【洪流の咆哮】



乱戦の最中にあって突然の問い。 恐らく風精に運ばせたのであろうエルフの弓手の言葉ははっきりと侯女の耳に伝わる。
剣撃によって吹き飛ばされた周囲の水が戻ると胸まで浸かる背丈。徐に右手を上げれば新たな鎧馬が現れ、跨る。
「“汝の戦う心”? 私が戦う理由かしら?」
未だ川は鎧と兵の衝突が続くが、距離をあけて対峙する二人の周囲は静寂に包まれる。
「決まっているでしょう?サミュラ様のため!それ以外には何もないわ!有り得ないわ!」
静寂を破る力声。
「あぁっ!今でもはっきりと目に浮かぶあの微笑!優しくも気高い美しさ!
ドワーフである私がサミュラ様の足元に及べばいいと全身全霊で己を鍛え磨いた日々により得たこの肉体!
あぁサミュラ様!スラヴィアンとなり記憶の一切を無くしたなど些末なこと!私の全てを振り絞り御大願のために戦いましょう!」
馬上に立ちて諸手を拡げ夜天を仰ぐその身は子供程ではあるが軽鎧を着ても尚分かる引き締まった筋肉。自らドワーフと言ったものの体形はそれとは程遠い。
何より髭がなく、反面広がり盛り上がる髪の毛が螺旋に巻かれ後ろ角の如く伸びる。
表情は真剣そのものであるが紅潮甚だしく歓喜。
「…」
スラヴィアンとは何か?エルフの弓手が素早く頭の中で現実と仮定を組み合わせていくがその形は定まらず。
手首に提げた砂時計はまだ幾許か時間を残している。
馬上の傀儡侯女は自らの言葉と浮かべる幻影に酔っているのかまだ夜空を見上げたまま。
「…では、そのサミュラという者を討てばこの戦いは我らの勝利で終わる、と?」
それまで乱戦であったにも拘わらず、屍鎧兵の全ての動きが止まる。
攻撃を弾き返された奮兵はたじろぎ同じく動きを止める。
「討つ…と言ったのかしら? サミュラ様を?」
エルフは黙して応えず。動かず。
「逃げ去るのなら兎も角、永遠の楽園への誘いと手を差し伸べるサミュラ様を討つと?」
物静かながらも押し退ける圧力をはらむ語気。
ついにレシエが馬上より降りてくる。
川底に足が着けばその身の半分を水に浸からせるも一切気にする風もなく、ゆっくりと手を鎧馬にかける。
突如がらんと崩れる鎧馬。それが立っていた場所に突き立つ大剣。
見るも重みを感じさせる厚さ。切れ味など意に介さないであろう圧力で押し切る両刃。何よりもレシエの倍はあるであろう刀身の長さ。
「その世迷言!今この場で斬りす ──
(はし)り穿て 鏃に纏いて」
水面より鳥が発つ如し軽やかな跳躍にて宙に翻ると同時に射るエルフ。
螺旋唸る風を纏った矢は当たれば肉を瞬く間に抉り飛ばすだろう。 当たりさえすれば、だが。
巨大な剣は一瞬にして水中から夜空に向けて弧を描き、矢を砕く。
空中では満足な受身は取れない。戦士はその好機を見逃すべくもない。
オーガでも鬼人でも有り得ない、大剣の剣戟速度からの急制動。小人のような背丈の身体に備わる筋肉では実行不可能な挙動。
鋭い三角形が連なりエルフが次々に放つ矢を砕き獲物に迫る剛刃。
「高く高く軽やかに 妖しき月に誘われるまま」
囁く様な歌声は妖艶 紡がれる旋律は微風 エルフの体は落ちることなく更に高く舞い上がる。
剣戟届かぬ上空から射られる矢がレシエを撃つことなく彼女の四方に水飛沫を上げるや否や竜巻を起こし水の壁を生み出す。
周囲では再び屍鎧と兵の戦いが再開されている。
「伝えよ調べ そこな耳へ あすこの耳へ」
川幅を駆け抜ける風。戦場の様相が一気に動き出す。
「さっきから小賢しい真似ばかり!」
頭上で振り回す剣風が竜巻を打ち消す。視界の晴れたレシエが違和感を察知するが、
「最後に問おう傀儡侯女よ! 貴女が主とするサミュラとは如何なるものなのか!?」
夜空からの問いかけに空を見上げるレシエが叫ぶ。
「神よ!私の存在全てを以ってお仕えする尊い御人!嗚呼っサミュラ様!今宵の戦いも貴女に捧げましょう!」
懇願する様に差し出すように剣は両手で掲げられ闇夜へ。陶酔する表情に呼応したのか全ての屍鎧もまた跪き首を垂れる。
だがそこには生者は一人もいなかった。あたら兵は脱兎の如く急ぎ全て対岸へと引き揚げていたのだ。
戦場の異変を把握したレシエであったが時は既に成っていた。

