「最早、白いや黒いや黄色いなどは些細な問題である! 今、我々の隣にいるのだ! 化け物が!」
薄暗い地下室の一室で一人の男が叫んだ。
白い頭巾で顔をすっぽりと覆い、大きく黒いゆったりとした貫頭衣を身にまとっている。
のぞく手を見ると黄色人種のようだ。
彼は広い地下室の、一際目立つ中央の壇上で叫ぶ。
周囲には黄色い頭巾で白い服を着る黒人や、黒い頭巾を被って黄色い貫頭衣を纏う白人など驚くほど多く人々が地下室に集まっていた。
「諸君! 現在の地球は汚されている! 公害? 政治家? 金満? 飽食? いやいやこれは我々の問題だ。我々の手だ。我々の責任だ。だが、奴らは違う! 奴ら化け物が美しいこの地球を汚そうとしている!」
アジ演説の才があるのか、中央に立つ男は立板に水を流すように叫ぶ。声はやや低いが腹から出る言葉は心から出る言葉のように錯覚する。
「よって、我々は我々の問題を解決するまえに、奴らという問題を完結しなくてはないらない。我々とは何か!」
中央の男が問い変えると、周囲の集団が一斉に吠え上げる。
「我々は一つ! 我々とは三つ!」
「そうだ! 我ら『トライアングルビーター』が地球を清浄するのだ。我らのビーターこそ奴らを叩き、我らのトライアングルが清き音を世界に広める! トライアングルビーターに集いし同志諸君!」
中央の男は20センチほどの金属棒を振り上げた。
楽器トライアングルを叩くビーターと呼ばれる金属製のバチだ。
呼応する集団も袂からビーターを取り出し、天を突くように振り上げる。
その先には吊るされた若い女性の
エルフがいた。
天井から吊るされ、震えながら身を捩っている。縛り上げられ、猿轡をされ、何日も放置されたのか衰弱の色が濃い。エルフの素晴らしい柔肌も汚れている。
しかし、それが当然と地下室に集うトライアングルビーターたちは考えている。
「さあ、我らの手で清めよう! 我らの足で向かおう! 我らの高潔なる心で世界を覆うではないか!」
怒号と歓喜の声が吊るされたエルフを突いた。
「我らの剣でこの化け物に静寂を!」
熊人のウースス・アスカーニエン・賈荘は憂鬱だった。
地球の日本などというところに来てしまったからではない。
隣の国道で排気ガスを振りまく車にうんざりしてるのは確かだが、それも憂鬱の原因ではない。
蜂人が一匹、同行しているからだ。
昨今、地球では行方不明になる異世界人が増えていた。それはわずかであるが、無視できない事例である。
ウーススは大延国から調査に派遣された役人である。
熊人の嗅覚、身体能力、さらには長いサバイバルにも耐える強靭さがあり、これらが調査に抜擢された理由である。
これに不満はない。
しかし、現地で同行する
マセ・バズークの人選に不満があった。
「てやんでい! こちとら蜂の巣探しでは熊の中の熊と言われたう賈荘大人てんでい。何が悲しゅうて蜂公と肩ぁ並べなきゃぁなんねんでい! てめーの隣でもう七日も経ちやがった!」
ウーススは天下の往来であることも憚らず、大声で腹のうちをぶちまけた。
《……そうね》
対して蜂人のドミヌラ・82は言葉数が少ない。抑揚もなく、聞いてないようにも思える。
「あったりめーでい。分かってんならマセのバズークに飛んでけーりやがれい!」
《そうはいかない》
「てんだばーろー! 死んだばーちゃんに顔向けできねーぜ」
熱くなるウーススとどこまでも冷たいドミヌラは、異世界人にも寛容な日本でも酷く迷惑であった。
何しろ二人で何でも自己完結してしまう姿は、日本人では入り込めない関係を見せていた。
「なんとかしろい!」
と、ウーススが吼えれば。
《善処する》
と、掛け合わないドミヌラ。
「しゃーねーな、こんにゃろ覚えておけよ! この蜂公」
と、ウーススが折れる。
《感謝する》
と、ドミヌラが素直に答える。
「てやんでい!」
と、ウーススが鼻を手の平で突き上げながら照れる。
なんとも傍目にもいいコンビである。
そして遠慮がちな日本人は、そんな二人を遠巻きにして語りかけようとはしない。
二人は十分、互いに仲良くし、そしてこの日本に慣れしんでいるからだ。
