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【犬人おおいに語りて曰く】

11門世界の外れに、イェゾという国がある。
いや、それは国と言うにはあまりに小さく、
言ってしまえば地方都市程度の規模だ。
地図を指でなぞっても見つかりはしない。
世界中の支配者たちは、それを国とは認めていないし、
世界中の地理学者たちも、それを国とは認めていない。
海を見渡せる丘の正面、ちょうど半島の付け根あたりに、
その国の大半を占める星形の城郭都市はある。
<牙狼郭>と名付けられた城郭都市。
それは犬人達によって建てられた国だ。
牙狼郭は極めて特異な形状をした城郭である。
いわゆる平城なのだが、堀の形状は上空から見ると星形をしている。
あまり類を見ない形状で、犬人達の独特の文化だと信じられている。
独特と言えば、彼らの衣服もまた、独特である。
モンメンの木皮をはいで作った糸から作られた布を用い、
彼ら犬人の体躯には、あまりに不格好とも思えるほどゆとりを持たせた衣類だ。
男子は傭兵を生業とするものが大半で、ドニー・ドニー新天地にて、
血で血を洗うような生き方を求めている。
彼ら種族の最も崇高な価値とは「死ぬことを見つける」である。

「しつもん!しつもん!」
城主である4代目カイデンこと、シロ・ムラサメの元には、
いつものように子供たちが集まっていた。
歴代のカイデン達は、この国の成り立ちを全て知っている。
子供たちは月に1度その歴史を学び、生き方を、死に方を学ぶのである。
「では、一人ひとりに聞いてみようかの」
毛並みが全て真っ白になってしまった老犬がおだやかにそう言うと、
十数匹の犬人の子らが一斉に手を上げて吠えたてた。
「しつもん!しつもん!」
「しょだいカイデン様のことをおしえて!」
「初代様のお嫁さんの話をしてー」
「がろーかくができるまでおしえて!」
「ばんごはんはにくがいいです」
「なんでシロなの!?ボクはブチだよ」
「カタナって何?ドワーフじゃないと作れないの!?」
「チニ・ウェーテルについておしえて!」
子供らは順番も関係無しに矢継ぎ早と質問を投げかける。
「やれやれ・・・元気な事は良い事じゃがの。
 それでは、順番に話していくとするかのう。
 まずは、初代カイデン様の昔話から・・・」


慶応4年。犬塚四郎は戦場のただ中に居た。
まっとうな武士としての人生など歩んではいない。
親など捨てた。妻も子も捨てた。
純粋に自分の腕を試したくて、京で人斬りまがいの事をしていただけの人生だ。
戦って、闘って、いつの間にか北の最果てにたどり着いた。
それでもまだ足りない。心が渇く。
切って、斬って、殺って、戮って、鏖殺って、それでもまだ足りない。
師から・・・父から受け継いだ妙技を、自らの手で殺戮剣にまで昇華した。
だがそれも、何の役にも立たない時代が目の前に来ている。
種子島どころの話ではない。武芸に価値の無い時代が来るのだ。
なればこそ、行き場を求めて、蝦夷地に渡ったのだ。
なればこそ、逝き場を見定め、五稜郭へと参じたのだ。
だがどうだ。所詮は銃砲の時代ではないか。
相対して斬り合う者は居ないのか!
知らず、彼は吠え立てた。敵を求めて戦場を駆け巡った。
愛刀は既に血と脂肪に塗れていた。
それでも彼は刀を振るった。
人斬りの可能性は無限だ。
例え斬撃出来なくとも、まだ刺殺できる。まだ撲殺できる。
千変万化の殺戮方法があるのだ。
刺殺って。撲殺って。捻って。押切って。蹴殺って。
やがて血の池の中心で、彼は吼えていた。
一人で吼えていた。
どれほどの刻が過ぎただろうか。
全身を返り血で染めた彼は、一人で山野に立ち尽くしていた。
敵も、味方も、居なくなってしまった。
ふと、臓腑の臭いが気に掛かり、彼は水場を探して歩き始めた。
足を引きずりながら歩く。また死にそびれた。
歩いて、歩いて、ずっと歩いて、ようやく彼は水場を得た。
否、それは湯気の立ち上る温泉であった。
血を拭い、臓腑の臭いを落とした後は、再び戦場へと行こうか。
蝦夷共和国が失くなろうとも、また次の戦場があるさ。
一瞬の気の緩みか。
彼は頭から温泉の中へと身を崩した。
暗転。

