同じクラスにイスガさんというケルピーがいる。
おしとやかで、物腰柔らかで、でも凛としていて、親友の丈児は
「大和撫子ってヤツだな。着物でも着せたら絵になるけど、お前本当にあいつでいいのか?」
と言う。
自分もそう思う。
また別の親友、クロトは
「落ち着いてて他の
ケンタウロス種族みたいな騎士道武士道感はないよね……年相応以上に落ち着ぎてるかもだけど」
と言い、ドランは
「年寄りくさくネェか?せめてもうちっと乳がデカくて露出がありゃまだマシだろ」
……これは置いておこう。
で、このウォーチ・ヴィラガスキーからすれば……その、えっと…………
「好きなんでしょ?ウォーチってバレバレだよ」
「好きなら好きって言っちまえばいいじゃねえか」
「うへえ、あーいうのがいいのかヨ。お前ババ専だったのか」
だから最後のは置いておくとして……そうです、意中の人です……。
でも相手は学園でもそこそこ人気の高嶺の花で、ボクらの天敵の風紀委員の役員で、自分なんかじゃ釣り合わない。
……。
釣り合わないはずなのに。
「やっぱりケルピーとだとちょっと狭いですよね?」
何がどうしてこうなったのか、偶然なのか
モルテ様の悪戯か。
自分は今、その、い、イスガさんと……相席をしているわけで…。
「イ、イヤイヤ、お、おお俺?ボクも?体大きいから!え、あ、うん…」
「どうかしましたか?さっきから様子が…」
心配そうに覗き込んでくる彼女だがそれが一番の原因だとわかってくれればどれだけ楽か。
「だ、大丈夫!ちょっと疲れてるだ、だけだから…!」
疲れているの事実だ。
学校が終わって、プロレス部の稽古があって、倉庫整理のバイトで残業があって、帰りにロードワークで遠回りをしたら途中で雪が降ってきて
工事だイベントだの交通規制でぐるぐる回されて道に迷って、いつかの忘年会で使ったあすなろ亭を見つけて、なんとか潜り込んだら、トドメとばかりに相席よろしいですか?で首を縦に振ったら
現れたのが彼女だった。
…疲れないはずがない。何なんだ、この展開。
アルバイト残業あたりまではいつものことだろうけど、そこから後の出来事はやはりモルテ様の仕業としか思えない。
「そうですか。あまり無理なさらないで下さいね?」
柔らかく微笑んで気配りしてくれるイスガさん。
……あー、直視できない。できっこない。
「それにしてもこうしてお話するのも久し振りですね。いつかの爆発の時の怪我はもう大丈夫ですか?」
「うん、もう良くなった……って言ってもスラヴィアンだから、うん…」
「あ、ごめんなさい。私ったら…」
「き、きき気にしないで!」
ピンと立っていた彼女の耳がしなだれる様子に罪悪感が加速する。
彼女の事が気になりだしたのはいつかの爆発の時からだ。
確か風紀委員に追いかけられて、橋の下に逃げ込んで、ドランが一服しようと煙草に火をつけたら大爆発して
何故だか自分だけ海側に飛ばされて、彼女に助けられた。
しばらく意識を失って目が覚めたら浜辺で膝枕をされていた。
こんな事、丈児たちに話せば嫉妬されそうで口にはできない。
あの時見上げた彼女の微笑み、後ろに纏めたシニヨン?に刺さった簪、その姿を明るく照らす陽の光。
不死者のクセにとツッコまれるのを覚悟で言う。生きててよかった、と。
「あのー、もう注文されました?」
女神…じゃなかった、イスガさんの言葉に現実に引き戻される。
「あ、も、もうしちゃったんだ、だけど…き、気にしないでってば!たまたまのあ、あ、相席なんだから居ないものくらいでいいよ…!」
「そ、そうですか」
珍しく彼女が口ごもる。
顔も少し赤いし、耳も心もとなくヒクヒクしている。
何か悪いことでもしちゃったのかとまた罪悪感が襲う。
聞くべきか?聞かざるべきか?
『聞かない。デリカシーだよ』
『話さなきゃわかんねぇこともあるだろうが。よっぽどの事じゃなきゃよ』
『だから女は色気だろ。澄ました顔してるヤツよりボンキュッボーンの方が…』
頭の中で親友たちの声がする。というか最後の!今関係ないよね!?
「じゃあ私も…」
謎の脳内不良会議をよそに彼女は控えめに手を挙げる。
現れたあすなろ先輩にこそこそとオーダーをしている顔はさっきよりもあかくなっている気がする……。
やはり何か失礼な事をしてしまったのだろうか……。
頭の先から爪の先まで罪悪感が駆け巡る……。
「えー!それだけでいいの!?」
突然の大声をあげたのはあすなろ先輩だった。
「イスガちゃん、いつもはもっと頼むじゃない!?どうしたの?どこか悪いの?」
「い、いえ、その、そういうわけじゃないんですけど……////」
先輩の相変わらずハイテンションと大声に押されて、彼女の表情は耳まで真っ赤に染まる。
……これは自分は悪くない。
はずだよね?
