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【父祖の教え】

【父祖の教え】



親父はいつも言っていた。ドワーフの仕事は鍛冶だ。
わしらはただハンマーを握って、鉄をぶっ叩いておればええと。
鉄を叩き、火花を拝む。それだけがドワーフの仕合せなんじゃと。
親父の親父も、そのまた父祖もそうじゃったと聞かされて育った。

だから今日みたいな半端仕事の日は気が滅入る。

廃鉱の街メトロベルグ。わしのブーツはこの街の薄汚い砂利を踏む。
かつて産出した貴金属もとっくに干上がって、今は山間に寂しい集落を残すのみとなった。
くねくねした坑道が無数の血管のように這い周り、その主要な動脈にはトロッコの線路が通っている。
古いものは千年昔になるこれらの地下道は、わしらの父祖が鉛筆のように細い金鉱脈を追いかけた結果だ。

「わしもいっぱしの鍛冶師になりゃあ、ずっと仕事場で鉄を打てるものを」

毒づくと同時に、親方の言葉が背に響く。
“世の中、年功序列だ。お前もあと50年もすれば…”
わしは背筋をしゃんと伸ばして、ランタンと道具箱を片手に坑道の入り口に向かった。

そも、こんな場所に鍛冶屋街からわざわざ出向いてきた用事と言えば、線路の修理だ。
このところ崩落が立て続けに起こっており、局地的な地震ではないかと噂されていた。
あいにく観測所に残った帝国時代の地震計はとっくに壊れている。
ノームの手も借りたい時に、連中は傍におらん。仕方ない。そういうものだ。

「ちょっとちょっと!ねぇ、そこのおじさま」
「なんじゃ。空莫迦の娘か。」

坑道に向かうわしの足を呼び止めたのは、飛行服の若造だった。
アストリッド。色白で釣り目の娘だ。
父親のオラフもグリフォンで空を西東と、まったくまっとうなドワーフではない。
ブロンズの髪を彼女は後ろでまとめ、首にはゴーグルがぶら下がっている。
金の髪留めが、日の光を反射していやにまぶしい。
近頃の若い者ときたら、無闇に着飾りおって…。

「ドワーフが着飾るのは葬式の時だけじゃ」

いつものように小言をくれてやると、オラフの娘はむっとした様子になる。

後ろにはもじゃもじゃした赤毛のそばかすの貧相な男もついていた。
ここいらに来るヒューマンは年に何人かいるが、こいつは酒場の噂に聞いておった。
たしか登るなと言われた山に登って、おっ死ぬどころか両足の骨を折って帰ってきた大阿呆だ。
全体的にぶかぶかした服で、毛皮に縁取られた防寒着を羽織っている。
その上最悪なことに、その上着や背負い物の至る所にけばけばしい色合いのバッジがついていた。
着飾る?愚か者のすることだ。ごわごわした茶色の麻の服が一番だ。

「あ~~、爺さん、俺たちこっから山向こうまで下る道を探してんだけどさ」
「この莫迦、一人じゃふらふら尾根の方に行っちゃいそうだから。
 伝令で忙しい父様のグリフォンを借りるわけにもいかないのよ!
 だからこっちから麓までこの子を送ってもらえないかしら。
 病み上がりなのよ、まったくもう、すっかり噂になってるんだから!
 ほらっ!ジェイソンもしっかり挨拶しなさい!」
「ちょりーっす世話になりまーっす」
「工房の外でも言葉遣いに気をつけなさいよね。みんな気難しいから。
 いい?ドワーフは年下に舐められるのが一番腹が立つのよ!」

ぺちゃくちゃとよく喋る女だ。女は台所でじっとしていればいいものを。
「…トロッコは故障中じゃ。ついて来い。」
わしはまともなドワーフが皆そうするように、言葉少なく背中を向けた。


   ++++++++++


坑道を5キロも進んだ頃だろうか。

「爺さん、さっきからなんかガラガラうるさいんだけど落盤なんてこたぁないよな?!」
ゴブリンの巣穴じゃあるまいし、落盤なんて滅多に…
ちょっ、見て……何よあれ?!」

