【ソルトスパイア】

 際限なく枝分かれした泥の尖塔が絡み合う盆地の中心には、目もくらむ輝きが居座っている。泥の尖塔に目を凝らせば、脱ぎ捨てられた白銀の甲殻がそこらじゅうに散乱している。ここはソルトスパイア盆地、オルニトの国境にほど近い砂漠地帯である。
 統治する氏族の名を取って《チムニーメイカー盆地》と呼ばれることもあるこの場所は、かつては湖であった。乾燥した気候によって浅い水深の湖は蒸発し、露出した湖底は塩で覆われた。社会性の蟻人であるチムニーメイカー氏族は湖底に蟻塚を建築し、塩を採取して交易によって糧を得る小さな種族であった。
 その運命が一転したのは、戦争によってオルニトの兵器が解き放たれてからのことである。
 《輝きの風》という名を除けば、兵器の詳細は知られていない。当時の混乱した記録を掘り起こしても、オルニト軍がこの兵器をどこから入手したのか、なぜ投下地として戦略的重要性に著しく欠けるソルトスパイアを選んだのかといった点は歴史の闇に没している。
 ともあれ《風》は投下され、地形を変えた。放出された熱は触れるものすべてを容易く削り取り、熱された金属球が氷河の中へ沈んでいくようにやすやすと地の底へ下り、あるところで唐突に停止した。
 チムニーメイカー氏族は地下深くへいち早く退避し、被害は最小限に抑えられた。だが、住む場所は消滅し、経済的基盤であった塩もまた失われていた。双子の女王は悩んだ末、自分自身を含む氏族全体を改変することを決めた。
 身体改変を得意とする《ステイブルウィーバー》氏族の助けを借り、双子の女王は氏族を二つに分けた。
 一つは夜の氏族であり、地下生活に適応している。視力は低下し、知覚やコミュニケーションは音と熱感知、若干のフェロモンに限定する。蟻塚の中にこもってキノコや役畜を育てる彼らの役割は、他氏族との交易や、次に述べる昼の氏族の支援である。
 昼の氏族は《風》に身をさらして生きる。《風》の放射する高熱を、耐熱性に優れた特別な外皮を次々と脱ぎ捨てることによってやり過ごしつつ、昼の氏族は蟻塚を建造し、メンテナンスする。蟻塚の外壁に塗り重ねられた砂は自然にガラス化し、極めて強固な建造物となる。
 昼の氏族と夜の氏族は緊密な協力関係を保ち、蟻塚の内外で頻繁にコミュニケーションをとる。壁を叩く軽快なラップ音や、壁に体を押し付けて響かせる唸り声、独自に発達した楽器などを鳴り響かせる《チムニーメイカー》氏族は、過酷な環境におかれていることを思えば驚くほど明るい雰囲気を持った氏族である。
 昼の氏族と夜の氏族の深い絆は、出生の時から始まっている。彼らは昼と夜の女王によってそれぞれ同時に生み出されるのである。双子は蟻塚の内外に分かれて生涯を過ごし、一生顔を合わせることはないが、常に半身のことを意識している。一説には精神を共有しているともいうが、氏族の外にあるものにとってはうかがい知れないことである。
 ソルトスパイア盆地はマセ=バズークのゲートから離れており、信頼できる街道や交通機関もないため、観光には向かない。ゲート近傍の交易サイト《サイドロード》からは地球人の運営する遊覧フライトが出ており、各種の権利放棄書にサインしたうえで割増料金を払えば視界に入る程度の距離までは飛んでくれる。双眼鏡の使用は禁じられているが、裸眼でも充分にその偉容を楽しむことができるだろう。

 但し書き
 文中における誤り等は全て筆者に責任があります。

  • 最適化と進化のスムーズさは流石の蟲人。明るい雰囲気のガラス塚の建つ蟻の国いってみたい -- (名無しさん) 2015-07-23 23:20:56
  • 保険会社も異世界観光の登場で調べることが増えて大変そうな -- (名無しさん) 2015-08-04 22:23:08
  • 異世界には強大な力はあちこちにあるけどそれが広がる大きくなるには強制力みたいなのが起こって調整されているような? -- (名無しさん) 2016-02-24 06:15:09
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最終更新:2015年07月22日 21:19