太陽神の恩寵を遍く賜る
ラ・ムールの砂漠の大地にも、夜の帳が降りるのは自然の摂理。
カー・ラ・ムールの座する王都マカダキ・ラ・ムールにあっては、夜の帳が降りる時は、街の姿が変わる時でもある。
夕焼けの輝きが地平線の下に消え行こうとする中、王城の通用門に、珍妙な造形な白黒の物体が現れた。
「さて、着替えて夜間の業務に移行しないと」
そういう声の主は、王都の城壁内及び王都近辺の夜警について全権を現王より任されており、故国
スラヴィアに於いては『美死姫《フロイライン》』の誉を持つ、現王直轄遊軍にして羅国史上初の死徒王妃ヴィルヘルミナ・ヴェルルギュリウス=ラツ・ラ・ムールその人である。
陽光を浴びれば問答無用で滅びるスラヴィアンという特性上、日中の業務を行う事が出来ないはずの彼女であったが、現王より供された特別製のハビッツを纏うことで、昼夜を問わず活動が可能となっている。
なお、昼間ハビッツを纏い王都内を巡回する彼女は、市井のスーパーヒーローとして絶大な支持を集める『パン・ダー・グゥレイトォ』通称パンダーさんとして認知されており、特にチビッコ達からは大変な人気を博している。
ヴィルヘルミナが、昼間の市井のヒーローとしての姿から、本来の姿に戻るのが、夕日が落ちる瞬間というわけだ。
そしてそれは、単に衣装を替えるというのみのことではない。 内面においても、なぜか昼間かつマカダキ内でパンダー状態であるときのみ現れる粗野粗暴にして豪放磊落な性格が形を潜め、ハビッツを着用していても本来のヴィルヘルミナの性格・性質が表に出てくることとなる。
だが、その日はいつもとは少々事情が異なった。 市井のヒーローの姿を目に捉えた一人の猫人の子供が、通用門に迫る彼女の許へ駆け寄ってきたのだ。
それに気付き頭部の被り物を外そうとした手を止めたヴィルヘルミナの脳裏に、主上である現王から特製ハビッツと日中業務の任を授けられた際の託宣がよぎる。
これを着て街に出た瞬間から、表にいる間のお前は『パン・ダー・グゥレイトォ』だ
「向こう側」の、石ノ森から生まれた猛き勇者達、光の国から僕らの為に来てくれた巨人達、
大自然の怒りや人々の傲りに異星環境といったものが生み出した大いなる獣達、
そして子供達に夢を与える遊技場の使者達を大いに援けた数多の先達と、
彼らを敬愛する者達が後世のために遺した、絶対に遵守せねばならないルールにして、
大いなる金言があるから聞くがいい
『中の人など居ない』
いいね?
そう、このハビッツを着て市井に居る限り、そこに居るのは『南蛮の大怪物の毛皮で作った特製ハビッツを着たヴィルヘルミナ』ではなく『パン・ダー・グゥレイトォ』でなければならない。
パンダーであるときの自分は果たしてどういう言動をするか、心裡の底に眠るパンダーの人格を考察しつつ、訪れた子供への対応を試みる。
「お、おう・・・どうした小僧。 この俺をパンダー様と知った上で、何ぞ用か」(こんな感じで、大丈夫かしら・・・?)
