「清浄さん。急な話ですが、ゼプトさんと及びしてよろしいですか?」
カーターが真っ白な表情で提案する。
「……急過ぎてびっくりするより、俺のDQNネームが厨二ネームに進化したことにびっくりしたぜ」
書斎で書類を眺めていた清浄は、棒付き飴を加えかけた姿で深い嘆息をついた。
「いえ。個人的に『清浄』という字がどうしても馴染めないものでして……。失礼かとは思いましたが、清浄は数の単位でゼプトとも表します。申し訳ありませんが、手前勝手な呼び名を考えさせていただきました」
「言われてみれば『浄化して清める』なんて
スラヴィアに取っちゃぁ命日になりそうで微妙だな。ところでほんと、カーターは地球とか日本に詳しいね」
ティータの領地入りをして一週間。既に清浄とカーターは仕事も私事も気安くやり取りできる関係になっていた。
ティータが領地として拝領したゴウガシャ地方は、三方を山に囲まれた小さな村を集めた郷である。主な産業は林業と狩猟に僅かな農産物の生産と、細々と奥まった村である。
交通の要所ではないが、すぐ近くに
ミズハミシマへ出る船も多い大きな港がある。立地はさほど悪くないが田舎である。よくいえば避暑地のようだが、悪くいえば何もない。
領地にたどり着いて、ティータと清浄はカーターの協力を得て精力的に運営を整えた。
経済的な改善は元より、領民との交流やら生活の視察。果ては歓迎を受けてお返しに、みんなでお菓子作りと振る舞いをしたりと忙しい。
カーターの助力も大きいが、昼夜問わずティータに付き合ってなお元気な清浄の活躍も目覚しい。
「ゼプトさんは人間ですから昼に領民と仕事をなさいますが、夜も我々やティータ様にお付き合いされますよね? いつ寝られているのですか?」
「……え?」
清浄は質問の意図を図りかねるという顔で、カーターに聴き直す。
「いえ、いつ寝ているのかと。寝てますよね?」
「……は?」
ポカンとする清浄と、答えを待つカーター。
そんな書斎に、華やかな領主様が飛び込んできた。
「セイジョー! ババス伯の投資金を預かってきたわよ!」
ティータはスラヴィアで一般的なナイトドレスに身を包み、病的に白い肌を惜しげもなく晒している。隣の領地を納めるババス伯は、ティータが≪こどものきょうえん≫に参加していた頃から知り合いだ。ティータは不躾ながら挨拶をかねて領地運営に投資をしてもらう相談に行き、清浄提案の契約で取り付ける事に成功した。
「……ま、現状は投資っていうか借金だけどな」
ガリガリと棒付き飴を噛む清浄の姿は苛立たしげに見えるが、実は照れ隠しでもある。これを知っているティータは、ドレスの裾を摘みながら清浄の椅子へと枝垂れかかる。
「あら? 結構心地よく出してもらえたわよ。お菓子にも興味深々だったけど……わたしの魅力にもメロメロだったから」
「スラヴィアンにもロリコンがいるんだな」
「それはババス伯にも、わたしにも失礼ね」
手触りの良いイブニンググラブを付けた腕で、清浄の首にまとわりつく。体温を奪われ少し不愉快だが、清浄は特に逆らったりはしない。
「ババス伯はね、アンタの知らないわたしの事も知ってるのよ。≪こどものきょうえん≫じゃ結構、贔屓にしてもらったんだから」
「はいはい。ロイコンロリコ……」
清浄の嫉妬を誘うつもりだったが、あしらうつもり満々な態度に腹を立てたティータは両手に力を込める。清浄の声と息が止まり、タップする手に噛み付きながらティータの顔には徐々ながら邪悪な笑みが浮かび始める。
「そこまでです。ゼプトさんが屍人の仲間入りになりますよ。……それでティータ様。土地屍の方々はどうなさいましたか?」
イチャイチャラブラブなのか殺人なのか分からないが、カーターは割って入った。
