ゲートが開くほんの数年前の事だ。
<地球側>が東西冷戦まっただなかで、中東での危機を目の当たりにしている頃、<11門世界>の
マセ・バズークでも驚異が広がりつつあった。
直接的な武力によるネットワークの拡大の時代から、間接的、交渉的、ある種の商業的、為替相場的といったより高度な情報戦による
ネットワークの拡大へとシフトしつつあった蟲人達による争いに、ひとつの最終局面が訪れたのである。
すなわち、武力派による最後の抵抗。戦争である。
女王蟻達は報皇の座を目指し、彼ら彼女らの神である
ディルカカの演算領域を得るため、菌糸ネットワークの領域を拡大させていく。
それがマセ・バズークの理である。
女王蟻の生み出せる子の数は有限であり、それゆえに「どの子を、どれだけ」産むかもまた、女王の采配によるのだ。
戦略がシフトした事により、従来の戦闘的な蟲は生産数を控えられ、情報収集、情報処理、菌糸生産・管理といった任務にあたる蟲が
数多く誕生しつつある中、この最後の武力戦争は開始された。
発端は、ネットワーク拡張争いに多大な不利益を得て、報皇の座を諦めざるをえない所まで追い込まれた、ある女王の暴走であった。
通常ならば、マセ・バズークの理の手続に従って、不利となった群れは全ての活動を譲渡した後に群れを解散し、有利である群れが
不利な群れの残余蟲人及び菌糸領域を引き受ける、という方法を採る。だが、この女王は通常では考えられない手段を採用した。
残余のリソースを全てつぎ込んで、超戦闘特化型の蟲を産んだのである。
これはマセ・バズークの理を思えば、まったくもって非合理極まりない存在である。
なぜならば、たった1体の蟲では、本来の目的である菌糸ネットワークの領域拡大は望めないからである。
あえてこの状況を<地球側>で例えるならば、補給船も随伴艦もない最強の戦艦を1隻だけ製造したようなもの、
あるいは使用する目的も無くネットワークにも接続されていない超高性能のサーバを1台だけ製造したようなものだ。
そしてなお悪い事に、女王はこの超戦闘特化型の蟲を産みだした無理がたたり、数日後に息を引き取ったのである。
女王の制御を失った超戦闘型蟲は暴走し、目的無く近隣の群れを襲い始める。
この情報はマセ・バズーク全土に広がり、さらに酷い情勢を生み出したのである。
それは、同様に不利な状況へと追い込まれていた直接武力派の群れが、同じく自暴自棄な超戦闘特化型蟲を産みはじめたのである。
いつしかそれら群れはマセ・バズークの一角に集結していき、非社会性蟲人も巻き込んで『最後の武力派閥』が誕生したのである。
<地球側>で言う、1987年の事である。
既に情報化群れにシフトしていた蟲国の多くは『最後の武力派閥』に正面から抵抗できるだけの武力を有していなかった。
それらの襲撃に怯え、せいぜい拠点防衛用の蟲を配備するくらいしか手立てが無かったのである。
だが、対抗するには弱すぎた。超戦闘特化型蟲は言ってしまえば単独で1つの群れの戦闘力に匹敵する存在である。
特に群れの全てのリソースを注ぎ込まれて産まれた『クバイシラ』『オズバウト』『トスブダウド』らは驚異中の驚異であった。
国を滅ぼされ、1国分の菌糸ネットワーク全てが失われた事など、この時期はざらにあったのである。
『最後の武力派閥』の超戦闘特化蟲・・・いつしか壊蟲と呼ばれるようになったそれらは、偶然なのか必然なのか、
次第に情報領域そのものを破壊しつつも、菌糸ネットワークの一部を強制的に占拠し、ディルカカの演算領域を得始めた。
そしてそこで過去の情報を得て、自らの運命を知ったのである。国家の黎明期、神自らが同じ事をして楽しんでいた事を知ったのである。
彼らが『それ』の再稼働を阻止しようと動き出すには、あまりに遅かった。
蜘蛛型の壊蟲『ダイルウスン』が消息を絶った時、『最後の武力派閥』の命運もまた断たれたのである。
ダイルウスンが死の間際に伝達した情報は、絶望というにも生ぬるい存在の示唆であった。
全身を漆黒の甲殻で固めた『それ』は、ダイルウスンの吐き出す超高圧・超粘着の糸を易易と切り裂き、
総重量5トンにも達するダイルウスンの巨体を軽々と投げ捨て、右腕を超赤熱化させてダイルウスンの皮膚を破り臓腑を焼き、
かろうじて反撃に出て牙によって左腕を切断したにもかかわらず、即座に再生させてみせたのである。
その情報の最後は、逃げ惑うダイルウスンに向けて、亜音速で止めを差しに来る『それ』の姿であった。
大古書亜神目録に、以下の名前あり。
『飛蝗神ブラカレクス』漆黒のイナゴの姿で記される、神の生み出した戦闘蟲だ。
黒いイナゴ、或いは黒い太陽の伝承は地球にもアバドン、或いはアポリオンとして残されている。
アポリオンという名が示す通り、それは太陽神アポロンの破壊の側面とされている。
たとえ超戦闘特化型の蟲人であっても、世界の理を超える事は無い。
ダイルウスン戦で見せた異常とも言える戦闘力の高さ、特に右腕の超赤熱化と超再生については、亜神だからこその能力と言える。
亜神目録によれば、世の理が乱れる時、神により1匹の黒イナゴが世に放たれ、黒イナゴは地を海を空を喰い亜神となり、
世を乱すもの全てを食い尽くして死に至り、その死体が再び世を富ますのだという。
普段はネットワークの奥底に情報体として封じられている『それ』が、何らかの意思によって起動したのだろう。
それがディルカカの思惑なのか、情報化群れ国家によるものなのかは、誰にもわからない。
だが『それ』は、武器無き蟲達の嘆きの声に呼応するかのごとく現れた。
戦いの結末など、あえて述べなくともわかるかと思われる。
今日、<地球側>からのバックパッカーたちが気軽にマセ・バズーク内を旅できるほど安全だという事が、一体どういう事なのかを思えば。
ただ、『それ』の話を蟲人たちに聞くのは難しいだろう。情報ネットワークの奥底に、記録としてしか残ってはいないだろうから。
あるいは『それ』はまだ、戦いの中にいるのかもしれないが。
- バイオとデジタルとリアルブレイクのウォーゲーム。国で起こる大きなできごとはどこまでが神の思惑なんだろう -- (名無しさん) 2013-07-16 23:47:47
- 例えと特化蟲人が兵器という点で合致していて雰囲気がありました。マセバズークのワクチンにも桃太郎侍にも思える飛蝗神の活躍もダイナミックで解説にも凄味がありました -- (名無しさん) 2013-11-16 17:35:59
最終更新:2014年08月31日 01:39