異世界の国、
スラヴィア。その年末。 地の底から労働の音が響く。
「ほりすすむ…」
蚯蚓人スラヴィアンのゲッショーが削り進んだ穴を、無数のもやに分かれたアタタカイがスコップとツルハシで堀り広げていく。
「姫様、かなり深く掘り広げていますが…よろしいのですか?」
ひと堀りごとに土質岩質に合わせて肉塊となった腕が最適形に変形する。
異質な雰囲気を纏う土竜人だが、その正体はあらゆる姿に変化する骨肉の化身リスターク。
「入ってすぐに難度を選択して上下層に分かれてもらうのです。
迷宮規模は今まで以上に、観光客向けと来賓者向けと二つの顔を持つXday仕様にするのです!です!」
「双頭の蛇の如く渦巻く様に通路を延ばせば高低差ともども距離感の増と効率の良い空間利用になりましょうが、それでは壁厚が薄くなってしまいませんか?」
小さな体に不釣合いな大きな爪腕と共に巨大な迷宮図面が広がる。
「耐久が懸念されているこことこことこことこことここもそこもついでにここもです。
もうすでにパパに王鉄と獄炎岩の複層壁を建ててもらうようにお願いしているのです。大丈夫なのです」
壮大な迷宮建造計画であるが如何せん日数の余裕がないので全員フル稼働である。 なにせXマスは目前。
スラヴィアの神、
モルテと張り合うこともあってか遂に迷宮は今まで到達したよりも深い地底へと掘り進む。
「姫様、今一度計画を見直しませんか? これより下はまだ調査不足故、地底の者達から情報を集めねば…」
「えぇいうるさいのです!サルのくせに生意気なのです!です!私が掘ると言ったら三千メトルでも掘り進むのです!」
「私はサルではなくリスタークですが?」
「ちょっと興奮してわれを忘れてしまっていたのです」
「最近の姫様は地球土産とかに影響されることが多いげしょ」
「なかぬなら…」
挑戦者のレベルに合わせて更に変化し導き惑わす画期的構造とギミックのせいか深く深く容積を広げるためか
スラヴィア地下迷宮製作者の監獄姫でも入ったことのない領域へとスコップを突き立てていく。
ぼごっ
「んん?土の雰囲気がちょっと変わってきたのです」
監獄姫が手を止めると、その長い髪を揺らす様に微かに空気が揺れる。
続いて頭上の岩が崩れゲッショーが現れたが、そのまま監獄姫の前方の岩盤を掘り進もうと鋼の掘削刃を回転させ突き立てた。
そうしていると、狭くなった穴に合わせて鬼人に変異したリスタークがつるはしを持って追いついてくる。
ぴきっ ぴききっっ! がらららららっっ!!
危険を察知した監獄姫がすぐさま身を翻したがそんなことは些末なことと嘲笑うかのように周囲十数メトル半径が崩落。
監獄姫はスコップを握る右手はそのままで左手でゲッショーの尾先を掴む。
ゲッショーはまだ崩れていない地につるはしを突き刺したリスタークの足に絡まる。
ぼごっ
三人が呆気に取られ崩れたつるはしの先を見上げた。
一気に落下すると思われた数珠繋ぎ三人に向けて無数の黒い塊アタタカイが、がっしがっしがしがしと掴み繋がり梯子の様に降りて行く。
三人はすぐさまそれに捕まり落下を免れる。ひと呼吸。
巨大なぽっかりと開いた底の見えない暗い大穴。
崩落は広がり穴の直径は対岸も遠い30メトルほどにも広がっていた。
「危機一髪でしたね」
「まさかこんな空洞が広がっているとは予想外でげしょ」
「はやくのぼる…」
ここまで広い空洞では迷宮に活かせないと肩を落とす面々。
「むむ!早く登るのです!」
監獄姫の長い髪を不規則に掻き乱す重く濁った空気の嵐が吹き荒れる。
影の底から明らかに巨大な質量が迫ってくるのを皆が察した。
連続する地鳴り、吹き上がる風、漏れる腐臭。迫る。 灰色の牙が幾重にも生え揃う甲殻の顎。
がきんっっ!