「ん? ああ、土地屍ね。一応、カーターの御陰で協力は得られたわ」
土地屍は土着のスラヴィアンであり、領地民ではあるが厳密には配下ではない。ティータが力を分け与えた部下はまだおらず、この土地の僅かな神力で自然発生した屍人は重要な働き手であり同時にしっかり管理をしなくてはならない。
戦力にもなるが、絶対服従ではない。微妙な立ち位置である。
早く力を分け与える屍体を用意し、ティータ独自の配下を得なくては行けない。しかし、元々地球人であるティータは、いまいち乗り気ではなく避けている様子まである。
仕方なくカーターは土地屍人に協力を得る話合いをし、ババス伯との挨拶と並行して土地屍人たちとの交渉も薦めていた。
「となると次の問題は、≪饗宴≫ですね」
カーターの一言で重苦しい空気が書斎に伸し掛る。
現在、ティータは不意打ちのような饗宴を仕掛けられていた。
ゴウガシャ領に隣接した領地を納める領主に、アト卿という
ケンタウロススケルトンがいる。彼は貪欲かつ博奕打ち気質で、弱い相手とみるとオール・オア・ナッシングで饗宴を仕掛けるのだ。
特別な事情があれば饗宴を断れるが、領地整備に全力を注いでいたティータたちは隙をつかれ断れない状況になっていた。
「まあ相手の情報は揃ってるから、なんとかなるかもしれんがな」
朝というスラヴィアンに取っては活動外時間に、いきなり饗宴を申し込んできたアト卿の資料を、既に清浄は掴んでいた。
清浄は準備を怠らないからこそ気楽なのだ。彼は領地につくなり近郊の危険な領主をカーターの協力の元、調べ上げていた。もっともこれほど早く、しかも朝に使者を寄越すとは読めなかったようだが。
「日程は七日後。ルールはオール・オア・ナッシングで、攻・守・個人の三戦形式。全力での野戦を避けられたのは幸いでした。今のティータ様に数の利がありませんからね
負けたら領地から力、全て失う。
先ずは領地を攻めつ攻められ、最後に個人戦で先に二勝した方が勝ち。そういうルールをチョイスさせる事が出来た。
「でもよろしいのですか? 攻・守両方に勝たなければティータ様が個人戦に出ることになります」
領地で戦い合う攻・守ならば、ティータ消滅の危険性は低い。だが、個人戦となると危ない。
「ん? ああ数の利はもうこっちに有利なんだぜ」
清浄はこともなさげに言う。
「どういうこと? セイジョー? 協力してくれるからって、土地屍人の数なんて数十人よ」
「借金を前もって取り付けてあったからな。金を後から貰う条件で早く片付けたのが幸いした」
「……? それがどうして数の利になるの?」
「俺たちが負けたら、借金の取立てが出来ない契約になってるからな。それを理解できる投資家なら戦力の融通くらい頼めば聴くだろ?」
カーターとティータは同時に息を飲んだ。
「そ、それでババス伯を中心とした周辺諸侯に、必要のない投資を申し出たのですか……」
カーターは絞りだすような声を紙の身体から出す。
「こっちの立場が不利になるように思えて、その実、金で縛る作戦だ。もっとも戦費は出さないといけないし、利子とか配当を多めにしたから諸刃の剣だけどな」
清浄はさも当然とした様子で、書類の数字を調整していく。
「でかしたセイジョー!」
喜び勇んだティータは、セイジョーの頭に胸を押し付けるような形で飛び込んで抱きついた。
「首痛い、痛いって」
清浄は無邪気に喜ぶティータを引きはがし、正面に見据えた彼女の表情を見て思わず棒付き飴を飲み込みそうになった。
ティータの瞳は潤み、華奢で小さな身体は僅かに震えている。
「ありがとう、セイジョー。どうなるか……心配だったの。わたし」
饗宴が怖くないはずがない。ティータは領地と力を失うだけでなく、消滅の危機が遠のいた事に安堵しているのだ。
