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【沈黙領域】

 私の名は土佐宗徳。かつては退屈な日常と戦い続ける平凡な十津那学園の生徒であった。

 だが、あの夜、ファインダー越しに目撃したあの六義の凶行が私の運命を大きく変えてしまった。
小さな連合ともいうべき様々な異世界人と共に、とある研究施設を襲撃するという暴挙にも関わらず、その翌日から開き直ったような日常が私に押し寄せてきた。

 警察による気の抜けるような事情聴取を受け、何のお咎めもなく解放された我々は研究施設を後にするとそこから何一つ変わらない日常が取り戻した。

 否、日常を押し付けられた。

 異界入国管理法、不法侵入に器物破損、並びに騒乱罪、傷害や凶器準備集合罪などの数多の刑罰に問われるような事も無く、まるで警察も検察も大手新聞から地元地元新聞、果ては校内新聞までもそんな騒動は無かったと沈黙して我々は平穏な日常を享受する事となった。

 変わった事と言えば今林 六儀が休学届けを出して異世界旅行へと行ったなどという情報操作甚だしい学園の対応。さらに研究施設に押し入った異世界人の一部が帰還。
 その中にはセリオツ・パーントゥもいたが、数日の内に復学。やはり学園に変わった事など一つとてなかった。

 私に少しばかり変化があるとするならば、シテ・パーントゥ嬢との交流が生まれた事であろうか?
 挨拶や雑談、襲撃後の不安などの相談、セリオツの状況など色気も無く、高校生の日常に含まれる有り触れた極々個人的変化。
 これがせいぜいといったところであろう。

 私はこの開き直った呆れるほど押し付けがましい日常に激しい義憤と胸苦しさと眩暈を覚える。
 何度、この差し戻されたかのような日常に反抗しようと思った事か。
 何度、人類の恥ずべき研究施設の実態を告発しようと思った事か。
 何度、享受される日常をこの手で破壊しようと思った事か。

 ああ、なんという破壊衝動。そしてなんという無謀な少年であろうか。
 この私の事ながら、正義に酔いしれる人間の小さき事か。

 しかし、私はあえて沈黙しよう。
 相手が沈黙によって愚行を隠すのであれば、あえて臆病者の謗りを受けながら沈黙にて対抗しよう。

 我々はあの時、確かに一つの個体群として行動して勝利を勝ち得た。これは戦友と呼んでも過言でもなく、私とシテ嬢との交流からも裏打ちされている。
 あの時の即席異世界連合は決して無駄ではない。彼らも私と似た思いを抱いている事であろう。

 我々は手を繋ぎ合える、と。

 この敵も味方も黒幕も全ての関係者が沈黙する中、全てが物静かな日常に耐えられるわけでは無い。敵や黒幕は牙を研いでいる。これは疑いようもない。
 だから我々は手を繋ぎあう。
 沈黙を味方にして、あの夜の確固たる意志統一を守り続ける。

 多種族連合があの夜、確かにあの場所にあったのだ。
 きっとあの時にあった我々という連合を、異世界各国の上層部も知り得るであろう。対策を取り、そして連合が不可能でないと知るならば我々には僥倖だ。

 もちろん、我々とてただ安穏と日常を享受し他力本願を良しとするわけではない。沈黙を破るその時まで我々も力を蓄えるのだ。
 幸い、十津那学園という環境は異世界人との交流が深い。これを利用しない手はない。
 暫定的に保証された日常の中に、静かなる非日常を勝ち取り、これを武器にかつて無い異世界連合を得た時、私は一体何をするべきであろうか!

 ただ私の一個人の身を守る盾などという矮小な目的を掲げてはいない。
 断言しよう。私は異世界人も地球人も手を取り合う世界を見るであろう。
 ああ、この決意。この不安。この恐れ。この理想。そしてあの未来! 全てに祝福あ……。

「やっかましい!」

  * *

 * *

 アタシの名前は沢村 彪。うーん、なんていうか今時の女子高校生にパンクと退廃をミックスしてフューチャーを掛けたカンジ?
 とにかくそんなカンジ。ドーユーアンダスダン?

 アタシはやおら興奮して喚く盗撮総督を突き飛ばし、愛人候補たちの元へと挨拶に駈ける。
 あの日……アノ日じゃないよ。あの夜ね。アタシが兄貴のライヴで空気になってたあの日。
 あれからこの学園の日常は、誰かの玩具に成り果ててしまった。

 アタシには分かる。直感としかいいようのない根拠のない単なる勘。あやふやで赤ちゃんがバブバブいうようないい加減なイメージ。分かるかな?
 分からないかな?

