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【ヤマカさんとインフルエンザ】

私立十津那(とつくに)学園という学校がある。
瀬戸内海沿岸にある、淡路島ゲートの間近に設立された学校だ。
その規模はいわゆる学校のレベルをはるかに逸脱し、
周辺の関連施設を含めると、ひとつの都市と呼んでも過言ではない。
ゆえに、学食の規模も尋常ではなく、学生にとっては夢のような環境である。

僕こと川津は、今日はその学食でメシを食っていた。
カツヲのたたきが1kgも丼に入った海鮮丼が500円で食えるという
企画と値段設定したヤツはバカだろという代物をいただくためだ。
そして注文して食うヤツが一番バカだというのは言うまでもない。
いざ注文して現物を目の当たりにして絶句しているのが、僕だ。
多過ぎ。

周りを見渡してみると、まあおおよそ巨漢を誇る亜人、獣人たちが
次々とこの超特盛海鮮丼を注文しては完食している。さすがである。
水泳部の杉浦さん(スキュラ人?)も注文して完食しているのには驚かされるが、
まあ運動系ならそれっくらいは食べるものだろう。
僕もなんやかやで全部たいらげてしまった。実に美味。
そんな中、やはり調子に乗って注文して、運動部なのに挫折したアホがいる。
浮田だ。

「ばーか」
何の躊躇もなく僕は言う。ばーかばーか。
「どーせ馬鹿ですよ。もう無理。多過ぎ。
 そうだ川津、これあんたが食べなさいよ。
 残りはスタッフが美味しくいただきましたーって」
くだらない思いつきを嬉々として語るこの女は、本当にアホだ。
「そんじゃ頂きます」
「え?いやその、汚くしてるよ。
 マジでか。ちょ、マジでか」
いちいち五月蝿いなぁ
妙にテンパる浮田を尻目に、僕は1.5杯分の海鮮丼を食べ終えた。
どうせ夕方からの部活で、また2kgは体重の減る地獄稽古があるし、まあいいさ。
「そう言えばさ、あんたはずっと弁当だったのに、何で今日は学食なん?」
浮田がバッグからチョコ菓子を引っ張り出しながら聞いてきた。
まあ待て。お前さっき海鮮丼を食いきれないとか言ってなかったか。
別腹ってヤツか。女子はこれだから・・・
「ヤマカが風邪ひいて寝込んでるからな」
そう。風邪だ。というかインフルエンザだ。
<地球側>と<11門世界>では病気になるシークエンスが異なると聞いた事があるが、
いかんせん生物学的には大差の無い人間と亜人である。病気になる時はなる。
まして世界が異なるために病気の抗体もあわないだろうし、ヤマカにいたっては
注射が怖いとか言い出してインフルエンザの予防接種を受けない始末だ。
そりゃあシーズンになれば、余裕でひくわ。

「蛇神さんとあんたの弁当に、何の関係が?」
説明すんの面倒臭いなぁ
基本的なところとして、僕の両親は研究のために、1年の大半を<11門>の方ですごす。
稀にオヤジかお袋が片方だけ帰ってきては、<地球側>の学会で報告したりなんだりしているようだ。
実家に帰ってくることは本当に稀だ。
なので、僕の食事の大半は、隣のオバチャンが作ってくれていた。
高校に進学してからは自炊まがいの事をしていたが、結局栄養が偏った。
なので最近は、中学時代以来のオバチャン弁当が復活したという事だ。
たまにハズレのヤマカ手製揚げ物ばっかり弁当が出る。
つまり、ヤマカのインフルエンザにオバチャンも巻き込まれたという事で、
ゆえに今日は僕も弁当無しで学食で食べているという事なのだが、
さてこれを浮田にどう伝えたものか。

