注意:このSSには多分に自己解釈を含んでいます。
神戸水上警察からの分署であるポートアイランド臨海署。数少ない交流特区内の警察署である。
「何で橋向こうの行方不明捜索願いがこっちに送られてきてンだ? あっちで行方不明になったらあっちを探すのが本筋だろう」
そう広くはない刑事課の窓際、課長席に座る強面の人間の女性刑事が案件をめくりながら愚痴る。
様々な異種族が往来する特区では勘違いや行き違いから起こる小さなそうでもないちょっと下らない事件が多発している。
勿論警察はその様な事件にもちゃんと対応しなければならないわけで… 出来得ることであれば厄介ごとには関わりたくないのが総意である。
「仕方ないでしょう。ポートアイランド大橋前駅の構内で件の男性がカメラに映っていたんですからね。
そりゃこっちに振られますよ、対応するしかありませんよ」
手提げのモニターとDVDデッキを持ってやってきたのは女性刑事と同年齢そうな男性刑事である。
「学生時代になンやかンやで異世界に行ったことが多いからと臨海署に配属されたけど…絶対に面倒だから押し付ける理由にしたろ!
あンたも同期同級生だからってまとめて飛ばされて大変でしょ」
男性刑事は応えず苦笑いしたままDVDを回し始めた。
「はーい、みンな集合集合ー」
集まってくる課内の刑事達は種族も様々である。交流特区ならではの光景である。
歴史研究家がミズハミシマより戻りポートアイランド港へ到着。 そこから出版社に「人と会う約束があるので夕方そちらに向かいます」と連絡があった。
しかし、時間を過ぎても研究家はやってこず、翌日もその翌日も何の音沙汰もなかった。
出版社は原稿のこともあってか家に連絡を入れたが、家には帰っておらず家族も出版社の方にいるものと思っていたとのこと。
出版社と家族から捜索願が出されたのは連絡があってから四日後のことであった。
「で、この駅構内の監視カメラに映っているのが研究家ってことね。分かった?」
「いやーちょっとこれ画像粗くないスか?本当に本人スか?」
短い鶏冠が生え並ぶ頭を擦りながらモニターと写真とスマホを順繰りに見る鱗人の刑事。スーツの着こなしがややだらけている。
確かに映像は鮮明ではなく、天井に設置されているためか顔の全ては分からない。
「ウラ取ってきました。駅員に聞き込みしたところ当人で間違いないかと」
何故室内なのにサングラス着用なのか?細身の青鬼人がメモをめくりながら人だかりの中に入ってくる。
「同ジク、構内ノ映像データヲ確認シマシタガ研究家ハポートライナーニ乗ラズニ駅ヲ出テイマス」
袖の多いスーツがわきわきと動き器用にパッドを三枚同時に操作する蟲人も同じく寄ってくる。
情報を整理すると、研究家は
ゲートからフェリーに乗ってポートアイランド港へ到着する。
そこで出版社に連絡し、ポートライナーに乗って大橋前駅までやってきた後に駅を出て…
バスに乗って移動した。 その先からは足取りが追えなくなっている。
「課長、何か引っかかりますね」
「あンたもそう思う?私もなーンか引っ掛かるのよねぇ…」
構内を歩く研究家の映像が何度もループして流れる。その間も刑事が往来しそれぞれの事案に応対している。
「またあの四人組が補導されてきたんスけど、どします?」
「学校に連絡ー。怖い猫先生に迎えに来てもらっといて」
ループするそれぞれの場所の映像。 傍から見ればただ男性が歩いているだけにしか見えない。
「この人…確か住所は橋向こうの灘区でポートアイランドにはほとンど来たことがないのよね?」
「ですね。もっぱら研究は神戸大学や図書館などを利用したりしていて特区の方を利用してゲートを行き来するのも今回が初めてのようです」
「ノイズガ消エマセンネ。モウ少シ鮮明ニナレバ顔モハッキリ分カルノデスガ」
一般的な監視カメラシステムでは確かに高画質で録というのは難しく、拡大しても見え方には限度がある。
「聞き込み、行くっスかー?」
「そう言ってあンたまた外回りしながらスマホ触る気でしょ。映像担当よ」
肩を竦めた鱗人は両手それぞれにスマホを持って触りながらモニターの斜め向かいに座った。
「スマホ2つも持ってましたっけ?」
「あ、いやこれ知り合いが出張だかで預かってて今イベントなんで代わりにインしてるんス」
「だーかーらー勤務中だって言ってるでしょーが!」
そこからさらに小一時間、見続けた刑事二人がばたっと立ち上がる。
「「立ち止まっていない」」
映像内の男性は手元も見ずに迷い無く構内をやや早歩きで進む。
ほとんど来たことのない駅であればある程度表示板などを見たりするものだろうが、上も一切見ずにいるのだ。
違和感が判明したものの、それで何が導かれるかと言われればまだ何も見えてこない。
「事前に構内の図を覚えていたというのは?」
「それでも標識くらいは見るでしょ? 一回も見てないのよ?おかしくない?」
「連絡を取りながら…というようにも見えませんね。イヤホンやブルートゥースは付けていないようですし」
「ノイズガ消エナイデスネ…」
「いやもうノイズはいいよ」
「うわっ!ここで敗退かー!惜しいー!」
鱗人の首がぐるっと真横に捻じ曲げられる。モニターの直前に位置されながらも視線はスマホへと向かおうとしていた。逞しい。