「パンダーさん・・・おかぁちゃんが・・・えぐっえぐっ」
子供の表情は涙に塗れているが、今は小康状態といったところか。 推察するに、商業区に母親と買い物に来たものの、昼夜の入れ替わりに伴う混雑の中ではぐれてしまったのだろう。
迷子で心細く判断力が鈍っている状態を幸いと見るべきと判断してしまうのは心苦しいものの、本来のパンダーの中の人とは異なっている状況を勘案しても、怪しまれる可能性は少なかろうと断じたヴィルヘルミナは
「しゃあねぇなぁ小僧。 このパンダー様が特別に、小僧のおかぁちゃんを一緒に探してやろう。 どうだ、精々喜ぶがいい」(こんな言い方しか出来なくてごめんね・・・)
「う、うん・・・」
母親探しに同行する旨の同意を得て、行動を開始することにした。
「とりあえず商業区に行くぞ、付いて来い」(早くお母様を見つけてあげなきゃ)
「わかった・・・」
かくして宵の口を迎えた商業区に辿り着いた珍獣と子供の両名。
(土地柄故に仕方ない事だけれど、あまり子供の教育上宜しくない状況になる前に解決しないと・・・)
もう少しすれば、日中汗水流して働いた男たちの給金を狙う娼婦達が、その商品《からだ》を目抜き通りという陳列棚に並べるべく出てくる時間だ。
その上、受刑者や死罪人《モスポーナ》の移送など、子供に見せるものではない政務も始まる頃合でもある。
情操教育上の問題が発生しないうちに、そして「パンダーの中の人」の演技にボロが出ないうちに、何としても早期解決を図らねばならない。
とはいえ、肝心の子供は困惑の半泣き状態を続けていて母親の特徴を聞きだすことが出来ず、その糸口はあまりにも細い。
政務・事務においても軍務においても主上の信頼を得るに値する能力を発揮出来ると自負するヴィルヘルミナだが、泣く子の世話となると話は別。 どこの世界でも、泣く子と地頭には勝てないのだ。
(ただ闇雲に歩き回ったところで得られるものがあるでもなし、どうすれば・・・)
業務の一環として、マカダキ内は目を瞑ったままでも全ての道を歩き回ることが出来る程に土地勘は養われているが、何分通常の行動時間が宵の口から暁の頃合に限られるため、ヴィルヘルミナと日中に活動する一般的マカダキ市民との付き合いは非常に少ない。
日中の活動意識の主体であるパンダーが表に出ている状態は、ヴィルヘルミナにとっては半ば「夢を見ている」ような状態であるため、昼間にこの子供やその母親と会ったことがあるにしても、個人情報を脳内から引き出すことが出来ない。
子供の母親も子供を探しているだろうことを期待して、今は足を頼りに動き回るしかない。 あと精々出来る事と言えば、「日没後にも珍しく活動しているパンダー」という物珍しさを使い、注目を集めて情報を得ることくらいだろうか。
幸いな事に、ヴィルヘルミナ自身は粗野の極みと評する「パンダー」は、「試練野郎」という敬意と害意を綯交ぜにした感情を市民から抱かれる主上との対比として、市井のヒーローと認知されていることは認めざるを得ない。
それを今回は利用しよう。 主上への敬意・敬愛・思慕が感じられない「パンダー」の精神構造は許容しかねるものはあるが、今回ばかりは止むを得まい。
そう結論付けたヴィルヘルミナは、より子供が目立つよう頭(の被り物)の上に子供を掲げ、子供の住まいや母親の行方を知る者が居ないか、聞き込みを開始した。
聞き込みの結果として、窃盗・強盗5件に強姦3件を未然に防ぎ、美人局による揉め事2件を仲裁することとなったが、時間的に一般家庭の母子について、色好い情報は得られなかった。
(まったくもぅ、なんでこんな時に限って犯罪が多発するのよ・・・これも試練なのでしょうか? せめてこの子をお家に送り届けて上げられれば良いのだけれど・・・)
夜間の犯罪率の高さについて被り物の中で辟易の嘆息を漏らすヴィルヘルミナに、子供が相変わらずの涙目で訴えかけてくる。
「パンダーさん・・・おかぁちゃん、どこ・・・?」
「も、もうすぐ見つかるからな・・・パンダー様に、任せておくが良い」(うう・・・どうすれば・・・)
いよいよ子供の限界が近いことを悟り、ヴィルヘルミナの心中には、縁遠いものと思われていた「焦燥」の感情が鎌首をもたげてくる。
そのとき、不意に後頭部が叩かれ、呼びかけられる。
その声色は、いつもなら心地よく耳朶を打つのだが、この時ばかりは具合が宜しくない。
「ありょ、ミー・・・じゃなくて、おいパンダー、こんなトコで何してんだテメェ」
至上の敬意、敬愛、思慕の念を以て相対せねばならない相手に対して、『パンダー』として接することは可能だろうか?
思考回路を可能な限界を超え、電光石火で回転させる。
『ヴィルヘルミナ』か『パンダー』か、それが問題だ。
思考回路はとっくにショートしかけているが、今すぐ会いたいどころか既に眼前。
兵は神速を貴ぶ。
猶予などない。
決断は今。
この間、僅か0.005秒。
「何の用だ試練野郎。 コッチは今忙しいんだ、アッチ行けシッシッ」(御免なさい申し訳御座いません釈明は後程!)