まるで鉄同士がぶつかり合った音。噛み砕く。 しかし砕け散ったのはスコップ。
巨大な甲殻はすぐに暗闇へと引っ込み消えたが振動は収まる気配がないどころかどんどん近づいてくる。
急ぎアタタカイの繋がった体を登るが、無常にも全員が弾け飛んだ。
暗闇から伸び出た樹木の様な爪が、アタタカイがしがみ付いていた地面を叩き砕いたのだ。
引っ込む爪と同じ様に暗闇の底へと落ち向かう四人だが、猛然と宙を泳ぐ様にばたばたと手足を往復させ抗う。
勿論それで浮かび上がるのであれば空はきっとあらゆるものが飛ぶ世界になっているだろう。
「こいつに掴まれ!」
「おぶぅ!?」
断崖より突き出し、落下するリスタークの顔面を直撃したのは丸太。丸太であった。
衝撃のせいで鬼人の姿が崩壊したリスタークがぶわっと肉の大布とまばらな骨になる。
はっしと肉布にしがみ付く他三人。 それはずるずると断崖に開いた穴へと引き摺られていく。
「あんたら、一体何やっているんだ?こんなところで」
丸太の主は小柄な、鼠人であった。 背にスコップを担いでいる。
「助かりましたなのです。それにしてもえらいことになったのです。です」
「見たところ、甲蟲の一種かとも思われますが…あそこまで巨大な爪となると本体は如何ほどになるか」
「じゃあ俺は先に進むからな。危うきには近寄るもんじゃないぞ」
くるり背を向けた鼠人の尾をはっしと掴んだ監獄姫の巨大な手。
「ちょっと待って下さいなのです」
「…何だ?」
「一緒にあれを ───
「危うきには近寄るなと言ったはずだが?」
「退治して欲しいのです!」
ガヲンッ!
岩を砕き強引に穴に入ってきたのは最初に伸び上がってきた顎よりふた周りは小さい顎。
しかしそれでも十二分で全員を丸呑み出来るほどの大きさだった。
ガキィンッ! ガゴッ!
倒れ込むように襲い掛かる顎を打ったのは鋭いスコップの一突きと大きな豪腕の一振り。
しかしそれでも甲殻には傷一つなく、先ほどと同じ様に穴の底へと戻っていく。
「ふぅ…。仕方ないか。 実は俺もあの化け物のせいで先に進めなくてな。掘ってきた穴も崩されて前に進むしかないんだが…
見たこともない大きな化け物だが、倒す手立てはあるのか?」
鼠人は諦めた風に溜息をつく。
「姫様、“識(み)え”ましたでしょうか?」
「しっかり見えたのです。私の眼には暗闇なんてどってことないのです。 あれは“邪”にとり憑かれた蟲なのです。」
「邪?とり憑かれた?」
「あれは本来小さな地底虫なのです。それに邪、とんでもない力が憑いて巨大化したのです。暴れているのです。」
「邪とはなんだ?そんなものは初めて聞いた」
「世界は地で全部繋がっているのです。地に落ちたものは世界のどこにでも現れるのです。
世に仇なす邪…月神の澱み、神炉の灰汁、風神の赤雨、モルテ…それらは地の中であらゆる物にとり憑き害をなすものへと変貌させるのです!です!」
「成る程、よくは分からんが恐ろしそうだ」
四人と一人は各々の武器を持って立ち上がる。あれをそのままにしてはどこにどんな被害が出るか分からない。
「行きますです!」
断崖の穴から飛び出した面々の前には既に甲殻の巨躯が現れていた。
崖の突き立つ爪とは別に蠢く無数の節足。 その間に飛び付いて回転する鋼刃を纏い、縫う様に這い回るゲッショーが次々と黒血の飛沫を巻き起こす。
節足が千切れ開いた道を登り進むと甲殻が割れて触手の如く細くうねる顎が弾け出る。十、二十、三十…百!
降り注ぐ槍。己の体だというのに容赦なく突き破る顎の雨。
乱暴に見えて確実に監獄姫らを狙っているが、それは一撃たりとも届かない。
弾ける弾ける弾ける黒いもや。雨霰を遮る様に飛び跳ねる雨蛙。一個のアタタカイよりぶれて揺れて分かれて飛び出すアタタカイ。
十降れば十分かれ、百降れば百分かれ。アタタカイは平然として無数に分裂し続ける。 しかし足が短いせいかどんどん遅れていく。
「姫様!このまま上でよろしいのですね?!」
「です!まだぼんやりとしか見えませんが頭のてっぺんあたりに本体が見えるです!」
狗人から鳥人へ、肉が一瞬蠢くと変異するリスターク。監獄姫を担いだまま滑らかな甲殻を物ともしないグリップ力からの加速で駆け抜ける。
べりっ べりべりっ!
「な、ん、と、ぉっ!」
走る足場が浮いた。正にこれは脱皮。
体勢を崩すリスタークに追い討ちをかける様に、皮と皮の間に溢れ出す緑汁が彼ごと奈落に押し流した。
「うおっと」
新たな表皮にスコップを突き刺し難を逃れた鼠人に監獄姫が放り投げ託される。 リスタークはそのまま暗闇の底に消えていく。
「助かりましたです鼠人さん。 …えぇとまだ名前を聞いていなかったのです」
「ジャックだ」
「ではジャックさん、このまま頭の上へ ───
その可能性は自らの体が傷つくことを厭わない攻撃が示唆し予想はしていたはず。
一瞬の気の緩みがそれを直撃させた。
どごんっっ!
