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【ゼプトの恋人 初戦の価値は無限】

 ケンタウロススケルトンであるアト・ゼータはナイト爵という低い身分で満足している。

 スラヴィアでは爵位はほとんど形骸化しており、優劣や序列を含んではいない。しかし、格下というイメージとそのものを払拭してはいない。アトはあえてそのイメージを甘受し、その上で力を蓄えるという道を選んだ。

 今日もその武功と実を得るために、ティータ・ローチャイルドが治めるゴウガシャ地方へと攻め行った。
 月も高く風も穏やかな今宵は、まさに饗宴日よりである。
 ゴウガシャ地方は新しい領主が配されたばかりで、未だ戦力が整っていない。こういった領地を饗宴で奪い取るのがアト卿がいつも行うやり方である。
 彼に取って、スラヴィアンでありながら温情やら様子見といった軟弱な行動を取る者は出し抜かれる存在と認識していた。アト卿は出し抜かれる側にならないために、先んじて饗宴を申し込む。しかもオール・オア・ナッシングで奪えるだけ奪い、力の補填に余年がない。

 これも彼が彼なりに考えたスラヴィアンとしての生き方である。
 アト卿のような些か乱暴なスラヴィアンも饗宴を盛り上げる一つの要素であり、饗宴に刺激を与えるため邪険にはできない。

「うむ。橋を落とされて進撃を止められる事が心配だったが、それも無いようだ」
 アト卿は石造りの橋を蹄で踏みしめながら、ゴウガシャの戦場区域に侵入した。
「ええ、ローチャイルド殿も饗宴の為に領地運営に支障があってはならないと判断したようですな」
 骨の馬に乗るスケルトンが、主人のアト卿に同意した。彼はアト卿の副官であり、古くから使えるスラヴィアンである。
 アト卿の心配は、橋を落とされ足止めを食らい時間切れになるだけが心配だったのではない。橋は領地運営に重要であり、勝ってこの地を手にいれた際には落とされては何かと不便だからである。

 橋を越えるとそこにも川幅の広い川があり、こちらの橋は落とされていた。
 しかし、木造であるこの橋はすぐに直す事出来そうだ。しかも川は浅く、体格の大きいケンタウロス種にはさほどの障害にはならない。騎兵の多いアト軍勢には、大きな足止めとはないらない。
「ふむ。それでも時間稼ぎはしたいようだな」
 ひざ下の水を払いながら進軍し、一度アト卿は隊列を整えた。これから先は全て山道であり、ゴウガシャ地方が山の領地である事を再度認識させる。
 この間に斥候を周囲に放ち、アト卿は情報を収集する。

 これによって今、渡河した上流には筏で出来た橋があることが分かった。下流の橋を落としてわざわざ上流に粗末な橋をかける理由は分からなかったが、周囲に兵も無いため恐らく敵側の一時的な物資運搬か兵員移動用と考え、アトは特に問題視しない事にした。無理に戦力を割いたり時間を浪費することを避けたかったからだ。


 地図を見れば北に山があり、道はトの字型である。南から侵入するアト卿はこのトの字型の道を北へ進軍し、山頂にある城砦を落とすかティータ・ローチャイルドを倒せば勝ちとなる。
 しかし前もって得た情報によると、ト字の東では砦を建設していると言う。
 トの字型の道を北に突き進めば、東から出てくる敵部隊に坂下からとはいえ背後を襲われる事になる。だからとはいえ東を攻めるとなれば時間を取られる。

 アト卿は改めて北の山を見上げた。
「まずは東の様子を見るか。北の城砦を攻めている最中に背後を襲われてもかなわん。それに東にローチャイルドが入れば背後の突かれたときの被害が大きくなる。抑えられるならば、その建設された砦を落とすのが先であろう」
「東の砦を攻める最中に北から敵兵が出てきては?」
「東の敵によるな。まずは斥候の報告を待つか」
 と、そこへ斥候からの報告が上がった。

 東の砦は未だ建造中であり、まばらな柵と陣があるだけで形を成していない。

 これはアトに取って吉報であった。
「アト様。これは東を先に落とすが上策かと。恐らく挟撃と籠城を両天秤にかけて失敗したのだと思われます」
 副官の意見を聞き、アトはしばし一考する。
「……うむ、私もそう思う。よし速攻と駆逐は我々の信条。東を落とし後顧の憂を取り除いてから北の城砦を落とすぞ!」

 アトの号令の元、三百を超す屍人の軍が進軍を始めた。
 アト軍はスケルトンケンタウロスを中心とする言わば、軽騎兵部隊である。スケルトンが骨の馬に乗る部隊もあり、通常の肉体を持つ兵士もほとんどが騎兵しているかケンタウロスである。
 随伴する歩兵は僅かに八十。歩兵は警戒と障害排除が主な任務であり、アト軍が攻撃特化であることが窺える。

 対するローチャイルドは借り受けた兵と土地屍人の混成で僅かに二百。しかも騎兵は皆無であり、機動力が大幅にかける。しかし、防衛側であることを考慮するとさほどの不利差はない。