それからというもの、自分とイスガさんはお互い気恥ずかしくて黙ってしまった。
そしてやがてテーブルに運ばれてきた料理の量で真相が判明する。
「お待たせしましたー。
ウォーチくんのがギガ盛りスパゲッティスラヴィアータスペシャルとラケルのステーキにトンドロー焼き、フライ盛り合わせとスープと大ライスのセットで
イスガちゃんが和風ロシナンテ御膳にイストサラダにつくね生姜鍋にソコガクレとクラーケルプの煮物に味噌唐タンメンマシマシで良かったよね?
じゃ、ごゆっくりー」
二人席を埋め尽くす料理の数々。
先輩は手際よく配膳するといつもの笑顔を残してそそくさと去っていく。
「あ、あなたも結構食べるんですね?」
「い、い一応?オレも?あの、プロレス部だから……二軍だけど」
表向きは、と言う言葉はかろうじて飲み込んだ。
「イスガさんこそ……」
その言葉に彼女の身体が強張り、今度は尻尾まで赤くなる。
「わ、私も、一応ケンタウロスの近似種ですから……。あまり殿方の前ではしてはならないと言われているのですが、見回りのあとなので……お腹が、その……」
あ、地雷踏んだ。
肩身を狭そうにする彼女の姿に本能が悟る。
『謝るとこだよ』
『謝れ』
『なあウォー公、清楚ビッチって言葉知ってるか?』
再び脳内親友会議。って、だから最後の!話聞いてるのかなぁ!?
「えと、ご、ごめんね。変なこと聞いちゃって」
「あ、いえ……私のことなど気になさらずに召し上がって下さい」
二人して恐る恐る手を合わせて食事を始めるけど、なんか気まずい。
いつもの凛とした姿からは想像できないほど背を丸め、恥ずかしそうに箸を運ぶ彼女の姿に、魂まで罪悪感の塊になる。
何か話題を変えなくちゃならない。
何でもいいんだ、思い出せウォーチ。何かないのか!
彼女は風紀委員で、同じクラスで、ケルピーで、下級生から慕われていて
時々出現する後れ毛がまたいい感じで、部活とかには入ってなかった、はず。
真面目、優しい、趣味は……趣味?知らないぞ!なんか悔しいな……。
あとは……あとは……何度か興行の会場で……
「あ!」
「ど、どうしたんですか?」
「そう言えばプロレス部の試合、よく観に来てるよね?」
実際に気がついたのは去年のクリスマス興行の時で、それ以降もよく見かけた。
それだけじゃない。
同じプロレス部の鋼矢に言われて過去興行のビデオで確認したら、結構前からそれっぽい姿が客席にいる。らしい。
「……気がついてたんですね」
「あの、その、自分に、二軍で、付き人なのかな?そ、そそんな感じだからリングには上がってないけど、それなりには……」
もちろんウソだ。本当はゴッツイマスクを被ってリングの上にいる。
しかも残虐プレイも何のその、客席まで降りていって場外乱闘もいつものことだ。
だがリングの上の自分、『オチ・ムシャ』は最凶最悪のヒールで正体がウォーチ・ヴィラガスキーである事はプロレス部の一部と丈児たちしか知らない。知られちゃいけない。そういうことになっている。
「そうですよね、同じプロレス部なら見つけられて当然でしょうね」
「す、好きなの?プロレス?」
「……誰にも言いません?」
彼女は箸を止め、しばらく俯くと、上目がちに自分を覗きこむ。
その姿はいつも見ている彼女とは違う。可愛い系だ。こんな顔もするんだ……。
「ウォーチ君?」
「は、はい!言わない!いい、い言いません!もち、もちろん食事の事もぉ!……あ、最後のは、ごめん……」
「もう、おかしな人」
言って彼女がころころと笑う。
滑稽だったのだろうか。今の自分の焦り様は。
だがショウマンとしてはいいことなはず。自信持て、自分。
「そうです。好きです、プロレス。風紀委員である手前、あまり公言できませんが……」
「そ、そうなんだ。あ、あは、ははははは……!」
「変、ですよね?」
「そんなこと、ないよ!……あーえっと…そ、そのね、ボ、ぉオレ、もこんなだけどだ、だ、大好きだし!だから弱いけどプロレス部に、歩にい、いるんだからぁ……あ、ね?」
「ありがとう、ウォーチくん」
ようやく和やかな空気が戻ってきた(?)。
お互い共通の趣味とか話題が出来ると距離が一気に縮まるよね、とクロトが旅行雑誌を片手に呟いてたのを思い出す。
だが間合いが近くなると必然的に油断だって生まれる。
「イスガさんは好きなレスラーとかいるの?」
ほとんどの料理を平らげた頃、何となく出た質問。
「好きな、ですか?そうですね…」
彼女は顎に箸を止めて少しの間、考え込む。
「ベビーフェイスなら…廉祓さんかしら」
成る程、納得だ。
確かに正統派だし、実力もあるし、嫌われる要素はないよね。
「ヒールだと…死念坊さんと苦念坊さんもいいんですが……」
死念坊、苦念坊。
前者がヤマアラシ獣人で後者がアラクネのマスクマンだ。
行者?山伏?のようなコスチュームのイロモノ?で、お互いがお互いの長所短所をフォローしあえる息のあったコンビ。
密かに人気があるとは聞いていたけど、イスガさんもファンだったのか……。
「でも……」
不意に彼女が食後のお茶を置いて、顔を赤らめる。
「私が一番好きなのは、オチ・ムシャさんですね」
オチ・ムシャ。
言わずと知れた十津那プロレスのヒール筆頭で過去に類を見ない残虐ファイター。
まあ自分の、こと、なん、だ、けど……
……はい?オチ・ムシャ?……って…。
「ブフォッ!」
「だ、大丈夫!?」
思わず吹き出してしまった!