 でもそれでいいと思う。誰も知らない方がいいかもしれない。
 だから私は沈黙する。誰かがプレゼントしてくれた玩具のような日常を、アタシなりにアレンジしてハッピーでハイでハラシュメントにしてあげる。
 誰かがそれをぶち壊そうなんて思わないくらい、愉快で痛快で心から大切に思えるような日常に書き換えてあげる。

 我ながら大それた事を考えるもんだと思う。
 失いたくない日常を、みんなが共有してたら、きっといざというときは手を取り合えると思う。すっごい自分勝手な考え方だけど、多分的外れではないと思う。

 ついでに思う。
 プレゼントした玩具がとっても素敵なアレンジデコデコアゲアゲ盛り盛りになったら、きっと送り主は悔しがるに違いない。もしかしたらその玩具な日常に、飛び込んでアタシたちと一緒に楽しみたいと思うかもしれない。

 都合のいい事を考えてるとは思う。

 でも、きっとこの手が上手くいけば、誰も辛い思いをしないウィンウィンなカンジになると思う。ウィンウィンって擬音だといやらしいよね? え? 雰囲気ぶち壊し?

 しょうがないジャン。目の前に垂涎モノの愛人候補によるバルンバルンって巨乳を振り回してなんていたら辛抱タマラン! あうあう日本語日本語……。言葉は要らない! 肉体言語で愛してるわシテちゃーん!

「や、やめんかぁ!」

  * *

 * *

 わらわの名はシテ・パーントゥ。かつては貿易船の船長にして責任者。今は何の巡り合わせか十津那学園の生徒なる生活に身を費やし数ヶ月。

 今もわらわの胸を「固定したげる、アタシの手で!」などと怪しい手付きの少女をすんでのところであしらったばかりである。

 悩ましい事だが些末で微笑ましい事である。だが今のわらわに嘆息をもたらすは、破廉恥なる友人の振る舞いにあらず。
 苛烈にして空虚なあの夜以来、わらわの胸を悩ます事案。
 妹の神通力。その一言に尽きる。

 如何にして目覚めたるかその《サトリ》の力は、古く長きに渡る鬼族の歴史でただの一つしかありえぬ伝説の力。
 わらわはセリオツの力が安定している事に安心しつつも、これより妹に訪れる艱難辛苦がどのようなものかと苛(さいな)む毎日である。

 故に、わらわは沈黙する。
 サトリという沈黙の天敵への儚い対策として、わらわは深く静かに鬼族としてあるまじき行為に身を賭す。

 セリオツの《サトリ》は成熟の兆しを見せながら、彼女の中で眠る気配を見せた。ひとえに神通力の枯渇によるものである。
 わらわは安堵した。セリオツの身体に異常も現れず、そして一族に忌まわしい力の露見が無かった事に。

 わらわは沈黙を通す。
 いずれは露見は避けられぬであろうが、そこへ至るまでのセリオツの日常を守る。
 そしてその後の非日常を、非才なるわらわながら身命を賭して守る。

 このわらわに小さき身体を預けるセリオツに……。

「シテ姉さま? いかがなされましたか?」

  * *

 * *

 セリの名前はセリオツ……。

 みんなの沈黙の声が聞こえる。
 みんな、黙して語らずと硬い意志を見せている。
 ボンヤリとだけど感じる……。

 だから

 みんなの心が触れて痛い。

 だからセリは沈黙を守る。

 痛いなんて言えないから……。

「黙ってるなんて下らねぇぜ!」

  * *

 * *

 俺の名は沢村 太助。
 歌で食うに困らないロッカーだ。

 あの夜の大事件に関われなかったロックシンガーというと余りにも情けないので、トライアングルビーターの被害者という事にでもしておこう。
 久しぶりのライヴはぶち壊され、珍しく高揚してた演奏意欲が行き場を失った。不貞寝するには十分な理由だろう。その翌日はぐっすりと眠らせてもらった。

 さて今、この歌はあの十津那学園とやらに届いているだろうか?
 俺に取って沈黙は光が無い世界に等しい。誰もかしも砕けた肉のような面を見るハメになる。だからどんな調子っぱずれの音でもいい。

 沈黙は敵だ。

 ところがどうだ。黙ってるのが冴えたやり方と主張する奴がいる。
 なるほど雉も鳴かずばとかいう奴か。

 困ったな。鳴かない雉は雉なのだろうか?
 歌わないロッカーはロッカーなのだろうか?

 困ったら歌う。迷ったら歌う。嬉しかったら歌う。気持ちが溢れたら歌う。歌いたかったら歌う。歌が浮かんだら歌う。そして歌が聞こえたら耳を澄ませる。
 たまにうるせーと言われて歌えなくなる。ちょくちょくラジオの周波数をガリガリと変えられる。

 それじゃあ何を歌えばいいかと悩めば……。
 いや、それは沈黙に繋がる。
 だから気分を吹き飛ばすために、最高にイケてる歌が飛び足してくるもんだ。

「陽気な学校じゃない。十津那学園というのは」

  * *

 * *

 私の名はシュライン。かつては世界の中心と呼ばれる椅子に腰を下ろしていた。
 今となってはそこは世界の中心というには聊か力不足で、それでいながら地球の頂点であり続けた。

 遠い異国の監視すべき学園の校内放送を、地球の頂点で眺めながら私は物思いに耽る。

 現代世界の中心といえば経済の中心のことであり、それは資本主義の台頭から長きに渡って揺らがなかった。富の三分の一を中心が独占し、残りの富を思うままに揺り動かす本当の支配者。