 アトにすれば敵が北と東に兵力を分散してくれているならば、好機と考えていた。もちろん敵とて無策ではないだろうが、圧倒的突進力と機動力を誇るアト軍ならば短期決戦で付け入る隙を与えない。
 彼には自信があった。

 しかし進軍はいくつか奇妙な問題に突き当たった。

 まずは進軍ルートに巻かれた白い粉である。
 調べるとそれは生石灰であり、ローチャイルト産の甘味料を作る際に使用される触媒で有ることが分かった。
 何かの罠かと周囲を探ったが怪しい点はない。副官は「足止めの類でしょう」と判断し、アトもこれを聞き入れた。

 とはいえ生石灰は水と激しく反応するし、屍人とはいえ水分があれば発熱する。
 道に広がる石灰を避けながらの進撃となり、僅かばかり時間を消費した。

 次にあったのは案山子である。

 ト字路地の手前にて敵影有り。と、先鋒隊から報告を受けたが、近づいてみれば藁で出来た案山子であった。
 丁寧に槍に似せた枝と丸盾が持たせてあり、たしかに遠目には敵隊列に見えた。これが夜目の効かないスラヴィアン以外ならば、無駄な矢を撃たせるくらいの効果があったかもしれない。しかし、屍人たちは元々、夜に行動する。
 案山子など多少、目を凝らせば遠目でも判別がつく。

 これも時間稼ぎだと判断し、アトは進軍に邪魔な案山子だけを破壊して兵を通らせた。

 ト字路地を東に進み、やがて砦の出来損ないが見えてきた。

 格子の柵はまるで歯の抜けた古い櫛の疎らで、合間合間の隙間には埋めるように木製の矢盾が立てられている。
 柵そのものは頑丈そうで、上部先端はしっかりと尖っている。あれが隙間なく配されていれば、アトの騎兵隊も手古摺っただろう。
 しかし、疎らな配置では隙間そのものも抜け目になり、全体の強度も遥かに劣る。

「やはり時間稼ぎで少しでも砦の建設を進めたかったようだが、あの土木能力では無駄だったようだな! よし! 全軍、一気にあの貧弱な柵を踏み倒せ!」

 軽騎兵といえど、加速したスケルトンケンタウロスの突撃力は高い。武装も練度も高く、急拵えの柵などあっというまに突破するだろう。
 十分に加速し、鎧を着込んだスケルトンケンタウロス兵たちが一気に砦の出来損ないへと殺到する。

 数十秒後には、柵が破壊されのものとアト兵達は思っていた。
 しかし、ローチャイルド側の戦術は「防御」ではなかった。

 隙間を埋める数々の矢盾がパタンと倒れると、そこには車輪があった。矢盾は隙間を埋める物ではない。
 柵に付けられた車輪を隠すためである。
 そして柵は柵であって柵ではない。

 アト軍に向けて柵の先端が倒され、それはまるで槍衾のような武器となった。格子状の荷車と化した柵を押し、突撃するローチャイルド軍。柵の内側……倒された今は上側となっているが、そこにも無数の短い鋭い突起が設置されており、荷台に飛び乗る事は叶わない。

 突撃の勢いに乗っていたスケルトンケンタウロスたちは、身を躱す事ができずに次々と柵の尖った先端に突き刺さり、または荷台上部の突起へと倒れ込んだ。

 ここで彼らがスケルトンである事が災いした。

 柵の格子と突起に隙間だらけの骨が引っかかって絡まり、まったく身動きが取れなくなった。しかも軽さが裏目に出て、さほど柵への負担とならずローチャイルドの勢いは止まらない。

 通常、槍衾のような高度な攻撃は寄せ集めの兵では出来ない。しかし柵という形になっていると、十の槍が纏まって進むことになり、少数人員で攻撃を行えて、しかも隊列を整えやすい。
 打ち漏らされたアト兵たちは、後続の槍兵に討ち取られ果てる。

 あまりの一方的展開に驚いたアト卿であったが、素早さが信条の彼は全軍への撤退を支持した。
「ト字路まで撤退する! 角ならば敵の突撃は弱まる!」
 こちらの突撃と敵の突撃が、相手にとって有利な噛み合いであれば退くに限る。

 実際、足はこちらが早く、ひとたび兵が翻せば一気に柵の突撃から逃げる事が出来る。絡まるスケルトン兵たちが柵の突撃力を大幅に落としているのも原因だ。

 アトはまだ追い詰められたとは思っていなかった。しかし何か勘が働き、兵たちをト路地を左に曲がらせて北からの挟撃を避けた。
 アトの兵たちは破壊した案山子のあたりまで撤退すると、後方を見やった。
 案の上、柵は突撃力を失っており、ただずるずると押されるだけの荷車となっている。
 これは再攻撃の機会だとアトは兵に隊列を整えさせたが、その間に敵の荷車は更に変貌した。

 車輪が取り外され、荷車はつんのめる用にその場へ逆の形に立てられて柵の機能を取り戻した。
 しかも絡まったスケルトンたちが補強するような姿となり、まるで味方が敵の壁になったかのような光景であった。こちら側に向いた突起も十分な凶器だ。

