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【門と都をつなぐ運河にて】

地球と異世界の交流が始まって二十余年、異なる世界と繋がる大ゲートの存在は各国に重要な案件として確立されている。
更に一年の内の一か月間とは言え世界間通行の自由化、大ゲート祭の開催は更にその存在を大きなものとしたのである。
ゲート周辺の整備から人員の配置や建築、そして人々の交通網など国毎に様々な方策施策が行われている。
そんな中で大延国ではゲートのある市城付近から延びる河川を整備し、大々的に都までの道の一つとしたのである。
しかし、いざ運航が始まってみると中々に問題が散発し国の役人はその対処に追われることになった。
急ピッチで広げ延ばした河はその意義を定着させる時間を待たずに人が船などで往来を始めたことで、水精霊達が戸惑ってしまいその影響力が薄くなっていたのである。
大きな力を持つ精霊が各地の自然や土地に鎮座する大延国では傍若無人の振る舞いも出来る範囲が限られているのだが、精霊の力が弱い地域は無法地帯も同然であり暴れん坊などに目を付けられてしまうのだ。
川底を荒らし河の幸を食い尽くす凶暴な水棲生物から利己的で乱暴な漁で乱獲するならず者などである。
平穏とは言えぬその状況に市城の公主は集めた情報を元に灰河へと赴き大きな交渉を河を治める水の大精霊、伯に持ち掛けたのである。
伯にはその力を継承する三人の娘がいるのだが、蒼の娘は伯の跡継ぎとして灰河を治める一端を担い修行中の身であり離れることはできない。
黄の娘は力は十分なれど放蕩な性格故か一人の船乗りに恋をして身分を隠して陸に揚がって一年音沙汰無しという。
ということで白羽の矢が立ったのが紅の娘『紅霧公』と呼ばれる犬というよりは狼に近い強面にて細身なれど屈強な四肢の犬人の少女。
優雅な衣は袖と裾が短く破かれ腰帯には大小の曲刀が備えられている。 公主の前に河より現れてからずっと表情は不機嫌これ変わらずであった。
『これなる娘を河の護りとして送りだそう。娘よ、誰の助けも無き河を見事悪事より護ってみせよ』
河伯にそう言われてからもずっと鼻を天に向け憤慨の気を発していた。 そこで公主は ──
「紅霧公には就かれる河に迫り来る悪鬼羅漢を存分に退治してもらいたいと!それは船が流れようと漁がされてようと構いません!その御力を御見せ下さい!」
公主のその言葉を聞いた紅霧公は『ならばその河に着きしに呼ぶがよい!』と笑みと共に言い放ち、公主の身に己の精を紐付け霧散した。

その後、運河に着いた公主が紅霧公を呼ぶと白雲の身を持つ犬の様なものにまとわりつかれてうんざりした顔の当人が現れる。
『もうお前の身には憑かんからな』と一言残し運河に溶け込むように消えていく。
これにて河の運航と漁は再開されたのだが、案の定災事は起こってしまう。只、これよりは話が違う。
河底より飛び出した巨魚が漁船ごと飲み込まんと飛び掛かって宙に出たが瞬間、弧月の如く水刃が魚を真っ二つに斬り開く。
『胃袋以上の暴食など許さん!俺の裁きに酌量など無いと知れ!』
二枚におろされた巨魚は漁師がありがたくいただきました。
渡し舟に急接近する河賊船。奇声をあげて鍵縄を振り回すならず者が一斉に投擲を開始した。
が、鍵縄が届くよりも先に河賊船が水柱の爆発で木っ端微塵に砕け散る。飛沫の勢いで岸に飛ばされたならず者達は、役人に捕まるまで頭から河原に突き刺さりっぱなしであった。
そんなこんなで運河の治安を守る度に人々から歓声と謝辞を受ける紅霧公は次第に気分を良くしてその気になっていく。
やがて運河で紅霧公の活躍を観るために来る人々も徐々に増え、河沿いの街道や渡し舟の駅に屋台が並ぶ様になり、何処の誰の発案か紅霧公をあつらったりモチーフにしたグッズまで売られるように。
だがしかし、悪党共も見世物同然に倒されるだけでは終わるわけもなく噂が噂を呼び河底より現れて海より遡り果ては悪仙の巣窟から猛者が紅霧公を狙い押し寄せて来たのである。