ウーススの江戸っ子ぷりが多分に影響しているのだが。
「お待ちください! 延国とマセ・バズークの人」
通行人がウースス、ドミヌラ両人を見送る中、呼び止める声が道路の反対側から届いた。
ドミヌラは複眼で横目に、ウーススはのっそりと振り返ってその声の主を見た。
横断歩道の向こう側に、車椅子を押す女エルフがいた。
大きくウェーブを打つ、緑がかった金髪。やや眠そうで濁った瞳。しかし結ばれた口元に浮かぶ頑迷さ。何処と無く高貴で美しく、それで尊大なエルフ。
だが奇妙なことに、車椅子に乗っているのは植木鉢に収まった双葉の木の芽である。
「……ちょっとお待ちなさい! ご両人!」
エルフは押しボタン式信号のボタンを、いらだたしく連打している。
やがて信号が変わり……。
ぴひゃららら~、ぴーひゃらら~、ぴーひゃーらーらーら~……
童謡「赤い靴」のBGMを浴びながら、車椅子を押す女エルフは止まる車たちの前を悠然と、そして凛然とし横断歩道を渡る。
(あ、これはカッコワルイ登場シーンだ)
ウーススとドミヌラは出会って初めて同じ物を見て、同じ感想を心に持った。二人の心が重なった瞬間である。
「始めまして私は、ふたば探偵事務所助手マヌ」パーファッファー!「す。こちらは所長のユーディコッツ・エングラー」
そういって彼女は自己紹介をし、車椅子に乗る所長と呼ぶ植物の名を語った。
助手の名は車のクラクションのせいで、ウーススには聞き取れなかった。
「おう、俺っちはウースス・アスカーニエン・賈荘でい。こっちゃー蜂公」
「はい、存じております。アスカーニエンさんとドミヌラさんですね」
《……私たちを調べたのか》
「はい、ふたば探偵事務所の力を持ってすれば造作もないこと」
ウーススは訝しげにこのエルフを観察した。
なんとも得体が知れない。蜂人は単に気に入らないが、マヌなんとか。こいつは得体が知れない。
なにより所長という植物が怪しい。
「お二人とも国家の命で人探しとか。ぜひ我が探偵事務所をよろしくお願いします。所長、エングラー様の緑色の脳細胞は必ずお役に立つと存じます」
「なんでい、営業かい? 残念だがこちとら先遣隊みたいなモンで直接人探しの令状持ちってわけじゃねーんだ。さあ、帰った帰った」
ウーススは厄介者は蜂一匹で十分だと、マヌなんとかにシッシッとめんどくさそう手を振って追い払おうとした。
「それは残念……。と御思いですか? すでにこちらが情報を得ているとすれば?」
《……話しが変わる。聞かせてもらえるか?》
話しを進めようとするドミヌラにウーススは鋭い視線を向けたが、情報があるとなれば確かに事情が変わる。ウーススは仕方なく「話せ」と、マヌなんとかに目配せした。
「人類至上主義者団体。トライアングルビーター。それが今回の犯人です」
「さあ、もう平気だ。しかし目隠しは勘弁してくれたまえ。あまりお嬢さんが見るモノではないのでね」
トライアングルビーター集会場で、エルフの少女は何者かに介抱されていた。
手械足枷猿轡は外してもらえたが、目隠しは以前そのままである。
少女は大体の事情を知っている。
ビーターの構成員たちのほとんどが殺されたことを。
むせるほど血と臓物の匂いが立ち込め、ビーターたちのうめき声が聞こえる。
彼らは静かにこの場を訪れ、あっというまに彼らを血の海に沈めてしまった。その時、聞き漏れた声からするに、彼は地球人のようだ。
「わたしの名はワイズ・ツールマン。あとキミを助けたもう一人は今林 六儀……と、彼は仕事中か」
カシャンという機械音と共に、ビーター構成員の短い悲鳴が聞こえた。
差別主義者の断末魔だ。
ツールマンは少女の手を取り、気を使いながら抱き起こす。やや荒れた手の感触には歳を感じる。しかし声には若さと強さがある。
「外まで不自由させるが安心したまえ」
少女は恐怖に震えながらも包容力のあるツールマンに身を預けた。彼は自然に少女を抱き上げ、血の海の上を悠然と渡る。
階段を昇るとツールマンは少女を降ろし、目隠しを解いてやった。背後では重い扉が閉まる音が響く。
