異世界での医者仕事に付き従って早一年。
ミズハミシマを南から北への横断中に立ち寄った港町シオナンベ。乗用獣厩舎の依頼で羽毛竜の足を診る。
「骨折は変にくっついて治ると癖になってしまいますからね。 軟膏布を取り替える際もしっかり付け直して下さいね」
「助かったのだわ。厩舎にはまともな治療ができる者がいなくてどうなるかと思ったのだわ」
「お前が無茶して近道走らなきゃこんな目にゃ遭ってねぇよ! あっ、先生ありがとうございます。払いは受付でお渡ししますので、助かりました」
やんややんやと言い合う脚鳥と鱗人の隣で医具を鞄に仕舞う鉄砂殿…力仕事も多い獣医者の毎日で傷の絶えない手、指…白磁では出せない力強き美しさ…。
「ワンコローさっさと片づけるんだゾー」
「わ、分かっておるわクラゲ!」
「まだ昼だけどどうしよっかな、次の町まで行くか泊まる段であちこち回るか」
「オイラはどっちでもイイゾー」
「拙者も鉄砂殿の意思に従うでござる。 …うん?変わった匂いが漂ってくるぞ?」
今までに嗅いだことのない甘ったるいそれでいて香ばしいなんとも涎の出てくる匂い。
「あちらの宿で何か作っているのでござろうか?」
「面白そうじゃない?行ってみよっ」
一階が土産物と飯屋で二階三階が素泊まりになっているそこそこ大きな宿。その一階の厨房の奥から漂ってくるこの匂いは一体。
「ねぇあんた、それってずっとかき混ぜとかないといけないのかい?えらく手間のかかる料理なんだねぇ」
「その通りです。こうやって混ぜないと鍋の底に焦げ付いてしまうのです」
「へぇー!異世界でチョコ作りなんて初めて見たわ」
「あら、お客さんかねいらっしゃい」
カウンターの向こう側、厨房から声を掛けてきたのは頭の上に皿を載せたミズハミシマでも稀有な種族『河童』の女将。
その隣で鍋を直視しお玉で何やら混ぜているのは鱗…いや竜人の女性である。
「ミズハミシマでチョコ料理なんて今までどんな店にもなかったけど、これも交流の賜物かしら」
「あぁいやねお客さんこれは店で出す料理じゃないんだよ。この人が料理を作りたいから厨房を貸してくれって言うもんだかね。
そしたら見たこともない素材を使ってねぇ、わたしゃこんな甘ったるい匂いなんて初めてだよ」
チョコ。そう言えば以前に蟲人の旅人から聞いたことがある。
ゲートの向こうの世界、地球にあるという至福の甘菓子だと言っていた。
「しかし何でわざわざミズハミシマでチョコを?見れば地球の服も混ざって着ているし、あっちで調理した方がすぐだし楽でしょう?
