暮れも押し迫る中、今日は久々に剣道部の活動が休みの日だ。
だが、これは地獄の年末年始合宿に向けての休みでしかない。
今日を過ぎれば大晦日と元日以外に休みの無いという、
のべ2週間の無限寒稽古が待っているのだ。
スポーツ科学など関係ないこのハードスケジュールは、
要は肉体的な面ではなく、精神的な面を鍛えるのが目的なのだろう。
悟りでも開いてしまいそうなものだが・・・
その肝心な休みの日に、僕こと川津天はあまり休めていない。
昼までノンビリと寝たあとは、自室で1日中ゲームでもして過ごそうと考えていたのに、
目覚めの段階から計画は頓挫していた。
朝起きたら、部屋の中に隣の家の蛇人の娘、ヤマカがいたのだ。
軽く混乱する僕を尻目に、ヤマカは平然と部屋掃除を続けている。
普段の制服姿と違って、ラフなスウェットとパンツ姿だ。
つまり僕の眠りを妨げたのは、彼女の手にある掃除機の音だ。
「ようやく起きたのー?
休みだからってダラけすぎ。もう11時だよ。
あ、オバさんはウチのママと一緒にマチに出たから、
夜まで帰って来ないってさー
部屋掃除もお願いされちゃったから、勝手にはじめてたよ。
あと『エサもあげておいて』だってさ」
実に理不尽である。こんな暴挙がまかり通っていいのだろうか。
ちなみに彼女の言う「ママ」は、下宿先の隣の家のオバサンの事だ。
「ヤマカ・・・あのさ・・・」
せめて一言、いや二言は文句を言ってやろうと思い体を起こしたその時、
さらなる理不尽が目の前に現れた。
剣道部のセンパイ達から譲り受けた秘蔵の書物や品々・・・
要はエロ本とエロDVDが、無造作に束にされて紐でくくられていたのである。
「あああ・・・」
声にならない声を絞り出す僕に対し、ヤマカはニヤニヤと笑いながら言った。
「テンちゃんの隠し場所、王道すぎ。
ベッドの下だの本棚の裏だの机の引き出しの2段目だのって。もう。
こっちが恥ずかしくなっちゃったよ。
中身があまりにエグいものは処分します。
どーせ剣道部のエロセンパイから貰ったもんなんだろーけど、
ニンゲンと蛸人のカラミとかエグすぎ。没収です」
あああああ・・・この女には血も涙もないのか!
いっそ殺してくれ!
絶望的な気分となり、惚けた僕を無視して片付けは進み、
僕の馴染みの部屋はまるでモデルルームかと思うくらいに整頓された。
「終わり。次はエサだけど、テンちゃん何たべたい?アタシ以外で」
もう何も食べたくないよ。とも言っていられない。
ヤマカにマトモな料理が出来るとも思えない。
マトモと言うのは調理の腕や味付けではない。食材のチョイスだ。
カエル肉ならまだマシだ。
この女はピンクラットを見て「美味しそう・・・」とつぶやいた女だ。
黙っていたら何を食べさせられるか、わかったものではない。
「ラーメン」
無難である。
極めて安パイである。
確か夜食用に袋ラーメンが残ってたはずだ。
袋メンをマズく作れる人間は、まずこの世に居ないだろう。
余計な具材のトッピングさえ阻止すれば、食の安全神話は守られるのだ。
「じゃあ、栄養補助でマンドラゴラでも炒めるか」
いきなりコレだ!
キャベツもモヤシもピーマンもタマネギもうちの冷蔵庫にあるよ!
何故そこで<向こう側>食材を入れようとする!
つーか輸入品だからお高いでしょう?
