【あるのどかなむらにたびびとが】

「うげぇ………」


駕籠を降りるなり嘔吐。
その様子をみた一人の鳥人の雲助が何事かを言う。すると、たちまち残り二人の雲助の間に笑いが巻き起こった。
鳥人たちは次々に囀り、笑いの渦があたりを暖めた。
俺を取り残して。
なにやらウィットに富んだジョークを披露しているようだが、俺にはそれを理解する余裕はない。ないのだ。
笑う雲助たちに代金を押しつけ、とっとと帰れと睨む。
雲助三人は肩をすくめた後、バッサバッサと飛び去っていった。

ああ、楽しそうなので飛駕籠を選んでみたが、失敗だった。
つらい、マジつらい。
揺れまくり悲鳴あげまくりで、景色を楽しむ余裕なんてなかった。
帰るときは別の手段にしよう。ん?というか帰る手段考えてなかったぞ。
まあいいか。何かあるだろう、そんなことよりも気分が悪い。
だめだ。また吐く。
うげー。



ふぅ、吐くだけ吐いたらすっきりした。
ともあれ、スラヴィアに到着だ。いやー、アンデッドって前から見たかったんだよ。
それにしても、意外とのどかなところだな。
日は柔らかく、奇妙な虫の囀りが麗らかに響く。
畑に風が吹き、麦穂に波をつくる。
畑に、一つ風に流されぬものを見た。
おお、第一村人発見だ。とりあえず挨拶してみようか!

「こーんにちわーー!!」

愛想全開、気合い十分、生涯最高かと錯覚するほどの挨拶は、
ああ、残念ながら返答はなかった。
麦わら帽子をかぶった狗人は呆然としたていで、ただただ立ちつくしていた。

「あ、あのー……?」

その問いかけをスイッチとしたか、急に狗人は動き出した。
息を吸い、胸を膨らませ、そして一気に。
アオーンと遠吠えだ。


「皆の衆ーーーーー!!!!!!客人だぞーーーーーー!!!!」

おおう、耳鳴りがひどい。
耳を押さえてうずくまっているその内に、村人が次々に集まってきた。
空を駆け、地を駆け、はたまた彼らに連れられて。

ワイワイガヤガヤザワザワマツリダマツリダワイガヤガヤザワザワザワワイワイガヤガヤザワザワマツリダイガヤガヤザワザワマツリダイガヤガヤザワザワマツリダ
「客人だって!?」、一番に駆けつけた虎人が叫び
「マジか」「マジよ」「マジね」、三羽の姉妹鳥がさえずれば
「領主様にご報告しなきゃ」、狸人のおばさんがつぶやき
「へーあれが」、川から魚人が頭をのぞかせ
「この領だと初めてなんじゃなかろうか!」、猫人の若者が興奮したていで
「異界からの!?うそでしょ!?」、猫人の女が疑問を発すれば
「見りゃわかる。ありゃ初めて見る種族だ」、ドワーフが訳知り顔で答え
「貴人扱いでもてなせっておふれがあったよな!」「おう、気合い入れるぞ」、鱗人の二人が気炎を上げ
「血抜き用意してくる」「まるごとかな」「誰が食事になる?」、蜘蛛人たちが額をよせると
「ふぅむ、リーネを出そうかのう」、トロルの古老が案を口にすれば
「じいさん、リーネは前の祭りで奉っただろ?御好評だったじゃないか」、草人が訂正し
「そういえばそうだったかのう…」、古老はぼんやりとしていて
「この前の大祭で食用のが払底しちまってる」、狗人がため息吐けば
「アルエラは年始のためにとっとかなきゃいけないからなあ……」、鬼人が眉根を寄せ
「あれ?やばいぞ。貴人に出せるほどの者がないんじゃないか」、ケンタウロスが首を捻り
「シイラは?」「向こうの村に嫁にいっただろ」、虎人の案はすでに時遅く
「あ、私が行きます」「アルエラ、お前は年始のを目指してるんだろ」、鬼の少女は肘を入れられ
「あたし!あたし!」「幼すぎない?」「やわらかいのもアリだよ」、鳥人の童女が名乗りを上げると
「俺はだめかな?」「ああ、やっぱ異性じゃなきゃダメだろ」、騎人の男が出馬して
「え?客人って男なの」「ありゃ男だろ」、鱗人の疑問にドワーフが答え
「待て。あえて奇をてらってみるのもいい」、猫人が言葉を放ち
「ふむ、ミリーとグィッグが候補か?」、トロルが確認するように周りを見渡し
「ああ、どっちにしようか」「客人に好みを聞こう」、狗人が声を上げ
「じゃあ、聞いてくる」「頼んだ」、狗人が人混みから飛び出した。
ワイワイガヤガヤザワザワマツリダマツリダワイガヤガヤザワザワザワワイワイガヤガヤザワザワマツリダイガヤガヤザワザワマツリダイガヤガヤザワザワマツリダ