 これこそ清浄の策。七井家の兵法であった。
 真田幸村が家康を翻弄した攻めると見せては引き、引くと見せては攻める戦い方の派生。

 盾と見せて槍。槍と見せて盾。そして盾から槍へ、槍から盾へ。

 しかもまだ清浄の策は終わらない。
 隊列を整えるアト軍勢へ向け、火矢を放つ。
 アト卿は骨の身でありながら、冷や汗をかくほどの悪寒を感じた。

 今現在、アト兵たちがいる場所は藁の案山子が配置された場所であった。

 よく乾いた藁には一斉に火が付き、後退した時に遅くなった肉体を持つ騎兵や歩兵が主に炎に巻かれ、一部が火の壁の向こうへと取り残された。
 そして分断された側には矢が射かけられ、次々と倒れていく。

 ここに至って、アト卿は己の敗北を悟った。
 アト卿は攻撃的だが、打算的でもある。
 ここで負けても次は守りの側である。しかも、七井清浄から持ちかけてきた交渉で攻守の準備期間は互いに一週間となっている。
 これが清浄に時間を与える結果となったが、今度はアト側の猶予となる。

 攻めで負けても守りで勝てば、三戦目の一騎打ちで勝負はアト側に転がり込む。
 ティータは個人戦力は貴族としては下の下である。屍人しては低くないが、アト卿の前ではまさに子供も同然だ。

 アトは余裕のあるうちに撤退を決めた。
 火の壁は逆に撤退への猶予となった。こちら側にいた全軍は憂いもなく撤退できる。もちろん向こう側は見捨てる事となるが……。

 多少、時間的余裕があるとはいえ、のんびりはしてられない。アト兵たちは途中、生石灰を巻き上げながら川幅の広い川にぶつかった。
 上流の筏橋まで行く余裕はない。そのまま渡河する事にしたアト卿たちに更なる清浄の策が発動した。

 アト卿は水につかる身体が激しく熱を帯びている事を感じた。
 しかも先を進む兵たちは、かなりの熱さを感じているのか、口々に「足が焼ける!」と叫びながら川の中へと没していく。
「……ま、まさかさきほどの生石灰が!」
 副官も暴れる骨の馬を御しながら、思い当たった原因を口にした。
「攻めへの罠ではなく、ましてや時間稼ぎでもなく……。まさか撤退する時への罠か!」

 骨は実は無数の小さな穴がある。
 彼らが普通の人馬であれば、生石灰も川で洗われる結果となっただろう。いや、その前に火傷はするが……。
 小さな穴がある骨は生石灰を吸着し、しかも水に漬かる事によって吸い込まれながら発熱する。多少の熱に耐えられる骨とはいえ、焼けるような痛みが走ればただでは済まない。

 隊列が乱れに乱れたとき……
 清浄の執拗な策が更にアト卿たちへと降りかかった。

 上流からローチャイルド軍の乗った無数の筏が、流れに任せて突撃してきた。しかもティータ・ローチャイルド自身を先頭にして。
「大将が戦場区域入口で伏兵だと!!」

 あまりに常識はずれな手だが、ここまで策が嵌った死に体のアト軍には止めの一撃である。

 決して無能ではないアト卿は悟る。

 アトはこの一戦を落としても後があるが、彼らには無い。つまりローチャイルド側は必勝が絶対条件であり、アト卿の首を取る事が続く二戦を回避するもっとも良い条件なのだ。

 筏は次々と渡河中の兵をなぎ払い、槍や矛、投石が容赦なく降りかかる。
 ティータは無数の筏を身軽に飛び回り、アト卿の姿を見つけるとサーベルを掲げた。
「我こそはティータ・ローチャイルド! ……あ、えーと。んーと、とにかく覚悟しろー!」
 適当な名乗りを上げ、少女は周囲のアト兵を切り払い、彼らを土台にしてアト卿へと飛びかかる。

「せめて一戦、こいつらに誰かをぶつけるべきだったか……」

 後悔の言葉は発せられなかった。
 ティータの繊細で正確なサーベル捌きは、宙を舞いながらもアト卿の首を捉えていた。

 考えれば負けたら全部失うやり方というのも悪くない。悔しがる暇がないからな。
 アト卿は川に沈みながら自嘲した。


  • ただの強奪者ではなく次を考えて饗宴に臨むあたりはこれもまた武人としての姿なのだろうと実感するアト卿。これまでの話でも策で勝ちを収めてきたティータたちなので橋々のくだりは何かと想像をかきたてられました。今までもそうでしたが局面ではなくある程度の場を使っての攻め合い守り合いが醍醐味なシリーズですので簡単なマップなどが挿し込まれているとぐっと戦術戦闘の味も増すんじゃないかとも思いました。敗北する側のキャラの個性も際立つシリーズですがそろそろ策士なる敵方も欲しくなるところですね -- (名無しさん) 2013-12-08 17:59:04
  • 猪突猛進で無策ゴリ押しの相手にはめっぽう相性がよさそうだティータと清浄 -- (名無しさん) 2014-06-24 21:54:56
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最終更新:2013年12月08日 17:35