所詮、こどものきょうえんは遊びのようなものである。
初めての饗宴を前に不安だったのだろう。
清浄はそんな可愛らしいティータの姿を見て、
「べ、別にお前の為にやるんじゃねーよ。そ、そう、兵法家の家系としてその知識を試してみたい。俺のためなんだよ」
思わず強がった。
「な、なによ! ……そう。分かったわ。せいぜいその現代地球には役に立たないかび臭い兵法とかをこのわたしに役立てなさい! そうね、ごほーびくらいは用意してあげるから!」
ああ、なんだろうこのツンデレカップルは……。と、カーターはうなだれ、困ったように真っ白な顔に手を当てた。
「ところでこっちの戦力が分からん。こどものきょうえん優勝とかいうが、ティータはどれくらい強いんだ?」
「少々、お待ちください」
清浄の疑問に、カーターは何故かペンで自分の顔に図形を書き込む。それは左目にメガネをかけたような形だ。
そうしてティータの顔を見ながら、カーターは神妙に頷く。
「ふむ、ティータ様はおよそ45ポイントですね」
「なに? その45ポイントって?」
ティータは首を傾げた。
「戦闘力です」
「ドラゴ○ボールかよ!」
清浄が突っ込む。
「ていうか、それってスラヴィアンとして強いのか?」
「残念ながら平均以下です。アト卿が70ほどですし、個人戦での勝利は無理でしょうね」
どういう仕掛けなのか分からないが、神力だか戦技を調べる力をカーターは持つらしい。清浄は突っ込みをいれたが、内心ではすげー役に立つじゃんこれ! と絶賛していた。
「おや? ゼプトさんは10ポイントですね。なかなかのものです」
「そうなのか?」
「ええ、一般の兵士長くらいですね」
「あんまり高くないよーな、気がすんだが……」
微妙な評価に珍しく清浄が落ち込む。
「しかし、10というのは区切りがよいですね。ちょうどよいのでティータ様は4.5ゼプト。アト卿は7ゼプトと評価を変えましょう」
「「単位かよ!」」
ティータと清浄が同時に突っ込んだ。
カーターは真っ白な表情だが、どこかドヤ顔風な態度だ。
「私、思うのですが。ライダ○マンってチョップ以外は他のライダーと比べて、すべての評価が相対的に1なんですよね。スト○ンガーのパンチが9。一号のパワーが5とかに対して。これってちょうどいいから『二号のパワーはおよそ7ライダ○マン』とか『アマ○ンのスピードは10ライダ○マンだ』って単位化して良いかと常々……」
「なにを言ってるんだお前は?」
どうやらカーターは地球通というより、オタ通だったのかもしれない。
「ま、まあ趣味は人それぞれじゃない? セイジョー」
「そ、そうだな」
清浄とティータの意見が合うのは珍しい事なのだが、喜ばしいとはお互い感じなかった。
- このシリーズは国関係なしに楽しめる。 タイトルの語感の良さから惹かれたけども、スラヴィアンというスパイスとその混ぜ方、スラヴィアという舞台の活用なども面白い。 今話で清浄→ゼプトと理由が明らかになったりと毎度見所や盛り上がる場面があるのが良いな -- (名無しさん) 2013-11-01 00:57:21
- スラヴィアンの領地運営や饗宴など具体的に会話の中で見えてきて想像が膨らみます。地理部分がしっかり作者さんの中にありそうなのがすごいと思います。それにしてもぺらぺらなのに何かと頼もしいカーターさんでした -- (名無しさん) 2013-11-16 17:30:21
- 楽しい。戦闘じゃない経営での広げ方ってのが面白かった。カーターがすごくいいキャラ -- (名無しさん) 2014-07-08 23:30:05
最終更新:2013年11月01日 00:51