』
「普通に始まりましたね」
鳩村が言う。
「気にしてるワケもないだろうしな」
どこか寂しそうに川津が言う。
「うーっす。ケーキ届けに来ましたー」「きやしたー」
いかつい声がクリスマス会場に響く。元原とドランの2人だ。
「いらっしゃーい!さあさあ上がって上がって!」
浮田がニコニコとしながら二人を招き入れる。
え?え?と戸惑いながらも小上がりに誘導される2人。
「ちょっと待て。俺らまだバイトが終わってねぇんだけど」
「あ、大丈夫。ケーキ屋さんの武ちゃんにはもう話を通してあるから。
ウォーチさんもチャリティプロレスが終わり次第来るって連絡あったし。
さあさあ座って座って!えー、それではケーキも届きましたし、
毎年恒例となりましたあすなろ食堂主催のクリスマスパーティを始めたいと思いまーす!
乾杯の音頭はアタシでーす!カンパーイ!」
「はえーから。落ち着け浮田」
「まあ、とりあえず乾杯しましょうか」
『それではまた次回をお楽しみに~ お相手はDJヤマカでした~』
ラジオブースの中で、ヤマカは目いっぱい明るい声を出した。
「はい、お疲れヤマカ。イブの夜だっていうのにスマンな」
番組ディレクターの一藤勇がヤマカに話しかけた。
ヤマラジ立ち上げの時からずっと一緒だった人だ。
「タイミングが重なっちゃったら仕方ないですよ。お仕事最優先ですし。
イサミさんこそイブなのに予定は無かったんですか?」
「どうにもね。つい先日フラれてしまったばかりだし。
ヤマカはこれから川津君のところに行くんだろ」
「アハハ…こないだからずっとケンカしっぱなしで。
今夜は真っ直ぐ帰ろうかなーとか」
「そうか…それも随分つまらない話だね。
よし、イブは一緒にすごそう。どうだ」
「イサミさんがそう言うなら、仕方ないかな」
「宴もたけなわではございますがぁ~ ここでプレゼント交換~
はいっ じゃあここからはピナちゃんが仕切りまーっす」
相変わらずのハイテンションで浮田がそう宣言する。
「んも~…それじゃあ準備を始めるから座って待っててね」
無茶降りにも程があったが、杉浦さんはスムーズに司会交代をする。
浮田はと言えば、すすす、と川津の隣に座りこむ。
「で、ケンカかね」
「まあ、うん」
「行けよ。イブだよ。連れてこいよ。
ヤマカちゃんも居ないと盛り上がらないだろ。
ゴチャゴチャ言ったら竹刀で張り倒すからな」
「わかった…けど、ラジオ局まで結構あるしな」
言いつつ、川津が立ち上がったその時だった。
「ねえメノー。サンタって何」
ほろ酔い加減のイスズがそう尋ねた。
「良い子にプレゼントをくれる神様みたいな人だよ。奇跡を起こすんだ」
ほろ酔い加減で適当な事を言うメノー。
「じゃあ、サンタが来たのだわ。今、とんでもない奇跡が起きたのだわ」
3人分のケーキを頬張りながらアリョーシャが言う。
「ワナヴァンが来たのだわ」
合衆国空軍が
ゲート開放時に災害龍アイゼンヴァンドに手痛い打撃を受けた後、
世界中に対龍警戒レーダー網を完備したことは有名な話である。
あの不幸な遭遇以来、一度も機能せず無用の長物と化したかのように思えた
そのレーダーシステムが、その日猛烈に反応を示した。
異世界から龍が飛来したことを意味するのだ。
第一種警戒と同時に索龍機ドラゴンクエストが世界各地でスクランブルをかけた。
が、ついにその姿を捉える事は出来なかったのだと言う…
「うおお!これが飛竜か!」
あすなろ食堂の前に、メノーの飛竜ワナヴァンが居た。
グルル、と機嫌良さそうにノドを鳴らしている。
「お前さぁ。どうやってゲートをくぐってきたんだよ」
すっかり酔いも醒めたメノーが、苦笑しながらワナヴァンを撫でる。
「さぁってと。せっかくだ。川津さん。行きますか?」
メノーは川津にヘルメットを放り投げてそう言った。
飛竜はその翼で風精霊を集めて飛ぶのだという。だから地球では飛べない。それが定説であった。
しかし、ポートアイランドにはゲートから漏れ出た精霊が数多く移り住んでいた。
そんな連中が集まったのか、ワナヴァンは普通に飛翔した。
「ポートアイランドのコミュタワーってわかるか!?」
「ダイジョーブっす!あそこめっちゃくちゃ精霊集まる場所なんで」
川津とメノーの二人を乗せてワナヴァンが飛ぶ。
コミュタワーまでは、ものの数分で到着してしまった。
玄関口に人影が二つ見える。
片方は間違いなくヤマカ。もう一人は…
「おおお!あれって飛竜じゃないか!?初めて見たわー!