そして時は大ゲート祭。門の先の世界からの来訪者のみならず門を越えて越えて大延国にやってくる異世界の人々も大勢いる。
門市城から大都への道は陸も河も平時の倍以上の人波で、沿いのあちこちに屋台が建てられる。
役人も一層の警戒を張っていたがひと月前から特に何も起こらず波風立たずであった。
そんな平穏の空気を破ったのは雲一つない青天、舟の行き交うど真ん中。突如空より現れ水面に降り立つ人影。
藻の絡みつく鉄網を蓑の様に頭から被った荒熊はたたらを踏んだその足で【及】の躍字を書き広げると大波が隆起し周囲一帯の舟々を遠くへ押しやる。
「やいやいやい!でぇてきやがぁれ!生意気な水精霊!俺は悪仙【羅之骸】、悪党共に泣きつかれ遥々は悪桃山園からやぁってきたぁっ!!」
啖呵が終わるのが早いかどうか、悪仙の足元水面が鋭い棘となり腹目掛けて飛び出した。 が、即座に【散】の躍字が乗せられ霧散する。
『煩せぇ!真昼間から往来を邪魔する馬鹿が!悪仙だと?仙人ってのには何度か会ったことはあるが…何者だ?』
「悪仙を知らねぇだとぉ?それはまたのんびりした人生を送ってきたもんだぁ! じゃあ教えてやろう、自由と混沌を世に広める真実の探求 ──
意気揚々と自身を語る悪仙をお構いなしに斬りかかる紅霧公。手元に形成された水の剣が胴体真っ二つにせんと振り切られたが、鉄網がそれを防ぐ。
『ちっ!厄介な網だな』
「人に誰だと尋ねておいてぇ…途中で斬りかかってくるたぁ悪党の鏡じゃねぇか!」

「ひゃぁ!いきなりおっぱじまった!」
「問答無用の悪即斬!紅霧公と言えばこれよこれ!」
「河を守る大立ち回りの始まりだ!皆、邪魔にならないように離れるんだ!」
恐怖よりも歓喜に沸き立つ船頭達が荒れる水面から距離をとる。既に運河の名物になった【紅霧公の大立ち回り】を見物するため逃げないのだが、時々戦いの余波を受けて転覆や砕ける舟も出てくる。
戦いが終わる頃には紅霧公が岸に運んでくれるので今のところ大事には至ってない様子。
「何だこれ何だこれ!?アトラクションなのかっ?!」
「やだなー舟に乗る前に言われたじゃない、「時々派手な立ち回りが起きますよ」ってさ。山田はホント人の話聞かないよねプククっ」
「そう言えば山田君は泳げないんだよね。しっかり捕まってないと危ないっス」
「おっ泳げないんじゃないっての!苦手なだけだって!」

「聞いてた以上の暴れん坊だぁ!しかしそれが敵を作るってぇのが分かってぇいるのかぁ?! さぁさぁさぁ!野郎共、復讐の刻だぜぇぇえっ!!」
悪仙を挟む様に河底から飛び出してきたのは二匹の十目鰻。胴回りは大木をゆうに超える十余メトル。まだまだ河の中に体を残して隆起し無数の牙が並ぶ円口を大きく広げ威嚇する。
「覚えているかぁ?お前が先日三枚におろした大鰻!その兄弟がこいつらだぁ!海から遡って来たんだぜぇ!」
見得を切って口上を、やはり聞く耳持たぬと鰻の腹に斬りかかる紅霧公。しかし二匹も悪仙と同じく身に網を纏っており、水剣は斬ること叶わず。
『こいつらもか!』
「では!では!では!仕上げをとくと御覧あれぇえっ!」
両腕筋肉を隆起させ、これでもかと太い【噴】の躍字を水中に叩き込むと寸の間をおき河底の泥がどっと一斉に噴き上がる。
空中に飛び散った泥は意思持つ様に鰻の体に付着する。 水面を駆ける紅霧公を噛み千切らんと追い回す鰻の体は水を泥が吸収し力を網が受け止めるため、いつもの力圧しでは千日手である。
悪仙の書き撒く躍字は力の塊となり岩雨の如く降り注ぎ動きを阻害し、そこを牙が執拗に襲い掛かる。紅霧公も決定打は受けてないが、このままでは力を削がれる上に河も汚れ領域が弱まっていく。
『ちぃっ!分が悪い!舟が残っている以上は大技は使えん!いちかばちか奴の喉笛噛み千切り躍を失わせるか?』
獰猛に喉を鳴らし凶暴な獣性をちらつかせる。それは最早河の護り主とは思えない形相であった。
 ── と、その時
『にゃー』
門市城の公主に憑く風精霊、見た目はふわふわした犬だが鳴き声は猫の様なそれが口に何かを咥えて勢いよく飛んでくる。
『にゃにゃー』
布に包まれ縄で縛られたそれを空飛ぶ速度をそのままに紅霧公に向かって投下すると、べしっと顔面に直撃した。
思わず怒気も消失し、縄を解き布を開いたその中には空気白つかせる凍気を放つ氷の細剣。柄の部分は赤い布が巻かれ持ち手が氷るのを防いでいる。
「大事の前に何とか間に合いました!遠くは白霊峰の氷洞にて万年溶けずと言われる青氷から土門極める仙人が掘り出した氷剣でございます!紅霧公、存分に振って下さい!」
狐人の公主が岸より声を張り上げるのに応じ、宙に素早く弧を二度振り描いてみせる。
「氷だぁとぉ?そんなもので泥と網が破れるものかぁ!」

