ラ・ムールの砂漠は、観光気分で訪れるにはあまりに広く、あまりに広大すぎた。
水と食料にはまだ節約すれば数日分は持つだろうという量は残っているが、誰ぞ住んでいそうなところに辿り着くまでにはおそらくは足りないだろう。
「むむむ・・・どうしたものか」
そもそもなぜこのような砂漠のど真ん中に居るかと言えば、全ては不徳の致すところではある。 観光客を乗せた竜馬車が休息のため停泊していた折に、ふと見かけた遺跡のような建物に興味を持って近づいてしまったのが運の尽き。
遺跡に向かっている間に竜馬車は出てしまい、そして私は取り残された。 しかも遺跡は蜃気楼であったのか、影も形もありゃしない。
このままではいずれ干物になってしまう。 ふとその時、砂中に妙なものを見つける。
「何だこりゃ・・・壺か?」
そう、壷である。 まごう事無き壷である。
「まさか、こすったら魔神が出てきて願いをかなえてくれるなんてことは・・・流石にないよなぁ」
溺れる者は何とやら、とは言うが、流石に御伽噺に縋るほど夢想家ではない。 せいぜい大きさが手頃なので無事生きて街につけたらそのまま土産代わりにしようかという程度の認識であった。
のだが。
突如壷からモクモクと煙が立ち上り、それはやがてヒトに近い形を成す。
「はあっはっは! よくぞ見つけてくれたね! 感謝するよ!」
「・・・え、マジ?」
まさか本当にランプの・・・いや壷か、壷の魔神が出たというのか!? 驚嘆する暇も惜しむかのように、煙が形を成したソレは言葉を続ける。
「感謝するぞ異界の者よ。 恩賞に貴殿の願いをどんな物でも叶えてやろう!」
「マジか! だったら俺を『
ゲート』のところまで連れて行ってくれ!」
「ふむ、そうか。 ならばここから南東に進むとよいぞ。 私も同行しよう」
「・・・え? 連れて行ってくれるんじゃ、ないの?」
「我は願いを叶えると言ったぞ? だからこそ、『ゲートの所まで行く』という、熱き魂滾る試練を求める貴殿の願いを叶えてやろうとしているのではないか」
「なんでそうなる!? じゃ、じゃあ・・・今すぐ食い物か飲み物を出せ!」
「心得た! 貴殿の願い、叶えよう!」
はた迷惑極まりない魔神が声高らかに叫ぶと、すぐ近くの砂丘が崩落を始め、中からまるでトンネル掘削に使われるよなシールドマシンを生々しくしたような、超巨大な物体が姿を現す。
「あれこそ砂漠大線虫《ワームビースト》! 肉は食えるし生血は飲める! 『今すぐに食料を求める』という試練に相応しい相手だ! さぁ狩れ! 思う存分食すが良い!」
「ふっざ、けんなぁぁぁぁぁぁ!」
砂漠のど真ん中で、何の身構えも武装もない、平和な異界育ちのヒト一人が砂漠大線虫の前に放り出されて、逃げる以外の選択肢を取れようはずもない。
「はっはっはぁ! 試練だ! これぞ試練! 素晴らしいなぁ! そうは思わないかね!」
「この壷なんで追ってくるんだよぉぉぉ!」
異界ヒト、壺、砂漠大線虫の順番で砂上大レースが繰り広げられる。 だがいかんせん異界ヒトはごく一般的な身体能力の旅行客、砂漠大線虫の猛追の前には為す術もない。
「くわれるぅぅぅぅ・・・あれ?」
背後の轟音が鳴り止んでいる。 一体何事?と振り向いてみれば、あの生シールドマシンもとい砂漠大線虫は、縦横に掻っ捌かれて、どう見ても斬死を遂げている。
「で、アンタはこんなとこで何やってんだ」
背後から声をかけてきたのは、明らかに砂漠を渡り歩くには向かない、寒冷地向けの完全武装に身を包んだ少年だ。 僅かに覗く顔の作りからすると猫人だろうか。
「い、いやその、観光の竜馬車からはぐれて置いてけぼりになったら、この壷が試練だとか言い出して、そしたらデカいミミズが追いかけてきて」
「はっはっは! 運も実力のうち、いい試練であったな異界ヒトよ! ではアレを食して次なる願いを申し出るがよかろう!」
「・・・うるせぇ壷だな。 叩き割っていいか? いいよな? イエスオーライって言え」
「イエスオーライ。 ぜひともお願いします」
猫人の問いかけに、異界ヒトは即答で応じる。
「よし、んじゃ試し切りと参りますかね。 おっと、アンタはあんまりコッチ見聞きしないようにな。 多分気が狂っちまうから」
少年はいずこからともなく、凄まじくおどろおどろしい仕様で、漫画でよくある巨大な剣のようなチェーンソーを取り出して壷に迫る。 異界ヒトは猫人に言われるまま、回れ右して目耳を塞ぐ。
異界ヒトの耳にかすかに聞こえてきたのは、話せばわかる、そうだ、貴殿にもとても素敵な試練をプレゼントしようじゃないか、生憎と試練ならもうとっくに間に合ってんだよ糞が、ま、まて、試練《はな》せばわかる、はな、ウボァー、という程度であった。
「災難だったなアンタも。 ま、ここまで来りゃあとはなんとかなんだろ」
「ホント助かったよ、ありがとう」
猫人の少年がどこからともなく呼んできた涼やかな色彩と体温の大きな虎にまたがり、近くのオアシス村まで運んでもらった。 村人によれば砂漠観光の巡回経路のひとつらしく、数日もすれば乗合の竜馬車が来るだろうとのことだ。
村の入り口で「故郷に帰る」と言う猫人の少年を、なぜか縦方向に姿が見えなくなるまで見送った異界ヒトは、少ない路銀で宿泊できる宿を探してオアシス村を練り歩くことにした。
宿らしい宿もなく困っていたところに、ありがたいことに労働の対価ではあるが泊めて頂けるという村人の御厚意に甘えて村のとある家にお邪魔した晩、今日の出来事を家主に話してみた。
「おぬし、災難じゃったの。 おぬしが見つけたのは恐らくは『試練の壺』じゃの。 甘い言葉でヒトに付け込み、手痛い試練を以て弱い心を食い物にするという、太陽神様の慈悲もない心根の権化のような存在じゃて」
やはり地元民にもあの壷は嫌われているらしい。
「しかしじゃの、岩に叩きつけようと、砂漠大甲虫《メガクロウラー》が踏みつけても噛みついても砕けることがないという『試練の壺』を割った、とな・・・ふむ」
家主の神妙な顔は印象深かったが、それ以上のことは家主は何も語らなかった。 余所者にうかつに話せない事情でもあるのかもしれない、と思い、それ以上は踏み込まないことにする。
さぁ明日からは一宿一飯の礼として畑仕事を手伝うことになっている。 早く寝て明日に備えることにしよう。 異界ヒトは安心して眠れる寝床に就くのであった。
- ふんだりけったりの上にふんだりけったりになるのは試練に満ちたラムールならではでしょうか。結果オーライですが読む限りオーライを全く盛り込んでいない試練授与の基準にちょっと寒気が -- (名無しさん) 2013-12-08 17:31:48
最終更新:2013年12月08日 17:27