竈の火鼬も弱火の継続にちょっと戸惑ってるみたい」
「それはそのちょっと訳があって、その…あちらで作っていると知り合いが茶化しにきて色々とややこしいのでその…」
「チョコを茶化しに? …あ、あぁ!そう言えばもう二月に入っているんだっけ!成程!」
うんん?どうやら鉄砂殿は何か察した様だが拙者には何が何やらさっぱり。しかし本当に甘い香りでござる。
「それにしても秘密のチョコ作りで異世界、遠くて近くなったものね~。 よっし、何か手伝えることあったら言って?応援しちゃう!」
「本当ですか?料理は得意でないので正直ここからどうしようか悩んでいたのです。 あっ、私はトガリといいます」
「トガリさんね。私は緋路理、よろしくね。 へ~色んな材料を用意しているんだ」
竈の隣の俎板上に並ぶいくつもの食材。どれもミズハミシマで美味いと言われるものばかり。このトガリという女子、余程奮発して集めたと見える。
「どうすんだワンコロ。オイラたちも手伝うカ?」
「うぅむ、出来れば手伝いたいのだが最早あの場は彼女達の領域。 拙者らが入るは無粋と言うものでござる」
「ねぇトガリさん、ちょっとベースになるチョコに海塩を入れてみない?甘さってしょっぱさが少し入ると際立つのよね」
「西瓜に塩をひと振りするあれだな。よし、混ぜてみます」
「ミネラルや滋養成分も入って健康的なチョコになるわね! 後はトッピングよね」
「実家から取り寄せた馳走と市で買った珍味美味なのだが、ちょっと量が多くなってしまいました」
主に海産物から作られた料理食材がずらりと並ぶのを見て思案する。磯の香りが何とも食欲をそそる。
「このヒモイカの干物を少しお湯で戻して刻んだらいい歯応えになるんじゃない?アミノ酸と食感がプラスされるわよ」
「食感、それは考えたこともなかった。よし、やってみます」
「この磯麦粒って面白いわね~プチプチした歯応えで見た目も黄金色で綺麗で。上に散りばめて色どりにできるんじゃない?」
「チョコの茶色に透き通る金色は確かに映えます。ではこれは仕上げに振りかけましょう」
「シオナガシって一年に十匹も獲れないって言われてるアレ?!そんなのまであるんだ!炙り焼きにして入れちゃおう入れちゃおう。火を通すと皮ぎしの脂の旨味が増すのよ~」
「(もぐもぐ)確かにさっと炙ると柔らかさが残って食べやすいですね」
「よし、このメインディッシュをチョコで覆っちゃいましょう!」
「拙者は以前に大延国の食祭に寄ったことがあるのだが、その時とても頬が落ちそうになる屋台に巡り合ったのだ。
その時店主に「この美味さ、余程良い食材を沢山使っているのでござろうか」と尋ねたところ、
「料理は足し算でやるもんじゃないんですよお客さん。調和と発想と大逆転でさぁ」と言われたのだが…今目の前ではとんでもない足し算が行われているのでござるよ」
「オイラはいつも生で食うから料理とかワッカンナイナー」
甘い香りのせいか海臭さは薄いが…あの皿の上から発せられる只ならぬ『気』は一体なんなのだ。
「よっし完成!」
「やった!」
「いや~チョコも何とか足りて良かったわね!…じゃあしっかり渡してね!応援してるわ」
「本当に助かりました。出来上がったものの半分ですがどうか受け取って下さい」
「え?いいの?ありがとう、いただくわ」
「後、余った食材はどうか店で使って下さい。厨房ありがとうございました」
「じゃあ従業員のまかないにでも使おうかしらねぇ」
賑やかで甘い一幕は終わった。竜人はゲートに向かうと出ていき、拙者達は今晩はこの宿に泊まることにした。
「ザク君ツダ君、日ごろの感謝を込めてチョコをあげましょう! 地球ではもうじきバレンタインってイベントがあるのよ。色んな気持ちを込めてチョコを渡すのよ~」
「何と!拙者に!」
「嬉しいゾー」
「どうぞどうぞ。きっと美味しいはずだから食べて食べて!」
「…後で食すというのは…」
「オイラは今食うゾ」
「何を!ならば拙者も負けてはいられんッ!」
その夜、宿では狗侍のザクロが口内からのショックで嗅覚が崩壊し悶絶し転がり回り、
海月人のツダは体内の毒素に異変をきたし全身が麻痺し痙攣したまま倒れることとなった。
日本で件のチョコを受け取ったであろう相手は一体どのようなことになっているのだろうか… それはまた別のお話。
遅れましたがバレンタインで一席
- いいよねメシマズ女子・・・(白目 -- (名無しさん) 2017-02-19 22:28:29
- 味見をしていれば被害者はいなかったんだよゥ -- (名無しさん) 2017-02-19 23:13:58
- 海の幸に慣れ親しんだ種族の味覚は要注意ということか。でも塩チョコとかあるしいいんじゃないの? -- (名無しさん) 2017-02-20 17:51:27
最終更新:2017年02月19日 22:19