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【スラヴィア在住の旦那さんと片耳メイド長】

「人間の心は、まっさらなものなんだよ」
おとうさんはそういいながら泣きました。
おとうさんが泣いていたので、わたしまで悲しくなりました。
「だけど、まっさらな心はすぐに憎しみで赤く染まってしまう」
おとうさんはそういって、わたしをぎゅっとだきしめました。
いつもより力が入っていて、いたかったです。
「目を凝らさなければ読めないまっさらな心の中でも、赤い憎しみだけは、衣服についた血痕のように僕の目に入ってくる」
だきしめるちからがもっとつよくなったので、わたしはそっとおとうさんの顔をなでてあげました。
おとうさんに声をかけてあげたかったけど、ボロボロのからだのせいか、おくちにちからがはいりません。
「憎しみだけが…はっきりと読めるんだ。死への恐怖だけが、否応なく目に入ってくる。人間の心が真っ白だと分かっていても、僕は、僕の心は、、、」
おとうさんは泣いていました。
わたしは、おとうさんがとおくにいってしまう気がして、とても悲しかったです。

~~~

ズコードと出会ってから三日後の夜。
私は妻の葵と共に生存するための三つのヒントについて一人考えていた。
領主が読心を行うというのなら、謀反のための思案は少しでも離れて行ったほうがいいのではないか、という考えから城下町へと足を伸ばす。
もっとも、メイド長メリッサの話によると領主の読心は領地を囲むだけの効果範囲があるそうなので、少しくらい離れたところであまり意味はないのかもしれないのだが。

ハーズリーディング第一城の城下町は、夜だというのにそこそこ賑わっていた。
死霊やアンデットの住人がいることに関係があるのだろう。営業店のほとんどが、死人向けのサービス内容のようだ。
よく考えれば城下町をじっくりと散策するのはこれが初めてである。これほどの賑わいがあるのなら妻と一緒に訪れたかったものだ。
「私でよろしければ、お供いたしますよ」
聞き覚えのある声に振り向くと、片耳片目片腕の猫人の女性がいつもの無表情で立っていた。
今日はいつものメイド服を着用していない。とはいえゴシックスタイルの服飾を身に纏っているので、彼女の雰囲気は普段とあまり変わらない。
「メリッサさんは、何か用事が?」
散歩中の私には行く宛がないのでどこかに腰をおろして話をしてもよかったのだが、なんとなく歩きながら会話を始める。
メイド服を着ていないということは仕事中ではないのだろう。女性が一人で城下町へと降りる理由とはいかほどのものだろうか?
「城下町に用事があったわけではありません。ただあなた様が城内から出ていく姿が見えたものですから」
メリッサは能面のまま告げた。
セリフだけ抜き取れば彼女が私に好意を寄せているようであるが、事務的な声色は他人に勘違いの余地を与えない。
「ズコード様から、トシアキのことを気にかけてやってくれ、と申し付けを受けておりますので」
ズコードの思惑は未だはっきりとしない。彼の言うヒントも、不鮮明で的を得ない。まるで狸に化かされているようである。
彼は私に何を望んでいるのだろうか。
「ズコード様は、あなた様に領主を打倒して欲しいようですよ」
私が領主を打倒する、か。領主への反逆がありえないこの領内における『例外』だと、ズコードは私を評価した。
それはつまり、私だけが現領主をその座から引きずり下ろせるということ。
とはいえ、一般人に毛が生えた程度の腕力しかない私に打倒領主を期待するのは愚の骨頂だと思った。
…それにしても領主様には人望がないと聞いていたが、ズコードも領主へ少なからず不義を抱いているようだ。
三ヶ月後に私を殺すかもしれない領主に同情する義理はないが、なんだか少し可哀想である。
「領主は読心術を行えるのだろう?ズコードもそうだが、そんなことを私に教えてメリッサさんは大丈夫なのか?」