「ヤマカはパシリなんだ」
まあ、だいたいあってるだろう。
浮田は言葉こそ「酷い」だの「あんた最低」だのと連呼しているが、表情がともなっていない。
なんだか妙にニヤニヤして超キモい。
「そうだ!今度からあたしがあんたの弁当を作ってきてあげようか?」
ノリノリのところ申し訳ないが、僕は毎日2つも弁当を食べる気は無いのでノーサンキューだ。
体良く断って、僕は腹ごなしに屋上へと足を運んだ。

C校舎は丘の中腹に建っているから、屋上からの眺めは最高だ。
僕の育った場所があらかた展望できる。
そもそも僕がこの地に来たのは、親の研究に都合がいいという理由で、だ。
中学1年の時にいきなり引っ越して、右も左もわからぬ毎日。
おまけに隣の家の、いっつも不機嫌そうな表情をしたキツい眼の女子に、
ほぼ毎日のように故なく嫌味ごとを言われたり無視されたりと散々な目にあっていた。
「人の顔をジロジロ見るな。噛み殺すぞ」「鱗がそんなに珍しいか。噛み殺すぞ」
そんな事ばかり言われていた記憶がある。
剣道部に入部したのも、そんな毎日のストレスからだったかもしれない。
動機は極めて不順だった。もうとにかく暴れないと気がすまなかったのだ。
そして悪い事に、中学2年の時に、厨2病が悪化した。
タイムマシンがあれば、今すぐあの時代に行って自分を張り倒したい。
そんな黒歴史の象徴が、木刀に彫られた『Nordmeerstrase(ノートメアシュトラーセ)』の文字だ。
木刀に名前をつけるという発想時代がもう病の極地なのだが、そのつけかたも痛々しい。
ドイツ語で「北海道」という意味だ。修学旅行で北海道の洞爺湖に行ってさ・・・

僕は視線を懐かしの中学校校舎から、大通り沿いにずっとずらしていく。
ああ、あのビルの裏手だ。懐かしいな。
中学2年の終わり頃、厨2病が終わる事件のあった場所だ。
部活帰りにその道を歩いていた僕は、ビルの裏手で騒がしい声を聞いた。
好奇心のみで様子を見た僕の目に飛び込んできた光景は、隣の家の不機嫌な女子と、
それを囲んだ複数の男女であった。制服からすると、同じ中学の連中だ。
不機嫌な女子は、上着も厚手のストッキングもビリビリに破かれ、泣いていた。
周りを囲んだ男女はそれを見て笑いながら「毒女」「ウロコ女」「気持ち悪い」
「学校にくるな」「死ね」などなど繰り返していた。
不機嫌な女子が泣きながら毒の牙をむいた時、ああこれはいけないと漠然と思ったものだ。
気がついた時には、僕は血まみれの『ノートメアシュトラーセ』を持って立ち尽くしていた。
よくもまあ鉄パイプだのバタフライナイフだのを相手に無傷でいられたものだと、我ながら感心した。
よくこの状況で、女子に手を出さずにいたものだとも、我ながら感心した。
もうこの街にはいられないのかと、寂しい気持ちになったのも覚えている。
不機嫌な女子が、泣きながら僕の背にすがっていたのも、覚えている。

やっかいだなと思うのは、この後の僕は「更生プログラム」とやらで、警察の道場に毎日呼び出されては
1日3時間以上も剣道の稽古に付き合わされた以外は、一切のお咎め無しだったという事だ。
詳しいところまではわからない。今でもわからない。だからこそ悔しい気持ちもある。
「何か」が動いたんだろうな、という煮え切らない思いがある。
僕が今でも剣道を続けているのは、そういう煮え切らない思いゆえ、厨2病の残滓ゆえだ。

放課後、家路の途中にあるドラッグストアで、蜂蜜と生姜湯を買って帰る。
蛇人にどれだけ効果があるかは知らないけれど、風邪ならだいたいこの辺りだろう。
インフルエンザの時はまた違うのだろうか。
隣の家に入ると、オバチャンは既に完治していた。この人は本当にヒューマンなのだろうか。
とりあえずお湯を沸かして蜂蜜の生姜湯割を作ってヤマカの部屋に行く。
「本当に具合が悪いんだから、あんまり無茶なプレイはするんじゃないよ」
などとオバチャンが本気で心配そうな表情で言っていたが、「しねぇから」としか答えようが無かった。