不意に大きくなる、ガラガラガラガラと響く岩鳴りのような音。
こんな気配は地下のコボルドではありえない。
トンネルを塞ぐ、岩石を積み重ねたような不恰好なクリーチャー。
おぼろげに人型をとったそれは、石くれの巨人にも見える。
わしは思わず髭の奥でぼやいた。頑固なやつがおる。
岩石の精霊だ。長らく眠っていたのが何かの拍子に目覚めたのだろう。

「…埋メル、…埋メル、…埋メル」

精霊はうわ言のような言葉を繰り返し、力任せに坑道の支柱を揺さぶっている。
支柱はすでに何本もへし折られ、坑道全体が今にも落盤しそうになっている。
さらに間の悪いことに、巨体がわしらの行く手を完全に通せんぼしていた。

「引き返す」
「おい冗談だろ爺さん。ここまで来て…えっと、何かないのかよ」
「迂回路とか、事情を伝えてどいてもらうとか。精霊とお話はできないの?」
「引き返す。それが伝統じゃ」
「伝統!ヒューッ、最高だね。治ったばかりの足がぼっきりイキそうだってのに。」

口笛を吹くヒューマンの向うずねを、わしはランタンの角で強めに小突いた。
地精霊のやることに逆らってはいかん。決して。それが父祖の教えだ。
わしがそそくさと元来た道を引き返そうと踵を返した矢先、もう一つ轟音が響く。

「山ノ穴、埋マレ、アルベキ形ニ……」
「埋マレ、埋マレ、崩レロ、崩レロ」

横穴から顔を出すうごめく岩塊。もう一体の岩石精霊。
岩の手が坑道を支える支柱にしがみつき。揺さぶりにかかった。

「後ろ……そんなっ、もう一匹なんて!挟まれたわよ!」
「おいおいおい…俺たちを化石にする気かよ!」
「お願い、通して!ねぇ、聞いてる!?」
「埋メル埋メル埋メルルルルル!!!!!!」

わしは膝をついた。精霊はときに荒ぶり、害を為す。
それは地震や雪崩と同じ、摂理の一つだ。
彼らには悪意さえない。ただ掘られた山を元通りにしようとしているだけなのだ。
どうしようもない事態であった。仕方ない。
無念だが、まともなドワーフなら黙って受け入れるべきだ。
わしらはずっとそうして来たはずだ。
わしは五体を地に這わせ、最後の懇願の言葉を精霊に言おうとした。

「戦うわよ」

オラフの娘の言葉は、わしの脳みそを揺さぶった。
精霊と戦う?バカな。精霊とはただひたすらに崇めるものではなかったか。
これはまったく伝統にはない。これは父祖の教えにはない!

「ちょっと待て、待ってくれ!お、俺は?民間人、非戦闘員ってことでオーケィ?」
「んなわけあるか!コレ持って!ほらあっち!引き付けてて!きゃーっ!」
「オーマイガーッ」

ああ。そんな!こんなバカなことがあるか!?
あの娘はあろうことか精霊の頭をハンマーでカチ割っておる。
ヒューマンの若造は悲鳴を上げながら何やらどたばた駆け回っておる。
石くれが飛びちり、粉塵が舞い、坑道に新しく穴が開いたかもしれない。
とにかく目まぐるしい光景にわしの脳と目玉は追いつかなかった。
そして全てが終わった時、自分が目を閉じていたのだということに気づいた。