上流から轟音を叫び凄まじい勢いで下ってくる波、水の壁。
川幅を飲み込む濁流をかわすべく移動を指示したレシエであったが、川の中程まで進行しておりその鎧の中に川底の泥を多量に含んだ屍鎧の動きは鈍重。
全力で駆けるレシエでさえも水の流れによる抵抗を受けてしまった。
川そのものの氾濫。レシエと屍鎧全てを飲み込み引き摺り流れる。
流れ去るレシエが大声で何かを叫んでいるが、それを聞いた者は一人もいなかった。
濁流の後に鉄巨人が流れてきた頃には呆けて口を開ける兵が並んでいるだけだった。
「やったか?」
鉄巨人の胸部が開き男が顔を出す。兵は一気に現実へと引き戻され、歓声を挙げるのであった。
「何か起こるとは思っていましたが… まさかここまでとは…」
「驚いたか?」
側に降り立ったエルフの感嘆を男が何とも子供じみた笑顔で見上げる。
「貴方の策通りにレシエは動きを止めて語るに精力しましたが、そうなると何故分かっていたのですか?」
「そりゃ分かるじゃろ~。聞けばこの戦、奴らが軍が他国全てを相手にするという馬鹿げたもの。
馬鹿げた戦なんぞやるのは仏を盲信する馬鹿くらいしか知らん。盲信するものを問われれば答えるし馬鹿にされれば顔を真っ赤にして怒るのが常よ」
「仏…というのはよく分からないが、全て予想通りだったというわけですか。恐れ入る」
「はっはっは!褒めても何も出んからな」
大勢の歓声に迎えられて鉄巨人は岸へと上がり、一行は退却を開始するのであった。
「ところで…普通に会話しているが、本当は統合軍共語を喋れたのか?」
「ん?ああ。川上に上る途中で大体覚えたわ」


「大丈夫ですか?」
湖の畔に流れ着いたレシエを少女が覗き込む。周囲には同じく流されてきた屍鎧がばしゃばしゃと水底を歩き陸へと向かっている。
「申し訳御座いません…このレシエの不覚により全員流されてしまいました」
少女が差し伸べる手の前に触れることすらせずにレシエは水から出ようとせずに跪いたままである。
「あっはっは!いいんじゃないの?いいんじゃないの? 戦争なんて勝って負けるくらいが丁度いいんだしさァ!
このまま全戦全勝だと物足りないナ~って思ってたトコなんだヨ。面白いヤツらが現れて僕は嬉しいよ!」
「そうですよ、レシエ。貴女が無事に帰ってきただけで十分ですよ」
レシエは何も返せずにそのまま跪くだけである。
「んっん~。しかしこのままほっとくワケにもいかないよネ」
「我ガ()キマショウ。サミュラ様ノ国作リノ障害、我ガ倒シマショウゾ」
合わせ鏡の様な二人の少女の背後より巨大な影が現れる。
闇夜と同じく漆黒、差す月光に輝くも黒光。 それは巨大な鎧。だがその全身はレシエ配下の屍鎧とは異なる圧倒的な戦気を放つ。
がらんどうの何もない筈の鎧中に闘気が塊を作り渦巻くような熱量。
レシエの振るった大剣とは比べ物にならない巨剣を地を削り肩まで振り上げ担ぐ。
「デハ」
巨大な鎧の質量が大地を揺らす。誰の一人も追従せずに進みだす。
最古の貴族、黒鎧卿。吸血姫サミュラに与えられし力を一身に持つ者。大地をも斬り砕く力の塊。
「夜ガ明ケルマデニドレ程進メルカ… 今宵相見エルコトハ叶ワヌヨウダナ」

一先ずはレシエ卿を退けた一行
しかし次なる追っ手はすぐにも迫るだろう
幾ら祈れど夜は訪れる
そして戦は開かれる

  • まさかの続き。普通に戦っていたら夜が明けるまでに不死のリビングメイルに押し切られてたんだろうけどレシエがサミュラを好きすぎた -- (名無しさん) 2015-09-26 18:06:31
  • 戦いの形を重要視してそうなレシエと違ってガチンコで潰しにきそうな黒鎧卿とどう戦うんだろう -- (名無しさん) 2015-09-26 23:42:40
  • 風精霊で跳ぶエルフかっこいいね。精霊使わない力押しの水攻めも面白い -- (名無しさん) 2015-10-04 19:42:27
  • 鉄巨人でダムを作った?展開早いけどなんとなく戦況が見えるのが楽しい -- (名無しさん) 2015-10-09 20:40:08
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最終更新:2015年09月26日 07:37
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