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【彼と彼女と涙と笑顔】

三学期も始まって程なくしての出来事だった。
雪降る真夜中、ポートアイランドの埠頭で傷だらけの男女が激しく拳を交えている。
「元原能勢電パーンチ!」
「……ワンパターン」
「ぐぉう!」
男のパンチはいなされ、カウンターをもらって膝をつく。
「勝負あり…。丈児、今日こそ聞かせてもらう。貴方は何者?貴方は…」
「まっだまだぁ!」
「ッ!」
女が間合いに踏み込んだその時、ボロボロの男が牙を剥く。
「川西ぃ…能勢口ぃ!かー!らー!のぉー!折り返してェ!元原阪急宝塚線急行梅田行きィ!」
出鱈目に繰り出されたラッシュのいくつかが女の急所を捉え、アクション映画の決闘シーンよろしく二人は同時に倒れる。
天仰ぐ二人の視界に映るのは雪の舞う星空。
「……どーよ、いい加減諦めやがれっての」
「嫌」
「即答かよ」
「丈児こそ大人しく諦めるべき」
「上から目線がムカつくなぁ……!」
二人とも肩で息をしながら意地を張り合っている。
そもそもの始まりは半年前のゲート祭。
鱗人連合大破壊事件の被害者と思われていた二人が、互いに敵意を露にし常に命を狙うというとんでもない関係に発展した。
そして盆も新学期も学園祭もハロウィーンもクリスマスも年末年始も、顔さえ合わせば喧嘩が勃発していた。
あまりの被害の多さに新聞部の発行する学園誌には今週の喧嘩予報が掲載され、二人の勝敗を賭けにする生徒まで現れ、挙げ句の果てには賭博研究会と放送委員会が結託して裏興行的なものが行われるようにすらなっていた。
だがそんなことなど露知らず。
二人はただ己の求める事のために喧嘩を繰り広げる。
男の名は元原丈児。
異世界に消えた父の消息を知るために。
女の名は柚鬼。
ミズハミシマに害なす呪い刀の捜索と、両親の仇を撃つために。