助かったのだと安堵で少女は胸を撫で下ろした。
「彼らを恨まんでくれ。彼らは世の中に線を引き、常に自らを正しく美しい側にいると思い込みたい連中なのだ。許してくれとはいわん。だが、彼らはもういないのだ。せめて恨まんでくれ……」
ツールマンは優しく語り掛ける。
銀髪で知的なその地球人は、男性としての魅力に富んでいた。
凛々しい目元。高く存在感のある鼻。清潔感のある口ひげと引き締まった口元。そして服の上からも分かるほど鍛えられた身体。
そして何より優しい物腰。
本当に素晴らしい助けてくれたと少女は頬を染めて視線を彷徨わせた。
その視線の先に、一人の少年がいた。
彼が助けてくれたもう一人。今林 六儀だ。
ツールマンと違い、彼も星の王子様のように美しかった。
栗色の髪と明るい瞳。線は細いがすらりと整った体型。まるで描かれたように光る少年だ。
彼は輪ゴムを指に巻き、銃の形にしてスッとエルフの少女へと向けた。
握った拳の人差し指と親指を立て、小指に端を引っ掛けて巻く輪ゴム鉄砲などという遊びを知らない少女は首をかしげた。
カチャン……。
機械音が一つなり、少女の顔の横を輪ゴムが飛ぶ。
そして背後の暗闇に隠れていた男が、輪ゴムの銃撃を受けて膝を付く。
少女が振り返ると、通路に落ちた輪ゴムの向こう。そこで男が胸を抑えて蹲っていた。
溢れる胸の血が信じられないのか、男は呆然と落ちる輪ゴムと六儀の顔を交互に見やる。
「見ない方がいい」
ツールマンは庇うように少女の前に立つ。
両手に輪ゴムをいくつも装着した六儀が、前へならえとばかりに構えた。
次々と放たれる輪ゴム。追いかけて短いうめき声。そして床を打つ額の音。
少女は目をつぶってツールマンに身を委ねた。
「だめだ! その男から離れろ! エルフの少女よ!」
突然、通路脇の扉から
オーガが飛び出してきた。
満身創痍のオーガも、やはりトライアングルビーターに捕まった被害者である。さきほどまで一緒にいた少女は疑問に思った。オーガは怪我などしていなかった。
もしかして一緒に戦ってくれたのだろうか?
そう思った矢先、六儀が肘を曲げてオーガの顔へと向けた。シュシュシュ…と連続的な空気が抜ける音がし、続いてパンと炸裂音が六儀の肘から飛び出した。
鈍い音。
そしてオーガの頭部は弾け飛んでいた。
少女は目を見張ってたじろいだ。
ツールマンと六儀は助けに来てくれたのではないか?
「ほう、殺してしまっては行える実験が30ほど減ってしまうではないか」
「いいでしょう。この大きな身体を運ぶのは難儀です」
歌うような六儀の言葉。しかし、冷たい。そして虚ろである。
「仕方あるまい。いくつかの実験はこのエルフの少女に補ってもらおう」
ツールマンの笑顔は優しい。そしてどこか痛々しい。
「あ、あなたは……」
搾り出せた少女の声は小さい。
「ビーターは自分たちに価値があると勘違いしていた。しかし私に言わせれば彼らには等しく価値はない。もちろんキミたち異世界人にもだ。いやいや、勘違いしないでくれたまえ、エルフの少女よ。地球人にも等しく価値はないのだ」
ツールマンは少女の肩を掴む。動きは優しく、親しい子弟を見るように瞳は澄んでいる。
「そう、科学の前に人は等しく価値はない」
六儀は冷たくオーガの死体を踏みつける。
ツールマンは肩を残念そうに落とし、エルフの少女に語りかけた。
「我々を恨んでくれてかまないよ。良き隣人よ」
- 異種族への差別意識はよく見かけますが実際に目の前に異種族が自分たちの世界に押し寄せてきたら差別なんてしないよという人たちの考えも変わるのかも知れないと。トライアングルのやっていることには賛成はできませんが気持ちは分かる気もしました。呉越同舟の異世界からの来訪者たちのやり取りから最後の寒気の走る落とし方の温度差がものすごかったです -- (名無しさん) 2013-07-07 19:26:39
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最終更新:2011年11月17日 01:05