「オチオチオミッゲフン!お、あ、オチムヒャ!?」
あまりのことに理解が追い付かない。
つまり、その、そういうことなのか!?
「すみません!浮田先輩、お冷やを一杯いただけますか?」
「あ、だ、大丈夫!だ、よ?ちょつ、ちょつ……ちょっと変なとこに入っただけ、だ、から……!」
「そう、ですか?でも必要ならいつでも言ってくださいね?」
彼女を制して、深呼吸を繰り返す。
次第に視界のブレもなくなって、身体の感覚も、おかしなところはない。
落ち着けた……のか?
「あーそうなんだーオチ・ムシャかー……?でも暴れん坊だしみんなに嫌われてない?怖いし何考えてるかもわかんないし…?」
「そんなことありません」
即座にイスガさんは否定する。
自分のことなんだから否定されるのもそれはそれで複雑だけど。
「去年のバレンタイン特別興行の時の話、知ってます?」
去年ったって今年ったってマスクを被ってるときはだいたいトランスに近い。
知ってるどころかいつもうろ覚えだ……って自分で言っておいてこれも複雑だ……
「入場の時に小さな女の子がチョコを渡そうとしたんです。
もちろん止められそうになったんですけど、スタッフを投げ飛ばして、彼女からチョコを奪い取ったあとに……
優しく頭を撫でてたんですよ」
あー、そう言えばそんな事、したような気がする。
「それだけじゃありません。新入生歓迎マッチの時も……」
イスガさんによる『実はオチ・ムシャは……』エピソードが、淡々と次々と披露されていく。
世間からは嫌われてるのに、よく見てるなぁ。
嬉しいけどほんとに複雑だ。
彼女が見てるのはオチ・ムシャで、自分じゃあない、って思い知らされてるわけです。
言いたいけど、言えない。なんなのこのジレンマ。やっぱりモルテ様の仕業だ。そうに違いない。
「あのー、それで……お願いがあるのですが」
「な、何かな?」
グロッキーで半分生返事で答える。
もうなんでもこいってんだ。偉大なる先人に曰く、私は誰の挑戦でも受ける、だ。
「良かったら、オチ・ムシャさんのサインを貰ってきてくれませんか?」
ああ、そんなことか。お安いご用……
「って書いたことないんですけどぉ!?」
「!?ど、どうかしましたか?!」
求められないものをどーしろと!?てか、ここまで来ると彼女は『本物』だ。
今まで存在しなかった『本物の』オチ・ムシャフリークだ。
目の前にいる下ッ端のヒール見習いが憧れの最凶最悪のマスクマンとは露にも思ってない……たぶん。
……そうか。なら、やることは、ひとつ。なのかもしれない?
「あ、あ、うん、やんでも…じゃないや、何でもないよ。だ、大丈夫、大丈夫!
サインだよね?」
「え、ええ」
戸惑いがちに返す返事は心配と…ちょっぴりの期待が見え隠れしている。
「い、いいよ。ダメ元?で、頼んでみる……ね?」
「本当ですか!ありがとうございます」
それからお店が終わるまで、何となく駄弁って……といっても、こっちは半分くらいウワノソラだったけど……。
「それでは私はこれで。今日は楽しかったです」
彼女は微笑んでぺこりと一礼すると、雪の中をしずかに去っていく。□□□
「どうしたのかなー?悩める青少年?」
見送る自分に浮田先輩が声をかけてきた。
「な、な、なんでもないですよ?」
「ふーん。おねーさんで良かったらいつでも相談のるよー」
「あ、いや、こればっかりは……」
さすがに丈児たちにも相談できない……
「そっかー。じゃあ頑張ってね!またいつでも来てくれていいからー!」
夜も遅いのにこの人はいつも元気だ。
そのまっすぐさが丈児やドランともどもうらやましい。
自分も店を後にした帰り道。
約束のサインのために色紙を買いに寄ったコンビニ「ファミリー
ゲート」。
このどうしようもない気持ちを晴らすために買ったビールは、いつも以上に、苦かった…………。