鼠人ジャックと監獄姫が残る体の側面を、山と山が激突する勢いでぶつけた巨大邪蟲。
空中に放り出されたジャックは離れゆく監獄姫の長い髪を掴んだものの、何の抵抗も感じないそれらはするするするとあっという間にすり抜けてしまう。
ジャックの視線の先、穴の底へ消えていく監獄姫。 しかし落胆などしている暇はない。
もしこのまま穴から這い上がれば確実に自分が狙われる。
「むっ!」
一人になったジャック。勿論、邪蟲の攻撃は彼に集中する。
スコップを軸に軽やかに噛み付こうと襲い来る無数の顎をかわすが、上から横からと怒涛の攻めに体は徐々に削られ傷ついていく。
「!しまっ ───
只管に上へ進むジャックの前に現れる繊毛がびっしりと生える甲殻は、激しく動く足元を滑らせた。
その好機逃さず!と一際大きな甲顎がジャックへと突撃する。
ごぉおんっ
上方から降ってきた影が激突し、顎を強引に閉じさせる。
「ってぇえっ! また試練かよ!飯くらいゆっくり食わせろってんだ!」
ジャックの前に転がり落ちてきたのはぼろぼろの日除け装束と椀を持った猫人の少年。 一頻り悪態をつくと立ち上がる。
「何やら足場が動いてっけど、何?大甲蟲か? お、人がいる」
ジャックに振り向く顔は左目を隠す様に帯が巻かれており目を引く。
「…落ちていきなりだが、今立っている大甲蟲を倒さねば俺達の命が危うい。 協力してくれるか?」
「おういいぜ。で、何をどうするんだ?ちょっと切った突いたくらいじゃびくともしなさそうだぜコイツ」
腕組む二人。 事態はどんどん悪化している。
「ジャック様!姫様からの伝言で御座います!」
肉で作られた翼、空飛ぶ鳥人に変異したリスタークが下方から上がってきたのだ。
「這い登る邪蟲を断崖から引き剥がして落として欲しいとのことです。 私は穴の底で姫様の動きに協力しますので、お任せしました!」
そう言付けるとまた穴の底へ飛び戻るリスターク。
「ふむふむ… ってオイ!二人しかいないじゃねーか!」
「下に落とせばいいんだな」
「仕っ方ねーや。俺あっちの足やってくるからそっちの足は任せたぜ。 速攻終わらせて帰って飯の続きだ!」
「軽いな。できるのか?一人で」
少年が顔の帯に手をかける。ジャックとは反対側へと走って消える。
縦穴の入り口の揺れがどんどん激しくなる。 既に先端の爪はへりに届かんとしている。
頭頂と思われる部位が十字に割れ開くと周囲に腐臭を撒き散らす。 最早それは甲蟲の造型の見る影もなくなった凶暴の塊。
大気を劈く金切り声をあげると、いよいよ振り上げた爪先が穴から飛び出す。
ゾンッッ!
漆黒の洞穴に閃光が轟く。スラヴィアンであれば恐れ戦くであろう太陽の光の如く。
崖に突き立つ足の節という節から濁った体液が弾け出る。 力を失い折れて抜け垂れる足もあるが、太い数本はまだ強固に上に上にと動こうとしている。
「しぶとい、なッ!」
ザムンッ!
紅い雷光が煌く。眩い光の刃が残った足を一振りで分断する。
半分の支えを失った邪蟲は片側の足に全てを預けた。 ─── が
びしぃ! ばごぉっ!
