元々、私は反対だったのだ。
家内が新婚旅行先に異世界を選んだことも、
よく調べもせずに使用する
ゲートに小ゲートを選んだことも、
私は反対した。
死霊の町というからどんなところかと思ったが、転移先は確かにいいところだった。
中世程度の文化しか持たないという噂の割りにはインフラは整っていたし、街並みは趣があった。
料理は美味しいし、人々は活気にあふれていた。むしろ夜は騒がしいくらいだ。
護衛も付いていて新婚旅行の行き先としては悪くない、一時は私も家内の選択に賞賛を送ったものだ。
それでも家内の「私たち、ここで暮らしたらどうかなー?」なんていう、直感に任せた提案には確かに反対した。
家内には元から少しおかしいところがあった。やさしすぎるというか、献身的というか、ドMというか。
そんな性格のせいだろうか。この国をやたらと気に入ったのは。
それでも私は反対した。
反対した。
反対したはずだったが、
なんの間違いか私は、この国の領民となっていて、
月の綺麗な晩、家内に無理やり連れて観戦しに行った、
夜の陣取り合戦の流れ弾に当たってポックリ逝っていた。
「あれ?・・・生きてる」
おかしい。
確かに頭に槍がぶっ刺さって脳みそが弾けた感覚があったのだが。
こんなことなら
『あぁ―――今夜は―――こんなにも―――
月が――――綺麗―――――――』ごっこでもやっておくんだった。
「目が覚めましたか?」
おお、猫耳メイドさんだ。
間近で見るのは初めてだからか、変な感動がある。
片目と片耳と片腕が無いのが気になるが、この人もきっとアンデット様の一人なのだろう。
回りを見渡すここが上等な一部屋であるとわかる。
朝の声が聞こえるのに、この部屋は真っ暗である。
真っ暗なはずなのに、この部屋の全容がわかってしまった、となると私は・・・。
「はい、あなた様はアンデットとして蘇りました。」
なんてことだ。
やっと葡萄の生産が軌道に乗ってきて、ワイン作りにも本腰を入れようとしていたところだったのに。
「つきましてはあなた様には明日から、夜の戦いに加わってもらいます。
我が領主の気合の入り過ぎて暴発してしまった槍に当たったこと、大変ご名誉にございます。
そのせいで、我が領主さまは力の1割をペナルティとしてサミュラ様に没収されてしましました。
また、あなた様の死亡はこちら側の不手際であったため、あなた様を貴族階級として迎え入れることになるます」
ふむ。
つまり、この地、スラヴィアにおいて夜の戦いでもって領民を傷つけることはご法度。
その罰は貴族といえど関係なしか。
というか貴族階級だと!?
「はい、あなた様には貴族階級が与えらました。弱体した我が主のため、心置きなく敵を粉砕してください」
笑顔で語りかけてくれるのはいいが、目が笑っていない。
私の空気を読む能力が一度目の死亡によって失われていないなら、このメイドさんはとても怒っているようだ。
「いえ、わたくし自身は全く不満や憤怒を感じてはおりません。
ただ、あなた様の明日の戦績次第では、領主さまはとてもお怒りになるかもしれませんね」
…あれ?なにか違和感が。まぁいいか。
しかし、流れ弾にあっただけの、いい年の男に戦績を期待するなんて、ここの領主は能足りんなのか。
「我が主人が脳足りんなのは否定いたしませんが、彼の心も読む力は中々のものです。
従者の私でも読めてしまうような表層意識に、主人の悪口を載せるのは関心いたしませんね」
読心の能力を持つ領主様がいるとは。
移住して5年ではまだまだ知らないことのほうが多いか。
「ん?読心?」
「はい、あなた様が先ほど感じた違和感の正体はそれだと思います。
私が聴ける意識の声はとても狭いですが、我が主はとても過敏であられますのでお気をつけ下さい」
猫耳メイドさんの笑う口元が、欠けていく三日月のようで不気味だ。
だから私は妻の提案には反対したのだ。
「とし(仮)くん。時間だよー」
う・・・ん。
目を覚ますといつも通り、家内の顔が目に入る。
あぁ、夢か。猫耳メイドなんて存在するはずもないからな。
なんて定番の現実逃避をする間もなく、普段目にすることはない家内の麗しいメイド服が目に入る。
私が貴族階級になったため、家内もこの城の給仕として我が主人に迎え入れられた。
「君は歳を考えた方がいい。その姿は今後、私以外には見せないようにしなさい」
年甲斐もない家内の服装に反対する。
全くけしからん。他の男性に見られたらどうする気か。
「おめかしした妻に対する第一声がそんな甲斐性のないセリフになるなんて信じられないよー。
まぁ、そんなことはいいんだけどね!
昨日、夜の戦いの観戦に行ってよかったでしょ!?
とし(仮)くんが死んだ時はすぐに後追い自殺しようと思うくらい絶望して、実際しようとしたけれど。
すぐに復活してくれたし、貴族階級の特権付きだし、実物のサミュラ様にも会えたし。私は概ね満足しました!
ホントなら自己犠牲、自己献身は私のモットーだけど、今回はとし(仮)くんに譲ってあげる。
初のお勤め頑張って!今夜はカッコイイところを見せてよね」
満面の笑顔を浮かべる。
太陽を拝むことは難しくなった私だが、彼女の笑顔があればビタミンの吸収くらい日光なしでやってのけてしまいそうだ。
それくらい彼女の笑顔は魅力的だ。
私が君に惚れているという点を抜きにしても、言うことをきいて上げたくなってしまう。
それになにより、私も気付いているのだ。
私の反対を押しのける彼女の笑顔が、私を充実と幸福に導いてくれていることが。
チラ裏
どうせなら続きものに死体。
- 女性キャラの多いイレゲーにおいて やはり女性は強し と思わせる。 旦那さんの完全妥協はいつになるんだろうか -- (名無しさん) 2012-03-25 21:33:49
- 記念すべき11門初シリーズもの第一作目。饗宴、転生、マーダーペナルティもこれが初。それにしても女性の適応力は凄まじい。 -- (名無しさん) 2012-03-26 22:23:42
- 型月好き -- (名無しさん) 2012-03-27 03:47:05
- よんどころの無い事情で異世界の住人になってしまうのは有り得る事としても地球にいる家族や知り合いと連絡が取れているのかなと気になって読みました。地球の社会や生活の枠にはまりきらない人間ほど異世界に住むのに向いているのかなと思いました。 -- (名無しさん) 2012-05-05 19:34:05
- 観光でもそれがどんな催しなのか分かっていないと命を落としかねないと(旦那さんは落としてしまったようで…)。中世と君主制やノスフェラトゥの様なものはやっぱり合いますね。奥さんの順応力と前向きさに軍配 -- (ROM) 2013-02-12 19:44:08
- 嫁さんが可愛い。こういう元気くれる嫁さん欲しい -- (名無しさん) 2013-03-09 19:36:55
- 体面貴族で力はまだ弱いとかハードモードもいいとこですな -- (名無しさん) 2014-06-24 21:53:28
- 脳みそが吹き飛んでいる間にスラヴィアに順応している奥さんの妙な頼もしさ。ないとは言えずむしろ起こり得る方が高そうな異世界旅行事故から人生がガラリと変わる人は地味に多そうだ -- (名無しさん) 2016-08-17 16:13:21
- 人間が異世界でスラヴィアに行ってスラヴィアンにというのは多様なケースあれどそこそこあるような気がします。ただその最後がどの様になるのかは未だ表現されてないようなので気になるところです -- (名無しさん) 2020-05-01 03:00:26
最終更新:2011年08月17日 15:10