「戦争に勝っただと?」
アスボルス伯爵は部下の報告を受け、苛立たしく蹄を叩き鳴らした。
スラヴィアにおいて比較的古い領地を治め続け、生前はイストモスでも数々の戦いを経験した歴戦の
ケンタウロスであるアスボルスは「常勝」を目標と掲げ邁進してきた。
つまり、戦争で勝つことだ。
先史時代の姿を残すケンタウロスであるアスボルスは、馬の背に一対の黒い羽をもっていった。
残念な事に空を飛ぶ事はできないが、その翼は誰をもその背に乗せることのない先史ケンタウロスの名残である。
「それを……いまだかつて戦争に勝った奴などおらぬというのに……。ネッススよ。どこにいるのだ?
マセ・バズークの戦乱を一時的にとはいえ止めたその地球人とは? しかとこの眼で確かめてやろうではないか!」
アスボルスは息高々に部下へ問いかけた。部下であるネッススもケンタウロスではあるが、屍人ではない。彼は幼い頃から伯爵家に使えている。
「大延国に滞在していたと聞きましたが、どうやら現在は
ラ・ムールにいるようです」
「……まあいい。では隣の騒動の方を片付けるか」
ラ・ムールと聞いて先ほどまでの荒々しさはどこにやら。ネッススに背を向けてアスボルスは丘の上からパパハイドン領を見下ろした。
アスボルスはパパハイドン領から逃げ込もうとしている二人連れを待ち構えていた。
一国一城の主自ら出向いたのは、決して客人として歓迎するためではない。常勝を目指すアスボルスに取っては戦いこそが全てであり、そして相手が好む好まざるに関わらず勝負をふっかける。
もちろんデスゲームでもないのに、スラヴィア貴族に戦いを挑むわけにはいかない。そのせいで少々のいざこざがあれば、わざわざ自ら出向いて勝負を吹っ掛け勝率を上げようと躍起になる。なんとも迷惑千番な伯爵だ。
ちなみに常勝を謳っておきながら、個人戦での勝率は8割。戦術級以上の団体戦では5割を切る。
さてそんなアスボルス伯爵だが、今回はひさびさにまともな勝負ができると内心ほくそえんでいた。
なにしろ二度ほどディスコールダンツ男爵戦が続いたために、どうもしても納得できない内容と結果ばかり味わってきた。蹄鉄が外れて後列のネッススの顔面に直撃させたり、落ちていたピッチフォークを踏みつけて鳩尾に柄が叩き込まれ、鉄のバケツを踏み抜いてそのまま戦場を駆け巡るなどの散々な思いをしてしまった。
「ほほう。あのニュースも苦戦するほどか。よいよい、よいぞ~」
遠目に垣間見える剣戟は、森の翳となって戦況がわからない。
華奢な地球人は数多の攻撃をその身に受けながら、少女を庇い奮戦している。対するニュース・パパハイドンは、下半身を失いながらも腕の多さを活かしてカタールで地を突きながら蜘蛛のごとくすばやく移動している。
時には本当に蜘蛛のように、わさわさと木のカタールで突きながら登り、見事な三次元攻撃で地球人の少年を翻弄している。
「うむうむ。流石は全方位子爵と言われるだけはあるな。まあ私にかかれば良い的だが」
アスボルスの持つ槍は特に長い。馬上槍でありながら歩兵が持つパイクを思わせるほどだ。
長すぎるためカウンターウエイトとして後ろ側にも通常の長さの馬上槍が備え付けられ、槍先が下に沈むことを抑えている。しかし、その異様なほど前後に長い槍を使いこなすとなれば、並の膂力では構えることすら出来ないだろう。
しかし、アスボルスは前後の長短をいかせるほど自在に操れる。これは距離の有利さを生み、突撃力もありケンタウロスという落馬しない騎士にとって何者に勝る武器である。
アスボルスは愛用の長馬上槍を眺めながら悦に入るうちに、ニュースと地球人の少年は激しく武器を交わしながら、森を飛び出してきた。
湖の浅瀬で水しぶきを上げながら、二人は縺れるように戦っている。湖岸に残された地球人の少女は、不気味に近づいてくるニュースの下半身から逃れようとこちらへと駈けて来ていた。
そろそろ伯爵領内である。今にも駆け出したかったが、勝負に割り込むわけにはいかない。
願わくば地球人の少年が勝利をおさめて、領内に舞い込んでくれればよいとアスボルスは行く末を見守っていた。
その思いが届いたのだろうか。
不用意かと思えた地球人の動きは、なんとも不気味であった。
幾多のカタールを全身に浴びながら無傷だった少年は、無理やりニュースの上にのしかかる。
「なるほどなるほど……」
岡目八目。アスボルスは少年が何をしようとしているかを理解した。
水に沈んだニュースは次々とカタールを少年に突き出す。段々とニュースの周囲が泥色になっていく。ニュースはすさまじい攻撃を繰り出しているつもりだが、その実、自ら湖の泥を掘っているのだ。
八本もの腕で激しい攻撃をすれば、湖の底を削ることになる。まして川と違って沈殿物の多い湖だ。段々とニュースの動きが鈍くなり、何かに気がついたのか攻撃の手を止めて抜け出そうとあがき始めた。
こうなると泥水の上にいる少年が圧倒的に有利であった。
視界不良の水中に沈んだニュースの武器を次々と奪い取ると、それであがく腕を一つづつ縫い止めていく。
勝負は結した。
沈んだニュースの上半身を踏み台にして湖から抜け出すと、一切の攻撃力を持たないニュースの下半身に乗ったエヌの髪をむんずと掴んで後方へと放り投げた。
意外なほどニュースの下半身は飛び、ぽちゃんと湖の深いところに落ちた。
足だけで泳ぐのは困難なのか、ばしゃばしゃと足掻いていたがすぐに沈み静かになった。
「泥臭くもなんとも勇壮な奴だ。よいよい、よいぞ。我の勝ち星を並べるに相応しいぞ」
まだ領内には入っていないが、沸き立つ心が止められない。
アスボルスは槍を携えて丘を駆け下りた。