「ンだとゴルァ・・・ん、このチビッコ、居住区5番街3丁目共同井戸脇のセクルさんトコの坊主じゃねぇか。 こんな宵の口にパンダーとつるんで何やってんだ」
現王の登場に、子供は露骨に顔をしかめ、パンダーの影に隠れるように移動する。
「・・・こんなにフレンドリーに接してて、国民に苦難の生活を強いてるわけでもないのに、子供から露骨に嫌な顔されて避けられる国家元首って、二界合わせても俺くらいなもんじゃないかね・・・?」
現王は虚空に問いかけるが、肩に乗る毛玉がウニャ・・・と切なげに啼くのみである。
「おいパンダー、とりあえず坊主は家に帰してやれや。 さすがにもう、ガキんちょが表歩いていい時間じゃねぇぞ」
「貴様如きに言われんでも、そのつもりだ。 いちいち余計な事言わんで、とっとと失せろ試練野郎。 試練が伝染る」(あああ・・・何と御詫びすれば善いのか・・・)
「けっ、へいへいわかりやしたよパンダーさんよ。 後で覚えてろよコノヤロウ」
「せいぜい吼えるがいい試練野郎。 尻尾を巻いてとっとと去れや」(何卒御理解、御容赦の程・・・)
すごすごと退散する試練野郎に背を向けたヴィルヘルミナは、
「もうガキはネンネの時間だ。 お家に帰っておかぁちゃんが帰ってくるのを待つんだな。 このパンダーさんがおかぁちゃんを見つけて連れ帰ってやるからよ」(明日の朝にはちゃんと会えるようにする、約束するからね)
「うん、わかった・・・パンダーさん、おかぁちゃん見つけてね」
なんとかパンダーとして体面を守りつつ、先に主上より告げられた所在情報を基に、子供を家に送り届けることが出来たのであった。
果たして、姿を見せなかった子供の母親は一体全体どうしていたかといえば。
旦那の浮気現場を目撃、子供を連れての買い物中あることも忘れて後をつけ、歓楽区のとある娼館前にて壮絶な修羅場《キャットファイト》を浮気相手と繰り広げた末に、娼館の看板で浮気相手を殴り倒し、器物損壊及び暴行致傷の罪科で官吏に身柄拘束されていたのであった・・・。
本来ならば、不義密通等にて捕縛された夫や浮気相手共々、審判まで身柄拘束されるところなのだが、「今晩だけは家に帰っていいから、息子の身柄を信頼できる所に預け、明日の昼までに再度出頭するように」という法務騎兵団より上からの鶴の一声にて、ひと晩だけの躍字印拘束付の仮保釈を拝領。
パンダーに連れられ先に帰宅した、両親の事情を知らない息子が待つ家へ帰宅することとなったのであった。
次いでヴィルヘルミナがどうしたかといえば・・・帰城後無茶苦茶土下座した。
絶縁状を叩きつけられるとしても身から出た錆、至上の愛を奉げた伴侶へ暴言の限りを尽くした以上は詮方無きこと、と涙ながらに告げるのだが、
「別に『パンダー』が言う事を気にしてたってしゃあねぇだろ、アレはああいう奴だから。 ま、そういうこったから、気にすんな」
と伴侶たる主上はからからと笑うばかりであった。
その後無茶苦茶慰めてもらった事は、言うだけ野暮という物である。
- 最初の赤ライン後のセリフが切れてるというかはみ出している? -- (名無しさん) 2015-02-01 20:25:59
- 引用・ラベル内の記載については、PC版・モバイル版ともフレーム内や画面右端での自動改行が反映されない@wikiの仕様なんだ。ちょいと調整しておくわ -- (助手) 2015-02-01 21:04:03
- 王の器がそれなりに見えたりするディエルと一生懸命なヴィルヘルミナが和む。人の多い王都には24時間対応の迷子センターが欲しい -- (名無しさん) 2015-02-01 21:10:24
- すっかりラムールに馴染んでるミーナ。ラムールは今までの歴史上で最も平和な時代なんかな -- (名無しさん) 2015-02-03 01:00:49
- 実際に正義の味方がいる生活っていいなぁ -- (名無しさん) 2015-10-10 12:46:33
- いろんな意味でこの後メチャクチャ慰めて貰ったミーナ、いろんな意味で -- (名無しさん) 2016-10-09 21:12:52
- 着ぐるみファックか! -- (名無しさん) 2016-10-10 16:46:34
最終更新:2015年02月01日 21:05