【川よ川よ】



『おうおう! 図体と同じで重いし遅いが思った通りに動きよるわ』
蠢く無数の細かな“何か”に囲まれながら、エルフに貰った冊子をめくる男。
鉄巨人は進む登る。その重厚な鎧に人間を内包したまま。

「もっ、もう一度作戦を確認するんじゃ!」
「川の中に陣取って相手を待つ」
「只管そこで持ち応える」
「「「とっても簡単!」」」
ドワーフ、猫人、鱗人の三隊長が肩を組んで拳を夜空へと突き出す。
岸から岸まで百メトルは越えているであろう川の中へと陣は入って行く。
腰まで浸かるが精々の川底であるが、それでも夜であるため各々の体温を奪う過酷な状況。
「あのじいさんの策、おぬしはどう思うよ」
「“川 流れの中 なれば重いは 不利”それは理に叶っている」
水の中で何とか髭から上を出すドワーフの問いかけに、
隣のエルフは腰に巻いていた弓筒を濡れない様にと肩に掛け直し応える。
「ドワーフの。何故ここにいるのだ?
医者なら後衛と共に退却すれば良かろうに」
遅れて槍を担いだ狗人がやってくる。 ヘソを冷やす流れを鬱陶しそうにしつつ。
「薬も包帯もなんもかんも使い果たしたでの。随伴してもやる事など無いわ」
「はっ!やはりドワーフはそうやって斧でも担いでいる方が似合うのぅ!」
やがて川向こうに夜闇よりも黒い影が地平を成して近づいてくるのが見える。
矢の無い弓を引き、数少ない風精を収束させて大気を操作、望遠にて遠見する。
 列からは見えぬが、屍鎧とは一線を隔す空気を奴らの中心より出ている
 やはり来ているか、傀儡侯女

周囲を見渡す。
それまで右往左往していた隊を率いる三隊長が根拠の分からぬ自信か何かで高揚している。
屍鎧大隊が迫り来る状況を前にして。
それは伝播する。 後ろよりそれを見る隊の者達に何かしらの形で。
“諦めはあれど、散らずに残存しているという事は皆、根っこは戦好きだ”
あの男が私に言った通り、体の動く者達は全員立ち上がった。
“そのレシエとやらを引っ張り出して、ワシの書いてある様な講釈を垂れるのだ。
この砂時計の砂が落ちきった頃に講釈が終れば最高だがの。
何?素直に講釈を聞いてくれるかだと? 心配せんでもよいわ。
ワシが見たところ、お前程の武があれば相手も納得して耳を傾ける”
そう言って背伸びしながらあの男が掴んだ肩は、まだ感触残っている。
「…面白い」
唯、“上”より戦役の経過を見よと言われただけの帰れば良いだけの戦いであったが ──
「勝ってみたくなったのか」

「あれは何? 平野では勝てないのなら川の中でということなのかしら?」
鎧が形成する騎馬に優雅に跨る乙女は、怪訝そうに前方を眺める。
部分は少ないが一片一片が重厚さを匂わせる鎧に包まれた身体。
「川の流れくらいで私の鎧軍団がどうにかなると思っているのなら…」
均整の中にも強靭な筋を纏う腕が揚がる。
「浅はかにも程があるわ」
振り下ろされた手甲の先、鉄爪が川中を差すや否や、それまでレシエと速度を同じくしていた屍鎧が急加速する。
土面を削る深さを増したまま、一糸乱れぬ鉄の平面が川へと突き進む。
 ── それは名乗りにも似た
前面向こうの敵陣より放たれた矢は螺旋を纏い、
水と川底を巻き上げながら鎧の群れへと飛び込む。
速度を落とさず直進する矢が屍鎧に触れる寸前で、風精が一人また一人と舞い上がり
その全てをかわして ──
「ふぅん… 小癪ね」
まだ川に入っておらぬレシエの、その跨る鎧馬の首を粉砕して散る矢。
程無くして前衛同士が川の中央にて衝突する。

「走れ走れ走れーい!止まれば終わりじゃ!」
「避けるかわすは猫人の専売特許よ!見せてやれ!」
「徹底的に当てて退く!深追いは絶対にするでないぞ!」
激しく三つの陣がうねり屍鎧の隊列に纏わり着く。
決して倒そうとはせぬが一撃は見舞う。そして離れるの繰り返し。
川の中央よりは前に出ず、徹底して位置を防衛する戦い。
攻めも曖昧だが退くもせず。
今までと勝手の違う戦況に、少なからず乱れを見せる屍鎧大隊。
「守っとるのか攻めとるのか分からなくなってきたのぅ!」
「これは攻めよ!攻め攻め! 先まで出番の無かった槍も唸るわ!」
ドワーフの渾身膂力で振り落とす斧が砕き噴き上げる水底の
水煙を越える跳躍で狗人が直上より突き刺す切っ先が鎧を穿つ。
「“屑”とは言えども星石より精錬した槍の冴えよ!」

戦局が乱戦を極める中、屍鎧の先頭に突如衝撃が空を断つ。
複数の兵士が数十メトルも吹き飛ばされる。
「「「レシエ=バーバルディア!!」」」
鋭い眼光に満ちるのは憤りか怒りか、振るったばかりの剣が衝撃に耐え切れず砕け散る。
「泥臭い!見るに耐えない! これが私の軍団の戦い?!」
「サミュラ直下、屍鎧大隊長、レシエ侯女とお見受けする!」
侯女の怒りを諌めるかの様に夜空へと放たれた風切り矢と共に現れたエルフ。
濡れた狩衣はその四肢を艶やかに魅せ、水滴の残る蒼髪は月に照らされる。
膝元下まで浸かる泥水の流れを進み、陣の先頭に進み出る。
「貴公に問う! 汝の戦う心をお聞かせ願いたい!」

『そろそろ頃合いか』
今にも砂の落ちきる寸前の砂時計を脇に仕舞い、鉄巨人の頭部より身を乗り出す。
『ほぅ…まるで月を手に取れそうじゃ!』
川下を見やる。
ひと呼吸遅れ、鉄巨人が呻きをあげて体を捻り始める。
合わせ、ありったけの木材と陣幕で造られた堰がぐるり反転する。
『しかし、今宵ワシが手にするのは“勝ち”ぞ!』


スラフ戦役撤退戦、対屍鎧大隊開幕
策は成るか人は果てるか… 次回に続く

  • ケレン味たっぷりでかっこいい -- (名無しさん) 2013-04-15 19:04:37
  • 川中の戦い?何となく先が読めるけどどう見せてくれるのか期待 -- (としあき) 2013-04-16 00:45:31
  • 戦闘戦術に異世界が入ってくるとどうなるか?面白い -- (名無しさん) 2014-03-07 23:27:31
  • 結局は負けた側の生き残りをかけた守るんじゃなくて攻める戦いってのがいい -- (名無しさん) 2014-06-24 22:37:12
  • キャラ立ってるレシエに劣らず脇の軍人が種族色出てて面白い。鉄巨人ってボトムズみたいなもの? -- (名無しさん) 2015-10-09 20:38:29
  • スラヴィアン同士の饗宴ならいざ知らず本物の戦争で片方が生者であった場合の不利は火を見るより明らかですね。ただ強力な存在ながらも矜持やルールの上で戦っているようであるスラヴィアンにも付け入る穴がある? -- (名無しさん) 2016-06-19 17:40:23
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最終更新:2015年09月26日 08:19