【あの子が死んじゃった 2】

2020/10/27 :加筆
後日続き投稿予定




館にはたくさんのお部屋があった。
全然使ったことのないお客様のためのお部屋。
使用人たちのお部屋。
本がたくさんあるお部屋。
そして服がたくさんあるお部屋。
私が良く行くのは本のあるお部屋と服のおいてあるお部屋。
その日は服の置いてあるお部屋に行った。
スラヴィアンはあんまり着替える必要ない気もするけど
それでもなんとなく着替えたりもする。
でもこの部屋の服もいろいろと着ているからまだ着たことのないものを探そうと思って、
それを見つけた。
白い生地に紺の大きな襟に白いライン、紺色のスカート
他にたくさんのドレスがあったけれどその服を見た私は目が離せなくなってしまった。
引き寄せられるようにその服を手に取って、その場で服を着替えた。
ポケットの中に何か入っていることに気付いて探ってみれば小さなカギとくしゃくしゃになった一枚の紙が入っていた。

そして私は館を出た。
ただ、帰らなきゃと、その気持ちだけ胸に抱いて







好きな人がいた。
でも彼にも好きな相手ってのはいて
それは私ではなく、私の親しい友人だった。
いや、こういう言い方はちょっと卑怯かな。
私は彼とその子が幼馴染だって知ってその子と仲良くなろうとしたところがあったから。
だから、あの事件は確かに悲しかったけれど
少しだけ、ほっとしていて
それに気づいたとき、血の気が引いた。
あの子と仲良くなって、彼を紹介してもらって、思ってしまっていた事に気づいたから。
「あぁこの子がいなかったら」と
決して強く願っていたわけではないけれど、しかしそう考えたことがなかったとはとても言えない。
だって彼女がいなくなって気付いてしまったのだ。
この状況はまさにその願いが叶ったといえるということに。
あの子がいなくなり私と彼の二人が残るという、私の醜い願望が。
そんな自分が好きになれなくて気付いていないふりをしていたけれど
でも傷心した彼を慰めて、私が彼「特別」になれるかも、という下心は消えなくて。
でもすぐにわかった。
彼にとっての彼女には、どうあってもなることなんてできないって。
だって彼はずっと彼女を探し続けて、囚われ続けて、
十年経っても何も変わってないんだから。

でもいつかはきっとなんて
そんなことを思いながら、諦められない私は彼と同じか、それ以上に「ダメなヤツ」なのだろう。私の気持ちを知る友人たちはみんな呆れている。
それでも諦めることなんてできない
だって、彼は私の・・・・・・

ピンポンと耳に響く音に目を覚ます。
少しウトウトとしていたようで、気が付けば夕方になっていた。
この安アパートの一室にわざわざ来るような相手なんてめったにいないっていうのに一体なんなのだろう。
ソファから身を起こして枕にしていた大きいクッションを放り投げる。
「はいはーい」と多分聞こえないだろう大きさで返事をしつつそこらへんに投げていたジャージの上着を羽織って玄関まで向かう。
ネットで何か買った覚えもないし、多分また新聞だのなんだのではないかと思いつつ、ドアを開けた。
ドアを開けて、部屋の前に立っている人を見て時間が止まった。
そこにいたのは十年前から慕い続けている彼で、
今まで彼からこの部屋に来るなんて数えるほどしかなかった言うのに。
こんな寝起きで、しかもジャージで、なんて考える余裕すらなくて、自分でもどうやって出したのかわからない声が出た。
「ええと、急に来たりしてゴメン、ちょっと力を借りたい事があって」
そういって、やや幼くも見える優し気な顔を困ったように歪める彼。
それはあの事件の後、彼が良く見せる表情。
私はあんまり、その顔が好きじゃない。
混乱していた頭が落ち着く程度に。
「ど、どうしたの?めずらしいね」
落ち着いたと思ったけどどもった・・・
「ちょっと、彼女のことで」
十年前から私たちの間で「彼女」と言えば「あの子」のことで
だから私はてっきりあの子の手がかりが何か見つかったのかと思った。
それは正しくて、同時に間違ってもいた。
彼の影から現れた小さな影はとても見覚えのあるもので
母校の昔の制服に、高めの身長。
肩のあたりまで伸ばした黒髪。
運動部だった私にはちょっとうらやましかった白い肌。
あのころから全く変わっていない彼の思い人がそこにはいて、

これはもういよいよ彼を殺して私も死ぬしかないなという結論に達した。




異世界の大陸スラヴィアとそこに住むアンデッド達。
正直言って私にはその知識はなく、現実感もまたなかった。
ただ分かったことはあの子はあの日何かの偶然で異世界へと迷い込み死んだということと、
そこで黄泉がえり、ここへと帰ってきて、
彼と出会って私の部屋で今シャワーを浴びているということだ。


彼女を連れてきた彼に聞いた話はあまり多くない。
アンデッドのこと、彼女の記憶はあまり残っていないこと、
しかしわずかに残る何かの心残りから帰ってきたこと、
彼の家に彼女を連れ込むわけにもいかないので彼女を泊めてあげてほしいこと
とりあえず彼はあの子の家族がどこへ引っ越したかを調べること

私としては彼女とあの子の家族を引き合わせるのはあまり賛成できない。
あれから年月が経っているとはいえあの家族と彼の溝は深いし、
当時の記憶がないという彼女はあの家族にとっては劇薬だろう。
どうなるのかは正直予想がつかない。
できるなら彼女の心残りが家族がらみの物でないことを祈りたい。

「なぜこちらの世界に来ないといけないと思ったのかは、まだわからない?」
狭い脱衣場からシャワールームにいる彼女に声をかける。
私の知る`あの子`であれば彼と会ったのなら何かしら思い出すかもしれないと思ったから。
雨に濡れた彼女の服を洗濯するために脱衣場のかごから取り出す。
その服はあの事件があった当時の母校の制服で私にとってもなつかしさを感じるものだ
「・・・まだ、わからないです。
 ただ、どうしてもやらなければならないことがあった・・・そんな気がするんです」
シャワーの音にかき消されそうなか細い声がわずかに聞こえた。
それは`あの子`の印象とはかけ離れていて、この子と`あの子`は別の人物であることを感じるように思えた。
その声を聞きながら持ち上げたスカートから何か音が聞こえた気がして、
ポケットを探るとそこには一枚の紙があった。
それはまるで絶対に手放さないとでもいうように強く握りしめられたようにくしゃくしゃになっていて、
そこから垣間見える`あの子`の想いが感じられて、

私は彼女の心残りが分かった気がした。


  • ドラマとかも異種族やスラヴィアンがいるって世界になるとこんな展開も普通にでてくるんだろうなと思っちゃうほど月9オーラ -- (名無しさん) 2017-07-22 07:11:56
  • 未だ不確定要素の大きいスラヴィアンなもんでこの先何がどう転ぶか読めない時点で作品がどう色づいていくかハラハラ度大きい。個人的にホラー味が忍び寄ってる -- (名無しさん) 2020-10-28 21:02:10
  • ひたひたと一抹の怖さがある… -- (名無しさん) 2020-10-29 12:00:34
  • 正統派ハロウィン向け作品かな -- (名無しさん) 2020-10-29 12:13:53
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最終更新:2020年10月27日 00:47