これはまだラニがドニーへ出立する以前の出来事。
「はいよ注文の肉だよ、あんがとさん。っと、それよりシィちゃんよラニちゃんにこれからもウチをご贔屓にって頼んどいてくれよ」
「どうしたのさおやっさん」
「いやー聞いたよ?西部開拓地からやってくる商人と話つけてお買い得な食材調達を段取りしたってな。
値段じゃ負けるだろうけど良い肉仕入れるから今後もウチをよろしくお願いしますってな」
店の買出しでの一幕。
少し焦る。
相変わらずラニは皿はよく割るけど店にやってくる客や外で行く先々の人達とよく話す。
驚くのは話せば話す分だけ後から何かしら出来事がフタバ亭にやってくる起こるということ。
このまま自分が働き続けたとして何ができるようになるのか?フタバ亭でどんな役に立てるのか?
ベッドに入ると答えの出てこない想像がぐるぐる頭の中を回ることが多くなった今日この頃。
「えーい!明日も早いしもう寝る!」
ごそ ごそごそ
「ん?上から音がするけど…」
ごそ ごそ ごそ
「…気のせいじゃない …いる!」
二階と屋根裏の間の部屋に住み込みしているシィの上。ということは屋根裏で何かが動く音がする。
夜蜥蜴?隙間鳥?荒野蝙蝠?
新天地でよく見かける夜行性動物を想像したが、それらはどれも体が小さい。
今まさに上から聞こえてくる物音は人くらいの大きさのものなのだ。
ふとシィの頭の中に昼間来ていた客との会話が思い起こされる。
それは鳥人と人間の男性二人の客だった。
インターポールノケイジと言う二人は精霊が関与する事件を担当していて、新天地にはある人物を追ってやってきたという。
その人物とは泥棒なのだが普通の泥棒ではない。巧みに闇精霊を操り気配や音を消して侵入するという。
しかしそんな泥棒が見せる唯一の隙が物を盗む時だという。その時だけは闇精霊を解除するので気配が露見するのだ。
「まさかと思うけど…」
シィは音を出さずにゆっくりとベッドから離れ、練習で素振りする粉引き棒を手に取る。
今フタバ亭の屋根裏の掃除と管理はシィとラニが任されている。だからと言ってラニを起こして一緒に泥棒を退治するのも難しいだろう。
「ラニは腕っ節はからっきしだから…ボクがやるっきゃない!」
ゆっくりゆっくり小箪笥の上に乗り、屋根裏に上がるために取り外し可能にしている屋根板へ手をかける。
屋根裏に近づく間も物音は止まらず、シィは泥棒が物色している様を想像する。
「すぅーはぁーすぅーはぁー… ハァっ!!」
鬼人持ち前の瞬発力で屋根裏に上ると同時に気配へと飛び掛る。それは宛ら肉食獣が草むらより瞬時に間合いを詰めるが如く。
「大人しくしろぃ!」
「ふぇええっ!?」
シィがタックルで押し倒しそのまま馬乗りになって押さえた影。
それはいつも一緒に働くラニであった。
「え?えぇ… 何やってんだよラニ」
涙目で見上げるラニにすっかり脱力したシィ。
ラニの言うところによると、最近市場で手に入れたキノコの苗木を育てているとのこと。
ノームであるラニはキノコが大好きで目がない。しかし新天地では意外と市場に並ぶことが少ないキノコ。
キノコ好きのラニ曰く「新天地は乾燥することが多くて気温も朝晩で結構変わってくるからキノコが育ちにくいの」とのこと。
そんな悩みの日々の中で見つけたキノコの苗木、これはもう買わざるを得ない。育てざるを得ない。
こっそりと屋根裏の隅に温度湿度を保つことのできる闇布の暗室を作ったという。闇精霊により染め上げられたという闇布もラニが市場で見つけ買ったという。
「シィちゃん!キノコはねじっくり丁寧に丹精こめて育てないと美味しいものができないんだよ!キノコに心が通じるというか…」
夜が白みだすまで続いたラニのキノコ談義にシィは「まぁ好きにすればいいんじゃないの」と言うしかなかった。
そして月日は進み、ラニはフタバ亭を出てドニーのデジマにできたフタバ亭二号店へ出向することになる。
「うぅっ」
