【少年少女の冒険譚!】

空を見てみよう。抜けるような青空が見える。
雑神と嵐神の影響で気紛れ極まる新天地の天気だが、めずらしく快晴が長いこと続いていた。
わずかに煙の臭いがした。
下には荒野があり鬱蒼とした森があり、森に寄り添うように町があった。
煙は町と森の境のあたりから昇っていた。
近づいてみると、どうやら炭を作っているようだということが知れた。
オーク、狗人、蜥蜴人などが薄着で作業をしている。
また、水をかぶり休憩しているものもいた。今日は暑い、毛深い種族は特につらそうである。
町の通りに人は少ない。この時間、男たちは山か畑に出て女たちは家の仕事で忙しい。
歓楽街などないこの町では夜もまた寂しい。
この通りが賑わうのは朝と夕のほんのひととき、それと季節の祭りのときくらいだ。
町の家々は概ね木製であった。木材をまとめている場所も見つけた。
この町は林業が盛んであるようだ。
開けた場所があり切り株があり、切り株には蜘蛛人の少年が腰掛けていた。
少年は腕四本を前に突き出し、指をうにうにと動かしていた。
その毎に四腕に挟まれた空間が日光にきらめいた。
少年はピーデと呼ばれていた。

ピーデは思う、綾取りをしているときが一番心安らぐと。
自分の糸が自分の技により自分の世界を紡ぎだしている。
日光にきらきらと散乱させる糸はとても綺麗だと感じた。
ふと、手元が陰った。雲のせいではないだろうな。
いやな予感とともに顔をあげると、ああやっぱりと表情をしかませることになった。
グウィー──ペンギンの少女──が陽光を背負って仁王立ちしていた。

「うげ」
思わず漏れた声を聞き逃さないグウィーは、手に持つ巻き物をピーデに突き付けた。
「諸国転覆級の美しさを誇るこのあたしに会っての一言が、うげ?
 それってどういう意味なのかしら? 流石のあたしでもわからないことはあるのよ?
 ねぇピーデ、教えてくれないかしら?」
「あ、ああ、君が知らないとは驚いたな。
 UGEEとは異界の言葉で、そう、敬愛を示す言葉なんだ。
 いやあ、勘違いさせたら申し訳なかった。あははははは」
ピーデの空笑いをパシンと殴って止めて、グウィーは巻き物をこれ見よがしに泳がせた。
「ま、そんなことはどうでもいいの。
 問題はこれよ。これが何かわかるかしら?
 さ、答えなさい」
「いきなり言われても困ることしか出来ないんだけどね。
 とりあえず、巻き物なんじゃないかな」
ピーデの回答をグウィーは鼻で笑った。
「つっ、まんない答えね!見てわかることしか言えないのかしら!
 でもいいわ、許してあげる。
 ピーデが愚鈍愚劣のぽんぽこぴーだってことは、あたし最初から知ってたもの!」
「へいへい、つまんない男ですみませんでしたー。
 そういうグウィーは、どんな面白い答えが思いつくのだろうね? 僕には想像もつかないよ」
「バカね。何でわざわざ間抜けな間違いをする必要があるの?
 あたしは、真実を知ってるのよ」
「あー、そうだねそうだね。君はまったくもって正しいよ。
 それで、巻き物の正体はいったいなんだって言うんだい?」
「知りたいって言うのなら、いいわ!無知蒙昧で哀れなピーデに教えてあげる!
 た・だ・し、地に伏せてあたしを讃えることね!」
「急な用事を思いついたから帰るよ」
ピーデは脱兎し、グウィーは飛び蹴りを背中に浴びせる。
結果、ピーデは地に倒れ伏せ、グウィーはピーデの背中に乗った。
「遠慮もすぎると失礼よ?
 今回に限りあたし自ら地に伏せさせてあげる。
 天地落涙級のあたしの慈悲深さに感謝することね!
 じゃ、教えてあげる。あれは今日の朝のことだったわ──」
「話したいなら素直に話せばいいのにさ……」
ため息混じりのピーデの愚痴は地に吸い込まれ、語りに夢中なピーデには幸運にも届かなかった。