「客人、鳥人の幼女と騎人の青年が用意できる。どちらの肉がよろしいか」

「いえ、結構です」

「まあまあ、遠慮なさらずに」

「結構です」

「慎み深いお方ですな」

「結構です」


「皆の衆ーーーーー!!!!!!」

三度断ると狗人は愕然とし、勢いよく踵を返し、吠え、向こうへと走る。
俺は耳を押さえうずくまった。

ワイワイガヤガヤザワザワマツリダマツリダワイガヤガヤザワザワザワワイワイガヤガヤザワザワマツリダイガヤガヤザワザワマツリダイガヤガヤザワザワマツリダ
「客人はご不満のようだぞ!」、猫人が戻るなり叫び
「マジか」「マジよ」「マジね」、三羽の姉妹鳥がさえずれば
「えー、あたしじゃダメー?」「まあまあ、大きくなってからよ。ね?」、石蹴る鳥人の少女をたしなめ
「やっぱ俺はダメか」「ほーら、男だって言っただろ」、騎人の青年が肩を落とし
「ふむ、ここで諦めてはこの村の名折れだ!」、虎人が手を広げ
「セットで出してみようか」、蛸人が触手をうねらせて
「私、私が行きます!行きたいです!」、鬼人の少女が決意を瞳に宿らせて
「アルエラ、領主様に頂いてもらうのが夢だったんだろ?」、鱗人が問い
「いいのか? この十年、体を整えてきたのは盛大なパレードに……」、狗人もまた問いを発し
「かまいません」、きっぱりと鬼の少女が言い
「死に誇りと愛と喜びを、それが私の願い。そう、それだけなんです!」、そして叫んだ
「よく言った!」「感動した!」「お前がナンバーワンだ!」、一拍の静寂の後拍手が巻き起こり
「ああ、長生きはするもんじゃのう……」、トロルの古老が静かに呟き、瞳には往年の輝きがあった。
ワイワイガヤガヤザワザワマツリダマツリダワイガヤガヤザワザワザワワイワイガヤガヤザワザワマツリダイガヤガヤザワザワマツリダイガヤガヤザワザワマツリダ


「客人!この村で、いや、この国で一番の乙女だ! はっはっはっ、客人も満足してくれよう!」
「ふつつかものですが、これからよろしくお願いします」

「いえ、結構です」

「ふふ、ご遠慮なさらずに」

「結構です」

「慎み深いお方ですね」

「結構です」

「え、え、え? な、なんで? 私、きっと、お、おいしいの、に」

愕然とし崩れ落ちる鬼の少女、目は潤み今にも決壊しそうだ。
そして、狗人はまた吠える。

「皆の衆ーーーーー!!!!!!」

ワイワイガヤガヤザワザワザワワイワイガヤガヤ「待ったーーー!!」、俺が叫ぶ。

「待った待った、待ってくれ、聞いてくれ。
 気に入らないとかそういうのじゃない。好き嫌いの問題じゃないんだ。
 俺は、人の肉なんて食べれない。アンデッドじゃあないんだから」