「ねぇねぇああいう台詞って【フラグ】って言うんだよね。あまりにもそれっぽくて笑っちゃうプククっ」
「大逆転になるっス?」
「どうでもいいから早いとこ終わらせてぇえ!」
いよいよもって大波荒れる水面に舟々は激しく揺らされるも、乗客達は歓声を一層大きく紅霧公を応援する。

すっかり優位性に浸り大雑把な攻勢を強める一人と二匹は、懐に踊り入った紅霧公の斬撃に対し無防備なままで突撃する。
瞬間、腹に受けた斬撃が泥を鉄網を凍結させる。身を守る術が強度を失ったのに気付くよりも先に二度目三度目四度目と氷剣が閃く。
三枚どころかなます切りになった二匹の巨鰻の成れの果てはぼとぼとと水中に溶け消えた。
「氷だと侮ったのがぁ間違いだったぁっ! しかしこれで勝ったと思うなよぉ!貴様に恨みを持つ者は山ほどいるんだからぁなぁ!!」
『喧しい!河底荒らして泥まみれにする輩はさっさと消えろ!』
頭から振り下ろされた剣が凍り砕いたのは鉄網のみ。空に捨て口上を響かせて悪仙羅之骸は何処ぞに消えた。
沸き上がる歓声の中で大きく溜め息をつく紅霧公は公主の方をちらりと見やる。公主がそれに呼応し頷いたのを確認し、氷剣に水から生み出した鞘に収める。
『良いか!この河を護るのは私だ!悪さをする輩には容赦せんからな!』
歓声もここに感極まったところで派手に水飛沫を上げ虹を描く。人々がそれを見上げる内に紅霧公は河に同化して消える。

「いやぁ、まさか悪仙まで出てくるとは思わなんだよ!」
「今回も紅霧公は危なかったけんども鮮やかな大逆転だったんだぁ」
「噂では聞いていたけど実際に見ると大迫力だわ!【紅霧公大立ち回り】、また運河を渡れば見れるかしら」
「紅霧公が守ってくれるから河も安泰さね!」
賑やかなまま平時に戻っていく河の様子。河の名物をその目で見た観光客は興奮冷めやらぬまま隣人達と会話を弾ませている。
「凄かったっス!強い水精霊に悪仙に巨大生物とかクルスベルグでは見たこともなかったから大興奮っス!」
「俺は早く都に到着して欲しいぃ…うぇぇ」
「山田には都で浮輪でも買ってあげるから帰りも舟に乗りましょ~プククっ」

異世界で長らく【食の豊国】として有名であった大延国であるが、世界間交流が始まってから二十余年の前向きな歩みは観光面だけでなく様々な分野で国を発展させていった。
国と民の意思がその歩みを続ける道の先は大延国を大きく明るく照らすだろう。

大延国のゲートと都をつなぐ運河と大ゲート祭の賑わいを重ねて

  • 人と仙人と悪仙と精霊が絶妙で繊細なバランスと相互関係で息づいているという感じの大延国 -- (名無しさん) 2018-07-05 22:04:03
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最終更新:2018年07月03日 03:23