『私はどうやら“チョコレート”という存在のようだ』
スラヴィアの片隅、ローチャイルド領にあるお菓子工房。
『誰かの手により形成されたにも関わらず、誰かは私の在ることを認識していないようだ。
ならば私はここにはいない誰かの神力を分け得て生まれたスラヴィアンなのであろう。何の力も持たぬチョコレートなのだと』
流体し分かれ融合する全てが己である。無数の視点、無数の思考、一つの意思。
生まれた瞬間には、己の存在について悟りの境地に至る。
「ちょっとセイジョー!これも食べてみなさいよ!」
「おいおい、一体何個食べさせる気なんだ」
「こっこここ今月の目玉商品だから完成度が重要なのよ!イベント補正とかに甘んじることなく上質の商品を世に送り出すのがローチャイルド流なのよ!」
異世界でも珍しいお菓子輸出で財を成すローチャイルド領では、地球のバレンタインに合わせてチョコレートの数々を送り出そうというのである。
地球にあるようなものとはちょっと違い、材料に異世界の素材も使いただ甘いだけではない様々なチョコレート製品を領内総出で生産中なのである。
「疑問に思うんだが」
「何よ?」
「今食わされてるものは試食品なんだよな?」
「そっそそっそそうよ」
「わざわざハート形にする意味があるのか?手間だろ?」
「てってててて手間なんかないわよっ!」
「お二人とも、去年もやっていましたよね?そのやりとり」
ツインテールの少女がエプロンをわちゃわちゃし、青年が横でチョコの皿を持ちうんざりしているのを眺めているのはひらひらしている人型の紙。
恐らくはこの先の長い時の中で何度もこのやり取りを繰り返すのであろうと、私は感じた。
ひょっとするとチョコレートという媒体に神力が宿ったのは、この少女のチョコ作りにかける情熱に誘われてなのかも知れない。
ここはスラヴィアのどこかの港。正に今から世界各地にローチャイルド印のチョコ製品が渡ろうとしていた。
「ではアドミラ提督、領海内の輸送船警護をよろしくお願いします。これは今回の代金と貴女の好みに合うものを選んだおまけで御座います」
物腰丁寧な生者の使いが貨幣の入った袋と一緒に甘い香り漂わす包みを献上する。
大きな酒の満たされた壷からぬるりと二本の触手が伸びて包みを掴み上げる。
「何やいい匂いがするばい。甘い中にふんわり漂う酒の香りばい」
『私はバーボンチョコ。チョコの中で新たな風味を備える果実酒はきっと甘い二人の夜に華を添える事になるだろう』
「んあ~これは面白い味ばい~、よかよか。とりあえず領海出るまでは魚骨艦と骸骨僚船をつけるっちゃーよ。気張って売ってきんさい」
どうやら酒壷の主であるスキュラスラヴィアンは酒を包み込んだ私を大層気に入ったようで、二つ返事で強力な船団を輸送船の護衛に付けたのだ。
「何だ?この船にラニ嬢の荷も載っているのかい」
「えぇ。今年は亭でも大々的にチョコを売り出そうと思いまして。地球からの観光客や地球帰りの人にバレンタインは人気の催しでして」
海賊帽の
ゴブリンとならんで給仕服姿の
ノーム少女。船からは
オークや
オーガや獣人やらと多種多様な作業員が荷を担いで降ろす。
「ラニちゃん!アタシが頼んでおいた荷は到着したかい?」
「ニャフフ、私もラニちゃんに頼んでおいたんだゾ。どう?到着した?」
「えぇとお二人の荷は…あ、っとあの荷ですね。すみませーん、その荷はこっちにおねがいしまーす」
魚人がのっしのっしと荷を運び丁寧にどすんと降ろす。木箱の中は油紙、そして毛綿草に包まれたブツはローチャイルド印のチョコレートである。
「こっちがフェレオさんの品、こっちがライネルさんの品ですね。毎度ありがとうございます」
「ボス!」
「ネモチー!」
「「バレンタインのチョコです!・だゾ!」」
ダークエルフと虎人が同時に差し出すチョコはゴブリンの長鼻先をへし曲げる。
「何だ何だ?…そうかこれがバレンタインというものなのか。折角だ、開けてみるか」
ダークエルフのオーダーは食べた者の心を溶かし惑わし魅了し、もう一度食べたくなってしまって仕方がない魔性のチョコ。…それはどういう意図が込められているのか。
虎人のオーダーは矢でもナイフでも弾いて通さない超圧縮硬質化された防塵チョコ。そもそもこれは食べれるものなのだろうか。
「ネモチーさんはどう扱うんです?チョコ」
「フフ。ラニ嬢は商売の秘訣を波打ち際の会話の中で明かすのかね?」
「それもそうですね。この先に活かせるかなと思ったのですけど残念残念」
食べ物以外にも私の用途はあるのだと、奇抜なオーダーの主から学ぶに至ったのである。
「さぁ皆さん、本日のメインディッシュが届きましてよッ?!」
ホビット男子生徒が恭しく真紅の小箱を左手を眼下の群衆にかざすウッドエルフに差し出す。
「こ・の・私、至高の薔薇ジュリエ=ローズが用意するモノは同じく至高でなくてはいけません!はるばる異世界より取り寄せた一流のチョコレートが…私からの贈り物ですってよ!」
十津那学園大講堂が男子生徒諸君の怒号で激しく揺れる。集まるも集まりしは誰よりも滾るハートを燃やし持つ面々。これが叫ばずにいられようか。
「悲しいことに私はこのチョコレートをたった一人にしか渡すことができませんの…悲しいですわ!悲しいですわ!でもこれが運命なのですわッ!!」
再び大講堂が地下から突き上げられ揺れる。
「資格はたったの一つ!唯一人勝ち残るのみですわ!でも私、醜い争いは嫌いでしてよ?正々堂々と最強を決めてご覧あそばせ!」
オクタゴンの檻の中、正に猛き獣と化した男子諸君の熱気に箱詰めされている私は最早溶ける寸前である。
「あらあら危ないですわ。溶けてしまっては台無しですわ」
ウッド
エルフが仰々しく嘆いて見せるとホビット男子が恭しくクーラーボックスを開いて構える。
どうやら私を巡ってこれから凄まじい戦いが始まるようである。
チョコレートである私にも伝播してくるこの振動…これが心の力なのかと微かに残る神力が震えた。
目には見えずとも無から生まれ無限の拡がりを見せる人の心…。何者でもない私がチョコレートに引き寄せられてスラヴィアンになったのも熱い心に引き寄せられてのことだったのだろう。
己だけの認識で世を悟るなどと井の中の蛙であったと、世界を越えた地で理解することになるとは…。
私のチョコレートとしての誰にも気付かれぬ生も虚しいものではなかったと、晴れ晴れした気持ちで深く心の瞼を閉じるのであった。
各キャラと最大独身トーナメントとシェアをさせてもらいました。
- 異世界にも贈り物をするイベントはありそうだけど地球のイベントということで注目されるんかな。主旨もはっきりしているし? -- (名無しさん) 2018-03-03 05:38:31
- スラヴィアンによる24時間働くチョコレート工場かぁ -- (名無しさん) 2018-03-03 18:47:16
- ラニさん商魂逞しい -- (名無しさん) 2018-03-03 20:06:22
最終更新:2018年03月01日 18:56