「リチャード、お湯の中の袋が熱くなったけどもこれで完成なの?」
「あぁいいねハニー。それをゆっくり封切りしてこの揚げたラムールライスの上にかけて欲しい。 ほら見てごらん、私の情熱がハニーを包み込むが如く皿の上に広がっていくね」
ここで皿を審査員の前に持って行けば地球産レトルトカレーと異世界米飯とのコラボで済んだのである。
悪魔的不味い劇場はここから始まるのである。
「さぁ私のとっておきの登場だ。現場ではいつもコレが胃袋を満たしてくれてたのさ」
アツアツのカレーの上に温めた豆缶を汁気も切らずに豪快にぶっかける。カレーの色がどんどん薄くなる大洪水だ。 そもそもその豆には味が付いているのか。
「私もダークエルフの戦士に伝わる秘伝を持ってきたわ。身に蓄えた栄養を高濃度の結晶にすることで長い年月を地中で生きるという黒球虫の乾物よ」
遠目で見れば何やら黒い小さな玉を振りかけているだけなのだが、目の良い鳩、もといワイヴァーンが反応する。
「節足昆虫を丸まったまま乾燥させたものなのだわ。確かに栄養価だけは高そうなのだわ」
眼帯隻眼のダークエルフは喜々として黒ゴマをばらまくかの様に小袋にあった黒球虫の乾物全てを振りかけたのだった。 極めて鳥類向けのトッピングである。
「ハニー知っているかい?地球ではわざと肥えさせた鳥の肝が高級食材として扱われるんだよ。 この都の市場で似たようなものを見つけてね」
それは一見すると鳥に見えるがその翼は鰭である海鴎の生肝である。海底や磯の所構わず海藻を啄むことで肝に緑の栄養素的なものを潤沢に蓄えている珍味なのだ、が。
「ではこれをスライスして和えてみよう。う~ん、いいじゃないか」
普通は香草で包んで炙るなどして臭みを取るのだが、今回は生で。 肝にサバイバルナイフが突き刺さる度に磯の香が砂漠の都市のコロシアムに漂う摩訶不思議。
「飲み物は…リチャードが用意したガラナ青菜ドリンクだけだと審査員への印象が薄そうね。他の組のカレーも色々騒がれているようだし、私達はカレーと飲み物の合わせ技で勝負ね」
おもむろに樹箱より取り出した壺。中身は形容し難い色と臭いで何やらドロリとしている。 まさかこれをドリンクに混ぜるというのか混ぜたぞ混ぜてしまった。
「
エリスタリアの冬季領に生息する力強い獣の心臓を集め豪葉樹の樹液で漬け込んだ秘伝の活力液よ」
「どれどれ…」
簡素な砂漠仕様の軍服にエプロン、褐色の肌が透ける踊り子装束にエプロン。その二人がそれぞれ小指にカレーとドリンクを少しすくい味見をする。 この時点で数名の審査員が目を背けたのをスーパーアドバイザーラニは見逃さなかった。
「上手くいったじゃないか」「上手い仕上がりね」
審査員の前に並べられた小皿と小瓶。一口二口で終わるその量でさえデンジャラスゾーンを越えていると思わせるスメルと存在感。 最早カレーの原型など何処にも見当たらない。
「この様なカレーは流石に初めて見るわ…」
カレーが名物であり古今東西のカレーを知るハーピー宿の女将の美貌が難しそうに歪む。
「これは食べて大丈夫なのだろうか?」「まさかこのような試練に遭遇するとは…」「これは我々を狙った謀略なのではなかろうか?」「うぅ、しかし審査員である以上は…」
中々に手が伸びない中で先ほどの鳩ヴァーンの一言に皆がはっとする。
「これは料理ではなく薬なのだわ」
不味い料理を食べてきた人生により舌が崩壊しているとかそういう話ではなのだ。彼らにとって食事とは料理とは常人とは全く別次元なのだ。
体を維持するため運動を行うためのエネルギー補給。戦い抜くため過酷な環境を生き抜くための活力の素。
「成る程!あの二人の「上手くいった」というのは凄い栄養の詰まったモノができたということなんですね!」
晴れやかな表情で語った
ノーム給仕ラニであるが、その手元ではこっそり小皿と小瓶が鳩の前に移動させられていた。
「これもまた試練か。ならば乗り越えるのみ!良薬は昔より口に苦しである!」
主催のカルアイノ氏はすっくと立ち上がり一飲みにてカレーもドリンクも胃袋へと制したのである。 そして微動だにできない他審査員のものも全て平らげたのであった。
「薬としては申し分なし、むしろ過分である! しかしカレーとしては問題外で審査外である!残念!」
凛として髭をさするカルアイノ氏の判定に、まぁ仕方ないかという笑い顔で敬礼する二人。
事実上の敗退宣告であるが、二人は仲良く腕を組んで密着しながら観客席の方へ退場していった。
「そんなにダメだったと思うかい?」
「カレーがもっと辛ければ良かったのかしら?」
最早リチャードとベルマの味音痴舌は改善できぬくらい不味い飯に慣れきってしまったのだろうか。オソロシイ!