「ズコード様から聞いていると思いますが、領主は配下が抱く不義不満を知っています。ですから今更口にしたところで代わりないのです」
どうせ口にしなくても、同じことなのですから。と彼女は付け加えた。
「最終的に裏切らない者だけを配下に置いておく・・・か」
もしも私が領主を倒そうと彼に襲いかかった場合、彼の配下はどのような行動をとるのだろうか。
打倒領主のために私と共に戦うのか。領主を裏切らずに私を倒そうとするのか。
「もちろん、あなた様を倒し我が主人をお守りしようとするでしょう。しかしそれは我が主人の為の行動ではありません。自分自身の分御力を守るためです」
そういえば、領主は反逆しようとする者の吸血姫サキュラの分御力を先に奪ってしまうのだったな。
そうやって反乱者たちが淘汰されていったのが今のハーズリーディング領なのかもしれない。

~~~

幸せの声が『聴こえる』
片耳しかない私の微力な読心の能力でも、アオイさんの幸せの声がはっきりと『聴こえる』
安らぎの声が『聴こえる』
隻眼の私でもトシアキさんが心から妻を信頼し、互いが一緒に寄り添えることを楽しんでいると見て取れる。

遠い昔に忘れた気がしていた感覚。
彼ら夫婦と過ごした時間は多くはないが、凍った心は少しずつ感情を思い出している。

~~~

「もちろん我が主人に対して、忠誠を誓ったものたちもいました。我が主人は自分の私腹のために行動することはほとんどないからです」
自分の利益のために動かない領主ならば、配下には好かれるといいたいのだろうか。
しかしそれは自然ではないように感じた。
なりたての私でも、スラヴィア貴族の最大の敵を知っている。退屈だ。
特に領主においては怠慢停滞退屈を回避するために、ありとあらゆる奇っ怪な行動を取ると聞く。
滅多なことが無い限り外出しないという領主には想像を絶するような陰険な趣味事隠し事があると踏んでいたのだが。
メリッサの三角形の片耳がピクリと動いた。
「我が主人の退屈凌ぎは『死の回避のための思考』です。他人の心に触れる内に我が主人の心は『死への恐怖』と『他人への不信感』だけが占めるようになったのです」
いつも無表情のメリッサの顔がほんの僅かに歪んだ気がした。
「他人と一緒いることの恐怖から逃亡するために、死にたい。我が主人は心からそう考えています」
他人不信の領主様は死にたがりだったようだ。もしかしたら、彼に引導を渡すのはそう難しいことではないのではないか。
領主が死を望むのならば、私が私自身のために領主を殺戮して差し上げたい。
「しかしそれともう一つ、領主の心を占める感情があります。それは死への恐怖。多くの人の間際の声を『読んで』知っている我が主人は、誰よりも死を恐れているのです」
領主の心理状況には死にたい感情と死にたくない感情が入り交じっているという。
一般に死にたい、という感情は過去に起因する。今までがこうだったのだから、これからもそうなのだろう。ならばいっそ死にたいと願う。
死にたくない、という感情は未来に起因する。もしかしたらこれからは、自分の生に素晴らしいものが訪れるかもしれないと期待している。
しかし、領主の場合は違っている。
もうこれ以上他人と過ごしたくないという未来への恐怖で死を選ぶ。
自分の死はどれほど恐ろしいものだろうと、過去への経験から死を遠ざける。
全くふざけた領主だ。
そんな領主が自分に対して不義不満を持つものでさえ配下に置いておくのは、死にたい感情の現れなのかもしれないと合点がいった。
「我が主人は、壊れているのです。長すぎる生が苦痛になる、と言う意味では正常なスラヴィア貴族なのかもしれませんが」

メリッサとの会話が一段落ついたところで、お腹が空いてきた。
胃袋が機能していないため空腹という概念はないはずなのだが、人間のときの習慣のせいか何か口にしないと物寂しく感じてしまうのだ。