「──だけど、聖鳳輪舞級の華麗さを誇った師父もよる年波には勝てなかった。あたしは泣かなかった。
 師父も泣かなかった。ただ黙って巻き物を渡して……。
 あたしはすべてを悟ったわ。そして、決意したのよ……!」
グウィーは一息つき、肩の力を抜いた。目尻には光ものがあった。
ピーデは拍手を打って、
「……不覚にも感動した。微力ながら僕も協力させてほしい」
「そう?ありがと。
 で、話は変わるけど、今朝に玄関の前に妙な生きものがいたの。
 残飯を分けたら大層感謝して、この宝の地図をくれたってわけ。どうやら神様だったみたいだわ」
「……さっきの長話って何だったんだい?」
「あたしの作り話よ」
「君のそういうところ、大好き」
ピーデは忌々そうに、言葉をもらした。


「それはそれとして、神様を拝観できたなんてすごいじゃないか!
 いったい何を司られていたんだろう?
 “宝物”の神様?」
「少し惜しいわね。“西大陸の北東あたりにある森の洞窟に密かに隠された宝の地図”の神様よ」
「あー、えー、……流石は我らがレギオン様!かゆいところに手が届く品揃えでいらっしゃる!」
「かゆいところばかりに手が届くのよね。
 じゃ、そろそろ宝を取りに行きましょ」
「僕もついて行かなきゃだめかな?」
「ピーデに自分の糸で引きずられる趣味があるなんて知らなかったわ」
「行くよ。行けばいいんだろ。じゃ、手早く始めて手早く終わらせようか」
「おーけー!急ぎましょ!新地では速度だけがすべてを救うのよ!」
いうやいなや、グウィーは勢い良く駆け出した。
「長々と話してたのは誰だったっけ……。
 ……って、追い掛けなきゃどやされる!あの無闇な健脚が疎ましいなあ!」
もしかしてペンギンじゃないのかと、思うほどの早さで走るグウィーを、
ピーデは必死で追い掛けはじめた。


森の奥に聞こえるは風の擦れる葉の音ばかり。
しかし生命がいないというわけではない。むしろ芳醇でさえある。
木のうろに、落ち葉の奥に、藪のなかにじっと息を潜めているのだ。
狙うために、逃れるために、力を蓄えるために。
豊富で苛烈な生態系は、逆に静謐な空間を生み出していた。

それを打ち壊す無遠慮な話し声が聞こえてきた。
見ると、ペンギンの少女と蜘蛛の少年が洞窟の前で話し込んでいた。


「着いたわ!」
「……いやあ、疲れたね。早足で森をいくのは無茶がすぎると思うんだ。
 で、さっそく入るのかい?」
「もちろんよ!……と言いたいけど、その前にあたしたちの犠牲になったものたちに祈りと感謝を捧げましょ。
 百の味方と万の敵たちに。千の幸運と億の危機たちに!
 ……ああ!今でも昨日のことのように思い浮かぶわ!
 そう、あれは、帰らずの森に足を踏み入れてすぐのことだったわ───」
今日出発して昨日のことのようにってダメじゃないか、
などと不粋な突っ込みは我慢してピーデはグウィーの話を黙って聞いていた。

「───でもね、ピーデは言ったの、ここで死ねない男に生きる資格はない!って。
 そして炎の中に消えたのよ。 甦ろうとする龍狐供喰級の怪物を一人食い止めるために!
 だから、あたし───」
この短い時間に僕は何度死ぬんだ!?、とピーデは軽く戦慄する。


「───矢折れ力尽きつつも、あたしたちは諦めなかった。
 だから、ここまで辿り着けたわ。
 でもね、それもここまで……。物資を使いきったあたしたちにあの暗闇を進むすべはないの。
 ああ! どうかお願い…! 誰か……!  誰か、哀れなあたしたちに光を……!」
その願いは光の精に届いた。
洞窟内部がにわかに輝きはじめ、しまいには昼のようになった。
おそらく奥の奥まで闇は払われた。

「喉が乾いたわね!」グウィーは木の根元に隠れていた森サボテンダーを捕まえ喉を潤した。

明るく照らされる洞窟内部を見据えて、グウィーは呟いた。
「進むわよ、ピーデ」
「了解ー」
二人は同時に踏み出し、同時に落し穴に落下した。


明るい密閉空間に罵声が反響している。
「ピーデが呆天砂漠級の愚劣蒙昧貧弱馬鹿だとは承知してたけど!
 ここまで間抜けだとは思わなかったわ!」
「はっはー!同じく落下の君も大間抜けってことさ、グウィー!」
「自分のことは屋根裏に詰め込んでおいてその言い草!
 泉辺枯死級の阿呆ってピーデそのものね!」
「そっくりそのまま僕の言いたいことだ!刺繍も付けて返してやる!」
「阿呆ってピーデそのものって言いたいのね!
 自分で言ってりゃ世話がなくて助かるわ!」
「刺繍付けてやるって言ってるじゃないか!この間抜け!」 
「「ふう……。ま、どうでもいい話(なんだけどね/でしかないのよね)」」
「「そんなことより今は、」」