ね、ね。あれってヤマカの王子様が迎えに来たんじゃないの?」
一藤勇がワナヴァンを見てハイテンションになった。
「イサミさん、ちょっと落ち着いてください。
いくらテンちゃんでもワイバーンで迎えに来るとか無いですから」
とは言え、飛竜の背には見知った姿が見えた。
「ほらぁ!やっぱり川津君じゃん!おーい!川津君!
ヤマカ、仲直りしなよ。こんなドラマチックな演出そうそう無いぞ」
2人の前に飛竜が着地する。
「あ、どうも一藤さん。お久しぶりです。
ヤマカ…その、迎えに来た」
「…ん」
「うんうん。青春だね。ところで君。見たところ地球人だけど。
何で飛竜に乗っているんだい。とても興味が湧くよ」
一藤勇は躊躇なく瑪瑙に話しかける。
「俺はアンタみたいな超絶美人がイブの夜に何してんのかに興味があるな」
瑪瑙は軽口を叩いたが、一藤に一笑にふされた。
「男にフラれたからに決まってるじゃないか。
今夜はヤマカと飲み明かそうと思ったのに、ヤマカにもフラれたみたいだな。
さて、飛竜乗りくん。せっかくだから私を送ってくれないか」
「俺も待ち人いるんで、玄関先までですよ」
「やれやれ。今夜は何度フラれるんだろうかね」
「ああ、ガキばっかりだけど、ウチのクリスマスパーティに来ます?」
「俺らがスクーターで送っても良かったんじゃねぇのかな」
「飲酒運転はダメですぞー」
「飛竜は飲酒運転してもいいのか?」
「えぇと…」
元原の疑問に浮田は言い淀んでしまう。
「今現在、我が国には飛竜を取り締まる法律が無いから、問題ないな」
カウンターで飲んでいた客がそう答えた。
「あ、先生」
十津那大学の教授であった。
「こ、こんばんは。よ、ようやく終わったよ」
入口がガラリと開いて、ウォーチがようやく到着した。
その後ろに、川津とヤマカ。それに瑪瑙と一藤の姿も見える。
「よーっし。これで全員揃ったね!
それじゃあパーティ再開しまーっす」
浮田の宣言によって、クリスマスパーティが再開された。
その後、夜が明けるまでドンチャン騒ぎが続いたのだという。
酒に酔って朦朧とした鳩村がスマホの着信に気付いたのは随分後だった。
『ハトソン君。今夜はサンタ狩りに行くぞ』というふざけたメールが来ていた。
『ゲートの歪を通って何者かがこちらに飛来したようだ。間違いなく亜神だ。
しかも街中で謎の飛行物体を確認している。これは間違いなくサンタだ。
さあ狩りに行くぞ。何をしているんだ』
鳩村は無言でそれを消去した。
- 地球でも飛べるっていい設定だ。ほっこりオチがついたけどヤマカさんがちゃんと社会人しているのに時の流れを感じた -- (名無しさん) 2014-12-25 16:58:04
- それぞれの今のあり方が青春の晩秋の様に少し切なさを感じさせる。 道を歩くものもいればまだ探すものもいて、それでも惹かれあう心は互いを意識して…うーんたまらない -- (名無しさん) 2014-12-26 05:55:11
- 生活感あるのって好きだわー -- (名無しさん) 2014-12-26 19:53:52
- 出てくるのが人間だけじゃない異種族混じってなのにしっかりトレンディドラマになっているのは日本だからだろうか -- (名無しさん) 2015-04-21 21:32:25
最終更新:2014年12月25日 16:53