城下町で幸いにもパン屋を見つけ、そこでトースト一つを入手した。
無償でいただく気はなかったのだが、パン屋の亭主はメリッサを見ると「貴族階級の方からお銭はいただけません」と畏まった。
私もメリッサほどアンデット然とした姿格好であったのなら、これからは一人で来た際にも無償でパンをいただけるのかもしれない。
そんな馬鹿な考えが浮かんだが、片手片耳片腕を羨むと言うのは不謹慎極まりないと内省する。
「」
私が座ってパンを頬張っていると、メリッサが何かを言おうとしているような間を空ける。
壊してしまった花瓶のことを正直に先生に告げるか否かを悩む小学生のような佇まいだ。
他人の心が読めるというメリッサでも、他人付き合いで悩むことがあるのだな、なんてことを知った。
「そういえば、何故メリッサさんは私について来たんです?」
このまま沈黙が続くことを私は好ましいとは思えなかったため、会話の導入を作った。
「あなた様に、聞きたいことがあったものですから」
それだけいって、口を閉じてしまった。
私が黙っていても、読心術を持つ彼女とは会話の体裁を取ることができる。しかし、立場が逆転するとそうは行かない。
メリッサが黙ると、必然会話も止まってしまう。
「メリッサさんには、いろいろお世話になっている。なんでも聞いてくれて構わない」
意を決したのか、メリッサは無表情の上から更に無表情を塗りたくって口を開いた。
「アオイさんは」刹那の躊躇いの停止があったようにも感じる。「お子さんを成せない体なのですね」
メリッサの無表情の奥に、苦しそうな顔を見た。どれだけ分厚く無表情を塗りたくっても、隠しきれないない彼女の本質を見た。
「葵から、聞いたのかい」
思えば、読心術者の彼女にこの質問をするのは卑怯で卑劣な行為だったかもしれない。
それでも自然と口をついたのだ。
「いいえ、葵さんの思考に交じるノイズに耳を傾けている内に『聴こえ』ました」
私と葵の二人で決めた。体のことは気にしないという約束。それでもやはり、彼女は悩み続けていたようだ。
気が付かないのは、夫失格だな。
「それでも二人は、本当に愛しあっているのですね」
メリッサ特有の、三日月のように口を歪ませる笑顔。その裏にあるのは、羨望に似た光だった。
「アオイさんと、あなた様の関係を羨ましく思います。血の繋がりがなくとも、二人は家族であると強く主張する声はとてもいいものです」
「メリッサさんも、そういう風に思える人がきっと現れるよ」
私は妻との関係を讃えられて少し誇らしかった。当たり障りのない言葉しか返せなかったのが残念だ。
「私にはたった一人の肉親がいるのです」
メリッサは琥珀のような輝きの瞳を私に向ける。
「その人と共にあることが、私の使命だと思っていました。ですがアオイさんとあなた様を見ていると、少し違うような気がしてしまいます」
錆びた機械のように少しずつ吊り上がる口端は、はにかみの笑顔なのかもしれない。
「メリッサさんの肉親か。いつか挨拶に行きたいものだ」
口から出た台詞は社交辞令ではあったが、彼女の肉親には純粋に興味があった。
一体どんな人物なのだろうか。その人もやはりメリッサ同様アンデットなのだろうか。
「あなた様も会ったことがありますよ」
メリッサはいつもの三日月の笑顔を浮かべて続けた。
「その人の名前はダン=H・R=カッツエルク。ハーズリーディングの異名を持つ我が主人は、私の父親です」









後書きの一言
【スラヴィア在住の旦那さん】の解説役メリッサさん。
割りと動かしやすいキャラで助かってます。


  • 毎話どれも話の進め方が丁寧で読みやすいですね。スラヴィアンの複雑な心と関係性が見て取れるようでした -- (名無しさん) 2013-04-26 18:07:26
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最終更新:2011年10月17日 12:10