「いい加減にしないと減俸よ減俸!あンたも映像見る!」
「ちょっと感極まっただけっスよー!見てます見ます見ーまーす!」
「で、研究家と一緒に歩いている鱗人って誰なんスか? 資料には研究家しか載ってないんスけど」
一同が鱗人の方を向き、モニターを向き凝視する。
「「「…男一人」」」
「え?何言ってんスかいるじゃないですか… ってあれおかしいな、いない」
鱗人が首を傾げる。 スマホを消してモニターに食い入っているが男一人しか見えていないようでうなっている。
見る見るうちに面白いポーズになっていく鱗人を横目に溜息をつく女刑事が何の気なしに振り返ろうとした。 その時 ──
「!?今一瞬何かが!」
しかし振り向いたモニターには男が一人だけだった。
「確かに何かいた…けど今は見えない。見えなくなったのか?どうして?」
再度一同がモニターを凝視するが意見は見えないで一致している。が、蟲人がDVDを取り出し自分のデスクの謎タワーPCに挿入する。
「今ノ会話カラ一ツノ仮説ガ浮カビマシタ。私ノパッドニ移ッテイル映像ヲ見テ下サイ」
PCとリンクしたパッドから受けた画像データを次々と処理していく。
無数の点が映像に打ち込まれて見る見るうちに点で埋まっていく。
「今処理シテイルノハ皆サンノ視線ノ先ヲ表示シテイルノデスガ…ドウヤラ見エテキタヨウデス」
処理を終えた映像が再度モニターに流れると、そこには ──
「尻尾の生えた…人影?」
相変わらず何も映ってはいないものの、点に埋まっていない空白の部分は明らかに尻尾を有する人の影であった。
「皆ノ見テイナイ部分ガコレデス」
「研究家の前を進んでいますね。駅を出てバスに乗るところまでずっと一緒ですね」
「見えない人影…透明人間ですか?」
「いや、研究家には見えているはずよ。この影が彼を導いているのは間違いないわ」
「ノイズノ原因ハコノ影ト関係ガアリソウデスネ」
「言霊…」
青鬼人がぼそりと呟く。
「忍軍に伝わる術の一つに穏行というものがあります。相対する者の目から一瞬消えるという術なのですが…
これはその術に似た現象です。 そこにいるのに視認できない。言霊の力によって【いないもの】として見ているのです」
「あっそれ俺も聞いたことがあるっスよ。光精霊の加護とは別の迷彩法があるって。
確か古い神に通じる…うーん何だったっけかなぁ。忘れたっス」
「カメラは人じゃないし映像はデータでしょ?そこから人影が消えるとか…ここって地球なのよ?」
「…データノ中ハ地球ヨリモ異世界ニ近イト言ワレテイマス。最近起キタ十津那学園デノサーバー異常モ異世界ノ力ガ作用シタトサレテイマス。
精霊ヤ躍字、言霊ナドノ力ノ塊ハ地球上デハ消エテシマッテモデータトイウ意思ガ集マル場デハ存在デキルノデハト本国デハ仮説ガデテイマス」
「じゃあまとめると言霊を使う尾を持つ人が研究家を連れて行ったということに?」
「ソウ思ワレマス」
またぞろ突拍子もない方向にではあるものの、事件は前に進んだ。
結論として映像データは言霊によって改竄され、見ようとしても見えないものになっている。
しかし、見ようとして見なければ残照に気づく。 スマホに集中していたからこそ気づいたのである。
「せめて男性なのか女性なのかが分かれば…」
「女性なンじゃない?勘だけどなンだか歩き方がそれっぽいし。 でもカメラでこれだと現場での聞き込みは絶望そうね」
「じゃあ聞き込みはなしスか?」
「するのよ!」
「やっぱり何も分からなかったじゃないスかー」
「そう思うのはあンただけよ!」
「研究家の移動ルートから見えない人の足取りから幾つかの証拠品を採取しました」
「っとごめンなさい」
「あ、いえこちらこそ前よく見てなくてすみません。 おーい、早くこいよヤマカ。ライナーそろそろ来るぞ」
「ちょっと待ってよテンちゃん。寒いと動きが鈍るって言ってるのにー」
すれ違う刑事と学生。 ほどなくしてポートライナーがやってくる。
「あー私にもあンな頃があったわねー」
「ポートアイランドも亜人が増えましたね。交流が進んでいるってことですか」
「ちょっ待って下さいっスよー! あ、尻尾だ」
「あンたも尻尾あるじゃないの。鱗人なンだから。 あーもうこれ探せるの?何か無理に思えてきたわ」
歴史研究家行方不明事件は研究家も人影の詳細も分からぬまま一ヶ月が過ぎた。
そんな中でも次々と明らかになっていく研究家の周辺情報は更に事件を混迷させていた。
研究家への資金援助と研究提携を受けていたのは神戸製鋼。
ミズハミシマから帰った後に会う約束をしていたのは欧州マテリアル企業。
そして接見のオファーを出していたのは米軍需メーカー。
繋がらない点が増えていく中でも日々事件は発生し応対せねばならない。
窓の外に雪が降る冬。刑事課に一本の電話がかかってくる。
それは門自への行方不明事件の調査移譲を告げるものだった。
仮説ミズハミシマ争乱と繋がる現在の一つの事件
あくまで仮説と推測の域ですので今後の設定固めの一歩にでもなればいいなと
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最終更新:2015年01月19日 02:41