目を覚ました時、彼はどこかの家屋の中に居た。
全身を布のようなもので雁字搦めにされており、身動きが取れない。
「むぐ・・・く・・・」
顔にまで巻かれているようだ。言葉すら満足に出せない。
ただ、人の気配は感じる。
敵方であればもっと酷い捕縛をするか、さもなくば斬首であろう。
地元の者に介抱されたというところか。
「マサク ヤキオカタシ マメサガメ?」
やはり人はいたようだ。声からすると娘子の様子。
言葉が聞き慣れないものだったが、ここは蝦夷地。アイヌの者だろう。
助けてくれたのは有難いが、これでは呼吸もままならない。
もがいていると、その様子で気づいたのか、娘は顔の布をほどいてくれた。
ベリベリと乾いた血が剥がれる音がする。
自分で思っていたよりも、随分と怪我を負っていたのかもしれない。
そう思いつつ彼が目を開いた時、あまりに意外な光景があった。
犬だ。
娘子かと思っていたソレは、犬であった。
「これは一体、いかな事か!」
瞬時に彼の脳裏をよぎった言葉は『地獄』であった。
殺戮に明け暮れた自分の末路は、畜生道に堕ちる事であったか。
ならば今の自分は人ではなく、何となったのだろう。
あるいはこれから地獄の鬼や亡者と切り結ぶのならば、愛刀が無ければ心許ない。
グルリと周囲を見渡してみても、粗末な建物が目に付くばかりで、
彼の愛刀はどこにも見当たらなかった。
「スマリワサニ ズキイサダクテイツ チオ!」
犬が何やら言葉らしきものを発している。
改めて彼が我が身を見てみると、確かに布で五躰を縛られても仕方ない程、傷だらけであった。
よくもまあ、こんな躰で闘い続けられたものだ。
「スマキテモオジク ヨシマイダッタ。
 ガヌセマリ カワワ カウアニチク・・・」
そう言うと、犬はスッと立ち上がって部屋の奥へと消えていった。
しばらくして、何やら粥のような物を持って戻ってきた。
「粥か・・・まさか地獄で食い物を出してもらえるとはな」
彼はあらためて犬の姿を見てみた。
犬は二本足で歩き回っており、まるで人と犬とのあいの子のような姿をしている。
ただ、体毛は犬さながら全身に生えており、この犬は白毛だ。
胸の辺りに人の娘のそれにあたるような膨らみがあるから、それが乳だとするならば、
声の印象の通りに、この犬は娘子なのだろう。
「カタシマリアヌガ テヌラタイカニナ?」
犬は不安げに彼の顔をのぞき込んだ。
「いや、何もない。まずは粥をいただこう」
言葉がわからないなりに、気遣いは理解できた。
あるいは地獄に仏、という事なのやもしれない。
仏が犬とは、誰も想像できまいて。
それから数箇月。犬は彼の怪我が治りきるまで、甲斐甲斐しく面倒を見続けた。
彼自身はまったく犬の言葉を覚えられなかったが、犬のほうが彼の言葉を覚えていった。
いつまでも犬と思うにも気が引けたので、彼はいつの頃か、犬をウメと呼ぶようになった。
郷里に置き去りにした、娘の名である。
「すっかりけがもなおりましたね」
洗濯を終え、寝具を干し、食事の準備をしつつ、ウメは彼の包帯を取り替えた。
「ん。ウメの御陰だ。何時も済まない。
 ところで質問なのだが、ウメが私を見つけた時、そなた刀を拾わなかったか?
 聞こう聞こうと思いつつ、つい聞きそびれていたものでな」
ウメはハッした表情を浮かべたが、すぐにいつもの顔に戻って言った。
「しつもんです。カタナ、とは?」


「さて、今日はこれまで。また次の機会に続きを話すとするかのう」
カイデンのその言葉に、子供たちからは不満の声があがった。
「なんでー!つづきはー!」
「初代様はケガで鼻先が切れちゃってたんだよねー!」
「ウメは初代様のお嫁さんなんだよ!あたし知ってるよ!」
「にくはー?」
「がろーかくのはなしまだー?」
「カタナってなに?」
子供たちからの抗議の声を笑顔で受けつつ、カイデンはその場を去った。
4代目カイデンは、最近思うところがある。
それは、初代様は自分たちと同じ犬人ではなく、門の向こう側から来たのではないかという事だ。
門の事、<向こう側>の事は、風の噂で何度か耳にしている。
150余年の昔、初代様も同じようにして門を通り、この地に来たのではないか。
そして我らに武器を、そして戦い方を伝えてくださったのではないか、と。
それらはまったくの見当違いで、やはり初代様は犬人なのかもしれない。
「さてもわからぬ事ばかりの世なれば、質問です。初代様」


続く


  • 壬生狼とイェゾの狗人とが違和感なく重なった話でした。四郎が目覚めた先が異世界なのか蝦夷なのかも合わせて色んな想像が起きました -- (名無しさん) 2013-08-31 17:56:11
  • こんなSSで犬塚家のルーツが…?! 完全に読み落としていた勿体無い -- (名無しさん) 2013-08-31 20:15:38
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最終更新:2014年08月31日 01:35