「岩には点がある。そこに衝撃を与えれば強さを失う。 既にこの岩肌は巨躯を支えることは出来ない」
岩肌に邪蟲の全体重がかかり、そこかしこにスコップが穿った穴の全てが亀裂で繋がると次いで崖が薄皮を剥ぐ様に崩れる。
支える脚は残っているが足場が崩れてはどうしようもない。 巨躯が宙に放り出され、落下する。
「凄ぇな!そんなスコップ一つで崖を崩しちまうなんてよ!」
「力技で押し切るのに比べれば何てことはない。 あれほど眩しい光、初めて見たぞ」
「そうか?太陽に比べりゃまだまだだぜ。 そういやまだ名前を聞いてなかったけか?俺はディエル・アマ ───
穴の底を見下ろす二人の片方が音もなく消える。 呆気に取られるジャックだが、一つ含み笑いをして穴に背を向けた。
「後は任せたぞ。俺は護符を手に入れなくてはならない。先に行く」
鼠人が去っていく背後、穴からは風切り音が鳴り響いていた。
穴の底。
「姫様!邪蟲が落ちてまいります!」
「分かっているのです見えているのです! あっもうちょっと右なのです右です」
落下の衝撃のせいか、下半身が砕けている監獄姫を三つに分かれたアタタカイが担ぎ移動する。
長い髪の束が下半身を形どるがまだ動くことはできない。
「よし!ここなのです!です! ゲッショー、私の腕を直上に構え固定するのです」
間接の動きもぎこちない監獄姫の豪腕に巻き付き真上へと持ち上げるゲッショー。そのまま動きを固める。
「これでいいでげしょ?」
「おっけーなのです。これでほっておいても勝手に向こうから ───
ぞぶんっ! ぞぞぞぞぞぞぞぞぞぞっっっ!!!
凄まじい速度で落下してきた邪蟲が監獄姫に直撃した。
監獄姫の腕、“潜帝の腕”は硬いも柔いも関係ない。 障害と認識すれば立ちはだかる壁は砂を掻き分ける様に抉り崩れていく。
落下する重力の中、甲殻が割れ、臓腑を貫く。 そして内部を突き進んだ監獄姫は、その手に漆黒に染まり体から根を張る小さな甲虫を握り掴んだ。
「成仏するのです」
握力が込められてすぐ、巨躯は黒い砂と化し崩れ霧散していった。
「いやはや助かりましたでございます」
今だ底にいて体を再生させている一同に土竜人の列が歩み寄ってくる。
「突如現れ暴れたるあの巨蟲に我が一族は滅ぼされてしまうところでございました。退治していただきありがとうございます」
「スラヴィアの地下はパパの領地なのです。その領地に平穏を与えるのは私の役目でもあるのです。です」
得意気にふんぞり返る監獄姫に土竜人が平伏すと、さらにふんぞり返ってみせた。
「我らの財はすくのうございますが、何なりとお申し付け下され」
「むむむ…」
「姫様、いかがなされましたか?」
「むむむっむむむむ~」
「かんがえる…」
「てーれってれー!良い案が浮かんだのです!新たな迷宮の構想なのです!」
「まさか、まさかのでげしょ」
「この縦穴に迷宮を建造するのです!最も困難で苦難に満ちてモルテ様も真っ青になるくらいの!です!」
両手を広げ頭上を仰いだ監獄姫に呼応し、意味も分からぬまま感嘆と拍手を送る土竜人。
「これだけの人数がいれば大きいことができるのです。早速とりかかるのです」
クリスマス当日
「とどけたい…」
スラヴィア大迷宮、だんじょんofXday特別入場口の前に立つモルテに一通の書状が届けられた。
「ふーん何何? 思いの他迷宮が大きくなったので完成までに時間がかかりそうですぅ~??
ついては迷宮完成のおりに再度ご招待させていただきますだってぇ~?!」
仰々しく書状を読みあげたモルテはわざとらしく残念がってみせる。
「あら、どうしたんですか、そんなに沢山の武具を身に着けて。 招待状を送った方々はどちらへ?」
一人で一つの小隊分の武器防具を強引に装備したモルテが、ぎぎぎと背後に首を回すと
サミュラが魔導師っぽい装束に杖を持って首を傾げていた。
「姫ちゃんがまだ迷宮を完成できなかったから帰ってもらったよー」
「だれもいない…」
「ふふ。誰も来ていないのでしたら私が一緒に行こうと思っていましたけど、完成できていないのなら仕方がありませんね」
急場クリスマス装飾のされたいつものスラヴィア大迷宮。 本日は宝箱の中身をそのままプレゼントというサービスでお茶お濁したのであった。
「そこ!床がちょっと凹んでいるのです!落とし穴だとばればれなのです! 手前の通路の鉄球の落ちるタイミングが早いのです、もっとタメを作るのです」
スコップとつるはしとが打ち鳴り、労働歌が響くスラヴィアの地下。巨大な縦穴が迷宮から続く第二の迷宮へと変貌を遂げていた。
「これが完成した暁にはモルテ様もばたんきゅーなのです!楽しみにしているのです!」
完成出来なかったクリスマス大迷宮。監獄姫は迷宮作りを始めると周りが見えなくなってしまう?
地面の下のどったんばったんにあのSSのキャラに登場してもらいました
- 誰もきてくれなかったモルテ吹いた。どこまで広がる?スラヴィア大迷宮 -- (名無しさん) 2014-12-30 03:39:27
最終更新:2014年12月28日 23:17