相変わらずちらつく雪の中、二人は微動だにせず言い争いのようなものを続けていた。
ふと元原の目の端に揺らめく光が写った。
遠く遠く、雪煙る空に真っ直ぐに走る光の柱、ゲートだ。
異世界と地球を繋ぐ希望の門、未知の体現、奇跡の架け橋、人はそう呼ぶ。
だが少年にとっては自分が周囲とは違うことを嫌でも自覚させる……世界と少年を区切る壁のようなものでしかない。
傷だらけの手を翳してみても届く事はなく、火照った肌に当たる雪が溶けていくだけ。
「黙った。負けを認めた?」
「なワケねーだろーが!ったく、感傷に浸ってただけだよ」
「……」
「お、黙ったってことは今度はお前の方が白旗か?ええ?」
「違う。難しい表現なんて、丈児っぽくないから驚いてる」
「ンだごるぁ、しばくぞ」
「負けない」
「動けねぇくせに」
「そっちこそ」
伸ばしていた手を下ろすと元原の手が柚鬼の指先に当たった。
思いの外、距離は近かったらしく、それっきり二人は押し黙る。
「なあ、柚。ゲートの向こうってどんなとこなんだ?」
「……行ったこと、あるって聞いた」
「それな。目的地にゃ行けなかったんだよ。
 ゲートを無理やりくぐって着いてみりゃ大延で、ミズハに近づこうにもまるで示し会わせたように邪魔されて、あっちこっちたらい回しにされてるうちに時間切れ。
 その次はお上直々に近づくなってどやされた」
「……そう」
「一目でいいから見てみたいんだ。オヤジ達が夢を見た国を。そんでもって出来るもんならオヤジの本当の事を知りたい」
「広いよ?ミズハミシマ」
「行ってみりゃなんとかなんだろ」
「適当。だから失敗する」
「悪いかよ。んでどんなところなんだ?お前の知ってる範囲でいいからよ」
「……私が生まれたのは辺境の隠れ里。
山の中で、私達をよく思わない人たちがいるからって滅多に外には出して貰えなかった。
でも何度か、父様や母様の目を盗んで海辺まで遊びに行った。
空も海も蒼くてどこが境界線かわからなかった……」
柚鬼の手が何かを掴むように翳される。
「とても綺麗で……」
僅かに言い淀む柚鬼。
彼女の瞳は何を観ているのだろう。
空も海も波も雲も渾然一体となった美しい故郷か。
そこで共に生きた家族や友達か。
それとも……
「綺麗、ねえ」
「丈児も見たい?」
「んあ、当たり前だろ。なんせ……」
「あの人が夢見た国、だから?」
「おうよ」
応えて丈児も空に手を翳す。
「うん。……でも」
「でも?」
柚鬼の顔に浮かぶ苦渋の色。
あの人。もし私が彼と出会わなければ、という後悔のようなもの。
少女は滓のような気持ちを飲み込み、
「何でもない…今度は私の番」
「?何の番だよ?」
「聞かせて、丈児のお父さんの事」
「はあ!?何でそーな……ッ!?」
突然のことに身体の起こした少年は、全身を走る痛みに身悶えする。
何せいつも以上に大立ち回りをしたのだ。
いくら鍛えられているからといって例外ではない。
崩れかける彼を咄嗟に支えたのは柚鬼の肩だった。
だが彼女もダメージは深く、期せずして二人は寄りそうような形となった。
「私は話した。だから次は丈児が答える番」
「……っ」
僅かな躊躇いののち、少年の口から言葉が漏れる。
「オヤジか。オヤジな……。真面目で……一直線な人だよ。芝居と殺陣が好きで。
面倒見がよくて、すぐに酔っぱらうくせに酒が好きで。
芝居の事になるとだいぶ暑苦しくて厳しかったなぁ。色んなことやらされたもんだ。
たまに大下さんとか白波にーちゃんとか秋山のアニキとかが押し掛けてきて、相手させられんの。
皆でわいわいやってるうちに酒が入って、んでオフクロにどやされて……あの頃から母親代わりだったけどまさか本当にオフクロって呼ぶようになるなんて想像も出来なかった。
ってこりゃ関係ないか。
とにかくまあ、そんな人だ。 
んで、いつも口癖みたいに言ってたよ。一つ事に命を懸けろ、一つ事に死ねる男になれって」
「私も言われた。一つの生は一つ死であり…」
「…一つの死のために一つに生きよってな。なあ、薄々感じちゃいたけどよ」
「?」
「俺たちって同門なんだよな」
「たぶん」
「ってことはだ。家族みたいなもんだよな」
「…よくわからないけど、それもたぶん」
「…そーかー!ははははっ!」
「いきなりすぎる」
突然堰を切ったように笑いだした元原に柚鬼は戸惑う。
「だってよぉ…!笑わずにいられねーんだよ。
くそむかつくゲートの向こうに消えちまったオヤジ!
おれのことを付け狙うおまえ!そいつが同じこと教えられて、ここにいるんだぜ!
人に嫌われた俺に…!オヤジが生きてるかもって…!
……あー!もうなんだよ!なんで、こんなに、目が……!」
「丈児……?」
「もう、何が、なんだかよおぅ……!」
ボロボロと涙が溢れ、少年の顔が崩れていく。
普段のつっぱらかっている彼とは違う、年相応の弱さに少女は衝動的に手を伸ばしていた。
支え会うように座っていたのである。
体勢は崩れ、必然的に彼は彼女に抱き止められる形になる。
「たまには、いい」
置くように発せられたその言葉に  の身体がこわばる。
いつも  が口にしていた言葉だ。
「私も、大好きだった。海を見に行ったのがばれて、父様に怒られたあの日も、あの人はこうしてくれた」
少年の見上げる視線の先、彼女の目には涙が浮かんでいた。
僅かな静寂の後、埠頭にはどちらともない泣き声が響いていたという。



それから月が変わり、あわただしく世間が流れていく。
学生たちは目の前に迫ったイベントにそわそわしだし、季節は春へと向かっていく。
だが。
「こなくそぉー!」
「ほんとに、ワンパターン…」
ヤケクソラッシュの男と、こともなげにそれを捌く女。
最後の一撃を避けられて三階の窓を派手につき破り、場外自爆の決着に野次馬たちは色めき立つ。
「どもー!報道部のミュースでェーす!早速勝者の柚鬼サンにインタビューしたいと思いマース!
さてさてこれで四連勝なワケですが、今の心境を一言お願いしまーす!」
「…特にない」
「いつもの通りのクールなお答えありがとーございましたー!それではスタジオにお返ししマースよー!」
喧騒をよそに柚鬼は割れた窓から飛び降り、教師の車に突っ込んで一命をとりとめた丈児の前に歩を進める。
それに感づいた丈児もむくりと立ち上がる。
「…次は負けねえ」
「次も勝つ」
僅かばかりの睨みあい、そして二人で小さく笑みを溢して、別々の方向へ去っていく。
そんなやりとりを目撃した者は未だ居ない。

  • すれ違いというよりもちぐはぐな二人の通じ合ってる度は小学生レベルじゃないか!? -- (名無しさん) 2016-02-07 15:33:07
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最終更新:2016年02月14日 18:39