「お前ら…お前ら、ようもやってくれたのう。
 ド阿呆が!コボルドの糞が!
 若造風情が精霊に手を出すなんちゅうことは…」

さっきまで精霊が宿っていた岩の破片をバックに、二人はやり遂げた顔をしている。

「アーハァー?何言ってんだよ仕方なかっただろ!
 っていうか、ホーリィーシット!これ殺したのか?死ぬのか?精霊?
 それに俺、血が出てるんだけど!?こういうのって保険は利くのかい?」
「あっはっはっは!こういうのってケースバイケースよねー。
 普通、こういうのって年長者が盾になるべきじゃあ……。
 あ。ちょっと、そんなに落ち込まないでよ!大丈夫?!」
「爺さんは相当ショック受けてるな。さっきのはいわゆる守り神だったんじゃないかい。
 アストリッドはドワーフなのにそこんとこ詳しくないのかよ?」
「空育ちだし!知らないわよ!そんなの!勢いでやっちゃったしー!?
 あら?何かしらこのキラキラ光ってるの……ちょ、金貨!?なんで?」
「おおおおーーーっ、すげー!あっちにもあるぜ。何だこりゃあ?最高だぜファックイェー!!」

なにやら夢中になって地面を漁りはじめる二人に、わしは口をパクパクさせた。なんと忌々しい!!
これではまるで、帝国時代を懐かしむ阿呆どもの語る爛れた戦物語ではないか。
わしらは堕落の時代を封印しようと、父祖同士で誓い合ったはずではないか。
精霊殺しもトロル殺しも沢山だ。ドワーフに冒険はいらない。
そんなものはワシらの仕合せにはそぐわない。


「あぁあー、ところで。アストリッド」
「なぁに?」
「ズボンのケツが破れてる」
「きゃあっ」
「オレンジはどうかと思う」
「見るなぁあ!!」

光が遠くに見える。坑道の出口が近い。
向こうに着いたらジョッキ一杯のエールを飲もう。
それから何はさておき鍛冶場に向かおう。
そして炉の中で鉄を真っ赤に燃やし、金床の上でぶっ叩こう。
寡黙なるセダル・ヌダに、全力で祈りをささげるのだ。
わしらはただの鍛冶師だ。今までも、そしてこれからも。
それが間違いのない着実な道。ドワーフの正しい一生のはずだ。
待ち受ける光はしかし、何時にも増して恐ろしく、そしてさわやかに感じられた。


       ++++++++++


「するってぇと旦那、ドワーフ共はすっかり金目のモノを脱ぎ捨てちまったわけかい」

「はい、新体制への以降に伴い、旧帝国時代の慣習は完全に排除されました。
 私有財産の制限、また多宗教の制限と大衆文化の抑圧…。
 ギルドの支配を確立するために人民には職人集団であることだけが求められたのです。
 そちらの世界で言うところの社会主義革命に類似しているかもしれませんな。」

エルフの史学者メリクスは、地球からやってきたトレジャーハンターと名乗る男たちに答えて言った。

「だから今のドワーフは茶色の服で灰色の街に住んでるってわけね」

「それで、旧帝国時代の財宝は何処に?」

パピルスの巻物に記された文字を指でなぞりながらエルフは答える。

「一部は博物館にて帝国時代の金満主義の象徴として展示されております。
 ですが大部分は地下に廃棄された後、地精霊との盟約で埋め立てられたと……」

「ひゃあーー!勿体ねえなあ!」

「いらねえってんならよ、俺たちがいただいちまっても問題はねえわけだ」

「決まりだな!ウラが取れたんなら、さっそく計画を立てるぞ」

欲望の色をまったく隠そうともしない地球からやってきたヒューマンたち。
あるときは冒険者、あるときはエージェント。様々の名と様々な肩書きで。
こうして森の中にある私の知識の館を訪ねて来るのはこれで何組目になるだろう。
クルスベルグの山を不法に掘り返すこれらの連中に、地の精霊がいかなる慈悲を見せるだろうか?
日和見主義の隠遁学者は、ただ翡翠の目を細めて彼らの成り行きをいぶかしむのであった。


  • 若い世代と歳を取った世代のズレ方や考え方の違いがよく表現されていました。精霊の行動にも説明がついて最後でも興味がわいてきました -- (名無しさん) 2013-05-02 12:40:21
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最終更新:2011年10月17日 12:08