「いや、そういうのいらないからさ。普通に作ってよ」
ヤマカは若干不満そうな表情となったが、すぐにニヤリとする。
「煎らないけど、炒めるってね・・・フフフ」
相変わらず笑いの沸点低いな。
結論から言えば、野菜マシマシ袋ラーメンは無難であった。
やれば出来るんじゃないか。まったく。
とりあえず満腹になった僕らは、まて今何食べてたヤマカ。
あのピンク色の小物体はまさか・・・ネズ・・・いや考えたくもない。
僕らは〜というかもうヤマカ帰れよと思いつつも、モデルルームと化した部屋で、
僕とヤマカは二人で過ごしていた。
僕はと言えば、当初の予定通りにゲームをしていたし、
ヤマカは首を元の長さまで伸ばして僕にからめつつ、何やら本を読んでいる。
「ねえテンちゃん」
ヤマカの伸びた首が、ヒョイと僕の顔に近づく。
「アタシのご先祖様って、すっごく昔にこっちに来てたんだと思う」
何やら唐突な話だ。
古文書でも読んでたのだろうかと思いつつ、ヤマカの持ってきた本のタイトルを読む。
『最新版・日本の妖怪100選』とある。アホか。
「ほら見て、これろくろっ首って言うんだってさ。アタシそっくりじゃん。
それにこれ、濡れ女。これもかなり良い線いってる」
体は僕の左側にあって、クビが僕の首に巻きついていて、顔は僕の右側にあって。
何だかもうよくわからない体制でヤマカは本を見せてきた。
「ウワサになってる小
ゲートでこっちに来た蛇人かもしれないな。
って、お前まさかそれを見せるためにわざわざ本まで持ってきたんかよ」
さすがに呆れる。
「この部屋にヤマカちゃん文庫を作ろうと思って」
まさかそのスペースの確保の為に、秘蔵コレクションが捨てられたのではあるまいな・・・
「前に聞いた話だと、蛇人は
ミズハミシマに元々居たわけじゃなくて、
どっか別の国から移民で来たんだろう?
妖怪説はその辺りの時期的に合わないんじゃねーかな」
以前に歴史の先生から聞いた話を披露する。
「確かに蛇人は、元々は移民なんだよね。
ウチの種族は蛇神の祭司だったみたいね。
で、移民しつつ蛇神を祀る社を増やしていったとかどうとか。
蛇神は言の葉を司る神で、<向こう>では言の葉は魂を持つのよね。
あ、蛇人の娘は、蛇神の巫女だったって事でどうだね?」
言霊ってヤツか。<向こう>なら、有りそうな話ではある。
「でも、俺にどうだね?とか言われても困る。
具体的にはどういう事さ」
「商売繁盛、家内安全、合格祈願、恋愛成就に、各種お守りに破魔矢もあります。
あとおみくじもあるよ」
ん?
「いや、それ、お前の年末年始の神社のバイトの話じゃん。
巫女さんの服に憧れたとか何とかで」
「処女のうちに、巫女さんをやっておきたかったんだ」
「だから女の子がそういう事を言うな」
「あ、言の葉の力を一つ思いついた」
ゲームにも飽きて漫画を読んでた僕に、ヤマカが何かを思いついてまた話しかけてきた。
僕は読みかけのジャンプを放り出して、とりあえず聞いてみた。
「今週の寝取られ情報〜」
な!?
「アタシ今週の金曜日の放課後に、バスケ部の池上くんに告られた」
池上って、ディフェンス自慢の池上か。
「ずっと前からキミの事が気になってたんだ〜
その艶かしく輝くウロコがとてもセクシーだよ〜って言われた」
学生が!口説き文句で!セクシーとか!
いかんいかん。まずは冷静にならなければ。
「で、イブにデートに誘われた」
告ったその場でか!
「どうしよっかなぁ〜
アタシってイブの日に何も予定無いのよねー」
ヤマカはニヤニヤしながら僕の方を見ている。
何がイブだリア充の集まりめ。
僕なんてイブの夜もクリスマスの夜も、朝から晩まで稽古だよ。
そうだ。良いことを思いついた。
「あのさ、ヤマカ。一つお願いがあるんだけどさ。
ウチの部ってこれからしばらく合宿あるんだけどさ。
部員の数の割にマネージャー1人しか居なくてさ。
良かったら、お前手伝いに来ないか?」
「イブの夜も?」
「そう。イブの夜も」
「ヤマカと一緒に居たいのかなー?」
「そう。ヤマカと一緒に居た・・・い・・・ハッ!」
罠だ。しかし、気づいた時にはもう手遅れだった。
「なら仕方ない。ずっと一緒に居てあげよーじゃないかー」
ヤマカは満面の笑みを浮かべて巻きついてきた。
「フフフ・・・ntrられるかと思ったかね少年~」
まあ、うん。仕方ないか。
言霊なら仕方ない。
「あ、ちなみにヤマカさん厳選エロ本は残してあるから安心してね」
「だから!女の子がそういう事を言うのは!」
- korega -- (名無しさん) 2013-09-01 18:01:00
- これが当人には当たり前すぎて分からないリア充空間というものでしょうか。うらやま日常にそれとなくゲートや種族を絡めてサクっと仕上げた休日模様。しかし完全に天君は負けてますよね上下関係で -- (名無しさん) 2013-09-01 18:03:30
最終更新:2014年08月30日 23:22