「泣くなよラニ。別にこれでお別れってわけでもないだろ」
「シィちゃぁぁん!」
「何だよ!鼻水出してしがみつくなよ!」
「キノコの世話お願いぃぃい!もうちょっとで食べ頃まで伸びそうなのぉぉお!」
「そっちかい!」
あの出来事以来まったく気にしていなかった屋根裏の隅の暗室。布を捲るとキノコ栽培道具が揃ってあり、苗木には確かに何本もの小さいキノコが生え伸びていた。
「仕方ない…か。食べれるまで育ったら送ってやるか!」
その夜からシィはラニの代わりに丹精こめてキノコを育て始める。生来の真面目な性格のせいか、それは一日として欠かすことはなかった。
そして月日は少しながれ…
「お?マスターこの新メニューいけてるじゃないか!キノコにはちょいと煩い俺っちも満足だ!」
クルスベルグ出の
ドワーフ、真剣髭の店主が絶賛したのは“黒い茸”の料理である。
「うちの給仕の自家栽培だから数は出せないのが難だが、無類の茸好きの店主に太鼓判を押されたとあれば正式にメニューに加えざるを得ないな」
「やった!」
盆を掲げて飛び上がり喜ぶシィ。
「シィちゃんが一生懸命育てたから美味しいのよ。良かったわね」
女将さんの微笑みに思わずシィの目にも涙が浮かぶ。
「お前は何時だって何事にも真面目で一生懸命だからな。例え時間がかかってもいつかは大成すると思っている。自信を持っていいぞ」
マスターが珍しく手放しで誉めるのに更に涙が溢れた。
「そうだ!この新メニューの名前はシィちゃんに決めてもらいましょうか。貴方、いいでしょ?」
「うむ」
シィは腕を組んで一考するもすぐに目を開く。それはまるで最初から決まっていたように。
「給仕たちのがんばりキノコソテーで!」
「よし、ラニにはこの大きなのを送ろうっと」
キノコの世話を終えたラニがそっと闇布を閉じる。
するとどこから現れたのか、キノコの陰から小さな闇精霊達。
あたたかい あたたかい
闇精霊がキノコを撫でるように菌糸を編み重ねていく。
それはまるで誰かのために贈る編み物を作るように。
【うんちく】
黒い茸。クルスベルグに住む茸作りに長けた種族のコボルトが使う山杉の苗木にのみ育つ茸菌糸。それを闇精霊が編み紡ぎ伸び育てることで出来上がるという。
闇精霊が協力しなければ茸は灰色に育つため、一級品とそれ以外は一目瞭然である。
手の平に収まるほどの大きさの黒い茸は加熱してもしっとりとした舌触りはそのままで、基本清涼感と一緒に広がる甘味が特徴ではあるが調味料次第では辛味にもできるという。
闇精霊に通じるコボルト以外が育てるには、同じく闇精霊の協力を得る者でなければ不可能である。
- 直接会わずとも触れ合っているような精霊との関係いいね。屋根裏がきのこで埋め尽くされないかだけが心配だ -- (名無しさん) 2016-03-15 09:44:14
- 泥棒に協力するのもいればキノコ作りを手伝うのもいるというのがなんとも精霊らしい -- (名無しさん) 2016-03-16 20:59:41
- シィにはシィのいいところがあるってのがよく分かる。このままがんばり続ければきっと大成するはず -- (名無しさん) 2016-03-20 19:14:47
- てっきり件のキノコは地球産の”シィタケ”ってオチかと思ってましたわ… -- (名無しさん) 2016-04-01 15:42:10
- 座布団三枚だし確かにしいたけは美味しいけどさぁ! -- (名無しさん) 2016-04-01 22:57:14
- 茸が絡むとダメ人間度が増してる気がするラニちゃんと無自覚で周囲からの人望が集まってそうなシィちゃん -- (名無しさん) 2016-04-03 13:08:08
- 猫にマタタビみたいなもので種族限定の魅惑アイテムみたいなのがあるのかな。頑張り屋さんと精霊は相性がいい? -- (名無しさん) 2016-04-11 08:38:39
最終更新:2016年03月13日 23:56