「ヤマカ・・・入るぞ」
相変わらずモデルルームのように整頓された部屋のベッドで、ヤマカは寝ていた。
学校でのクールビューティさがウソのような、可愛らしいネズミーマウスの掛け布団だ。
「ウトゥガ リア ダンタレクテキ・・・」
弱々しくヤマカが答える。まったく何を言っているのか理解できないが、まあミズハミシマの言葉だろう。
体調不良で翻訳の加護の精度が落ちているんだろうか。
見ると、やはり汗ばんでいて、熱で頬も上気している。頬のウロコも汗でツヤツヤと光を放っている。
「あんま無理すんなよ。ほれ、我が家の伝統の風邪薬。蜂蜜の生姜湯割。
 たいして美味くは無いけど、治りは早いぜ」
ヤマカはコクリと頷くと、起き上がってゆっくりとそれを飲み始めた。
いっつもこれくらい物静かだったらいいのになぁ
「テンちゃん・・・アタシ、さっきまで夢を見てたよ。凄く懐かしい夢」
しっぽをペタペタと振りながら、ヤマカが語り始める。
「中学2年生の時の夢。
 毒の牙のせいで、身体のウロコのせいでイジメられてた頃の夢。
 えへへ。弱ってると弱気になっちゃうんだろうね。
 でもね、夢の中でもテンちゃんは助けに来てくれたし、目が覚めてもテンちゃんが居たんだ」
ヤマカはコップの中の残りをグイと飲み干した。
「さ、早く元気にならないと、テンちゃんのお弁当が作れないね」
うーん・・・
ヤマカの弁当は、味は悪くないんだけど・・・
カエルの唐揚げとかなんだよなぁ・・・
口ごもる僕を見て、ヤマカは訝しげな表情をすると、チロチロと先が2つに割れた舌を出した。
蛇人の一族は、あまり視力が良くない人が多いという話だ。
ガキの頃のヤマカが酷く目つきの悪い表情をしていたのは、単に視力の問題だったようだ。
中3になってちゃんとした眼鏡をかけるようになってからは、眉間のシワが無くなったものだ。
まあその視力の弱さゆえに、蛇人はオデコの辺りに熱源を探知できる特別な器官が備わっていたり、
舌先で空気中の匂い粒子を拾って嗅ぎわけたり出来る能力が伸びたという話だ。
で、その舌をチロチロと出し入れしている。
「へぇ・・・学食でカツヲの海鮮丼を食べたんだ」
うわ。わかるのか。
「へぇ・・・ふぅん・・・浮田と一緒にねぇ・・・」
わかるのか。
次の瞬間、ガバっとヤマカは僕に覆いかぶさり、僕の首筋に2本の牙をあてがった。
ヤマカの一族である蛇神家は、<11門世界>の神の一柱である蛇神「ルガナン」を信仰する巫女の一族だ。
その牙にはルガナンの持つ「言の葉の力」が備わっている。
呪詛を込めて牙を穿てば、その言葉の毒は相手の全身をまわり、体組織をズタズタにするだろう。
反面、福音もある。言の葉とは、そういうものだ。
「浮気したら、噛み殺すぞ」
なんか久しぶりに聞いたなぁ。そのフレーズ。
「面倒臭がりなの、知ってるだろ。必要の無い事はしないよ」
ヤマカの頬のウロコを撫でながら、僕は言った。

蜂蜜の生姜湯割、もう少し美味しく作れば良かった。



  • ややこしい三者の関係が垣間見える学食風景から天とヤマカの関係を納得させる昔話が後の看病シーンを優しく彩っていました -- (名無しさん) 2014-01-04 06:36:13
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最終更新:2014年08月31日 01:41