「「「なんと!」」」
村人たちが驚き叫ぶ。

「驚くことなんだろうか?」
ため息混じりの呟きは誰にも届かず宙に消えた。

「しかし、客人。貴人の如く扱えとのお達しでな」

「貴人扱い=アンデッド扱いとは限らないと思うんだけど」

「「「なんと!」」」
村人たちが驚き叫ぶ。

「驚くことなんだろうか?」
ため息混じりの呟きは誰にも届かず宙に消えた。


そして狗人がまた吠えようとする。
俺は、あらかじめ耳を押さえておく。

「皆の衆ーーーーー!!!!!!」

ワイワイガヤガヤザワザワマツリダマツリダワイガヤガヤザワザワザワワイワイガヤガヤザワザワマツリダイガヤガヤザワザワマツリダイガヤガヤザワザワマツリダ
「皆の衆、聞いての通りだ」、狗人が話を始めて
「ふーむ、どうしたものかのう……」、トロルの古老がぼんやりと喋り
「うううう、私が否定されてるわけじゃないんですよね」、鬼の少女の瞳は潤んだままで
「そうそう、泣くのはおやめ」、ふくよかな狸人がなぐさめ
「どうやってもてなしたもんかな」、中年の鳥人が首を捻り
「わからん」、騎人は考えるのを止めて
「はてな」「はてな」「はてはてはてな」、三羽の姉妹鳥も疑問にまみれ
「難しく考えるんじゃない」、草人が悟ったように
「ん?」「なんだ?」「ふーむ」「どういうことだ」、村人は答えを待ち
「生者が喜ぶこと、つまり僕たちが喜ぶことをすればいいだけさ!」、草人が答え
「おお」「なるほど」「道理だ」「簡単じゃないか」、村人は納得を得て
「それで具体的に何をされたら嬉しいだろうか?」、鱗人が問いをだし
「塩水に浸かることかな」「そりゃお前だけだ」、魚人の案は却下され
「領主様に捧げましょうか?」、鬼の少女が一つ提案し
「いいね」「それだっ!」「うむ」「決まりですね」、同意を得るも
「いきなりでは領主様に失礼なのでは」、狐人が咎め
「確かに」「調えもないな」「まだ昼だもんな」、退けられ
「トマト祭!」、そこに鳥人の少女が声を上げ
「おお」「いいね」「これだな!」「よし」、流れはそちらになり
「備蓄は」「問題ない」「すこし寂しくないか」「隣村にも」、煮詰められ
「じゃあ行ってくる」「衣装だ衣装だ」「アレとってきてー」、駆けだした。
ワイワイガヤガヤザワザワマツリダマツリダワイガヤガヤザワザワザワワイワイガヤガヤザワザワマツリダイガヤガヤザワザワマツリダイガヤガヤザワザワマツリダ


「皆の衆ーーーーー!!!!!!客人を運べーーーー!!!」

「「「おうさ、わっしょい。それ、わっしょい!わっしょい!わっしょい!」」」

狗人が吠え、「へ?」と疑問の声を出すまえに、
担がれ、胴上げ、御輿のように、わっしょいわっしょい運ばれて、


「皆の衆ーーーーー!!!!!!客人を着替えさせろーーーー!!!」

「「「おうさ、脱がせ!脱げ脱げ!着せるぞ!仮装だ!!」」」

狗人が吠え、「うわ!?」と悲鳴を出すまえに、
脱がされ、着せ替え、仮面も着けて、あっというまに仮装させられ、


「皆の衆ーーーーー!!!!!!トマトは持ったかーーーー!!!」

「「「おおぉぉおおおおぉぉぉぉぉぉおおぉぉぉぉぉぉ!!!!!!!!」」」

狗人が吠え、「なんだ?」と疑問の声を出すまえに、
祭は開かれ、あぁ、いつの間にかに、俺も全力で楽しんでいて、



泥のように眠り、気付けば朝だった。



「アンデッドを、見に来たんだったんだけどなー…」

つむじから爪先まで真っ赤。まるで血の海。
手にはトマトが握られていた。
持ち上げ、朝日に透かす。
日本のトマトより、ずっと丸く、ずっと赤い。
かじると、塩辛い味がした。

「美味い」


  • のどかでゆかいなむらびとたちでした。スラヴィアの領民達がどんな生き甲斐を持って生きているのかがこれでもかというくらいに分かりました。トマトが美味しかったのは何よりもの救いではなかったのかなと -- (名無しさん) 2013-05-31 17:31:36
  • 人間視点のゾンビな国とはちょっと違って普通の領民がいたりと面くらうだろうなだろうな。トマトは血にも心臓にも見えるなー -- (としあき) 2013-10-31 21:24:09
  • 種族すごい勢いすごい。血肉はちょっとという旅行者向けにトマトはありだと思った -- (名無しさん) 2014-04-23 04:58:29
  • どこの領地も特色強いもんで自分に合った領地に到着できるかがスラヴィア観光の最初にして最大の関門 -- (名無しさん) 2014-06-16 08:24:37
  • 祭りの最中も終わった後もみんなでおいしくいただきましたトマト -- (名無しさん) 2014-09-09 03:54:07
  • スラヴィアに住んでいると生きている人もどんどん思考が染まっていくのかな?トマトを投げてくる群衆の中にモルテも混ざっていそう -- (名無しさん) 2014-09-30 00:10:10
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最終更新:2013年05月31日 17:28