二人は辺りを見回した。
光の精により昼のように明るい。
落ちてきた穴は不思議なことに閉じられていた。
落ちた穴は単なる縦穴ではなく、前に道が延びており奥で二股に分かれている。

「さて、どうしたもんかしら?
 といっても選択肢は多くないわね。前に進むか、座して待つか──」
「ちょいと待って。落ちてきた穴を調べたいんだ。どうせ駄目だろうけどね」
「おーけー。頼んだわ」
ピーデは糸を発し、するすると穴を昇っていく。
もう天井でしかないところを叩いたり、押したり、糸で引っ張ったりした。
やっぱり駄目だった、ピーデはグウィーに首を振った。



二人は前へと歩きだした。
「ねぇ、この先道が分かれているけど右と左とどちらがいいかしら?」
「その地図に何か書いてない?」
「残念、洞窟のまでの地図なのよね」
「なら右も左もおんなじさ。君に任せるよ」
「あら、珍しく賢明ね。誉めてあげるわ」
「そりゃどーも」
二人は右の分岐を選んだ。
ピーデはその際に糸を壁に付けていた。
「目印ね?」
「うん、一発で大正解とはいけないだろうからね」
「その保険、きっと無駄にしてあげるわ。
 原型にならって賭けてましょ。掛け金は分け前の半分でどう?」
「乗った。
 さあて勝つにせよ負けるにせよ、外までどれくらいかかるかなぁ。
 ねぇ、君、何か食べるものはある?僕はなんにも」
「ふふ、冒険をなめてるとしか思えないわね!」
「おや、君は用意してたって?」
「奇遇ね。あたしもなめてたのよ」 
「嬉しくないところで気が合うね。
 ああ、そうだ。その役立たずの地図は獣皮だろ? 食えるんじゃないかな」
「いい考えね。まがりなりとも神贈物。とてもとても美味しいかも」
「神力を宿しちゃったらどうする?」
「空を自由に舞えたりするかしら?そしたらオルニトの都市を落としてあげるのに」
「僕も、マセの都市を一つくらい食べてみたいと常々思ってたんだよね」
『ちょーと持ったー!希望あふれる未来を語っているところ悪いですが!
 その将来に思いっきりバツをつけますよ!私を食べるなんて絶対絶対ダメダメです!』
突然、地図が小鳥に変じてがなりたてた。
グウィーは小鳥を素早く掴み取り、
「ピーデ、糸」
「すでに」
ピーデの糸で捕縛した。
「ふふん、食いでが出てきたわね」
「まったくもって幸運だね。日頃の行いがいいからかな?」
『や゛ーめ゛ーてーくーだーさーい゛ー!!』
「安心して、あなたのことは忘れないわ」
「悲しいけど、僕達は強く生きるから」
『きゃー!食べないでください!
 そうだ!そうだ!私ならあなた達を外へ案内できますよ!
 私これでも、えーと、あーもー!名前長すぎ!
 とにかく、地図関係の神様の第一の眷属なんですよ!だから案内なんて朝飯前なんです!』
「どうせなら、ついで宝までも案内してくれないかしら?」
『な、な、な!なんて欲深!この貧乏人!』
「失礼な。僕は糸紡いでりゃ、それなりに安泰なんだぞ」
「あら?宝はいらないってこと?」
「あれば欲しくなるのが人間ってものさ」
「そうね。あたしたち新地の人間ならなおさらよね。
 ところで、賭けの件おぼえてる?」
「あちゃー。やっちまったなあ……」
『もー!やだー!』

こうして二人は宝を手に入れて凱旋しましたとさ。
めでたしめでたし。


  • 子供の視点になるとこんなにも明るく元気になるのは発見でした。種族問わず相住む風景や冒険の舞台が身近にあるのも新天地らしい。神と精霊が隣り合うという異世界ならではの冒険でした -- (名無しさん) 2013-12-22 19:22:24
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最終更新:2013年12月22日 19:15