 しかしゲートの解放により、世界は倍に増えたと言って良い。
 ここから中心の移動が始まった。
 もはや世界の中心は異世界を考慮せずにはあり得ない。いかに地球の富を支配しようとも、その影響はやすやすと異世界にまで届かない。

 ここで世界の中心であった私たちは一計を案じる。
 地球の科学と軍備へ大幅な投資をして飛躍的に成長させ、異世界に一定の警戒を持たせる事である。
 幸い、あの夜には異世界の住民たちが協力しあい、これは地球側への緊張にも繋がった。これで危機感を持つ地球側の出資者や軍、政治サイドからの資金と人員などの協力を得られやすくなった。
 もちろん、異世界側も協力体制などと組むかもしれない……。

 が、それは科学と軍備に対してである。

 我々世界の中心が狙うのは科学や兵器による直接的な攻撃でも恫喝でもない。
 異世界への資本主義の導入。
 この一手である。
 既に地球側の資本主義は借金を重ねて爆走するほか無い。しかしここへ異世界という巨大で無垢で無菌の経済地盤が現れた。
 経済システムが地球側から見て、二百年は遅れている重金主義や重商主義。果ては貨幣の概念すら怪しい国家まで存在する。

 これは地球側が遠い未来において主導権を握るチャンスに他ならない。

 再び世界の中心をここへと引き寄せるための遠大な計画。
 中心で最年少である私とて、その世界を見る事が出来るか怪しいものである。

 雄弁は銀。沈黙は金。
 そんな格言があるがまさしく今の私がそれである。
 人はこの格言を見て、一辺倒に沈黙が良しと勘違いするかもしれない。しかし、よくよく考えれば雄弁であれば銀を。時を見て沈黙すれば金を得られるのだとすれば、使い分けるのが最上の手である事は自明の理である。

 科学と兵器の大切さを雄弁に語り銀を稼ぎ、内なる野望を胸に沈黙を持って金を得る。
 世界の中心がここに引き戻されたとき、資本主義はさらに大きな果実となって腐り落ちるまで肥大しつづける事であろう。
 それをもぎ取るのは地球。そして世界の中心である我々が……。

「果たしてそう上手くいくのでしょうかねぇ」

  * *

 * *

 私の名前はワイズ・ツールマン。
 科学の申し子にして科学の徒であり科学の奴隷として科学の崇拝者。

 世界は科学というメガネを用いて初めて観測される。無為自然な視点では観測と成り得ない。

 この様に科学の申し子である私にも趣味が必要である。もっとも私の趣味は結局のところ科学に帰結するのだが……。
 ディスプレイの中で舞う三重の塩基配列は、エルフの遺伝子モデルである。趣味で弄っていたモノが思わぬ反応を示してなんともジレンマだ。出来れば仕事の方が上手く行って欲しいものですが、如何なる運命の悪戯なのか。

 今目の前にある現象を結果だけ述べるならば、
 ダリアの遺伝子が溶解プールに落ちた六義の遺伝子を取り込んでしまった。
 という訳だ。

 あちらのエルフはお盛んで恋泥棒ならぬ遺伝子泥棒とまで揶揄されてはいるが、いやはや遺伝子まで淫乱とは異世界の神秘に脱帽と言いざる得ない。科学的アプローチでは植物遺伝子との結合しか成功しなかったというのに、相思相愛の遺伝子ならば容赦無く喰らう。新しい性交を観察した人類最初の栄誉もまあ良いが、エルフは肉体を失ってまで愛を得ようとは……。

 これを誰に報告すればいいのか。
「エルフは死してなお。溶解され染色体のバラバラ死体になりながらなおも。……なおも愛を得ようと愛人を貪り食う」
 ……と?
 ディスプレイに映し出されるダリアは一定の長さの核酸分子になりながら、六義の構造遺伝子を得ようとする様は一種の神々しさや愛の崇高さすら思わせる。
 だが科学の眼鏡を掛けるツールマンに取って、それがただの化学反応であると理解している。何らかの外的要因があったにせよ、エルフの異質な三重螺旋遺伝子が持つ特性だ。
 しかし――と、私は思う。

 死してなお愛する人の遺伝子を欲するエルフの有様は我々に新しい愛の形を見せてくれるのではないか?
 そんな想像が私の頭に浮かぶ。
 科学の申し子と自称する私が、形而上の何かに思いを寄せる。
 まるで恋のようだと私は自嘲するが、どうしても拭いされない。もしかしたら人類はエルフを介して愛の公式を得ることが出来るのではないのか? 理論の理の字もない。論理の論の字もない。トンデモ理論。馬鹿げた論理。

 だから私は沈黙する。

 この科学に支配されたこの私の脳味噌の片隅で、「愛」などという記号が組み込まれた夢物語の公式を思い描いた事を……。



「でも私は貴方に感謝してるのよ。ガラスの靴を直してくれたから。科学の魔法使いさん」

  * *

 * *


  • まさかの後日談でした。事件後で変わった心境や状況が沈黙でまとめられているのが意外と分かりやすくよかったです。キャラの登場順も上手い構成でした -- (名無しさん) 2013-11-02 16:46:20
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最終更新:2013年11月02日 16:37