学び舎から家に帰り鞄を置けば、もうそこから夕飯までの間子供の時間。
鬱蒼と茂る草木を掻き分けて日々新たな発見に心躍らせる。
しかし、そんな無邪気爛漫な子の精力も雨が降るとまいってしまう。
森で遊んでいる最中のにわか雨。たまらず子供達は近くの岩屋根の下へと駆ける。
「あれ?こんなとこに穴なんてあったっけ?」
「このまえ木の実をとりにきたときはなかったよ」
熊人の男の子が鼻をすんすんと鳴らし大人が入るくらいの穴の奥の空気を嗅ぐ。栗鼠人の女の子は登り慣れたモルの実をつける木を指さす。
「はいってみよう!」
一同がいぶかしむ中から
ノームの女の子が飛び出す。穴の前で仁王立ちで腕を組み真っ暗闇を臨む。
「だめだよお姉ちゃん。かってにくらいところに入っていっちゃだめってお母さんが言ってたよ。
たぶんこのまえのじしんで山がくずれて穴がでてきたんじゃないかなぁ」
人間の女の子が不安そうに訴える。穴からは微かながらに風が吹き上げてくる。
「ふーん。もしそうだったらだれもはいったことのない穴なのかも!だいはっけんかも!」
幼い活力はこうなってしまうともう止められない止まらない。
子供達はおそるおそる歩を進めて暗闇の中へと進んでいく。
「パパ、これってなんてかいてあるの?」
「うん?“感謝”だよ。 ありがとうという意味だよ」
「お父さん、やくそくってどうかけばいいの?」
「約束かい?こうしてこう書くんだよ」
娘が揃ってリビングのテーブルで頭を突き合わせて何やら書いている。
先ほどから見せられては教授を求められるのは整然と歪みなく並ぶ字列の手紙。
地球とは違い紙がそう安価ではない異世界、
クルスベルグだからか小さい紙面に必要最低限度の文字数で表現されているのは
遊んでくれてありがとう
というものであった。
では娘達はどんな手紙、返事を書いているのか?それは記者ならずとも父親であれば気になるところでしょう。
「ヨハン、ダメよ。そういうのは向こうから見せてくれるまで待つのが常識よ」
「う~ん…分かってはいるが、エーリは気にならないのかい?」
「良いじゃないですか?まだ学校で習っていない言葉を進んで覚えようとして、私はそのやる気を見守りたいわ」
大
ゲート解放後から始まった世界間交流によりクルスベルグでもそれまで主流であった製造業とは別の観光業が大きく成長することになったのですが、
そこで活躍するのはこれまで多くが家や小工場に収まっていた女性であり、そのことから近年女性の発言権が大きくなってきているのです。
それはクルスベルグの家庭にまで波及し…隣の
ドワーフ夫妻は日々の食事と家計と近所の人脈を掌握する奥様主権になったりと明らかに今までとは違う色が見え始めています。
「しかし、一体誰宛の手紙なのだろうか…」
「ママ、これおみやげだよ」
「お友だちからもらったの」
数日後、遊びから戻ってきた娘達がスカートにくるんで持ち帰ってきたのは艶やかでしっとりした如何にも美味しそうな茸であった。
「これは…市でも滅多に見かけないハガネタケよ?それが篭いっぱいにって、どんな友達なの?」
希少な茸を目の当たりにしてぷるぷる震えるエーリは、そのノームの小さな体のせいか餌を前にお預けされている小動物のようにも見える。
「うーんとね、コルボちゃんはコボルトなの。みんなできのこをたくさんつくっているっていってたよ」
「みんなとあそんでいたらコルボちゃんのお母さんがおみやげにもってかえってとくれたの」
コボルトとはクルスベルグの山の中、洞窟や廃棄された坑道などで暮らし主に茸などの栽培を生業とする狗人に似た外観の種族です。
話では日の全てを暗闇の中で過ごす彼らは闇精霊や暗部の適性が高く、その能力を満遍なく使っての茸栽培は他の誰も寄せ付けないほどであるのです。
娘達の話を聞くと、それまで外と隔てていた山肌が地震で崩れ、丁度その山の廃鉱で茸栽培を営んでいたコボルトとの接点が生まれたということ。
子供の能力でしょうか、初めて出会う種族であっても同じ子供同士であればすぐに仲良くなり、それから遊ぶようになったというのです。
そしてコボルトの子の親が遊んでくれたお礼にと子らに渡し持ち帰らせたのが件のハガネタケなのです。
ハガネタケとは鉱脈に根を伸ばし鉱成分を吸収し成長する数ある中でも特殊な性質の茸です。
鉱脈の質を落とすとして危険視されている種でもあり、その栽培場所や方法は茸に精通した者にしか許されてはいません。
主に採掘の終わった廃坑にて栽培されていますが、採るのが遅いと硬くなり早ければ柔らか過ぎて旨味が無いと言われる熟練の腕を要するものなのです。
「ちゃんと先方さんに渡してね。お礼の品ですって言うのよ」
出かける娘達に妻が持たせたのはハガネタケのクリームパイ。
せめてものお礼にと家でいただいた余りで作ったものです。
「コボルトが外に出て来れないのは陽射しに慣れていないと聞いたけど…」
知り合いのドワーフに聞いたところ、闇精霊と密接な関係にあるコボルトは体に陽の残照を残すのを避けて屋外にはほとんど出ないとのこと。
なので交渉なども直接会わずに書面で行うことも多くなり、なので彼らは文字を書くのに長けているのだという。
確かに手癖で早く書いてしまう自分よりも綺麗整然とした文字には惚れ惚れしました。
私は国には国の、種族には種族の生き方というのもがありそれは他者が気安く変質させて良いものではないと思っています。
持てる者であれば与えても良いというのは身勝手なことであると。
しかし、純粋な子供達の交流に少しばかり手を差し伸べるくらいは…とも思いましたが、親馬鹿と言われても仕方がありませんね。
「これはお友達に渡しなさい。ドイツ製のUVカットの合羽だから着ればコボルトでも外で遊べるかも知れないよ」
「「うん、わかった!」」
その後、合羽にすっぽりと収まった小さな来客があるのですが…それはまた別の機会にお話しましょう。
ドイツ人記者の家庭をおかりしてクルスベルグのコボルトで一本
- 異世界でも交流の少ない種族とかあるんだなと。良い方に交流が進むといいなぁ -- (名無しさん) 2016-03-31 14:43:22
- ドイツ人記者家族のシェアあざーっす! -- (名無しさん) 2016-03-31 20:46:21
- 子供から変わっていく世界っていいね。異世界のキノコは面白いものが沢山ありそうだ -- (名無しさん) 2016-03-31 20:47:38
- いい感じに子供子供しててよかった姉妹他。コボルトは犬人が変化した種族なんだろうか -- (名無しさん) 2016-04-03 13:10:45
- やさしい雰囲気と異世界でしっかり生活している感じがいい -- (名無しさん) 2016-04-11 08:33:47
最終更新:2016年03月30日 23:28